修行の旅―前編
当然の話だが、怪人は人の名を持つが人間ではない。
そもそも、テイルの生み出した息子、娘達は悪の組織的な意味で怪人と呼称されているが実際は少々異なる。
人に限りなく近い存在である事は確かで、その上人と見分けが付かない事に違いはないのだが、それでも決して人足りえない。
故に、もしその存在を正しく表記するならば人造生命体、または擬似人間となるだろう。
だからと言って特別何かが変わるというわけでもない。
KOHOは当然として世間の目も別段冷たい事もなければ、人でないからといって迫害されるという事もない。
というよりも、腕が四本あったり、全身機械風のコスプレをした男がいたり、常にエレキギターを弾きならし続け騒音をまき散らす様な存在が跋扈するのがこの業界である。
それらの人間のはずなのに同じ人間とは思えない存在達と比べたら、人間ぽい何かである事など些細な事でしかなかった。
とは言え、人と全く同じというわけにはいかず、幾つか制限を受けている。
怪人や改造人間など、体を調整した存在はその時点で本来人が持ちうる当たり前の権利が幾つか消滅する。
職業自由などがその最たるものだろう。
怪人だけでなく、テイルの生み出した戦闘員、身体調整を行い足りない部位を付け足した存在もまた、職業自由が消失する存在に当てはまる。
ただ、これに関してテイルは文句を言うつもりはない。
もし、怪人や戦闘員が自由に職業を選べたとすれば、その能力により身体調整を行っていない人の仕事を必ず奪うからだ。
確かに一方的に不利な条件を付きつけられている為、これは決して平等とは言えない。
だが、そこまで不利な条件を付けてようやく公平となるのだ。
これを差別であるという事こそが、ある種差別主義者であると言えるだろう。
同様に、怪人と呼ばれる存在が外国に向かう事を禁止されていても、それは決して差別とは言えない。
強大な軍事力を遥かに上回る存在がひょいひょい移動されれば国家の存続に影響するほどの大混乱を巻き起こすだろう。
更に、旅行禁止に関しては大っぴらに出来ないもう一つの理由がある。
地球の願いにより生まれた特殊能力や宇宙からの侵略者により発見された技術が許可されているのは、この国のみである。
外国に言えば能力のほとんどは使えず、存在の弱い者は消滅する恐れすらある為、本人の為に禁止されていた。
だからこそ――怪人が外国に向かう事は不可能に近いのだが……何事にも例外は存在した。
「……忘れ物はないか?」
巨大な空港の中、テイルは大きなボストンバッグを持ったヴォーダンにそう言葉をかける。
ヴォーダンはそっと頷いた。
「はい。全て確認済ですし、最悪あっちでも空港付近ならまだ買い物出来ますので」
そのヴォーダンの言葉にテイルとユキは心配そうな顔を浮かべた。
「うむ! 余が付いておる故何も心配はいらぬ」
そう言って今回怪人の海外旅行という無茶を押し通した存在、凄まじいという意味だけでなく触れたくないという意味でもアンタッチャブルな美皇帝が金色の髪だけでなく全身余すところなくキラキラと輝きながら笑顔を浮かべた。
それを見てテイルはちょいちょいと美皇帝に傍によるよう合図を出し、近づいてきた美皇帝の肩に腕を回し内緒話を始めた。
「なあ。本当に大丈夫か? こういう無茶出来るって事はお前はガイアとか知ってるんだよな?」
「うむ。もちろんだ。筋肉の母であるあのお方の事を、余が知らぬわけがないであろう」
それはちょっと不名誉な呼び名ではないだろうかと考えたテイルだが、そこは触れない事にした。
「じゃあさ、ヴォーダンが外国言って大丈夫か? ぶっちゃけ消えない?」
「それはないから安心して良いぞ友の父よ。ヴォーダンは愛すべき我が祭典、マッスルロワイアルにて確かな我を確立した。消える事だけは絶対にあり得ない」
「そうか。信じよう」
「うむ。余とて最愛なる友を失う様な事は好ましくないからな」
その言葉を聞いてから、テイルは美皇帝から離れた。
「すまんな。俺の一人旅の為だけに色々無茶をさせて。金だけでどうにかなる問題じゃなかっただろ?」
ヴォーダンが美皇帝に申し訳なさそうに言うと、美皇帝は微笑んだ。
「なあに。友の願いの為に受ける苦労など……むしろ楽しい位だったぞ」
堂々と、一切の嘘なしに美皇帝はそう言葉にした。
「……助かる。すまんな。対等な友と呼べるほど強くなくて」
「いいや。貴殿は十分に強いさ我が友よ。それでも……それでも不満なのなら、今回の旅行で何かを見つけてきてくれ。貴殿が余と目線が合う時は余も楽しみにしておるぞ」
「ああ。お前だけじゃなく父や母など、色々な人に無茶を言ってここまで準備させたんだ。答えを見つけて見せる。俺だけの答えを……」
ヴォーダンはぐっと握りこぶしを握り、自分に言い聞かせる様静かに声を発した。
ヴォーダンの目的はたった一つ、最初から最後まで徹頭徹尾変わっていない。
様々な事を学び、己の肉体を鍛え、色々な人と触れ合ってきた。
その全ての根本は、あの日ビルの爆破事故が起きた日に見つけた答えの欠片、残留の様な物をもう一度見つける為である。
あの時、ビルが爆発した瞬間、ヴォーダンは自分の肉体が能力以上に動いたのを確認した。
それ以外にも、美皇帝と腕相撲をした時も、確かに自分の実力よりも上の力が発揮された。
既に二度起きた奇跡。
その答えも理由も、朧気だが確かに見えている。
見えているのだが……それを手繰り寄せる事が出来ない。
必死に鍛え、学び、自分を磨いたが、それでも一向にその『何か』に近づけずにいた。
故に、ヴォーダンは修行しようと考えた。
それがこの旅行の目的である。
ヴォーダンは答え探しの修行である故、精神統一等を行おうと寺にでも修行に行こうと考えた。
だが、テイルと美皇帝がそれを知り、あーだこーだと言い合った結果……何故か外国旅行に行く事と決まった。
と言っても、国内のあらゆる場所よりも修行に向いた場所で、しかもテイルが自信を持って推薦する先生もいるらしい。
そんな好条件ならば、感謝こそすれど文句などあるわけがなかった。
「それでは、行こうか我が友よ!」
そう言ってぱっつぱつではあるが珍しく上着を着ている美皇帝はヴォーダンに楽し気に語り掛けた。
「……え? お前も行くのか?」
「うむ! と言っても余は修行に行くわけではない為一緒なのは飛行機の中だけだがな。だが安心しろ! 余の席は友の隣だ。退屈になどはさせぬぞ!」
その言葉にヴォーダンは顔を顰めた。
「な、何故だ我が友よ!? 余が隣では不服だというのか!?」
「いや、不服と言うか……お前と隣同士になると相当狭そうだと思ってな」
「それなら安心するが良い。貴殿と余で三席横並びの席を予約してある。窮屈になる事はあるまいよ」
「そうか。なら良かった」
ヴォーダンがそう言葉にしてわざとらしく安堵の息を吐くと、美皇帝とヴォーダンは同時に笑い、拳をこんとぶつけた。
「それではハカセ。行ってきます」
「ああ。行ってこい。お土産は良いからしっかりやって来いよ」
「でもせっかく旅行に行くんだからちゃんと楽しむのよー」
テイルとユキは微笑みながら振り返る事のない二人の背を見送った。
「……さて……後は知らん」
二人が去った後、テイルは諦めた様な口調でそう言葉にした。
「……友達の愛が恐ろしく重かった場合どうしたら良いかな? 応援して良いのかな?」
本気の困り顔になっているユキ。
それを見て、テイルはポンとユキの肩を叩いた。
「なる様にしかならない。だから……忘れよう。たぶん大丈夫だ。たぶん……」
そう言ってテイルは今にも飛び立とうとしている飛行機を見つめた。
「……それはそれとしてこの近くに夜景が綺麗な観覧車があるんだって。見て見たいなーって言ったら怒る?」
ユキがそう言葉にするとテイルは優しく微笑んだ。
「良いんじゃないか? 夜は遅くなるってメールしておこう。ついでに昼も時間が余ったし、どこか遊びに行かないか? 完全にノープランだが……ま、それも悪くないだろう」
ユキはぱーっと見ていて気持ちの良くなる様な満面の笑みを浮かべ、大きく首を縦に動かした。
「それで、そっちの用事な何なんだ?」
飛行機が離陸した後、ヴォーダンはぱっつんぱっつんのシャツにサングラスをかけた金髪の男にそう話しかけた。
「うむ。ぶっちゃけ特にないぞ」
「は? いや、飛行機に乗ってるんだから何か理由があるだろう」
「ないぞ」
「……じゃあ、どうして飛行機に乗っているんだ?」
「こうでもしないと貴殿とゆっくり話が出来ないであろう? つまり飛行機に乗る事が余の用事である」
満足げに、美皇帝はそう言葉にした。
「……そうかい」
ヴォーダンはそれだけ答え、美皇帝から視線を外し手元の資料に目を通した。
「外国では能力に制限が加えられる為本来の調子が出せない事にご注意下さい……か。なるほどな……」
手元の資料に書かれた事をそのまま口に出し、納得した様子でヴォーダンは呟いた。
外国には怪人や正義の味方はいない。
それがそのまま出現して暴れたら警察どころか軍すら手が付けられないだろう。
それならこの処置も納得出来る。
そうヴォーダンは考えた。
ちなみに、その資料は真っ赤な嘘である。
未だ宇宙人の事を知らないヴォーダンを納得させる為に作った美皇帝のなんちゃって公式資料でしかない。
「うむ。人によって異なるが……貴殿の場合は電気生成関連が壊滅的な事になると思われるぞ」
「ふむ……なるほど。まあ、それ位の方が修行には丁度良いか」
「うむ! 貴殿が強くなり余と目線を揃える日がそう遠くないと、余は信じているぞ」
「……俺はお前のその上から目線を見下す日を楽しみにしている」
そうヴォーダンが言葉にすると、美皇帝は心の底から嬉しそうに頷いた。
美皇帝より、ヴォーダンは『雷帝』の称号が授けられた。
本来怪人に与えられる称号はファンや本人の自称が広まった場合に付けられるものなのだが、美皇帝ほどの権限と人気があれば他人に称号を贈る事も可能だった。
故に最上位とも言える様な称号を贈ったのだが……ヴォーダンはそれを受け取らなかった。
美皇帝はヴォーダンをライバルとして、友として相応しい者であると認めこの称号を贈ったのだが、他の誰でもないヴォーダン自身が美皇帝に並び立っていないと、その称号を受け取る実力はまだ自分にはないと自覚していた。
その為、美皇帝と対等である帝の字を拒否した。
そうした経緯の末、ヴォーダンに付けられた称号は『雷王』となった。
雷王は皇帝と並び立てた時に雷帝となり、そして皇帝を超えし時、雷神となる。
そう期待をして付けられた名前だった。
「ま、それはそれとしてせっかく友との語らいの時間だ。そなたと普通に話がしたい。何か余に話をすると良いぞ」
わくわくした様子でそう話しかける美皇帝にヴォーダンは少し考えた。
「……ふむ。……家族の話で良いか?」
「あの父と母の話か。うむ。聞かせてもらおう。ああ、個人情報とかは良いぞ。貴殿がどう思い、何を考えたかが重要である故な」
美皇帝は楽しそうに頷くと、ヴォーダンは嬉しそうに家族自慢を始めた。
それを美皇帝は嫌な顔一つせず、楽しそうに聞き入った。
「楽しかった時間はあっという間であったな」
空港の外で美皇帝はそう言葉を漏らした。
「……すまん。時間ぎりぎりまでずっと話してしまって」
およそ七時間、息づきと食事の時間を除きずっとヴォーダンは家族自慢を続けていた。
美皇帝はそれに対し一切嫌な顔をせず、ずっと楽しそうに聞いていた。
「余は楽しかったと言ったぞ。謝罪をされるいわれはない。それに、余は家族や自分の事はまだ話せぬからな」
「……話さないではなく、話せないなのか」
「うむ。貴殿が余と対等に戦いが出来る様になれば、その時は余も家族や余自身の自慢話をしようではないか」
「そうか。ああ、それがそう遠くない日になる様誓おう」
「うむ! 期待しておるぞ! では余はこれで失礼しよう。一月後迎えに行くからそれまでしっかりと励むが良い。答えが見つかる事を祈っておる」
それだけ言葉にし、美皇帝はその場を後にしどこかに去っていった。
一人になったヴォーダンは空港の外に出て、周囲の広大な景色を見渡した。
見渡すばかり山と森しか見えず、舗装されている道は一つのみ。
自然が豊かではあるが、観光地としてうまく行っているらしくバスの中には楽しそうな外国人旅行客でいっぱいになっていた。
そのバスは唯一舗装されている道を通り、山の向こうに走って行った。
「……あっちは確か観光街があるんだったかな。……土産を買う時間があれば寄るか」
そう呟きヴォーダンは空を見た。
空は何も変わっていないはずなのに、それは自分の国で見るものよりもより青く、そして何故か美しかった。
「あの……すいません」
唐突に呼び止められ、空を見ていたヴォーダンは顔を戻し声の方を向く。
そこにいたのはミントだった。
ありがとうございました。