ソレを愛する者達に告ぐ-3
「今年のマッスルロワイアルは豊作だな。加えて飛び入りのマッスルテストマシーンでの合格者が三十人も出るとは」
レフェリーはそう言葉にした後、堂々とした姿で座っている美皇帝をちらっと見た。
「好きにするが良い」
美皇帝からの返事を頂いたレフェリーは深く頭を下げ……そして指をパチンと鳴らす。
その瞬間、どこからともなく黒衣――顔は黒衣の黒い布をかけた上半身裸の男達が現れ舞台上を整えていく。
大道具担当黒衣によりあっという間に舞台は変貌した。
五十を超える個人用テーブルの上には小さなホワイトボードが置かれ、その両脇は区切りとなって隣の席が見えないようになっている。
その姿はまるで、テレビで時々見られるクイズ番組のバラエティのようだった。
「マッスルロワイアル第一試合は……マッスルスタイルクイズ形式とさせて頂こう!」
レフェリーがそう言葉を発した瞬間、どこからともなく爆発音が響きドドーンというSEが音を鳴り渡った。
「テイル。このお約束の展開っぽいのは本当に撮影じゃないの? 私にはもうテレビの世界にしか見えないんだけど……」
「ユキよ。ウチの息子が出ているという事実から目を反らすな」
「……ところでテイル。ヴォーダンってクイズで勝てると思う?」
「無理だな。生まれたてだぞ? 知識不足は必ず響く。……戻ってきたら慰めよう」
「うん……。でも、それはそれで何か気に食わないわね」
ユキはぽつりとそう呟いた。
「クイズで、筋肉? わからん……。筋肉とは……いやクイズとは……」
関連性の見えない事に深く悩みだすヴォーダン。
それに対し、今まで座っていただけの美皇帝が立ち上がった。
「難しく考える事はない。知恵高き者、知恵を求める者、勉学に勤しむ者……。彼らは皆美しい……。高校球児達が汗と涙で日々を戦うのは美しく、自分の為に勉学に勤しむ者が美しくない? 否! そんな事はない! 己が為、我が為に努力する事に代わりはなく、そしてひた向きに頑張る者は皆平等に美しい……。故に、クイズという方法で美しさを競うというは何も間違っていない。今だけここは美しさを競う美の都市、マッスルオリンピアであるのだから」
そう言葉にすると、ヴォーダンを除く全員から拍手の音が響いた。
「……良くわからないが、努力した者が素晴らしいという事だけは理解しているから何となくはわかった」
拍手の後ヴォーダンがそう言葉にすると美皇帝は満足そうに頷いた。
「今はそれで良い。それと貴殿は本当に何も知らないでここに来たのだな……。しかもマッスルテストマシーンを本日最初に、歴代記録を塗り替えて。そしてその目的は己が美しいと誇示する為、ただのその為だけに……。それは……間違いなく美である。若者特有の無謀さと、経験豊富な老年のような自信。素晴らしいな。マッスルポイントを二十ポイント加算させておこう」
そう美皇帝が言葉にすると、今度はヴォーダンは全員から拍手を受けた。
「……すまん。マッスルポイントって何だ?」
「余が美しいと思った者に与えるポイントだ。マッスルロワイアルとは何一つ関係がないからあまり気にするな。ただ、大会終了後にポイント分余から褒美をやる事になっているから少し楽しみにしておれ」
そう言った後、美皇帝は椅子に座り直した。
「ではマッスルスタイルクイズの説明をしよう。問題が出題されたら手元のホワイトボードに記述する。正解すればそのまま、失敗すれば一発退場。それだけだ。そして新入りの為の追加説明だが、今大会であるマッスルロワイアルは、マッスルカンニングを認めている。当然、見つからない場合のみだがな」
「……マッスル……カンニング?」
ヴォーダンは首を傾げながら呟いた。
「ああそうだニュービー、いやホープよ! ここは受験会場ではなくマッスルロワイアルである。故に、己が知恵と力を使い問題を解決させるのに手段を選ぶ必要はない。ただし、通常のカンニングは認めないし、マッスルカンニングであっても見つかった場合は減点だ。ついでに言っておくがマッスルスタイルクイズ以外でもマッスルカンニングは推奨されているぞ。そのマッスルカンニングが美しく評価されてば当然美皇帝からポイントも頂ける」
「……通常のカンニングとマッスルカンニングの違いは?」
「己が頭脳と肉体を使い、己を輝かせる。その一点だ。ホープの場合はその強靭な身体能力はいくら駆使してもくれても構わないが、その肉体に内蔵されている通信機の使用は通常のカンニングとみなす。ま、ある程度筋肉を見極められるようになればマッスルとそうでないものの差がわかるようになってくる。励めよニュービー」
レフェリーはそう言葉にすると、問題の準備を始めた。
ユキは溜息を吐いた後、テイルの方を見た。
「テイル。悪いんだけどあの子の姿が良く見えるようドローンを飛ばしてくれない?」
「あん? それは別に良いが、突然どうした? 戦闘方式なら見所あると思うがただのクイズだぞ? しかもフリップに書かれた答えは備え付けのモニター画面で見れるし」
「うん……。まあ色々とね」
「まあ構わないぞ。息子の晴れ舞台だしついでに録画しておこう」
そう言いながらテイルはタブレットを操作し、長距離ビデオカメラ内蔵ドローンをビルの上に設置した。
「筋肉を備えよ。では……第一問! プロテインとは元々たんぱく質の事を差すのだが、この国ではプロテインサプリメントの事を主に示す。我々にプロテインが必要な理由は食品のみで大量の筋肉を支え成長させるほどのたんぱく質を取る事が難しく、また摂取出来たとしてもカロリーの過剰摂取となってしまう。だからこそ、我々にとっては車にとってのガソリンと言って良いほどプロテインが必要不可欠である。……ここまでは常識だな」
ヴォーダンは顔を顰めた。
「ではここからが問題だ。そんな我々にとって賢者の石ですらあるプロテインが我ら筋肉愛好会以外で最近注目を集めている。その理由について答えよ」
ヴォーダンはしかめっ面のまま、信じられないような物を見る目で目をパチパチさせた。
五分ほど経過した後レフェリーは終了と叫び、それと同時に全員手元のホワイトボードを前から見えるように向けた。
ヴォーダンは周囲の空気や雰囲気を真似、同じ様にホワイトボードを正面に向けた。
「さて、先に正解を発表しよう。正解はご高齢の方の栄養補助についてだ。年齢が過ぎる程必要なカロリーは下がり、同時に食欲も落ちていく。ただし、必要なたんぱく質の量は年齢が過ぎてもそれほど落ちず、必然的にたんぱく質不足になりがちである。タンパク質が足りなくなると、死よりも恐ろしい状況の筋肉の低下に繋がっていく。だからこそ、ご高齢な方々にプロテインと適度な運動で筋肉の低下を抑えようという動きが最近は見られる。とは言え、プロテインによるたんぱく質吸収はご高齢の方に負担も大きいしプロテインを摂取し本来の食事をとれなくなれば本末転倒としか言いようがない。完全に実用化とは言えない為栄養士など専門の方と要相談すべきだな。……さて、それでは解答を見ていこう」
そう言った後、レフェリーは一人ずつ回答を見ていき、合格不合格を言い渡していく。
テレビの様に誰かの回答を笑いものにする事なく、淡々と、それでいて紳士的に合否を出していくレフェリー。
そしてヴォーダンの答えは……。
「……ふむ。ご高齢の栄養補助についてだけでなくそのリスクについて言及し、更にシニア向けプロテインの使用とその運動方法のセット運用法まで記述している。正直落ちると思っていたが……。当然合格だ」
レフェリーがヴォーダンに合格発表を出すと同時に、美皇帝からマッスルポイントが一ポイント贈答された。
「……なんであいつプロテインについてそんな詳しいんだ。俺あんまり美味しくないやけに太る液体位にしか思っていないぞ」
「飲んだ事あるんだ」
「興味本位でな。不味くはないが美味くもなかった。知り合い曰くこれでも美味い部類らしい」
「へぇ……。そうなんだ。ほら。次の問題に入るわよ」
そうユキが言うと、テイルは意外と答えられるヴォーダンが楽しくなり手元のタブレットに映された息子の姿に注目した。
二問目からは、筋肉にかかわりのない問題が続いた。
天体についてや、古典作品について、数学問題に一般教養。
そのどれもが大学入試も真っ青なくらい高難易度で、脱落者が続出した。
最初の問題は脱落者零であったが二問目からは一問事に五人から十人ほどの脱落者が出て行き、そして遂に十三人とまでなった。
「うむ、ここまで! せっかく十三という美しい数字になったのだからこの十三人で勝敗を決しようではないか」
美皇帝がそう言葉にすると、どこからともなくトランペットの音でファンファーレが響き渡った。
「それと、ヴォーダンには追加で一マッスルポイント。見事であったぞ」
「では休憩に入る。裏に個室がある為十三人は筋肉を養うと良い」
レフェリーがそう言葉にすると、ヴォーダンを除く十二人はまっすぐ裏に向かい、ヴォーダンはその後ろをついて歩いた。
「ふむ……。興味深いな」
ヴォーダンは与えられた広い個室の内装を見てそう呟いた。
部屋の隅に置かれたお茶と経口補水液。
その傍に置かれた頑丈そうな椅子。
純粋な休憩室と呼べる道具は畳一畳分のそのスペースだけである。
残った広いスペースは全て、トレーニングルームとなっていた。
ダンベルやバーベルからランニングマシーンなどジムに置かれているような高性能な設備にサンドバッグやボクシング用のリングといった物まで置かれている。
下手なトレーニングジムやボクシングジムよりもよほど優れた施設と言えるレベルの物が個室に置かれている事にヴォーダンは興味を示さずにはいられなかった。
だが、ヴォーダンが何よりも興味を惹かれたのは、トレーニングルームに備え付けられている彼らにとってのガソリン……プロテインだった。
「……壮観としか言えないな」
別にプロテインについて興味があるわけではなく、単純に、量が凄まじいからだ。
部屋の壁一面びっしりに用意されたプロテインの缶や袋達。
その全てが別の銘柄であり、一つとして同じ物がない。
国産外国産とそれぞれが混ぜこぜになっているが、乱雑に置かれているわけではなく何か法則性があるようには見えるが、それが何なのかまではわからなかった。
「……聞いてみるか」
ヴォーダンは好奇心の赴くまま、備え付けられた受話器を取り内線に繋いだ。
『どうしたホープ。器具に不備があったか?』
レフェリーがそう尋ねて来る声が聞こえ、ヴォーダンは受話器を持ったまま首を横に振った。
「いや、すまない。ただの好奇心からだが一つ質問がある。良いだろうか?」
『ああ。良いぞ何でも聞いてくれ』
「プロテインについてなのだが……何故あれだけ種類が多いのだ? そして一体どうしてあのような産地すらぐちゃぐちゃな混ぜ方をしているんだ?」
『なるほど。ルーキーらしくて良い質問だ。ああ、貶しているわけではない。好奇心こそ上達の一歩、その考えは素晴らしい。では、少し長くなるから集中して聞くが良い』
そう言った後、レフェリーはプロテインについて熱く語りだした。
まず、分類上大きく二種類に分けられており、原料に『ホエイ』か『カゼイン』のどちらが主に使われているかで決められている。
ホエイはヨーグルトの上澄みである半透明の液体などで見かけられる物で、その特性は体への吸収が早い事にある。
一方カゼインは牛乳を温めると出て来る膜の成分であり、体内への吸収は恐ろしくゆっくりである。
どちらが優れているというわけではなく、どちらをどうバランス良く取るかが重要になってくる。
またこの二種類以外にも原料はあるが、ここではあまり重視していない。
そして、性能は当然として味や飲みやすさ、ゲン担ぎなど様々な理由で好みが出て来る物である為、美皇帝の御厚意で市販されている全てのプロテインが各休憩室に置かれるようになった。
『というわけで初心者向けでオススメなのはそこにあるのではなく冷蔵庫に入ってるホエイ入りのゼリー飲料がオススメだ。味も悪くないし値段も手ごろ。何より調合する必要がない。運動後に飲む事でより筋肉に栄養を送ってあげる事が出来るぞ』
「なるほど……。助かった。マッスルレフェリー」
『ああ。気にするなホープ。じゃ、活躍を期待してるぜ?』
その言葉の後、電話回線の切れる音が聞こえヴォーダンは受話器を元の位置に戻した。
電話の後、ヴォーダンはせっかくだからとトレーニング機器を使って体を鍛えだした。
決して筋肉に憧れがあったわけでなく、トレーニング後にプロテインを飲めとアドバイスを受けたからそれに従っているだけである。
見た目は成人男性で、立ち振る舞いや話し方は堂々としているが、ヴォーダンはまだ子供と同じようなものだった。
そんなヴォーダンの耳に、強めのノックの音が届いた。
そのノックの仕方には聞き覚えがあり、ヴォーダンは頬を緩める。
「開いています。どうぞ」
そう返事をすると、テイルとユキの二人が苦笑いを浮かべながら入ってきた。
「邪魔するぞ。……マジで邪魔だったか?」
シットアップベンチで状態起こしを繰り返しているヴォーダンを見てテイルはそう呟いた。
「いや。そんな事はない。ただ、これだけ沢山あるなら使っておかないともったいないなと思って」
「ああ……。確かにその気持ちはわかる」
テイルは頷きながらそう呟いた。
「ところでヴォーダン。クイズの時はどうやったんだ? 製作者であるからこそわかる。今のお前が全問正解出来るわけがないんだ」
計算問題や一般常識なら答えてもおかしくはないのだが、事前知識として入力されていない古典や天体となると話は別だ。
古典と天体についてとても大好きで毎日調べているというのなら納得出来るのだが、そんな様子はなかった。
そうなると、生まれたてのヴォーダンにその知識があるわけがない。
だが、ヴォーダンは全ての問題を、完璧と言って良いほど見事に答えた。
それが気になりテイルがそう尋ねると、ヴォーダンはきょとんとした表情を浮かべる。
「え? ユキハカセから何も聞かなかったのですか?」
その言葉を聞き、テイルはユキの方をちらっと見た。
ユキはさっと目を反らした。
「なるほどな。それでドローンを出せと言ったのか……」
「て、てへ」
普段は絶対しないような苦手なかわい子ぶりっ子で誤魔化そうとするユキにテイルは苦笑いを浮かべた。
「んで、どうやったんだ? 別に叱る気はない。あちらさんも気にしてないだしな」
「見抜かれた上にポイントまで貰ったな。それで方法ですが……モールス信号で情報を受け取りました」
ヴォーダンがそう尋ねるとテイルは首を傾げた。
「途中まではそれで良いだろう。だが途中からカンニング対策か出題者以外に問題を教えるのは解答手前になったではないか。それでどうやってユキに問題を伝えてたんだ?」
「それもモールス信号ですね。それで方法ですが、こうやってです」
そう言いながらヴォーダンは自分の目を指差した。
目を皿のようにしてよーく見ると、白目のところに小さな、黄色い電気のような物が流れていた。
まず、ヴォーダンは白目の部分に僅かながら電気を流し合図を送る。
それをドローンで映し出しテイルのタブレットで見た後、ユキはヴォーダンの方を向いて目をパチパチさせて合図を送る。
ヴォーダンの方は視力強化でユキの様子を見、その答えを書く。
そんな、ごり押しとしか言いようがないカンニングだった。
「……こまかっ。そりゃ誰も気づかないわ。ユキも良くヴォーダンがそんな事考えているってわかったな」
「以心伝心のような物だったわ。きっとヴォーダンならこの方法を使うと思ったし、実際ヴォーダンもその方法を使うってアピールする為に目をぱちぱちさせたし」
そうユキが言うとヴォーダンは嬉しそうに頷いた。
「さて、聞きたかった事もわかったし選手様の邪魔をしないように立ち去ろうか」
テイルがそう言うとヴォーダンは少しだけ寂しそうな顔をした後、優しく微笑んだ。
「はい。両親に作られた俺の肉体こそが至高であると見せつけてきます」
「……他の誰が評価しなくとも、俺とユキだけはお前が凄い奴だってわかっているぞ?」
テイルの言葉にヴォーダンは嬉しそうに破顔された。
「正直私はこの大会自体どうでも良いけど、せっかく出たんだからやれるだけやってきなさい。負けても良いから全力でね」
その言葉にヴォーダンがしっかり頷いたのを見ると二人は部屋から退出していった。
二人が去った後一通りトレーニング機器を使い、程よく汗を掻いた後冷蔵庫に入っているプロテインゼリーを開け口に含んだ。
「……以外と美味いな」
少しだけ驚きながらヴォーダンはそう呟いた。
ありがとうございました。