修行の旅―中編
「こんにちは! 奇遇ですね!」
ニコニコ微笑みながらそうミントは言葉にした。
「え? ……いや、ミント……だよな? どうしてここに?」
ヴォーダンは目を丸くし、そう言葉にする事しか出来なかった。
国内ならともかく、外国で会うなど奇遇と呼ぶ事すらおかしく、奇跡と呼ぶ事の方がより適切である。
ただし、それが偶然である場合ならだが……。
「はい! 今日は家族旅行で来ました」
「……ああ。ここは観光立国でもあるからな」
「そうみたいですね。ヴォーダンさんはどうしてここに?」
「修行だ。肉体と精神を鍛えるに適した寺院がここにあると聞いてな」
「なるほど。……あの、一つお願いしても良いでしょうか?」
「ん? 何だ?」
ヴォーダンはミントに対し多大な恩義を感じている。
宝が山商店街で子供と振れあうイベントの時はちょくちょく参加させてもらい、不器用で子供に泣かれる自分をこまめにサポートしてもらい、そして終わったら育児に役立ちそうな資料を用意してもらった。
自分のわがままに付き合い、これでもかと良くしてくれるミントに対し恩を返す機会は早々訪れない為ヴォーダンは多少の無茶であっても聞くつもりでいた。
「私も修行に連れて行ってもらえませんか? 正義の味方として少々思うところがありまして」
「ダメだ」
ただし、それでもそれだけは了承出来なかった。
「どうしてです?」
「家族旅行で来たのだろう? 家族としっかり思い出を作らないといけない。家族は最優先、当然だろ?」
そう、ヴォーダンにとって家族とは尊きもので、家族旅行の邪魔をする存在など万死に値するとまで考えていた。
だからこそ、ミントには家族と幸せな時間を過ごして欲しかった。
ただし……ミントは最初からヴォーダンに付いて行く気満々であり、尚且つヴォーダンが言いそうな事は全て事前に計算済である。
この家族旅行も自分が言い出した事であり、ヴォーダンと一緒にいる為のダシに過ぎない。
更に言えば、自分の家族だけでなくテイルやユキにも事前にヴォーダンを落とす為こちらに向かったという事を伝えている。
家族からだけでなく、テイルやユキからもここまでやるのかと引かれたが、ここまでやるのが自分であるとミントは思っていた。
「実はですね……父と母を二人っきりにしてあげたいんです」
ダシにはしているが、これもミントの偽らざる本音であった。
自分がいない時は良くデートに言っていたと聞いて育った為、出来るだけ二人っきりにしてあげたい。
自分自身が恋をしているからこそ、ミントはより深く両親にそう思っていた。
「……ふむ。仲良しなんだな」
「はい、とっても。ですので外国で位は私の世話をせず二人っきりにしてあげたいなと」
「だが……それでも年頃の娘を一人というのも心配だろうし親御さんもミントと楽しい時間を過ごした――」
「やはり両親は仲良しが一番ですよねー。あ、もしこの旅行中私を連れて行って下されば次はお礼としてテイルさんとユキさんの仲を深めるのお手伝いしますよ」
「よし。ミントの両親に挨拶に行こう。それで許可が出れば一緒に修行をしようではないか。安心しろ、寺院は有名な場所で女性の修行者もいたはずだ」
ミントはヴォーダンに見えない様、ニヤリとした含み笑いを浮かべた。
ヴォーダンが娘のターゲットにされていると知っている為ミントの両親はヴォーダンが面倒を見る事に対し二つ返事で了承を出し、それどころかむしろ同情すらされた。
「へー。海外では制限がかかるんですね。だから私もいつもよりも力が出ないし変身も出来ないんですね。商店街が遠いからだと思ってました」
「うむ。俺もこっちに来る時教わった。テロ等の対策であるなら仕方ないな」
「そですね」
「今回は特例で許可が下りたが、俺達怪人は基本旅行制限されているのだが……魔法少女は海外旅行に制限はないんだな」
「はい。特にないですし制限の話も聞いた事がないですねー。……ああ、でも過去全身サイボーグのヒーローの方は海外旅行に行けないってぼやいてた事はありましたね」
「……肉体に手を加えたかが判断材料なのかもしれんな」
「ですねー」
そう言いながらミントは周囲を見回した。
舗装されていない土の山道。
遥か後方に見える空港を除けば建造物らしき者は何一つなく、地面が露出した山に囲まれた何もない土地。
遥か遠くに見えるのも木々豊かではあるが結局山だけである。
「……凄い景色ですよね……。いえ、山ばっかりというのはこっちの国でもそうですが……スケールが違うと言いますか」
「内陸だからな。土地面積も違うしスケールが違うのは事実だろう」
「……修行するお寺ってどの辺にあります?」
「ふむ……地図によればあと三十キロというとこだ。しんどくなったら言ってくれ。背負う」
「……それはとても魅力的ですがこれでもそれなりに運動神経は良いので」
「そうか。いや、そうだったな。子供と遊んでいる時など俺の方が先にバテる位だったな」
ヴォーダンがそう言って微笑んでいるのを見て、ミントはにっこりと笑った。
「はい。そうなんですよよ」
「それは失礼した」
「いえいえ。気を使っていただいて嬉しいですよ」
「ところで話は変わるのだが……この国について何か知っているか?」
「ガイドブック程度でしたら……」
「うむ。じゃあ尋ねるが……治安ってどうなってる?」
「んー。悪くないって書かれていましたよ」
「そうか……。じゃああれはどうなんだ?」
そう言ってヴォーダンは自分達の行先でこちらの様子をうかがいながら通せんぼしている集団を指差した。
八人ほどの男達が周囲の様子を警戒し、ヴォーダン達が来るのを待ち構えていた。
「まあ治安良い方なんじゃないですかね? 銃持ってませんし」
「……なるほど。そういう考え方もあるのか」
ヴォーダンはそっと溜息を吐きながら、足を止めずその集団の傍まで移動した。
ヴォーダンは決して背の低い方ではない。
むしろ体格という意味でなら相当に恵まれた資質を持っている上に、プロテインまで使っての筋トレを行ってる為かかなり大柄である。
だが、そんなヴォーダンが小さく見えるほど相手の肉体は優れていた。
それは相手が鍛えているからではなく人種の差である。
そんな大柄の男達八人のうち一人は、一番大きく鉄パイプを持った男はヴォーダンの方を見て怒鳴り散らす。
叫び声の様に吠え、ヴォーダンを威圧しているのだが……困った事に何を言っているのかさっぱりわからなかった。
「……ミント。現地語とかわかったりするか?」
ふるふるとミントは首を横に動かした。
「すいません。ただ、ガイドブックに載っているお金という言葉を何度も連呼している様には思えます」
「ふむ。それなら俺の方が理解出来るな」
「ヴォーダンさんは言葉がわかるのです?」
「いいや全く。だが、目は口ほどに物を言うだろ? こいつらの目は金銭だけでなく、お前も見ている」
「うわ……下劣ですねぇ……」
「だな。怖いなら後ろに下がっていてくれ」
「怖くないけど下がりますね。ところで、ヴォーダンさんは私の事をそんな目で――」
「恩人にそんな失礼な事はしないから安心してくれ」
そう言ってヴォーダンが微笑むと、ミントは苦笑いを浮かべながらヴォーダンの後ろに隠れた。
――そんなとこだけお父さん譲りなんですね。って言ったら喜びますよね貴方なら。……先は長そうです。
溜息を堪えながらミントはそう思った。
「……言葉がわからんというのは難しい問題だな。さてどうしたもんか?」
「おや。言葉がわかればどうするんです?」
「どうって、そりゃ……いや、そうだな。良く考えたら対して変わらぬな」
ヴォーダンは苦笑いを浮かべた後、手で男達に除ける様ジェスチャーを出した。
それを見て男達はニヤニヤした笑いを浮かべ、ヴォーダンに鉄パイプを振り下ろした。
ヴォーダンとミント共に現在能力の大半を制御されている。
だが、制御されているとは言え日々戦いに明け暮れた経験がなくなるわけではない。
自分の肉体が脆いものであると想定し、ヴォーダンはバックステップで鉄パイプを回避した後ダッシュして前進し、鉄パイプを持った男にフックを叩きこんだ。
ゴギッ。
鈍い音が響き、男はそのまま地面に崩れた。
軽く牽制のつもりだったヴォーダンはやってしまったという顔になった。
「……おい、思ったよりも……力残ってるぞ……」
「ヴォーダンさん能力関係なく肉体鍛えてるのでその所為じゃないですか?」
「かもしれぬ。……殺してないよな……」
「大丈夫じゃないです? 泡吹いてますし」
「いや……やばいだろ。病院、いやここからなら空港に行くべきか」
「んー。無理みたいですよヴォーダンさん」
そうミントが呟くと同時に、男達は鬼気迫る顔で一斉にヴォーダンに襲い掛かった。
「おい待て! お前らの仲間を病院に……だから話を!」
男達の攻撃を回避しながらヴォーダンは必死に説得を始めた。
が、それは当然無意味だった。
「ヴォーダンさん。言葉通じませんよ」
「そうだった……。全く面倒な」
そう言いながらヴォーダンは回り蹴りをお見舞いし、患者を一人増やした。
それを見て、男の一人がミントを人質にしようとナイフを持って襲い掛かる。
男の方を止める事が不可能であると理解したからだ。
「……ああ。ミント、そっちに一人行ったから少し下がって――」
「いえ。一人位なら大丈夫です」
そう答えたミントはそのままナイフを持った男の懐に潜り、背負い投げの要領で男を投げふっ飛ばして、ナイフを強奪した。
確かに制限を受けてはいるが、ミント自身元々運動神経は優れている方である。
優れた運動神経と多才な戦闘経験は、例え特別な力がなくとも十分な力をミントに与えていた。
「きゃーこわーい。って言った方が良かったです?」
「いや……背中を預けるに足る仲間ってのはありがたいもんだ」
少々困った顔でそう言葉にするヴォーダンに、ミントは嬉しそうに笑いかけた。
時間にして一分ほど経過した後、ヴォーダンは茫然としていた。
「な……何があった?」
ヴォーダンは戦慄を覚えながら、背後にいるミントにそう尋ねる。
ミントも現状を理解しきれず、冷や汗を掻きながら首を横に振る事しか出来なかった。
ヴォーダンが二人倒してその彼らは起き上がらず、ミントが投げた一人はナイフを取られ体を痛そうにしていながらも起き上がった。
つまり、彼らは残り六人いた。
そして、その六人は勝てない事を悟り、仲間を置いて逃げ出そうとした。
ヴォーダンは逃げ出した六人をどうしようかミントに相談した。
そこまでは、良く覚えている。
問題はこの後だ。
彼らが逃げたその瞬間――男達は全員地面に伏した。
顔中痣まみれの文字通りボコボコで、鼻血を流しながら見るも無残な姿で全員ピクピクと痙攣している。
何が起こったのか、ミントは当然として本来なら高速での戦闘を行っている為目には自信があるヴォーダンですら、理解出来なかった。
「無粋だったからしら?」
そんな少々ぎこちない言葉遣いをした女性の声がヴォーダンとミントのすぐ背後から聞こえた。
二人は驚き目を丸くしながら慌てて振り向く。
そこにいたのは、美しい以外他に例えようもないほどの美女だった。
身長はヴォーダンよりも高く、ふくらはぎ位まである黒く長い髪は艶めいており、顔立ちもお淑やかなだけでなく気品に溢れている。
若々しく見えるだけでなく同時に艶めいた髪にも劣らぬ色気のある仕草や表情は女ですらゾクっと背筋に何かを感じるほど。
それはどこをどう見ても女性として完璧であり、普段は外見で嫉妬なんてしないミントでさえ、その女性的な魅力に嫉妬を覚えるほどだった。
そんな女性を見て――ヴォーダンは即座に跪いた。
「御祖母様。お初にお目にかかります」
その言葉に、ミントは更に目をビー玉の様に丸くし驚いた。
「……ありがとうそう呼んでくれて。でも、私はあの子の母親失格だからそう呼ばれる資格はないの」
そう言って女性は悲しそうに微笑んだ。
「……父は、そうは思っておりません。ですが、その様に言われるのでしたら敢えて燿様と呼ばせていただきます」
そう、ヴォーダンはテイルの母である高橋燿に告げた。
「……ありがとう。貴方は良い子ね」
優しく呟きながらそっとヴォーダンの頭を撫でる手は、愛しく孫を撫でるおばあちゃんの手だった。
「……う、うそぉ……。え? おばあちゃん……」
どう見ても二十代前半のモデルさんにしか見えない為ミントはそう言葉を漏らした。
「ふふ。もうおばあちゃんなんですよ。それで、貴女はどなたです?」
その言葉にミントはびくっと体を震わせ、背筋を伸ばした。
「ミ、ミントと申します。本日はヴォーダンさんと同じく修行を受けさせていただけたらと思いこうして参りました!」
「あら? ……つまり、そういう事?」
燿がちらっとヴォーダンを見た後微笑みそう尋ねると、ミントは恥じらいも見せずしっかりと頷いた。
「はい。邪かもしれませんがそういう事です」
「そう……。凄いわね。私はその感情を否定しないわ。でも、修行をするのであればちゃんと学ぶべき事をウチで学んで頂戴ね。逆に、やる事さえをしっかりとするなら……つまり本来の修行の予定を終わらせたのなら、残った時間は貴女の応援してあげるわ」
その一言にミントはぱーっと明るい笑顔を浮かべた。
「はい! 頑張ります燿様!」
ヴォーダンにとって家族とはもっとも尊いものである。
だからこそ、ミントは千の味方を得た気分だった。
「とりあえず、詳しい話は後にして寺院を目指しましょう。遅くなると日が暮れる。日が暮れると凍えるわよ」
そう言って女性はさきほどボコボコにした八人をタワーの様に積み重ね肩に乗せた。
「燿様……それどうするんです?」
ミントがそう尋ねると燿は笑った。
「寺院へのお土産よ。こき使う人材が欲しかったから丁度良いわ」
その一言に、二人はこの場所は自分達のいた場所と常識から違うという事をまざまざと見せつけられた。
ありがとうございました。