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悪の組織やってます ~怪人大好きな科学者による悪役ライフスタイル~  作者: あらまき
第八章 壮絶ながら始まらない終わった話とオムニバスっぽいものとか(仮)
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想う事、想われる事――中編


 バスの中で皆から褒められる長い黒髪をいじり、そして嘲笑するような顔のままミントは溜息を吐いた。

 ――私、何してるんだろうね。

 友人との予定を早めに切り上げてまで乗ったこの巡回バス。

 出発地点はここ、我らが宝が山商店街で、そして到着地点でありミントの目的地点は……何とあの我らが宝が山商店街である。

 要するに、これは巡回バスであり、移動という面だけで見ればミントのしている事は文句なし百パーセントの無駄骨でしかなかった。

 ミントの帰る家は他のどこでもなく、この宝が山商店街の中にあるのだから街外に出るバスに乗る理由はない。


 それでも、ミントにはそうせざるを得なかった。

 確固たる目的があるわけでも、やるべき使命があるわけでも、街外に遊びに行きたいわけでもない。

 それでも、どうしても毎週この日この時間はバスに乗ってしまう。

 あの日、偶然このバスで『彼』を見かけた日から、毎週金曜日決まった時間にバスに乗り、一周して降りるという日課がミントに追加されてしまっていた。


「……本当、何してるんだろう」

 毎回出会うわけではない。

 というよりも、今まで三回ほどバスに乗ったが、最初の一度しか姿を見ていな為このバスに彼が乗る可能性は限りなく低い。

 そして、もし彼がこのバスに乗っていても、ミントは話しかける事など出来るわけでもなかった。

 だからこそ、今ミントの行っている行為は無駄以外の何者でもなかった。


「……そう、わかってはいるんだけどね……」

 幸せが逃げそうな溜息を吐き、ミントはこの時の為だけに買った暇つぶし用の小説をカバンから取り出し読み始めた。





 バスの振動に揺られながら、カバーの付いた小説を黙々と読むミント。

 その様子をはたから見れば、相当な文学少女に見えるだろう。

 艶ややかな黒髪に透き通った綺麗な肌をした、大人しそうな少女。

 穏やかでありつつもどこか凛としたその様子はどこかノスタルジックな様子を感じさせ、彼女を大和撫子と呼んでも差し支えない位である。

 それは、世の男にとってそれは一種の理想像に近かった。

 だからだろう。

 ミントをつい目で追ってしまっている男子高校生、中学生はこのバス内だけで少なくとも五人は潜んでいた。

 ただ、そんな彼らは皆純朴な男子学生であり、話しかける勇気がない為ナンパする事なんて到底出来ない。

 精々、視界の隅に捉え恋い焦がれるのが精いっぱいである。

 その為、彼らの気持ちが燃え上がり恋にすら発展する事すらなく、一種の憧れのまま、彼らの気持ちは綺麗な終わり方をするだろう。


 だが、その方が彼らにとって間違いなく都合が良い。

 そんな彼らが恋い焦がれ憧れたミントはミントの中のわずか一側面にしか過ぎず、むしろミントの性格は彼らの憧れから相当かけ離れている。


 今のミントを見る者は皆、『今時にしては珍しい硬派な文学を読んでいる立派な子』と捉えてしまう。

 それ位読書をする姿が様になっているからだ。

 だが、実際ミントは読書家でも何でもなく、むしろ読書などは苦手な部類であり今読んでいる本も学生向けに作られたライトノベルと大衆文学の間位の教科書に毛が生えた程度の本でしかない。

 しかも、そんな簡単な本ですら今のミントは集中して読む事が出来なかった。

 文章を読むのにそこまで取りつかれていないという理由もあるが、それ以上に、今のミントは読書が出来るほど落ち着いた気持ちになれず、気が急いてしまっていた。

 もしかしたらまた『彼』に会えるかもしれない。

 会ってどうしろと言われたら特に願望もなくただそれだけなのだが、それでもミントにとってそれは気持ちが先走りするに十分な理由だった。


「……ふぅ」

 ミントは小さく溜息を吐き、本を閉じてしまい手鏡を取り出し自分の顔を見つめた。

 そこに映ってる自分の顔は、確かに綺麗な顔と言って良いだろう。

 それ相応にちやほやされてきたし、綺麗だなとある程度は自分でも思える位の顔ではあった。

 あったのだが……ミントはこの顔を含めた雰囲気があまり好きではなかった。

 顔自体は別に嫌いではない。

 ついでに言えば、マリーが好きだと言ってくれた自分の事も、決して嫌いなわけではない。

 ただ……色眼鏡で見られる事がミントは大嫌いだった。


 小学校の時、運動会の百メートル走で一位を取った。

 だけど学校の誰もがそれを褒めてくれなかった。

 別にいじめられていたわけではない。

 単純に、走るという行為がミントの印象から遠すぎて誰もその事を覚えていなかったからだ。


 その代わり、国語の朗読は大して上手くないのに皆が覚えていた。

『綺麗な声だった』

『将来は声の仕事?』

『それとも小説家?」

 大人も含めて皆そう言葉にした。

 運動神経という特技が褒められず、苦手な勉強関連が褒められるというのはまるで存在を否定されている様でミントは悲しかった事を今でも覚えている。


 とは言え、ミントがこれまで出会って来た人達はただ色眼鏡で見続ける様な嫌な人達ではない。

 学校内でも友達も少なくはなかったし、マリーを含めて理解してくれた人も沢山いた。

 宝が山商店街という場所で育ったミントは確かに幸せな学生生活を送っていたし、これからもきっと送れるだろう。

 だが、それでも『大人しく知的な少女』という印象を拭い去る事が出来ず、年に数度は『知的な文学少女』宛にラブレターが届けられていた。


 そんな自分だからこそ……きっとマリーと親友になる事が出来たのだろう。


 明るく活発で、向日葵のような女の子マリー。

 だが、そんな彼女は皆の想像以上に乙女趣味である。

 例えばマリーは読書が好きなのだが、読書が好きになった理由は恋愛小説が読みたいからという欲望からだった。

 更に言えば、料理が得意なのは誰かに美味しく食べて欲しいという尊い理由も確かにあるにはあるのだが……その誰かは将来お嫁さんになった時旦那さんもかなりの割合で含まれている。


 そんな乙女趣味全開で中身はとても可愛い女の子な毬マリーにもかかわらず、マリーの印象は『食べるのが好きだから料理上手くなった』というものである。

 明るく、誰にも笑顔で話す為だろう……同級生たちからのマリーの印象は愛想を振りまく犬の様な存在に収まっていた。


 本当はアウトドアだがインドアな印象の強いミントと、本当はインドアだがアウトドアな印象の強いマリー。

 二人の内面を入れ替えた方が釣り合いが取れる位、二人の性格は鏡合わせの様だった。

 だからこそ、二人はお互いの事を深く理解出来る無二の親友となった。


 ――と言っても、私と違ってマリーは周囲の印象を嫌ってないどころか気にもしてないけどね。

 そう思い、ミントは小さく苦笑いを浮かべた。

 マリーのそれは懐が広いというよりは、愛が広い。

 だからマリーは多少の事では全く気にしないし、少々問題がありそうな相手であっても基本優しい。

 そんなマリーがミントは羨ましくて――そして好きだった。


 そう、ミントはマリーの事を恋愛的な意味で好きなんだと思っていた。

 自分は女性が恋愛対象であり、そしてそれが一番近くにいるマリーである。

 だから自分はマリーに恋をしているのだ。

 今では、そうだと思っていた。


 だが……どうやら違ったらしい。

 確かにマリーの事を考えると幸せな気持ちになれ、一緒に過ごしているととても楽しくなる。

 そして可能ならイチャイチャしてずっと一緒に過ごしていたい。

 だが、この感情は恋に限りなく近くはあるが……恋ではない。

 ミントはそれを、今はっきりと理解出来た。


 その人を事を考えると苦しくなり、自分の心も行動も制御出来なくなっておかしなことを始め、そしてそれにより更に苦しむ。

 現状そんな感じになってしまったミントは自分自身ながら嘲笑せずにはいられなかった。

 ――恋って、こんな苦しいものなのかな? それなら、私は一生知りたくなかったな。

 ミントは小さく溜息を吐き、そっと下を向いた。




 溜息を吐くと幸せが逃げるというが、どちらかと言えば幸せが逃げたから溜息を吐くのではないだろうか。

 バスから降りながら、ミントはそう思わずにはいられなかった。

 特に何事もなくバスはぐるりと一周して宝が山商店街に舞い戻り、ミントを下ろして再度同じルートを巡回する為走り出した。

 平和で平穏。

 それは正義の味方であるミントにとって望ましい事ではあるのだが、今この時だけは全く嬉しい気持ちにはならなかった。

 どうせ無理だろうと最初からわかっていたが、それでも僅かながら彼に出会う事を期待していたのも事実だった。


 ――ああいや。何事もなかったわけじゃなかったみたい。……暗い気持ちになると悪い事でも引き寄せるのかしら。

 明らかにミントをターゲットにしてこちらに近づいてくる軽薄そうな男を見て、ミントは泣きたい気持ちとなった。


「ねえねえ。ちょっと良いかな?」

 ニコニコともニヤニヤともとれる人懐っこい笑顔を浮かべ近寄って、その男はミントに話しかけた。

 本音を言えば、今すぐその場を離れたい。

 告白される頻度の多いミントにとって、この様な見た目が軽薄そうな男はあまり良い印象がないからだ。

 それでも、それをする事は出来ない。

 人を見た目で判断してはいけないと自分の身を持って知っているからだ。

 もしかしたら見ためと違い真面目な人物で、目的地がわからなかったりトゥイリーズのファンだったりするのかもしれない。

 そう思いミントは男の方に体を向けた。


「はい。何でしょうか?」

「えっとね。君みたいな可愛い子に興味あるんだ」

 男の言葉に、ミントは真っ当な対応をしようとした事を後悔した。

「……はい?」

「俺さ、宝石みたいな綺麗な子が好きなんだ。人々を魅了する様に輝く、まるで宝石の様なそんな子達がね。ああ、もちろん君もそうだよ? 例えるなら……黄玉の様だね」

「え、あ、はい」

 ミントは無表情のまま、対応に困り果てた。

 正直、ただのナンパより百倍めんどくさい。

 ミントは歯の浮きそうな言葉を連発する気障な男に対し対応する術が思いつかず、ただただ聞き流す事しか出来なかった。


「でもさ、君には足りないものがある。本当もったいないよ。それがあればもっと綺麗なのに。だからさ、俺が魔法をかけてあげる」

「え、あ、いえ。結構です」

「まあそう言わないで。俺は凄い魔法が使えるのさ。その魔法はなななーんと! ――君を笑顔に出来る魔法なんだ」

「結構です」

「ま、そう言わないで。ちょっと、十秒だけ待っててね! お願いね!」

 そう言って男は風の様な速度でどこかに走って行った。


 ――何だったんだろうかあの人。……まあ良いか。逃げよ。

 ミントがそう思い全力で走ろうとしたその瞬間に、男はダッシュで戻って来た。

 十秒どころか五秒も経っておらず、逃げ損ねた事に気づいたミントは顔をしかめた。

「お待たせ! はい。これが俺の魔法だよ」

 そう言って微笑む男を見て、ミントは息を飲んだ。


 正しくは、男の後ろにいる『彼』を見てである。

 何か言う事があったはずだ。

 何か思う事があるはずだ。

 だが、ミントは真っ白になって何の言葉も感情も出てこなかった。


「正直……半信半疑だったけど、この様子なら間違いはなかったみたいだね」

 堅物そうな少々怖い外見の男を連れて来た軽薄そうな男は茫然とするミントを見てぽつりとそう呟いた。



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