ソレを愛する者達に告ぐ-4
「確かにやけに筋肉推しが酷いけど……思ったよりはマトモね」
ユキはぽつりとそう呟いた。
「どういう意味だ?」
「いや、もっとこう……男の世界、全てが筋肉筋肉してると思ってたけどやってる事はテストでアスレチック、そして一戦目でクイズ大会。しかもクイズはそれなりに難しくかつジャンルに偏りがない良い問題が多かった」
「ふむ」
「そんで事前に話していた内容から直接戦闘もあるっぽいし、この流れなら走ったり何か投げたりとオリンピック的な競技もあるんじゃないかな?」
「あー。ありそうだな。モデル的に」
「うん。美のオリンピアって言ってたしね。そう考えると、ヴォーダンが参加して良かったかもね。緊張感もあるし競う相手もいる。体を使う良い訓練になるわ。……これでもすこし筋肉筋肉してなければねぇ……」
生まれてすぐの為精神も肉体も不安定な部分が残るヴォーダンにとって、この様な死の危険がない競技というのは理想のトレーニングとなっていた。
「お? 二戦目が始まるっぽいぞ」
テイルはレフェリーが舞台に立ったのを見てそう呟いた。
『次の種目は同じであり、そして美皇帝お気に入りの……マッスル・ビューティ・コンテストだ!』
その言葉と同時に野太い感性が轟く。
更に舞台上に美皇帝が現れ、己が肉体を誇示するようなポーズを取り、きらりと光る汗を流し皆の注目を集めた。
『確かに筋肉とは見るだけの物でない。だが……その筋肉が美であり鑑賞に長けた事は周知の事実だ。……いや、難しい事は良い。余は美しい筋肉が見たい。ただそれだけである。貴殿達よ。余を楽しませよ!』
美皇帝は高らかにそう宣言した。
「思ったよりマトモだったか?」
「……前言撤回するわ」
ユキは死んだ魚のような目でそう言葉にした。
「……それで、結局何をすれば良いんだ?」
舞台袖で自分を除く十二人全員がテンション高くポージングチェックを行っている中でヴォーダンは困惑しながらぽつりと呟いた。
「あの美皇帝が俺達の美しさを見てくれる。ただされだけさフレンドよ」
参加者の一人がサイドチェストのポーズのまま、満面の力強い笑みでそう答えた。
「すまん。それがまず俺にはわからん……」
「ま、何とかなるさフレンド。流石に新人を一番目にするとは思えないし先に向かったフレンド達を見て何となく直感で理解すれば良いさ」
「……なるほど。助かる。ところでフレンドとは?」
「共に競い合う仲間だから俺達はフレンドだろ?」
「なるほど。色々ご教授助かった。感謝する」
「気にするなよ、マイフレンド」
男はそう答えにかっと笑った後、ヴォーダンから離れ広めにスペースを取り自分の時間に集中しだした。
「では一人目、マッスルネーム、ダミー。前に」
レフェリーに名前を呼ばれ、参加者の一人が中央に立ち、そして渾身の力を込め、ポージングを取った。
モスト・マスキュラーと呼ばれるポーズで全身の、特に僧帽筋が強く誇示される。
更に男は怒りを表す顔を美皇帝に向けた。
「アピールポイントは見ての通り僧帽筋。この僧帽筋と共に俺はトロフィーを勝ち取ってきた。だが……足りない! まだ足りないのだ! もっと認められたい! もっと見られたい! もっと褒めて欲しい! そんな愚かな自分に対し……俺は恥じ怒り狂っている。それを表現させてもらった」
膨張した筋肉に赤く怒りを帯びた顔により鬼のようになったダミーはそう語り、美皇帝は満足そうに頷いた。
「うむ。その怒り、大切にするが良い。欲深き事は成長の礎であり、その怒りの根源は美しき求道へと繋がっている。確かに貴殿は、美しいぞ」
そう褒められ、ダミーは泣きそうな顔のまま、それでいて怒りの顔を浮かべたまま舞台中央から他選手のいる脇に戻った。
脇に除けた瞬間、ダミーは穏やかな表情で男泣きをし、他選手はそんなダミーの背中をとんと叩きを「ナイスバルク」と褒めたたえていった。
ヴォーダンもそっと傍により、他の選手と同じようにダミーの背中を優しく叩いた。
「ホープ……」
「俺には筋肉の事はわからん。だが……お前の怒りは伝わった。怯えてしまいそうなほど強い……素晴らしい怒りだった」
感情についての知識の疎いヴォーダンにとって己を強く怒り続けるというのは未知の事であった。
その上で、怒りを胸に秘めたまま生きているダミーという男に強い敬意を持ち、話しかけずにはいられなかった。
「ありがとよホープ。お前も頑張りな」
そう言ってダミーは酷く穏やかな顔で控室の方に戻っていった。
「では次! 二人目、マッスルネームビッグワン。前に――」
呼ばれた次の選手が中央に向かっていった。
それからヴォーダン以外の全員が舞台中央に立ち己の生き様を示していった。
スマイルと呼ばれた者は全身で笑顔を、グレイトスターと呼ばれた者はその力強さを、アーティと呼ばれた者は胸筋で優しさを表現する。
ヴォーダンの質問に答えてくれたフレンドを強調していた人物、マッスルネームフレンドは両手を強く広げ飛び立つようなポーズを取り、手を繋ぐ大切さを表現していた。
「……するべき事はわかった……だが……」
過去なき者であるヴォーダンはそう呟いた。
確かに、自分には素晴らしい未来がある。
生まれたてのブランクな存在であり、優れた両親や兄姉のいる自分は何でも出来るようになる未来が待っているだろう。
だが、未来はあっても過去はなく、それであるが故に現在がなかった。
かなり特徴的で、恐ろしく筋肉を蓄えた人達ばかりだったが、それでも彼らは皆己の過去を背負っていた。
過去を背負い、今を生き、未来に夢を見ている。
そんな男達しかいなかった。
「だが……俺には過去がない……」
全員、誇り高い男達だと思った。
思ってしまった。
生まれたての、何一つ背負っていない自分ではとうてい叶わないような――。
とんと、肩を叩かれた。
そこには、父がいた。
「ハ、ハカセ!? 何故ここに」
袖の方とは言え舞台の上に突如として現れた白衣の男。
注目を集めないわけがなかった。
ヴォーダンは遠くにいるユキを見た。
顔を青くし口をぱくぱく動かしテイルを見ていた。
「何故かって? んなもん、お前の顔が暗いからに決まっているだろう」
テイルはドヤ顔でそう言葉にする。
「いや、怒られません? 部外者の乱入って」
既にヴォーダン以外全員控室に向かい、後はヴォーダンが舞台中央に立てば第二種目は終わりとなる。
そんな状況での突然の参入は進行妨害以外の何者でもない。
それ以前に、無関係の男が突然現れたら皆が注目し驚く――というか現在進行形でざわついた空気となっていた。
だが、テイルは堂々とした顔で不敵に笑っていた。
「大丈夫だ。まあ見てろ」
そう言った後テイルは困っているレフェリーの元に向かい、マイクを借り受け美皇帝の方を向いた。
「作戦タイムを要求する!」
きりっとした口調でそう言葉にするテイルを見て、美皇帝は面白そうに微笑んだ。
「不遜なる者がいるな。それで、そこの者とはどのような関係性でどのような理由で作戦タイムを求める」
「俺はあいつの父だ! そして、俺なら落ち込みきったヴォーダンを元気にしてやれる。落ち込んだアイツが舞台に立つのを見たいのか? 弱者を観衆の前で嬲るのが皇帝の趣味か?」
その言葉に、美皇帝は高らかに笑った。
「ふははははは! 面白い! 五分だけ時間をやろう。話してくると良い。代わりに五分の間余が場を繋いでおいてやろう」
そう言った後美皇帝は中央に立ち、ポージングを取った。
その瞬間美皇帝の体は何故か体が黄金色に輝き、観衆から悲鳴にも似た歓声が響き渡った。
「ははははは! あいつ何で光ってるんだろうか。全くわからん」
テイルは笑いながらヴォーダンの傍に戻った。
「どうして許可が出たのだ……普通ならハカセが追い出されて終わるのに……」
「んなもん簡単だ。これがお祭りで、そして皆面白い事が好きだからだよ」
「……そういうものなのでしょうか?」
「そういうもんなんだよ世界ってのは。皆楽しい事が好きだからこういうハチャメチャな事が時折起きるんだ。本当なら俺が参加したかったが……残念ながら並の筋肉だからなぁ……テストすら合格できん」
「参加、したかったんですか?」
その言葉にテイルは頷いた。
「踊る阿呆に見る阿呆。どうせ阿呆なら踊らにゃ損損ってな。だからさ……せっかくの祭りだ。楽しめよ?」
テイルはヴォーダンの頭を乱暴に、子供にするようにわしゃわしゃと撫でた。
「せっかくの祭りで暗い顔ってのは寂しいもんだ。勝てとは言わん。出来るだけ楽しめ」
「ですが……今の俺はどうやって楽しめば良いのかすらわからなくて……」
「雰囲気に流されろ。全力ではしゃげ。そして今の競技の場合は……己が一番好きなもんを全力でアピールしろ。それだけだ」
「好きな……ものですか」
「ああそうだ! 好きなものだ」
ヴォーダンは考えるが答えが見えず、首を傾げた。
ただ、先程までとは違い場違いな事による劣等感と罪悪感に苛まれる事はなかった。
「とりあえず……楽しめるかはわかりませんが全力を出してみます」
「うむ! それで良い。じゃ、俺は戻るわ。本当暑いな今年は……。さっさとユキの傍に戻って涼もう」
そう言って扇子を取り出し仰ぎながらテイルは去っていった。
「ビューティー……ダイナマイト!」
美皇帝がそう叫びながらサイド・チェストを決めた瞬間、圧力のようなものが世界に広がり同時に黄金の光が世界に包まれる。
野太い男の黄色い歓声が響く中、ユキは死んだ魚の目となり世の理不尽と戦っていた。
「……何この……何?」
もう何が変なのかわからずそう呟く事しか出来なかった。
「お待たせ。これで少しは良い試合をしてくれるだろう。にしてもすげーなあのお方。まるでキン肉〇ンのフェイスフ〇ッシュのようだ。それとも全身だしベイブレ〇ドのゴール〇ターボの方が良いか?」
満足げな表情で扇子を仰ぎながら帰ってくるテイルを見て、ユキは脛を蹴飛ばした。
「いたっ。痛い! どしたユキ。何が気に入らなかったんだ?」
「色々よ!」
「そ、そうか。色々なら仕方ないな」
「そうよ仕方ないのよ」
一人取り残されて不安だった事を言わず、ユキはそうやって強引に誤魔化した。
「全く。次に行く時は私も呼びなさい。子供を慰めるのは母親の仕事でもあるんだから」
「父親の仕事でもあるがな。ま、次は一緒に行こうか」
そう言った後、二人は舞台中央に立ったヴォーダンに意識を集中させた。
「貴殿よ。答えは見えたか?」
美皇帝がそう尋ねると、ヴォーダンは頷いた。
「ああ。俺には過去がない。その軽さを理解した」
そう答えるヴォーダンだが、表情には最初の時と同じよう負ける気がないような力強さが秘められていた。
「そうか。それは楽しみだ。では、余の前で己を表現するが良い!」
そう言って美皇帝はゆっくりと椅子に座った。
「俺には過去がない。だから俺には積み重ねてきたものが何一つない。だが……いやだからこそ、俺の肉体は誰にも負けていない。何故ならば……俺の肉体は敬愛なる父と母によって作り出されたからだ。過去のない自分の事を誇りに思う事は出来ん。だが、父と母が世界一であるよ信じ誇りに思う事は出来る。だから……俺の肉体は世界で最も尊いものだ。俺が示すもの……それはこの肉体の純粋たる完成度だ」
そう言いながらヴォーダンは上着を脱ぎ捨てた。
他の者と違いその肉体は膨張された筋肉に包まれているわけではない。
それでも、美皇帝は感嘆の表情を浮かべ、納得したように頷いた。
ヴォーダンの評価は二分に分かれるだろう。
他の参加者や参加出来なかった者にはその肉体はきっと貧相に映る。
だが、それ以外の一般参加者にはその肉体は非常に美しく見えた。
何故ならば、恐ろしいまでに整っていたからだ。
怪人として作られたからこその、均一なる肉体。
培養液という究極の完全管理体制にて育てられたそれは、肉体というよりも作り物である方が正しかった。
「うむ! よくぞ吼えた! そして貴殿の言葉を余が認めよう。その恐ろしく完成された肉体は人形のような……いや、彫刻のような美しさがある。己で磨き上げたものではなく作られた模造品ではるが……確かに美しい。まるで芸術である。他の誰が認めずとも、この美皇帝が貴殿の肉体が美しいと認めようではないか!」
その言葉と共に拍手が鳴り響き、拍手の雨の中ヴォーダンは舞台裏に消えていった。
十分ほど経過した後、レフェリーが中央に立ち、ドラムロールのような音が流れた。
「第二種目の結果発表! とは言え、少々事情があり今回は評価をしているわけではない。その辺りを美皇帝から説明して頂きましょう」
その言葉の後、美皇帝はマイクを持ち中央に立った。
「まず、余は今回一切の評価を付けていない。皆平等に美しく、そして矜持を持っていた。それでも種目の為苦しい気持ちと戦いながら審査をのするのだが……今回は辞退者が出た故、審査をする必要がなくなった。五人辞退し、残りは八人。見事なバランス過ぎてまるで余達の進行を助けてくれたような気さえする」
そう言った後美皇帝は辞退した者達の理由を説明しだした。
『美皇帝に認められ、皆に認められ満足してしまった』
『筋肉が負けたと言っている』
『嫁が産気づいた』
そのような理由だった。
その後、美皇帝は次の種目に参加する八人の名前を上げだした。
その中には、ヴォーダンも入っていた。
テイルはガッツポーズを取り、ユキは複雑な心境となった。
「では美皇帝。最後に今回のマッスル・ビューティ・コンテストについて何か一言を」
「うむ。皆美しく良い目の保養となった礼を言う。全員にマッスルポイントを五ポイント進呈しよう。見事であった。これからも励むが良い」
「ありがとうございます。それで、今回のコンテスト、もし評価するならば誰を一番にしますか?」
その言葉に美皇帝は苦笑いを浮かべた。
「……言い辛い事を聞いてくるな。だからこそ、貴殿がレフェリーをやっているのだがな」
「恐縮です」
「……悪いが本当に評価できぬ。皆平等に美しかったからな。だが、もし実際に評価をするならば……特別加点を考えヴォーダンを推すであろう」
「ほう! ホープを一位にですか。理由を尋ねても?」
「うむ。特別加点の理由は単純で、新しい時代を生み出したからだ」
「新しい、時代ですか?」
「うむ。マッスルロワイアルという名前の所為かボディビル常連しか出なくなったこの大会に、一陣の風を起こした。ヴォーダンは確かに芸術美な肉体をしていた。作られた肉体。完成された芸術のような美しさ。それは両親の愛を感じる。だが、余が注目したのはそこ以外である。ボディビル以外の参加者だった事が重要なのだ。わかるか?」
「いえ、わかりません。説明をお願いします」
「簡単な話だ。これにより、今回以降の大会にはボディビル以外の者が現れるようになるだろう。整った力強き引き締まった肉体の者達。実戦的美を秘めた者達は大勢いるが今までほとんど出てこなかった。だが、これを機にスポーツ選手や警察などといった目的の為に鍛え上げた筋肉をした者が現れるだろう。故に、ヴォーダンは新しい時代を築き上げた者として、コロンブスの卵のように最初の一歩を踏み出した者としてその勇気を特別加点し一位に選ぶ事になるであろう。もし評価すればだがな」
「なるほど。ありがとうございます。では、次の種目、ビューティバトルコロッセウムの準備の為休憩を取らせていただきます」
その言葉の直後、舞台は幕を下ろした。
「次もやばそうね……。はぁ。あと……どのくらいあるかな?」
ユキは憂鬱な表情でそう呟いた。
息子が出ている時は少し体力が回復するが、そうでない時は理不尽と意味不明に晒され完全に体力を失っていた。
「んー。後二、三種目ってとこじゃないか?」
「そか……そか……」
「何か食うか? 色々屋台とか出てるぞ」
「いらな……テイルは食べるの?」
断りかけた後、ある事実に気づきユキはテイルにそう尋ねた。
「んー? ああ。こういう時の物は旨くなくても食う事に意味があるからな」
「んじゃ一緒に行く。時間まで一緒に屋台巡りしよ?」
「ああ。いいぞ」
テイルは嬉しそうに微笑みながら頷いた。
そんなテイルをユキは見つめ、そしてそっと袖を指で掴んだ。
「はぐれるといけないから持ってて良い?」
ほんの少しだけ前に進む為出した勇気。
ただそれだけの事にテイルは理解出来ず首を傾げ、そして当たり前だろうと言った顔で頷いた。
「別に良いぞ。ほら。さっさと行こう」
そう言って好奇心の赴くがまま走るテイルを、ユキは溜息を吐きながら追いかけた。
ありがとうございました。