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ソレを愛する者達に告ぐ-8


 気を失ったままのバロンはどこからともなく現れた黒衣に運ばれ、同時に中央にあったリングが片付けられる。

 そしてその後、ゆっくりとした拍手がヴォーダンの耳に届いた。

 その拍手の送り主である美皇帝は椅子に座ったまま満足そうな笑みを浮かべ、ゆっくりと立ち上がりヴォーダンの元に歩いてきた。

「見事だ。美しく、それでいて気高い戦いであった。……そして……よくぞ余の元に辿り着いた。まさか……これで終わりではあるまいな?」

 まるで少年のように目を輝かせながら美皇帝がそう言葉を発すると、ヴォーダンは頷いた。

「ああ。我は唯一であると証明する為に来たのだ。後一人、唯一となる為に戦うべき相手が、友がいるではないか」

「……余を友と呼んでくれるのか。心から感謝する。では余と踊ろうではないか。が……その前に……ビューティー・マッスルポーズ!」

 美皇帝は突如として筋肉を躍動させ、ポージングを取った。

 ボディビルでいうフロント・ラット・スプレッドの構えを取る美皇帝は一瞬にして黄金に煌めき、まっすぐ見る事が出来るほどの強い光量を周囲にまき散らした。

「我はこの唐突な筋肉推しだけは理解出来ん……」

 ヴォーダンはぽつりと困り顔でそう呟いた。


 見たくも感じたくもない筋肉太陽の恵みを受けたヴォーダンは己の肉体の変化に気づき、絶句した。


 何も問題はない。

 いや――正しく言えば、己の体にあった問題が全て解決していたのだ。

 火傷を含む怪我は当然として体内に残留していた疲労も全て消滅し、その上さきほど使いきってまだ二割ほどしか回復していない電光回路のエネルギーもほぼ満タンに近い状態となっていた。


「……そんな馬鹿な……。レーダーチェック。上位存在の痕跡なし。魔力残留なし……。次元干渉の痕跡もなし……。まさか科学こちら側の技術なのか……」

 父であるテイルすら成し遂げられないような奇跡を目の当たりにし、ヴォーダンは驚かずにはいられなかった。


「何を言っている? これは科学ではない」

「では一体――」

「筋肉だ。貴殿もその内出来るようになるであろう」

「……悪いが一生かかっても出来る気がしないぞ」

「ははは。一生は長いものよ。さて、何の種目で余と踊ってくれる? ちなみに直接戦闘はあまりお勧めせん」

「どうしてだ? 俺としてはそれが一番得意なのだが」

「さきほどのビューティ・マッスルポーズは自分にも使えるぞ」

「は?」

「使用条件はなし。使用回数制限も当然ない。故に、持久戦では余が間違いなく勝つし時間がかかりすぎる。かと言って余だけ一方的に制限を受けるのは貴殿への侮辱となるし美しくない。だから余としては別の方法を提案したいのだ」

「例えばどんなだ?」

「直接戦闘でなければ何でも良いぞ。余は美皇帝。つまり筋肉の頂点にいる者だからな。どのような種目であれ美しく踊って見せようぞ」

 そう言って高笑いをあげながらポージングを取る美皇帝に周囲の観客達は美皇帝コールと共に拍手を舞い起こした。


「ふむ……では提案の前に質問なのだが……これまでの競技はどのように決めたんだ?」

「美しき筋肉を持つ余の大勢の部下達が種目を考える。その後に筋肉協議を行い種目を厳選。そして最後に……」

「最後に?」

「筋肉抽選を行い種目をを選択する。勝負と筋肉は時の運も大切だからの」

「わからない単語はスルーするとして、要するにランダムで種目を選択出来るという事で良いか?」

「うむ。その通りだ」

「じゃあ、我らの戦いも今までと同じ様に抽選で良いだろう。戦闘系が出たら……その時はその時だ。たとえ無限に回復されるとしても、まあ我にも勝機はある」

 ヴォーダンがそう言葉にすると、美皇帝は輝かんばかりの目でヴォーダンを見据えた。

「余を特別扱いせず、そこまで他者と同じ様に扱ってくれるか。……感謝するぞ。そなたと、この出会いに」

 そう言葉にする美皇帝。

 ヴォーダンは美皇帝の気持ちがほんの少しばかりだか理解出来た。


 傍にいるだけで跪きたくなるほどのカリスマ性を持ち、圧倒的な質量と戦闘力を相対するだけで感じるほどの存在である美皇帝。

 彼を己と対等に扱う者は誰もいないだろう。

 ヴォーダンも跪きたくなったり圧倒的過ぎて恐れ逃げ出したくなるのを我慢しての意地と強がりでこの場に立っているに過ぎなかった。


 格上とかそういう次元ではない。

 おそらく、ランクで表すなら最上位、レジェンドクラスなのだろう。

 だが、それでもヴォーダンは負け試合を行う気はなかった。

 これまでの友で、誰一人負けるつもりで戦った者はいない。

 ならば、自分もそうするのがきっと正しいだろう。

 ヴォーダンはそう信じていた。


「では我らの踊る演目を決めようではないか」

 そう美皇帝が言葉にすると黒衣が上に穴の開いた箱をヴォーダンに手渡した。

「……これを一つ取れば良いのか。ずいぶん地味だな」

「うむ! 余の踊る演目を決めるにしては幾分地味だ。リールがぐるぐる回るアレとかでっかい人間アミダクジとか色々と準備はしておったぞ。だがの……余を普通扱いしてくれるのだろう」

 さっきからずっと少年の様な表情になっている美皇帝にヴォーダンは何も言えず、小さく溜息を吐いた後箱の中からボールを一つ取り出し、それを黒衣に手渡した。


 数人の黒衣がボールを確認しあった後、黒衣の一人がマイクを手に持つ。

「我らが頂点である美皇帝と、その挑戦者ヴォーダン。二人の踊る演目名は――」

 そう黒衣が言葉にした瞬間、巨大な爆発音と同時に客席を含むスタジアムが揺れ動く。

 そして爆発音と振動が複数回起きた後、空襲警報を彷彿とするようなけたたましいサイレンの音が鳴り響いた。

「無粋な輩が来たようだ。どうせならもう少し後に来れば良いものを……」

 そう呟く美皇帝の顔には落胆と緊張が映っていた。


「……何が起きている?」

「襲撃だ。余らの敵が余らを狙って襲い掛かって来た」

 そう言って美皇帝は空を指差す。

 綺麗な青空に、灰色の塊が浮かんでいた。

 それは戦艦だった。

 巨大な戦艦がどういう理屈か空を飛び、こちらに向かって砲撃を行っていた。


「……宇宙海賊でもいるのか」

「似たようなものだな」

 美皇帝の返しにヴォーダンは頭痛を覚える。

「んで、あいつらは何だ? 知り合いか?」

「知り合いというよりは、天敵だ。あやつらの名前はアーミー・アマゾネス団。目的は……筋肉狩りだ」

 その言葉は、ヴォーダンは理解の限界をはるかに超えていた。




「……ふむ。どうもスタッフっぽい人達の慌てようから、これはイベント内の事ではないらしいな」

 テイルがそう呟くと、ユキはテイルを庇うように立ちながらテイルに尋ねた。

「どう動く?」

「どうしたら良いと思う?」

「状況がわからないから撤退一択。ヴォーダンを回収して、ARバレットの避難路を活用」

「ふむ。だが、その前に話を聞いた方が良さそうだ」

 誰から。

 そうユキが尋ねる前に、二人の元にほぼ間違いなく事情を知っているであろうヴォーダンが駆け寄って来た。

 事情を知っていると思った理由は単純で……ヴォーダンの目が死んだ魚のようになっていたからだ。


「……それで、何があったのヴォーダン。あれだけ筋肉筋肉している状況でも平然としていたあなたがどうしてそんな虚無的な顔になってるのかしら?」

 正直尋ねたくないが尋ねざるを得ないユキはそう聞き、ヴォーダンは美皇帝より教わった事をぽつりぽつりと二人に伝えだした。


 マッスルロワイアル。

 美皇帝の気分次第で開かれるこの筋肉式オリンピアには天敵が存在していた。

 彼女達の名前はアーミー・アマゾネス団。

 女性だけで構成された彼女達はマッスルロワイアルに乗り込み全てをぶち壊していく。

 彼女達は決して憎くてそのような事をしているわけでもないし、そもそも壊す事も目的というわけではない。

 彼女達の目的はたった一つ……婿探しである。


「筋肉をあらゆる意味で愛する彼女達はこの大会に参加する男達をねらい、あわよくば旦那とする為筋肉狩りを行っているそうです」

 それを一言でいえば……かなり乱暴でアグレッシブではあるが逆ナンである。

「現実逃避出来ない自分を今ほど憎んだ事はないわ……」

 ユキはこめかみを抑えながら悲しそうにそう呟いた。


「んで、どうすれば良いんだ? ぶっちゃけ俺は筋肉とかそうでもないしヴォーダンも脱いでたらともかく今は服を着ているからそんな目立たない。……そっとフェードアウトで良いか?」

 流石に祭りを楽しむ雰囲気でなくなりそうだと思ったテイルはそうヴォーダンに尋ねた。

 ヴォーダンは死んだ魚のような目をしたまま、首を横に振った。

「テイルハカセは狙われる危険が少ないですが存在します。ですのでハカセ達はこのまま戻ってください。俺は……業腹ですが……非常に不服ですが……ここに残ってあれらと戦います」

「どうしてだ?」

「……まだラスト一勝負残ってますので」

 そう答えヴォーダンは会場の方に走って行った。


 ヴォーダンは筋肉にさほど関心はない。

 その為この大会を含めて何もかもがどうでも良いと考えている。

 美皇帝との勝負自体も口で言うほどの拘りもない。


 だが、それでも……今まで培ってきた人達との繋がり、友と呼んでくれた人達との絆だけは本物だと思い価値のあるものだと考えている。

 その……この大会で培ってきた多くの絆が、この場にヴォーダンを縛り付けていた。


『そなたは帰ると良い。あいつらを追い返す戦いはなかなかに過酷でな。こうなればもう戦いも何もないだろう』

 そう言葉にする美皇帝の顔は、酷く悲しそうだった。

 その理由は人生経験の少ないヴォーダンでも理解出来る。

 美皇帝は、心の底からヴォーダンと競いたかったからだ。


 圧倒的な強さと才能を誇る美皇帝は、美しさを見る為にずっと他者の競い合いを見つめて来た。

 鑑賞も趣味である為それは間違いなく楽しかったであろうが、同時に寂しかったはずである。

 自分も参加したい。

 そう思わないわけがないはずだ。


 だが、美皇帝が参加するのは難しいだろう。

 あらゆる意味で圧倒的だからだ。


 頂点に位置する玉座に座り続けるその孤独が、どれほどかヴォーダンにはわからない。

 わからないが……その寂しそうな顔をする美皇帝を放って帰る事は、ヴォーダンにでは出来なかった。


 ヴォーダンは戦艦をじっと見つめている美皇帝の元に戻り、小さく呟いた。

「全部終わったら続きをするぞ」

 美皇帝はわずかだが、頬を緩ませた。




 彼女達に共通点はなかった。

 空に浮かぶ巨大戦艦から出撃し飛行しながらこちらに迫る者と、地上より恐ろしい速度でこちらに迫ってくる者。

 空から襲ってくる者の姿は皆バラバラで、天使の様に羽を生やした者もいればジェットバーニアを付けた者も、場合よっては魔法少女の様な恰好をした者もいる。

 地を駆ける者も筋肉質で露出の高いビキニ姿の者もいれば黒いローブを纏った魔法使いのような恰好も、場合によっては人型ロボットの肩に乗るメカニックのような恰好をした者すらいた。

 彼女達は同じ団体とは思えないほどにバラバラで共通点は見られない。

 ただし――、一つだけ小さな共通点があった。


 それは、その瞳が血走っている事、その一点である。


 迫りくるアマゾネス部隊を見ながら、ヴォーダンは呟いた。

「……美皇帝。どうして彼女達はあんなに必死なのだ。襲撃者というよりは飢饉や飢餓で我を忘れているようだぞ」

「……言い得て妙だな。まあ、単純に、彼女達は文字通り必死なのだよ。何がとは言わぬがね。ああそうだ。しばらく余の傍から離れた方が良いぞ」

「どうしてだ?」

「余の同格が……いや、遅かったか」

 そう美皇帝が言葉にした時には、正面に女性が一人不敵な笑みを浮かべ立っていた。


 白く長い髪を束ね、やけに高いハイヒールでその女性は美皇帝だけを見つめているその女性は恐ろしいと感じるほどに美しかった。

 宗元や足などやけに露出が多い服装をし、その上に軍服のような黒いマントを羽織った女性は葉巻を加え腰に携えた剣を肘置きのようにしている。

 そして女性は葉巻を加えたまま、ニヤリと笑った。

「さあ、いい加減俺の物になれ」

 ハスキーな声の女性は自信満々にそう言い放った。


 そんな絶世の美女に声をかけられた美皇帝の表情は……心底嫌そうだった。

「ここは禁煙だ痴れ者め」

「む? そうだったか。悪いな」

 女性は携帯灰皿を取り出して葉巻を仕舞った。

「さて、これで良いか?」

「後はそなたが帰ればそれで良い」

「おう。じゃあ帰ろうかね。お前を連れて」

 そう言った後、不敵な笑みを浮かべ女性は剣を構えた。

 それに対して美皇帝は……心底嫌そうだった。

 同格と呼べる者がおらず本来なら戦えるだけで喜ぶ美皇帝であるはずなのに、彼女との戦いだけは心から嫌そうな表情を浮かべていた。


「ん? そういや、そこのそいつは誰だ。やけに親しそうだが……いや、いかんぞ! お前には俺がいるではないか」

 女性は美皇帝の横にいるヴォーダンに気づくとオロオロとした様子でそう言葉にした。

「いや……我は別に――」

「この者は我が友だ。勘ぐるな」

 不愉快そうな表情で美皇帝がそう言葉にすると女性はほっと安堵の声を漏らした。

「そうか。にしても……友を選んだ方が良いぞ。お前には合わん」

 その言葉の後、ぴくっと美皇帝の眉が動き――場の空気が凍った。

 

 美皇帝の圧力によりヴォーダンが息苦しさすら覚えるほどの重苦しい空気となっているのに、女性は一切気づかず平然としていた。


「……どういう意味だ?」

「あん? だって、そいつ弱いだろ? そんな奴ダチにして、楽しいか?」

 冷たい空気が更に凍った。

 それはヴォーダンでも地雷を踏み抜いた瞬間だと理解出来た。


「……ああ。我は理解した。こういう集団なのだな」

「こういう集団なのだよ。あまり庇いたくないが、そ奴含めて全員別に悪人というわけではない。こう見えてルールの範囲内だし既婚者には絶対に手を出さない。ただ……こういう奴らなのだ」

 地雷を踏み抜かれ怒りに震えている美皇帝はそう言葉にし、ヴォーダンは美皇帝に同情し溜息を吐いた。


 要するに、彼女達は極端なまでに空気が読めないのだ。

 おそらくこの女性は美皇帝の事を気に入っているのだろう。

 だが、そんな気に入った男の地雷がどこにあり、それを踏み抜かれ今どのような気分になっているのか彼女はわかっていなかった。


「美皇帝」

 ヴォーダンに呼ばれ、美皇帝はヴォーダンの方を見た。

「また後で」

 それだけ言ってヴォーダンはどこか別の戦場に向かった。

 たったそれだけな事だが、そんな風に声を掛けられた事のない美皇帝は嬉しくて少しだけ微笑んだ。


「……その笑顔、やはりお前ら――」

「いい加減余もキレるぞ? 既に激おこだぞ?」

 あまりの空気の読まなさに同情すら感じながら美皇帝は笑顔でこめかみをピクピクさせた。


ありがとうございました。

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