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次なる陰謀の黒い影

 

「クアン。ちょっと来てくれないか?」

 午後の緩やかな時間、炬燵の中でお茶を飲みつつほっと一息ついているクアンをテイルは部屋の外から呼んだ。

「あ、はーい。なんの用事でしょうか?」

「んー。顔合わせ……かな」

 クアンははぁと気のない返事をしながら炬燵を出て、テイルの後ろをとことことついて歩いた。


 基地を出て喫茶店に向かうと、明らかに一人場の空気に相応しくない女の子が一人座っていた。

 恐ろしいほどの注目を集めつつも、その女の子は何も気にせずそれがいつもの事のように振舞い無心にケーキを食べている。

 クアンとは対照的な、燃えるような赤色の瞳をした金髪の女の子。

 ただ、恰好がとんでもなかった。

 フード付きの分厚く長い黒ローブに全身を見に包んだ格好に、背後に置かれている背丈よりも大きなカマ――いわゆる死神のデスサイズと呼ばれる物だ。

 つまり、御同業(悪の組織)という奴だろう。


「あ! はぁいこんにちは! あなたが新人のクアンちゃんね。顔立ちは可愛いし髪や瞳は綺麗。うーん羨ましいわ」

 死神風の衣装を着た女性がこちらに気づくと、テイルに小さく会釈をした後優しく微笑みクアンに話しかける。

 クアンはあまりの事に驚きつつも愛想笑いを浮かべ会釈した。

 その表情は、同性であるクアンですらゾクっとするほどの妖艶さに溢れていたからだ。


 クアンは自分が勘違いしていた事に気づいた。

 低めの背と幼い顔立ちから自分の設計年齢よりも年下だろうと思っていたが、どうもそうではないようだ。

 童顔なだけで自分よりも上と思って良いだろう。

 その分厚いローブの上でもわかるほど彼女のスタイルは良く、それでいて異常としか言えないほどの色気。

 そしておそらく、自分よりも戦闘力も相当上だろう。

「こんにちは。怪人のクアンです」

 クアンは何を言おうか、何か尋ねようか悩んだが目上である事とテイルに恥を晒させない為に最低限の挨拶だけにとどめる事にした。


「んでDr.テイル。これ今回のです。確認したら次お願いしますね」

「ああ。いつも済まないな」

 女性が微笑みながら上目遣いで何かの書類を手渡し、テイルはそれを受け取り軽く微笑んだ。

「いえいえ。役得もいただいちゃっていますし。ご馳走様でした」

 そう言いながら女性はちらっと食べ終わったケーキを見て、カマを軽々と担ぎ出入口に向かった。

「それじゃあ失礼しますねー。クァンちゃん今度は一緒に女子会でもしよーねー」

 そう言いながら女性は手をブンブンと大きく振る。

 たったそれだけで、胸元が大きく揺れていた。

 そう、ばるんばるんと聞こえてきそうなほどに……。

 テイルを除く男性客全員がその胸に注目しており、クアンは大きく溜息を吐いた。




「それでハカセ。さっきのはどなたでしょうか? 御同業の方です?」

 基地に戻るテイルの後ろを付いて歩きながらクアンはそう尋ねた。

「ああ、その通りだ。隣町を拠点にしているBクラスの『マッドデスサイザー』それに所属するAクラスの戦闘員キラー『カリーナ』実力、人気共に優れた花形スターだ。……問題もあるが」

「問題って?」

「本人は何もしてないらしいのだが妙に色気が溢れててな……。放送が常に深夜枠になる」

「ああ……」

 クアンは心からその理由が納得出来た。


 人の魂を輝かせ、そして最後に刈り取る事を目的とした狂人集団『マッドデスサイザー』

 その戦闘員相当をキラーと呼び、その中で最も実力がある上人気まで高いのが彼女『カリーナ』

 戦闘力、脅威度共にAクラスの危険人物で、実際に返り討ちにしたヒーローの数は両手の指より多い。

 そして、そんな彼女の人気を支えているのは非常に特殊な層だった。

 ぶっちゃけて言えば、エロ目当てのオタクである。

 ローブからちらっと見えるおみ足や、汗を拭くためにフードを取った時に見える首筋。

 ただそれだけの仕草が異様なほどに情欲をそそられ、気づいたら大きなお友達層から絶大な人気を得てしまっていた。

 深夜放送なのに必ず視聴率十パーを超え、関連グッズは飛ぶように売れて初日にプレミアがつき、フィギュア発売の希望署名は百万人を超えている。



「とまあそんな感じの子だ。ちなみに中身はお話好きのただの女の子なので仲良くなっても特に問題ないぞ」

「はー。んじゃお誘い受けましたし今度女子会がてらお茶会でもしましょうかね? それとも社交辞令でしたかねアレ?」

「いや、アレは本気で誘っているぞ。同性の友人が少ない事を悩んでいたからな」

「なるほど……ハカセ妙に詳しいですね」

 下心があるのではないと思ったクアンは少しだけ鋭い目つきでテイルを見つめた。

「ん? ああ。階級Bプラスより下の組織は予算だったり規模だったり戦力だったりと色々問題が多くてな。それで助け合いも兼ねて横の繋がりが深い。だから話す機会もあるんだ」

「なるほど……。そういえばあの場でもハカセだけはカリーナさんに厭らしい目をしてませんでしたしね。すいません疑って。……全くハカセ以外の男の人ってのは」

 さっきのカリーナを見つめる男性客の事を考えながらクアンは同性として若干の怒りを込めそう愚痴った。

「ああ。ま、まあな」

 そんなクアンにテイルは曖昧な返事を返した。


 テイルは言えなかった。

 厭らしい目をカリーナに向けなかったのは娘同然のクアンが傍にいるからで、一人でいる場合は自分もついつい胸元や足に目がいってしまうなど、死んでも言えなかった。




「それでさっきカリーナさんから受け取った物って何なんですか?」

 炬燵ルームに入り丸くなりながらクアンはテイルに尋ねた。

「ああ。周辺地区悪の組織階級B以下の連絡案内や相談等――早い話が『悪の回覧板』だ」

「へー。そんなのあるんですね。ちょっと気になります」

「ん。じゃあ一緒に見るか」

 そう言ってテイルはこたつの上のミカンとお茶をどけてから回覧板に貼ってあった数枚の紙を並べた。


「なになに……壊滅した組織一覧……。のっけから世知辛いですねぇ……いえ悪の組織ですから仕方ないとは思いますが」

「ちなみに壊滅した理由もなかなかに世知辛いぞ」

 テイルは資料の一部に指を差し、クアンはその部分を読み上げた。

「解散した組織数は確認されたものだけで三百を越え、そのうちの二百七十二が悪の組織である。そして解散の原因は七割以上の確率で資金繰りが原因の倒産である……うっわ」

 クアンはそう呟く事しか出来なかった。

「収益ないからな悪の組織。いや関連グッズ作ったりして何とか収益上げる事も出来なくはないが……知名度がネックでなぁ。ああ、ウチは資金に余裕あるからその心配はないぞ」

 テイルは慌ててそう付け足した。


 回覧板は他に『提携・協力案内』『移籍、募集希望』『危険な正義のヒーローへの注意勧告』『窃盗頻繁地区への見回り協力』という見出しが書かれていた。

「ハカセ―。他はわかるんだけどこの窃盗頻繁地区の見回り協力って何ですか? まるでヒーローみたいなんですけど」

「えっとな。まず、俺達は何の団体だ」

「一応悪の組織ですね。本当一応」

 犯罪しない上に世界征服の意気込みも熱意も見えないよくわらない組織だが、それでも建前上は悪の組織であるとクアンは考えていた。

「そうだな。だから俺達は資格の許された範囲で悪事を行うのだが……ぶっちゃけ俺達が動く前に荒らされると非常にやりづらい……」

 悪の組織が、窃盗の被害にあった場所に向かうというのは非常にヘイトを集める事になる。

『また俺達から物を盗るのか』『この前の泥棒もお前たちだろう』

 こんな暴言ならマシな方である。

『ぶっちゃけ本物の泥棒がいるのにこんな偽者見てもなぁ』

 というショービジネスの側面をぶち壊す状況にもなり、正義も悪も関係なく最悪の事態になってしまう。

 誰かが楽しんでいるからこそ正義のヒーロー、悪の組織が成り立つ。

 その前提が崩れてしまうからだ。


 そんなわけで軽犯罪が横行してしまうと悪の組織としても非常に面倒な事態となる為、低階級の組織は自主的に見回りなどを行う。

 と言っても、能力使用は禁じられ、権限も何もなく一般人と同じ程度の事しか出来ないので見回りをする程度の事しか出来ない。

 テイルはクアンにそう説明した。


「なんだがどんどん悪の組織からイメージがかけ離れていくのですが……」

 そんなクアンの言葉にテイルはそっと顔を反らした。




「ん? ハカセ。この書類も回覧板ですか?」

 クアンは回覧板をひとまとめにした後、まだ見ていない三枚の別用紙を見つけた。

「いや、それはウチ宛――いやお前宛の依頼だな」

「……私宛? 読んでも?」

 テイルが頷いたのを確認したクアンはその紙を手に取った。

「えっと……『マッチング相談』なんですこれ?」

「正義のヒーロー側からのお前と戦いたいっていう申し込みだ」

「それってありなんですか?」

「間に『KOHO』を挟んであれば問題ない。そして嫌なら断ればいい。向こうも受けてくれると思って出してるわけでもないし」

「そうなんですか?」

「ああ。もしかしたらウチ(ARバレット)なら受けてくれるかもっていう願望だ。何度も言うが条件が良さそうなら受けてみても良いぞ。ただし一つまでだが」

 そう言われクアンは別組織三件からアプローチが来ている事に気が付いた。


『マッチング相談』

 それは正義の味方側地区にこちらから出向き戦うというもので、問題を起こした悪役の元に正義役が向かうといういつもの黄金パターンとは逆のパターンである。

 ただし、悪の組織がマッチングを受ける可能性は極めて低い。

 その理由は単純に、予算である。

 正義の味方はガソリン代は当然、公的機関からタクシーまであらゆる料金を立て替えてもらえる。

 だが、悪の組織は一切資金補助がなく、こちらから移動する場合は完全に自費となる。

 そして、悪の組織は貧乏なところが多。

 そんなわけで、マッチングがかみ合う確率は限りなく低かっりする。


 逆を言えば、資金に余裕がある組織なら受けてくれる可能性があるという事にもなる為、ARバレットにはマッチング相談が良く届いていた。




「えっと……ぷっ……くっくく……」

 クアンは一枚目に書かれた組織の名前を読もうとして――こらえきれず噴出し下を向いて震えだした。

「どうした?」

 テイルにクアンは震える手で紙をそっと手渡す。

 そこには、『北極戦隊シャケレンジャー』と大きく太字でかつカラフルに書かれていた。

「……初めて見る団体だな……ああ。最北からの案内か、そりゃ聞き覚えないわけだ」

 まさかの試される大地からのお誘いにテイルは若干驚きつつ、震えて立ち直れていないクアンの代わりにその中身を確認していった。


 北極戦隊シャケレンジャー。

 北の大地専属で活動している階級Bヒーローの三人組。

 五人組の予定だったがメンバーが集まらず、三人で活動しつつメンバー探しをしている。

 名前の割には活動は真っ当でごく一般的な団体のようだ。

 ただし最高責任者の長官が鮭らしい。


「どうするクアン。受けるならついでに旅行も出来るが」

「……割と好意的に考えています。遠方の旅行も憧れがありますけど……何より見てみたいです……シャケ長官」

「そっか……」

 涙目のままぷるぷるしているクアンにテイルはそれだけ言葉を返した。




「それで、次は……しーえすじーよんじゅうなな?」

 落ち着いてから二枚目を見て、クアンは書かれているアルファベットと数字の羅列を首を傾げながら読んだ。

「ああアレか。そのCSG47は忠臣蔵フォーティーセブンって読む」

「……へ?」

「CSG47(忠臣蔵フォーティーセブン)」

「……?」

 クアンは首を傾げ上目遣いでテイルを見た。

 どうも意味がわかっていないらしい。


「……何かアイドルみたいですね……」

「四十七人の浪士による本格的な殺陣が魅力のBクラスヒーロー……サムライ? まあそんなんだ」

「四十七人と戦うんですか!?」

「いや、ガチャをして一人と戦う」

「ガチャ!?」

「ちなみにコントとかバラエティ枠で放送されるから人気はまあまああるぞ。うん……ちょっと違う人気だが」

「なんでこう色物揃いなんですかね……」

「そりゃ、新入り一回目のウチに相談するところなんて何等かの事情があるとこだけだろ……。ちなみにこいつ等の事情はわかりやすい」

「……まだ何かあるんですか?」

 クアンは堪えきれず、溜息を吐いた。

 色物ネタはもうお腹いっぱいになっていた。


「大した事情じゃないんだがな、和装に刀という見た目の為建築物も和風の方が映える。だから自分達が用意した屋敷に招きたいんだろう……タライが落ちて来る屋敷に」

「ははは。良くわからない事がわかりました」

 クアンはそっと、二枚目の書類を裏返しにして炬燵の上に置いた。




「んで最後は……『トゥイリーズ』? 今までとは違ってマトモな名前ですね」

 クアンはそう呟いた後、詳しい記述を読み込んだ。


 三つ目は宝が山商店街のヒーロー『トゥイリーズ』

 女性二人組の変身ヒーローで組織を持たない。

 正しくは組織名も二人組のヒーロー名もトゥイリーズになっており、全て二人だけで管理、運営していた。

 現役高校生ながら商店街愛に溢れその為にヒーローになった親孝行ならぬ街孝行な二人で商店街からも人気が高い。


「ハカセ。コレ、選んで良いですか?」

 クアンは三枚目トゥイリーズの相談用紙をテイルに手渡した。

「んー。良いぞ。受けとこう。だがどうしてコレを?」

「いえ、商店街って私が破壊した場所ですよね?」

「ああ。といっても俺達の破壊など鼻で笑う規模で越朗君がやらかしたがな」

「それでも、やっぱり少し罪悪感が……」

「元から建て壊す予定だったから問題ないぞ。誰にも迷惑になっていない。むしろ潤ってるくらいだ」

「ええ。それでも……それでもやはり壊したという罪悪感がありまして……。それと商店街の為に何かしたいなーって思いまして」

 そう言ってもじもじするクアンの頭をテイルは軽く撫で、微笑んだ。

「ああ。わかった。受けると電話しておく」

 そう言ってテイルは少し離れスマホを取り出しどこかと連絡を取り出した。




 クアンは嬉しかった。

 自分でも良くわからない無意味な感情を否定されず認められて受け入れられた事を……そして何よりも、頭を撫でられた事が何故か無性に嬉しかった。

 暖かかった……自分の存在を認めて貰えているような気がした。

 自分がしたい事を何でも受け止め、そして応援してくれるテイルの行動はクアンの気持ちを暖かい物でいっぱいにしてくれた。

 クアンは間違いなく、幸せだと言い切る事が出来た。


「連絡終わったぞ。日程の調整以外は全て滞りなく終わった。日程調整はもう少し相談してみるが、おそらく一週間後位になるだろう」

「はい。ありがとうございますハカセ」

 クアンは満面の笑みを浮かべた。

「……構わん。ああ、勝負内容は料理勝負だそうだ。がんばれ」

「え?」

 クアンは笑顔のまま――固まった。

 テイルのたった一言で、クアンの幸せだった気持ちは急降下し絶望の色に染まった。


ありがとうございました。

出して良いのかわかりませんので具体的な国名、地名は避けるようにしてます。

決して貶すつもりはございませんがもし失礼があればお許しください。

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