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ソレを愛する者達に告ぐ-10



 閃光が煌めき、轟音が轟く。

 カタリナのハンドガンよりも巨大な爆音に驚いた二人は流石に戦う手を止めた。


 そして、その暴虐的な音と光が何を引き起こしたのか何だったのかを周囲を見て確認し、その現実を理解したカタリナは……茫然とした様子で脱力し、ハンドガンを地に落とす。

 いつも傍若無人を絵に描いたようなカタリナが見た事もない姿となった事に美皇帝は驚き、一体何が起きたのかを確認する為に周囲を見た後――ソレに気が付き、美皇帝は笑った。


 心の底から笑った。

 キャラ付けも、さっきまでの嫌な気持ちも、全て吹き飛びただただ笑った。


 空に浮かぶ戦艦。

 カタリナの所有物である宇宙空間ですら活動出来る強襲型巨大飛行戦艦アレクセイ。

 その戦艦という見た目とは異なって近未来兵器を多数積んでいる為、攻撃性能防御性能共に破格の性能を秘めている為、本来なら的でしかないはずの緩やかな速度で空に浮かぶアレクセイを落とす事は不可能に近い。


 特に、あらゆる攻撃に反応する三重の偏向シールドと敵対誘導兵器の完全無効ジャマー。そして強固な多重物理シールドは非常に強力で、それを貫く事は決して容易ではない。

 その強襲型巨大飛行戦艦アレクセイのどてっぱらに、全体の二割を超えるほどの巨大な穴が開いていた。


 墜落こそしていないものの、煙を吹いてふわふわと怪しい挙動をしている現状ではそれも時間の問題のように思えた。

 だが、そこだけならば問題はない。

 自己修復機能すら内蔵している為このまま飛行状態を維持し続けるのは可能だった。


 問題なのは……アレクセイに攻撃が通ったという事はあらゆる障壁が貫かれたという事の方だ。

 その事実の方が今は問題である。

 つまり、今のアレクセイは一切の防護機能がないただの的となっていた。


「ははははは! 考えるまでもない。こんな事を出来るのは我が友くらいしかおらんな。あははははは! こんな切り札を持っておったか! なるほど。余との戦いに勝機があるとはコレの事か。確かに、これなら余を気絶させる可能性もあるな」

 満足そうに美皇帝はそう言葉にした後、コンクリートの欠片を持ってぽいーとアレクセイ目掛けて投げた。

 カーンと小気味よい音と同時に、横に添えられていた大砲がへしゃげ、それを見て美皇帝は楽しそうに頷いた。


「や、やめてくれ! 修理代がやばいんだアレ! あんな壊れ方想定してないから既に一体どこから修理すれば良いかわからない位なんだ」

「あはははは! 止めて欲しかったらどうすれば良いかわかるな?」

 その言葉にカタリナは頬を染め頷いた。

「あ、ああ。俺の体を好きにして良い。だから――」

 美皇帝はコンクリの欠片を先程より強めにアレクセイにぶつけた。

「はよ帰れ」

 カタリナはがっくり肩を落とし、とぼとぼとした足取りでその場を後にした。


「……やりすぎだっただろうか」

 己の身長よりも長い巨大なマテリアルライフル風の長物。

 その銃先から煙が出るのを見ながらヴォーダンはぽつりと呟いた。




「良くやった」

 満面の笑顔で、酷く満足げに美皇帝はヴォーダンにそう言葉にした。

「……大丈夫だろうか。正直やりすぎたような……」

「構わん。むしろ襲撃者に情けなど無用。次は是非落としてくれ。いや、余も攻撃に参加して一撃空中大破というのもなかなかの浪漫がある」

 酷くテンションの高い美皇帝にヴォーダンは苦笑いを浮かべた。

「本当に嫌いなんだな」

 美皇帝は無表情でそっと頷いた。


 カタリナが撤退してから三十分ほどが経過した。

 頭のおかしな女性は誰一人この場にはもうおらず、黒衣とスタッフ、そして大会参加者は皆協力して被害の跡片付けを行っていた。

 多少の怪我こそあったものアーミー・アマゾネス団による犠牲者は零……いや、微妙ではあるがわずかに犠牲者は出る程度で終わっていた。

 軽傷の怪我人敵味方合わせて二十人。

 ヴォーダンの一撃による脳震盪で念の為病院にいった敵が一人。

 そして……婚姻届けを出したカップル一組。

 それが犠牲者の総数だった。


 ちなみに婚姻届けを足した人……男性側の方も決して嫌々というわけではなかった。

 肉体を鍛えるのは好きだが性格が内向的な男で、趣味は掃除洗濯に小動物を愛でる事、特技は料理という主夫としては完璧だが大人しすぎて男社会で生きていくのが難しいような男だった。

 周囲から体形の癖になよなよして気持ち悪いと心無い言葉を掛けられ続けた彼だが、ここで運命の出会いを果たす事となった。


 女性の服装はピンクでレースの沢山ついたフリルのドレス。

 そしてふわふわした髪に愛嬌ある顔立ちだが……その性格は野生的の一言。

 アマゾネス団という猛禽類の群れの中でもその野性は上位に存在するほどで、その判明家事は苦手で家はいつも片付かずぐちゃぐちゃ。

 そんな彼女は男を見て何か運命の糸のような物を感じ、紳士的に男の顎を手にかけ、こちらを向かせ愛の言葉を囁いた。

「私の為に毎日毎時間、美味しいご飯を作って欲しい。代わりに私はお前とお前の大切な物を生涯守ってやる」

 男が恋に落ちた瞬間だった。


「……偶にこういう事があるから男女の中というのは不可思議で奇天烈なものだと感じるよ。余は」

 美皇帝は遠い目でそう言葉にした。




「……さて、美皇帝。どうする? 戦いの続きという雰囲気ではないし、皆忙しそうだから誰も俺達に構ってられないが」

「余と、そなたがいれば戦える。であろう? ギャラリーはいないかもしれんが……余が皇帝ではなく一参加者であるなら……」

 断られたら死ぬんじゃないかというほど必死な様子で美皇帝はそう言葉を紡ぎあげていく。

 その様子を見てヴォーダンは苦笑いを浮かべる事しか出来なかった。

「わかった。やろうか。……そう言えば競技は結局何になるんだ?」

 そうヴォーダンが尋ねると美皇帝は周囲をきょろきょろと探し、そして目的の物を見つけるとそれを手に取る。

 その司会の男が落としたボールには『アームレスリング』と書かれていた。


「余とそなたの戦いは腕相撲という事だな。ちょっと待っておれ。黒衣がいないから余が準備をする」

 そう言った後、美皇帝はスキップしそうなほど軽やかな足で準備に入った。


 完全金属製の頑強なアームレスリング様テーブルを地面にボルトで止め絶対に動かないよう固定していく美皇帝。

 そこまでしなくても……とは美皇帝の力を考えるととても言えなかった。


 ヴォーダンはスマホを手に取り、電話をかけた。

 電話先は尊敬すべき父、テイルである。


『もしもし。どうした? 何か問題があったか?』

 少し焦り気味に尋ねるテイルの気持ちに喜び、ヴォーダンはテイルが見ているわけでもないのに首を横に振った。

「いえ。騒動自体は問題なく終わりました。ただ、一つお願いが」

『何だ?』

「電光回路のロックを解除してください。全部、完全に」

 現在の電光回路は五十パーセントまでしか活動出来ないようリミッターがかけられていた。

『……ロックの理由は知っているよな?』

「……はい。それでも、それでもお願いします」

 電光回路にリミッターがかけている理由は単純で、他の誰でもなくヴォーダンが危険だからがだ。

 生まれたてで経験もなく、精神も未熟な状態での電光回路最大出力は暴走する可能性すら残り、最悪の場合は暴走状態を起こし電光回路がヴォーダンの命を奪う。

 その危険性を把握しているが、それでもヴォーダンはテイルにそう頼んだ。


『……ちょっと待ってろ。ユキと相談する』

 そう言葉にした後テイルは数分ほどスマホから離れ、五分ほどした後戻って来た。

『本来ならば絶対に許可しないのだが……うん。まあ今のお前になら……許可しよう』

 何やら歯切れの悪い様子でテイルがそう言葉にするとヴォーダンは微笑み頷いた。

「ありがとうございます!」

『ただし! ただし三分までだ。それ以上はユキが技術者として許可出来ないってさ。お前の能力の問題ではなく電光回路の稼働不足による問題だこれは』

「了解しました。十分です。では――」

 そう言葉にしてスマホを切ると美皇帝がこちらを見ていた。


「……三分が全力の限界か?」

 その言葉にヴォーダンは頷いた。

「では、制限時間を三分の一回勝負にしよう」

 そう言葉にした後、美皇帝は謎の金属製のテーブルに肘をかけ、ヴォーダンが挑戦してくるのを待った。

 ヴォーダンは迷わずその手を掴んだ。


「電光回路――完全覚醒(フルアウェイク)

 そう呟き、ヴォーダンは己の中にある回路を全力でぶん回した。


 実際に聞こえているわけではないが体内で機関がキュイイと高速回転しているイメージを作ると電気が体内から湧き上がってくるような感覚に襲われ、その直後にありえないほど体に力が滾りだす。

 瞳が電気と同じ黄金に近い金色に輝き、周囲にパチパチと小さな帯電が現れていた。


「時間も少ない。急ぐぞ。コインを投げる。地面に着いたのが開始の合図だ」

 そう言葉にした後美皇帝はキンと音を立て金色のコインを宙に放った。


 くるくると回転する片面に半裸美皇帝が描かれた謎のコインはゆっくりと地面に向かい……金属音を発しながら地面にぶつかる。

 その瞬間に、ヴォーダンは全力で力を込めた。

 腕相撲の技術やセオリーなどわからない。

 だからこそ、出来る事はただ『全力』で腕に力を込める事のみだった。


「は……はは……ははははは! そうか、余と筋力勝負で競えるのかそなたは。血が滾る。心が沸騰する! 体が戦っている事に喜びを覚えている! そなは……そなたは本当に……ああ、素晴らしい友だ」

 そう感動を表現する美皇帝の顔には余裕が浮いて見え、ヴォーダンには苦悶の表情が浮き上がっていた。


 角度で言えば十度ほどだけ相手側に偏った状態で拮抗していた。

 ただし、相手にはまだ余力が残りこちは全力全開。

 わずかでも疲労すれば一気に傾くのがわかるのだが現状維持で精いっぱいであり……一度すら動かす事が出来る気がしない。


 確かに美皇帝も本気で挑んでいる。

 だが、その本気は渾身の、全てを吐き出す全力とは程遠くゲームで本気を出す程度だ。

 その程度しか引き出せていない上に負けそうな事にヴォーダンは困惑と焦りを覚えた。


 孤独と退屈を解消してやりたい。

 だが、自分にその力はない。

 そんな美皇帝を想う気持ち。


 負けたくない。

 立ち向かいたい。

 そして勝ち父と母に褒められない。

 そう思う身勝手で負けず嫌いな自分本位の気持ち。


 その二つがヴォーダンの中に渦巻いている。


 だが、負けたくないからと言っても正直勝ち目が一切見えない状況だった。

 こっちが全力で相手は余力が残っている。

 単純に実力が追い付いていないのだ。

 その状況であるのなら……焦りが生まれない訳がなかった。

 そして焦り集中力を欠けば――。


 ぐっと腕の均衡が傾き、更に五度ほど相手側に腕が移動した。

 これ以上傾くと戻す事が出来ない。

 だからこそなお焦りが生まれ、集中が乱れていく。


 その様子を見ても、美皇帝は責めなかった。

 本気で戦う者が焦らないわけも迷わないわけもないからだ。

 ただ、それがない自分が少しだけ寂しかった。


 ――こんな時……父と母なら……。

 そう考えた後、ヴォーダンはある事を思い出した。


 これまで今大会で戦って来た人達は、誰一人負ける気で戦っていない。

 だが、とにかく勝つ事だけに拘っていた人は誰一人もいなかった。


 皆、それよりも全力を出す事に重きを置いていた。

 友に本気で向き合って、そして出し尽くした先に勝利がある。

 今までの対戦相手は、皆信じていた。


 ヴォーダンはその事を思い出し、焦る事も、苦しむ事も止め、握った拳にだけにただ意識を傾ける。

 そして……考える事を止めた。




 集中しきって何も考えていない状態のヴォーダンは雷鳴と破壊音を聞き、その意識は我に返った。

 そして我に返った後ヴォーダンが見た物は――茫然とした様子でヴォーダンを見る美皇帝と、真っ二つになった頑丈そうだった金属製のテーブルだった。


「……何が、何があった?」

「覚えておらぬのか?」

「……いや、薄らと……記憶はある。……何となく俺が少しだけ傾きを戻せたところまでだが……ぶっちゃけ俺の負けみたいなもんだが試合的には引き分けで良いんだよな?」

「あ……ああ。勝負に関してはそうだが……何も覚えていないのか?」

「何をだ?」

 ヴォーダンはそう尋ねると美皇帝は微笑み、首を横に振った。

「いや……何でもない。余は意思の力で肉体の限界を超える事を奇跡とは思わん。それは愛による必然だと信じておる」

 ヴォーダンは何を言っているのか意味がわからなかった。

「そ、そうか……。ところで、すまないが再戦は出来そうにない」

 ヴォーダンは申し訳なさそうにそう言葉にした。


 まだ三分まで時間はあるはずなのにロックが復活し電光回路が上手く作動しなくなっていたからだ。

「いや、構わん。まともに競い合う事が出来た。余は満足だ……。限界を超えるという美しき瞬間も見れ、また引き分けという余にとって滅多にない貴重な経験も出来たしの。……これで……これでそなたは余の友であると同時に好敵手であると言っても良い存在となりえた。ヴォーダン。その名を未来永劫この胸に刻み込もう」


 そう言って差し伸ばされた美皇帝の手をヴォーダンは受け取った。



 

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