決戦!商店街を守護する乙女達2
露店市場のような青空商店街は見事なまでの繁盛を見せていた。
青空商店街の周囲は未だ荒れ果て、ガレキが残されている為この辺りに駐車場はない上に、バスも近場まで来れない。
徒歩のみでしか入れないにもかかわらず、これだけの人が来る理由をクアンは実際に体感していた。
複雑な理由はそこになく……ただ、楽しいのだ。
ここは賑やかで、笑顔に溢れて……。
深い理由や難しい訳があるわけではなく、ただただ単純に、ここにいるだけで楽しくなってくる。
子供が玩具を眩い目で見て、母親はそれに苦笑いを浮かべている。
魚屋では必死に値段交渉するおばちゃんがいて、店主は必死に妥協点を探る。
あちらこちらで喧嘩にならない程度の喧騒が響き、そして不思議な事に喧嘩は起きず……その全てが笑顔で締めくくられるのだ。
そんなこの場所にいるだけで、クアンは自分でも気づかぬうちに笑顔になっていた。
肉、魚、野菜の専門店は当然のようにあり、肉でも牛専門、豚専門、鳥専門の店まであるほど妙に充実しつつ特化した店群の中、クアンが真っ先に選択し入った店は――スーパーマーケットだった。
複数のテントをうまく組み合わせて作られた通常営業と何ら変わりないスーパーを、クアンは目を輝かせながら歩き回った。
「さて……これだけ商品があるのでしたら……アレは絶対にありますよね」
米はあちらが用意してあるらしいので、それ以外でカレーにとって最も重要なアレ。
そう、固形カレールーである。
クアンは目的のカレールー(甘口)を見つけそれを手に取り、微笑みながらカゴに入れた。
スパイスからの調合?そんな事生後一月も経っていないクアンに出来るわけがない。
まともな料理すらまだ出来ず実質これが初めての料理である。
テイルの作る料理の手伝いこそしてるもののソレは手伝い程度で、知識でも経験でもクアンはほぼ零に等しかった。
具体的に言えば、カレーにどんなスパイスを使えば良いかわからない。
というか、何の具材を入れたら良いのかすらわからないほどだ。
放っておいたら大根を持ってくるくらいである。
だからこそ、パッケージ裏面に買うべき材料が書かれているカレールゥこそがクアンにとっても最も大切なファクターだった。
牛肉、ジャガイモ。玉ねぎ、人参……。
クアンはパッケージ裏に書かれている材料を感心した様子を見せながら手に取り、確認しながら一個ずつカゴに入れる。
そして粗方そろったところでレジに並ぼうとしたその瞬間、クアンの耳に高めの声が響いた。
『ストップ! ストーップ!』
耳に付けられた受信機がけたたましく吠え、耳をキーンとさせその場で立ち止まるクアン。
普段ソレはテイルの指示が聞こえてくるのだが、さっき届けられた声はいつもの声ではなく高い女性の声。
それはナナの声だった。
「あれ? ナナさんがどうして……ってそうだ、こっちの声を届ける方法ないんだった」
そう呟くクアンの元に、前回テイルが操っていた小型のドローンがクアンの元に上空から近づいてくる。
ただし、その挙動は妙にフラフラしており今にも落ちそうになっていた。
『はぁ。しんどい……操作難しすぎるんですよコレ……クアン様。とりあえずソレ取ってもらえます? ドローンについてるソレ』
クアンはふらふらしながら降りて来るドローンの下部に括りつけられた、小さな丸く平たいソレを手に取った。
その服のボタンみたいな形状の小さな黒いソレはバッジだった。
『そのバッジはこちらにクアン様の声を届けてくれるので適当な感じで服に取り付けてもらえます?』
クアンは言われるままに服の襟元辺りにバッジを取りつけた。
「これで良いです?」
『はいオッケー。感度良好でーす。すいませんクアン様、わたしドローン操作とかラジコンっぽいの苦手でして。はい自動操縦ぽちっとな』
ナナがそう呟くと同時にカチッと何かスイッチを入れる音が聞こえ、その瞬間ドローンは非常に高速で移動を始め、あっという間にテントから立ち去った。
『というわけで、今回は不在のDr.テイルに変わり代理として指令を務める事になりましたナナです。よろしくお願いしますクアン様』
「あ、はいお願いします。ナナさんって結構偉い立場だったんですね。代理司令になれるなんて」
『えっ。いえ平隊員、平社員? まあそんな感じですよ。というかウチの組織ってトップの科学者テイル様に、幹部扱いの怪人の方々、そして平の三種類しか立場ないですし』
「あら。そうなんですか」
『はい。今回の場合は女性であり料理が得意で……まあ色々と事情がかみ合ったので私が代理司令に選ばれました。というわけでその買い物少し待ってください』
ナナの言葉にクアン頷き、ほっと安堵の溜息を吐いた。
人前に出すカレーにルーを使わなくても良くなったと考えたからだ。
流石に知識不足のクアンでも料理勝負にルーを使うのはアカンという事くらい理解していた。
そう思い、クアンがそっとカレールーを戻そうとした瞬間、ナナからストップの声がかかった。
『待ってください。ルーは買いますよ』
「え?」
『いえね……ここで私がアドバイスをしてもスパイス調合はちょっと……正直に言えばクアン様には難しいですし……何より、ルーって完成度高いので間違いなく美味しい料理になりますから』
「そうですか……。いえ見得を張っても上手く行きませんし諦めましょう」
クアンは小さく諦めの溜息を吐いた。
『ですです。ただ……その手に持ってるルーの甘口は止めましょう。ソレ辛口でも甘い奴ですよ』
数あるカレールーの中でも特に甘く、お子様にも安心してあげられるカレールーの甘口を持ったまま、クアンは難しい表情を浮かべた。
「……辛いの苦手」
『せめて隣のルーの甘口にしてください。それならクアン様でもたぶん大丈夫ですし男の人でも喜ぶ程度の辛さがありますので』
クアンは残念そうにルーを入れ替えた。
『それと、他の食材は返しましょう』
「え、どうしてです?」
『いや……肉も野菜も専門店があるからですよ』
「あ、そっか」
クアンは手をポンと叩き、ルー以外の食材とカゴを返した。
『あ、一つだけでしたらお菓子買って良いですよ』
「え、良いの?」
『はい。せっかくのお買い物ですからそれくらい役得がないと。Dr.テイルも言ってましたし』
ナナの言葉にクアンはぱーっと笑顔を溢れさせ、お菓子コーナーに移動して迷わずマシュマロを選んだ。
「えへへ。後で一緒に食べましょう」
『良いですね。じゃあ私はココアでも入れましょうか』
そんな事を話しながら、クアンはレジに並んだ。
「これ……お願い」
クアンはいつものだるそうな演技をしつつ、そっとカレールーとマシュマロをレジ横に置いた。
「あいよ。九十八円と八十円……ってあんた、悪の組織の人かい?」
レジ打ちのおばちゃんがクアンにそう尋ねると、クアンは若干気まずそうに頷いた。
それを見たおばちゃんは……にっこりと微笑んだ。
「そうかいそうか。あんたがあの子達の相手かい! がんばんな! あの子達……ってかマリーの料理は凄いからね!」
そう言いながらおばちゃんはルーとマシュマロにシールを付けてクアンに手渡す。
「……応援してくれるの?」
「当たり前さね? ウチの商店街のイベントだ。ウチが応援しないで誰が応援するんだい! 特に殴り合いじゃないってのが良い! ああまったく、料理勝負ならおばちゃんも出たいくらいさ」
そんな軽口を言うレジのおばちゃんから袋を受け取り、クアンは首を傾げた。
「あの……お金は?」
そんなクアンにおばちゃんは小さく微笑んだ。
「良いんだよ。料理勝負の代金は受け取らないって決めてるんだ」
「あ、ごめんなさい……マシュマロは別に料理では……」
申し訳なさそうにするクアンを見て、おばちゃんは豪快に笑った。
「なんだい自分用かい! 良いよ良いよ! マシュマロ美味しいもんね。それじゃソレはおばちゃんからがんばるあんたへのご褒美だ。気合入れてがんばりな!」
そう言いながらおばちゃんはクアンの背をバシバシ叩いた。
「ん。ありがとう。少しだけ……やるきになった」
若干キリッとした表情になったクアンを見ておばちゃんは優しく微笑んだ。
若干背中が痛かったけど、それ以上に優しさが暖かかった。
スーパーを出た後ナナの指示通りの肉の部位と野菜を買いこんだ後、クアンは小さな声で呟いた。
「それでナナさん。何かとても美味しくするような秘策とかありません?」
ちなみに、肉屋でも八百屋でもスーパーと同じようにフレンドリーな対応をしてくれた。
クアンはリニューアルしたらこの商店街に通う事を心に誓った。
『秘策ですか……。美味しい料理って基本的に小さなコツを積み重ねていく程美味しくなりまして、そして上手な人ほどそのコツを外しませんので初心者がぱっと出来る事はなく、また出来ても料理が出来る人ってのは皆やってますので……』
「だよね……」
クアンはしょんぼりと呟いた。
『ですです。そんな簡単に美味しくなる秘策なんて――あるに決まってるでしょう』
クアンはナナの表情を見て居なくても、今ニヤリと良い笑顔をしている事が理解出来た。
「あ、あるんですか……」
『ありますよー。料理が美味しくというよりは、相手の隙を付く勝ち方って感じですけどねー』
「おおー。悪の組織っぽい」
『ふふーふ。というわけで出汁を用意しましょう』
「出汁? ああ、カレーに味噌汁付けるとかですか? 確かそういうお店もあるって聞いた事あります。出汁取るのあんまり上手じゃないけどがんばりますね。かつおだしで良いです?」
『いえいえ。どっちも違いますよ。味噌汁も用意しませんし出汁も取らなくて良いです。出汁パックという便利な道具を使いましょう』
その言葉にクアンは少しだけ驚いた。
「え? それで大丈夫なんですか?」
『大丈夫です。私に任せて下さい』
短い言葉だが、何故かその言葉にクアンは酷く頼もしいと感じた。
それは自信満々なナナの表情が見えてくるようだった。
「わかりました。お任せします。それで、どこで出汁パックを買えば良いですか? ってマップ見れませんよねそっちじゃ。どう伝えましょうか……」
マップを広げてクアンがそう呟くと、ナナはくすくすと受信機越しに笑っていた。
『大丈夫ですよクアン様。マップならありますから』
「あー。もう用意していたんですか」
『ええ。私の頭の中に。その手元よりもよほど正確なものが入ってますよ。常連ですから』
こんなにも頼もしいナナを、クアンは今まで見た事がなかった。
『あと二件ほど寄る場所がありますので少し急ぎましょう。指示を出しますからマップを仕舞ってください』
そんなナナの言葉に頷きクアンはマップを仕舞い、そしてラジコンの如く正確にナナの指示に従い早足での移動を開始した。
ありがとうございました。