修行の旅―おまけ
「いやはや……私少しだけ怪人という存在を誤解していました。そうですよね、機械寄りという風に勘違いしていましたが製造されたってだけで言い方は悪いですがただの人ですもんね」
ミントはのほほんとした様子でお茶をすすりながらそう言葉にする。
ヴォーダンの肉体は機械でもある為それは間違いではないのだが、ヴォーダンは言い返さず正座をして小さくなり、それを見て燿は苦笑いを浮かべていた。
どうしてこうなったのか、それはたった一言で済む。
ヴォーダンが、帰国日程を一日間違えた。
それだけの事だった。
今日帰国という事で大掛かりな修行総仕上げを午前中早々に終わらせ、その成果に修行客ががやがやした喧騒をあげる中、爽やかに帰ろうとするヴォーダン。
一緒に帰るミントと見送りの燿の三人で空港まで移動し、お土産を買い……そして、予定日より一日早く美皇帝が迎えに来ていない事にヴォーダンは気が付いた。
その瞬間に、ヴォーダンは二人に対しこれは見事と言わんばかりの正座をして見せた。
二人は特に責める事もなく微笑ましくヴォーダンを見つめ、そのまま三人は寺院に戻りゆっくりとした時間を過ごす事に決めた。
ちなみにミントが勘違いした理由はクアンとヴォーダンは二人共同じ様にスケジュール管理が非常に厳格だからである。
だから脳内がパソコンみたいになっており、いつでも時間が確認出来スケジュール帳が見れるのだと勘違いしていた。
実際そんな事はなく、しようと思えば電気関係である為ヴォーダンは可能だが他の怪人は不可能である。
ミントやヴォーダンが時間に対し厳格なのはテイルが怪人達には時間にルーズな事をせず育って欲しいと願い、時間期限を破ったらいけないという事前知識を伝えているからだった。
だから、ただの人でしかない為気をつけているヴォーダンすらうこの様に偶にミスを犯してしまっていた。
「もう少し早ければ観光をしたのですが……ああ責めているわけではないですよ本当ですよ?」
ミントはしゅーんと落ち込むヴォーダンに対し慌ててそう言葉を告げた。
「いや。気にさせてすまない。そうだな。もう少し時間があればミントには観光位させてやりたかったな」
「いえいえ。私は一緒に観光したいだけで別に一人で見たいわけではないですよ?」
「そうか。燿様とか」
「いえいえ。もう一人の方ですよ」
そう言ってミントはヴォーダンを物欲しそうに見つめ妖艶な笑みを浮かべた。
「ふむ。俺の様な退屈な男にそう言ってくれるのは嬉しいが……まあ例え俺であっても一人よりはマシか」
「んーそういう事じゃあないんですけど……まあゆっくり行きましょうか」
この手の相手が非常に面倒で鈍い事はテイルを見て知っている為、ミントは曖昧に微笑みながらそう言葉にした。
時間は掛ける。
だが、他の誰にも譲るつもりだけはない。
そこには何時もの様なお淑やかさな印象はなく、その印象はまるで狩人の様であった。
「……まあそれはそれとしまして、燿さんは何を見ているのですか?」
テーブルの上に本の様なものを広げ、仏頂面でそれを睨んでいる燿にミントはそう尋ねた。
その目つきは親の仇でも見る様な目のなのだが、雰囲気は慈愛に満ちている。
そんな何ともアンバランスな状態がミントはとても気になっていた。
「え、ああごめんなさい。これはヴォーダンからの土産でね……」
そう言って燿はその分厚く大きな本の様な物をミントに見せる。
それは膨大な写真の入ったアルバムだった。
「何を喜ぶかわからなかったからな。食べ物は輸送の不便さに悩まされ、また何が好むかもわからない。というわけで無難な辺りでフォトブックと思っていたら……まあフォトブックでは足りない事になったからアルバムをと……」
当然だが、そこに映っている大半はテイルである。
息子の写真を、特に長い事顔を合わせていない息子なのだから喜ばないわけがないだろう。
そうヴォーダンは思った末に、テイルからここ数年の写真をコピーを貰った。
当然だが、それは自分の尊敬する父の過去を見たいという実益も兼ねている。
「……そうね。確かに本来なら喜ぶべきでしょう。でも……私にはその資格すらないわ……」
燿はぽつりとそう呟いた。
「どうしてです?」
ヴォーダンがそう尋ねると、何もかもを諦めた様な投げやりな表情で微笑む。
「私はあの子を捨てたからよ。ちっぽけな見栄と復讐の為、私はあの子がクソカ――父親がいなくなったという大切な時に私もあの子を捨てた。そもそも、それ以前にあの子を助けた事など一度もなかったのよ? そんな私にあの子を想う資格なんてないわ。それに……あの子は私をきっと怨んでいる。そうでしょう?」
燿は自嘲するようにそう言葉にすると、ヴォーダンはきょとんとした表情を浮かべ、少し考え込む仕草をした後不思議に思いながら首を横に振った。
「え? 現在我が父は誰かを恨んでなどいない。それは俺ですらわかる。そもそも、父親はいなくなったと言ったが母親はいなくなったと父は言った事がない。会えなくなったと表現していた。我が父は燿様を間違いなく未だに母と思っております。数年に一度の手紙も楽しみにしていらっしゃいますし」
「……そう。私が育ててないからか、良い子に育ったのね」
「俺には評価出来ませんが……立派で自慢の父です。ただ……」
「ただ……何かしら? やっぱりそれでも恨み言の一つや二つ……いえ、百位は……」
「……正直に申しても?」
「構わないわ。それだけの事をしてきたので」
「……我が父は燿様の事を座禅を組みながら空中浮遊を繰り返し、後光を差させながら目と口から光線を放つ面白びっくり人間だと思っています」
「………………そう。それが私の罪なのね」
予想とは遥かに異なる息子の認識に燿は遠い目をしてぽつりと呟いた。
今の燿には、その想像を否定する事すら出来ず甘んじて受け入れる事しか出来なかった。
「ところで、捨てた息子に執着するみたいで申し訳ないのだけど……アルバム途中から出て来るこの子はもしかしてあの子の……」
そう言って燿は少しだけ嬉しそうに青い髪の女性が映った写真に指を差すと、ヴォーダンとミントの二人は首を横に振った。
「それは第八怪人クアン。俺のお姉ちゃんです」
「そう……」
さっきまでと異なり、燿の表情には露骨なまでに落胆が現れていた。
「ちなみに私の友達でもあります」
「そうなのね。母親面するのはとても嫌だしあの子も嫌うでしょうけど……それでもあの子はもう二十八、あっという間に三十になるのよ。なのに相手が見つからず……」
そう言って悲しそうな顔を浮かべ、諦めた様な顔でもう一人の女性に指を差した。
「この子も当然違うわよね。何か写真の後半ほとんど二人で映っている様だけど……」
「あ、その人は私も友達でユキさんですね」
ミントがそう答えるとほらやっぱりという様な表情で燿は苦笑いを浮かべた。
「うむ。そして俺の尊敬するもう一人の親、俺の母に当たる」
「ええ。ええそうよね……。そう……ん、…………んん!?」
燿はヴォーダンの言った信じられない言葉を脳内で繰り返して聞かせ、そして目をぱちくりさせてぱーっと満面の笑みで喜んだと思うと即座に暗く絶望した様なとなりながら再度写真に指を差した。
「……お母さん?」
「うむ。母だ。いや、安心してくれ。俺は怪人だから産みの親ではない。ただ、産みの親同然なほど可愛がられてはいる」
「あ、そうよね。でも……二人でって言う事は…………あの……もしかしてうちの子、人としてダメな事をしたのでは……」
心配そうにそう尋ねる燿に二人は首を傾げた。
「燿さん。どうしてそう思ったんですか?」
「え? だってこの子中学生位でしょ? いえ、健全なお付き合いなら良いのよ? だけど……」
オロオロとした様子でそう言葉にする燿にヴォーダンは何から伝えれば良いか困惑した表情となった。
「えっと……燿様。誤解です。それも誤解が複雑に絡み合って蜘蛛の糸の様になっています」
「……じゃあ、あの子は犯罪者ではない?」
「はい。むしろその手の問題からは最も遠い人種に当たると思います。まず、そもそもの誤解の大本なのですが二人は恋人ではありません」
「あら。そうなの。安心だけどそれはそれで寂しいわね」
「続いて二つ目、ユキハカセ、我が母は二十歳を過ぎています」
「あらあら。それは失礼な事を言ったわね。まあ実年齢と見た目が一致しない事なんて良くある事だし」
そうテイルと親子とはとても思えない美貌と若さを持った燿は言葉にし、ミントは苦笑いを浮かべる事しか出来なかった。
「そして最後の誤解は……父には一切の恋愛感情はなく……その代わり母は父を落とそうと日夜努力を続けている事です」
「何それ詳しく」
燿は今まで見せた事のない猛禽類の様な目でヴォーダンの肩を掴み、迫り寄った。
「……や、やはり口では何と言っても母なのですね」
「そりゃそうよ。資格はないし後悔もしてるしあの子に死ねと言われたら死ぬ位の覚悟もあるわ。でも、私はあの子に幸せになって欲しい。それだけは確かよ」
その言葉にヴォーダンとミントは顔を見合わせ、そしてくすりと笑った。
何と言うか……親子なんだなと、二人は同時に思えたからだ。
「では燿様、二人の何を知りたいのでしょうか?」
「そりゃ全部よ全部。この子がどういう子なのか。どうして二人はこんな山ほど写真を残す様な生活をしているのか。そもそもこの写真のユキって子はあの子のどこを気に入ったのか。それと最近のあの子の事も含めて、良ければ全部教えて頂戴」
「それは望むところです。ですが……俺に両親の事を語らせると長くなりますよ?」
「それこそこっちも望むところよ」
燿の返しに両親大好きっ子であるヴォーダンはニヤリとした笑みを浮かべ、そして長い二人の話が始まった。
それは最初こそミントも混じって会話をしていたが、途中から飽きてミントが離席するほど、二人の会話は長く、密度が濃く、そして家族愛に溢れた会話だった。
ありがとうございました。