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ヴォーダン街に行く-1


「……んー。やっぱり贅沢に求め過ぎなのかしらねぇ」

 ユキは一人カタカタとタイピングしながら、ぽつりとそう呟いた。


 現在テイルとハカセに課せられた課題は、既存の怪人全員に使え、特性や性格を一切変化させずに肉体のスペックだけをオーバークラスまで引き上げる調整を施す事で、それは最初からオーバークラスの怪人を作る事よりも何倍も難しい事だった。


 それが難しいのは当然の事である。

 オーバークラスですら全体の一割を切るほどの人数しかいない。

 善悪関係なく上に目指した者十人が努力を繰り返しても、その中の一人が上にいけたら良いという世界。

 それを怪人の努力関係なく、全員に使える汎用性のある方法で、なんて虫の良い話過ぎるくらいだ。


「でも……私なら不可能じゃない」

 そうユキは信じていた。

 自分が天才である事に溺れ驕ってそう発言しているわけではない。

 怪人に関してなら自分以上に優れたテイルのサポートがあり、データサンプルの怪人は最高傑作であり協力的な息子のヴォーダン。


 今までは、自分一人で何でもやってきた。

 だからこそ、ユキは理解した。

 どれだけ天才であっても、一人ではどうしようもない部分がある。

 それが、たった二人増えるだけでどうしようもない部分がなくなる。


 いや、むしろ天才だからこそ……誰かのサポートがあればより羽ばたけるのだとユキは理解した。

 二人がいてくれるなら、ユキは何でも出来ると信じていた。


 こん、こん、こん。

 丁寧なノックが聞こえ、ユキはモニター内の数字の世界からパソコンルームに意識を戻した。

「はーい。というか私の部屋でもないし好きに入って良いんじゃない」

 そうユキが返事をすると、おどおどとした様子でクアンが入ってきた。


「失礼します。その……相談が……」

 普段は明るく楽しそうにしかしていないクアンが、表情を曇らせ酷く言い辛そう言葉をかける。

 その様子を見て、ユキは理解した。

 こちらに来たのはたぶん……テイルに話しに行く勇気が持てなかったのだろう。


「……辞めるのね?」

 その言葉に、クアンは小さく、こくんと頷いた。

「はい……。その……あの……」

「良いわよ言わなくて。事情はわかってるから」

 そう言ってユキは今にも消えそうなクアンの頭を優しく撫でた。




 ARバレットを大好きなクアンが辞めたい理由ななんて、この施設にいる皆が知っている。

 恋人となった赤羽が正義の味方で、そして己が正義の味方(そう)である事に強い拘りがあるからだ。

 別に恋人同士で正義と悪に別れていても問題はない。

 が、せっかく恋人となったのなら支えたいと思うのは、決して間違った感情ではない。


 テイルもはなからそのつもりでクアンの事を送り出す用意も考えていた。

 むしろ、テイルにとっては巣立ちのようなもので目出度い事だとさえ思っているくらいだ。

 未だ完全制御には程遠いが、赤羽が自分自身を本当の意味で完全に制御出来れば、オーバー階級どころかその上の、レジェンドクラスに辿り着く可能性すら秘めていた。

 将来性という意味でも、人柄という意味でも、そしてクアンにも似たそのまっすぐさという意味でも……テイルは赤羽にクアンを預けても良いと思えるほどには気に入っていた。


 だから、テイルもユキもクアンが辞める事に思う所はなく、堂々と卒業して良いと思っている。

 だがテイル達に思う事がなくともクアン自身には思う所があり、胸が苦しくなるほどに思いつめていた。


 親に対して、友達に対して裏切っているように気になるのと、テイル達の傍から離れたくないという気持ち。

 それと比べたら、赤羽の傍にいてその夢を支える方がたしかにクアンには大切な事である。

 だけども、テイル達の事を決して軽んじているわけでもない。


 辞めるべきなのはわかっているが、辞めたくない。

 赤羽の傍にいたいけど、ここも離れたくない。

 そんなクアン自身すらもどうしたら良いのか良くわからない感情に翻弄されていた。


「うん。じゃあ、一緒にテイルに言いに行こ? 大丈夫。わかってるから」

 ユキが優しくそう言葉にすると、クアンはこくんと頷き、下を向いて小さくなりユキの手を握った。

 ――まるで子供ね……。いや、生まれて一年経っていないんですもの。子供で同然か。……普段私よりコミュ能力高いから忘れてたわ。

 ユキは震えるクアンの手を握り返し、テイルがいるであろう怪人達の歓談部屋に移動しようとした――。


 ガラガラ。


 移動しようとユキドアの前に立ったその瞬間、まるで自動ドアの如く戸が開かれた。

 目の前にはテイルが立っていた。

 思わぬところで出会い少々慌て頬を染めるユキに対し、テイルは安堵したような表情をユキに向けていた。

「良かったここにいた。ユキ。ちょっと相談があるんだが」

「どうしたのテイル。あとさ、こっちも大切な相談があるんだけど……」

 そうユキが言うと、テイルはユキの目線先に目を合わせず下を見るクアンがいるのを見て、何となく理解した。

 そして、理解した瞬間顔をしかめた。


「……あれこれまずくね? ……つかその様子だと……お前ら相談してないのかよ……。これ……揉めないか……」

 テイルはぽつりと、クアンを見て酷く困ったようにそう呟き後頭部を掻いた。

「……どうしたのテイル。何があったの?」

 そうユキが尋ねると、テイルはそっと体を半歩横に移動させた。

 テイルの背後には、下を向いて小さくなる赤羽の姿があった。


「……正義の味方を辞めてARバレットに入りたいそうだ」

 ユキはテイルと同じように、非常に困った表情を浮かべ後頭部を掻いた。

「ああうん……。そのパターンは想定してなかったわ……」

 ユキは全く相談していない二人を見て溜息を吐き、二人と何もない会議室に連れ出した。




『正義の味方に子供の頃からなろうとして、夢がかなった赤羽さんを優先しそのサポートを私がすべきです』

 それがクアンの言い分だった。

 対して赤羽は……。

『家族仲が良くクアンさんが好きに出来るARバレットからクアンさんを取り上げたいとは思わない。むしろ、能力的にも成長的にもこれからも多くの人を掬うであろうクアンさんのサポートを俺がすべきです。幸い、俺は悪の組織ならいくらでも活躍できますし』

 そういうものだった。


 早い話が、お互いが相手を立てて自分を殺しているのだ。

 相手の言い分を聞かず……。

 そしてその結果――。


「赤羽さん言ってたじゃないですか! 誰にも助けてもらえなかったからこそ、自分が昔の自分ような子供を助けてあげられるヒーローになりたいって! どうして辞めようと思うんですか!?」

「クアンさんだって家族の事が大好きでテイルさんとユキさんの手助けがしたいって言ってたじゃないですか!」

「別に私は良いんです! ハカセもユキさんも私がどこに居たって大切だと思ってくれますから!」

「それを言ったら俺だってARバレットでなら悪の組織であっても俺の正義が貫けると思いますから別に移籍しても何ら問題はありません!」

「スーツ作ってくれた恩義があるって言ってたじゃないですか!」

「うぐっ……。ク、クアンさんだって悪戯がしたいって言ってたじゃないですか! それ怪人としての(さが)ですよね!? 正義の味方だと給料問題とか人目とかあるのでそういうの自由には出来ませんよ!」

「うっ。で、でも駄目なんです!」


 そんな犬も食わない会話を、二人は怒った顔で延々と繰り広げていた。

「ぬ……ぬんどくせぇ……」

 テイルは心の底からめんどくさそうに呟き、肩を落とし溜息を吐いた。


「んでテイル、どうするの。正直私はどうでも良いわよ。というか放置案件よね完全に」

 放っておけば自然とお互い納得して雨降ってなんとやらになるだろうと思ったユキはそう呟いた。

「……とりあえず、二人をどっか喫茶店連れってて、うまく妥協点探れないか話聞いてくるわ……」

「あら、そこまで二人に介入するのね。恋人同士の二人だから邪魔せず見守るって言うと思ってたわ」

「普段ならそうするんだが……娘には甘くなるのだろうかね……。あんまりあの二人に喧嘩して欲しくないんだわ……」

 苦笑いをしながら親の顔になっているテイルにユキは嬉しそうに微笑み、テイルの傍、肩が触れそうな距離まで近づいた。

「手伝ってあげるわ。あっちが二人いるならこっちが二人いた方がうまく会話が進むでしょう」

「すまん……。恋愛問題は苦手でな、正直助かる」

「でしょうね。良く知ってるわ」

 ユキは嬉しそうな顔でそう答えた。




 そんなわけでテイルとユキはクアンと赤羽の相談を受ける事になった為、本来の用事を行えなくなっていた。

 本日決まっていた二人の本来の用事、それはヴォーダンの身の周りの準備と教育と成長の為の街の観察。

 ぶっちゃけただの買い物である。


 内容自体は大した事ないものなのだが、教育データの蓄積と日常を送る事でのストレス指数を含めた精神変化を計らなければならない為非常に重要な事ではあった。

 その為延期にする事は出来ないが、テイルは今のクアンと赤羽を放置する事が出来なかった。


 そして考えた結果、テイルはヴォーダンの世話をファントムに任せる事にした。


「ごめんね? ハカセ達じゃなくて僕で」

 ファントムが何時もの不審者スタイルの恰好でそう言葉にするとヴォーダンは首を横に振った。

「いえ。確かにハカセ達と出かけられないのは悲しいですが、同時にお兄さんと出かける機会は同じくらい嬉しいものですので気にしないで下さい」

 そうヴォーダンが言葉を返すと、ファントムは何となくもやもやするような違和感を覚え、少し考えてみた。

「……ねぇ。敬語とかなしで気楽に話してみない? 僕は気にしないし」

「……そうですか。ただ……尊敬する兄に対しての口調ではなくなりますので……」

「良いよ良いよ。というかそう言われるとどんな感じで話すのかちょっと気になる。やってみて欲しいなー」

「そうです? いえ……こほん。じゃあそう話させてもらう」

 敬語を取りはずし、自分らしくぶっきらぼうにそう言葉を発するヴォーダン。

 それは確かに偉そうな話し方ではあったが嫌味な感じは特になく、自然体で外見に似合った話し方だとファントムは感じた。

「うん、良いね。じゃあそんな感じで今日はやってみようか」

「わかった。ところで兄よ。今日は何を買えば良いんだ? 悪いが何が必要か俺には良くわからん」

「あー、歯ブラシとかタオルとかは足りてるから……最初はとりあえず服かな?」

「……これで良いのではないか? 予備もあるし」

 そう言ってヴォーダンはGパンとTシャツというラフな今の恰好を示した。

「うーん。正直あまり似合ってないかと」

 そうファントムが言葉にすると、ヴォーダンは目を丸くさせ絶望したような表情を浮かべた。

「そんな……。偉大な父に選んでもらったのに……」

 わなわなと震えるヴォーダンにファントムは苦笑いを浮かべた。

「ハカセ……服に頓着ないから」

「……偉大な父に選んでもらった服に合わせられないなんて……俺は何て無力なんだろうか……」

 確かに自分もテイル大好きっ子だが、ここまでじゃないなと思いファントムは苦笑いを浮かべた。


「ま、偉そうな事を言う僕もそれほどセンスがあるわけでもないんだけど……それでもハカセよりはマシだから」

「……父がそうであるなら俺もそうであっても別に問題は――」

「自分の所為で息子のセンスが壊滅的になったと知ればハカセ悲しむよ?」

「兄よ。俺に似合う服はどのようなものだろうか?」

 その見事なまでの掌の返し具合は、時々ユキが行うものにそっくりだった。


「……着る事はないと思うけど学ランとか似合いそうだね。ヴォーダンは高めの身長にはっきりした顔立ちをしているので。かなりバランス整った感じだと思うよ」

「ふむ。俺は兄の方が恰好良いと思うが」

 その言葉にファントムは小声になって答えた。

「まあ僕は一応芸能人だしそれなりに気にはしてるからね。でも、僕は君みたいな男っぽい顔の方が憧れあるよ。舞台でも良く可愛いって言われる感じだからかな」

「ふむ……。甘いフェイスという奴か。なるほど。それだけの美形でもやはり羨望というものはあるのだな」

「それでも、僕はハカセに作ってもらったこの顔を他に変えようと思わない程度には気に入ってるけどね」

「ああ。同感だ」

 そうヴォーダンが返した後テイル大好きっ子の二人はお互い見つめ合い、小さな笑みを見せた。


「んで兄よ。他にはどのような恰好が俺に似合うと思う? 学ランというのも戦闘用として第一候補には上げているが、普段使いは出来まい」

「あー。基本的に真面目な印象が強く端正な顔立ちだから制服系が似合いそうなんだよね。……僕の好みなら和服も似合うと思うけど」

「ふむ……。では兄の好みに合わせてみたいから和服を着てみようか。案内してもらえるだろうか?」

 その言葉にファントムはフードで隠してもわかるほど嬉しそうな雰囲気を醸し出した。

「うん! 和服関係ならそれなりに詳しいから案内するよ! ついでに僕の好みの話だし僕が君に和服をプレゼントしちゃおう」

「いや、それは悪い――」

 そう遠慮するヴォーダンだが、ファントムは首をぶんぶんと横に振った。

「いやいや是非受け取ってよ。出来るだけ似合う奴厳選するから。まあ、兄からの誕生祝いという事で、受け取ってくれないかな?」

「……わかった。そこまで言っていただけるなら断るのも無礼に当たる。兄上からの御厚意。ありがたく受け取ろう」

 微妙に尊敬の度合いが増えた事に苦笑いを浮かべつつ、ファントムは頭のおかしい位値の張る男性用和服専門店にヴォーダンを案内した。


ありがとうございました。

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