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番外編-血の繋がり


 立花雪来、二十歳、家族は妹のみ。

 現在はARバレットにてユキという名で上位幹部級として活動中。

 正確は他人思いでありつつもわがままで、素直になれないところが可愛げがない。

 それでいて、人に褒められると嬉しくなる。


 そんなユキは天才という能力に隠されあまり目立たないが、子供っぽいところが多く残っている。

 それはテイルのように自分でわかっていてもただ好きだからという理由でそう生きているわけではなく、マトモな幼少時代を過ごせなかったが故の名残と過去を取り戻そうとする精神の防御反応によるものである。

 故に、ユキは子供の特徴にも似た『嫌な事を後回しにしよう』とする癖が残されていた。


 その為、わかっていた嫌な事を今日までぐだぐだと先延ばしにしてきたユキなのだが……ユキにほんの小さな、わずかな心の変化があった。

 今度生まれる第九怪人。

 それはユキにとっては最初の子供のような存在であり、新しい家族でもある。

 そんな子が今度生まれるのだから嫌な事を残してもやもやした感情のままでなく、嫌な事は先に終わらせて気分良く子供を迎え入れてあげよう。

 ユキはそう思った。


「というわけで今度の怪人は私も製造に協力したわ。いやーちょっと違うんだろうけど子供を持つみたいで怖さ半分楽しみ半分って感じね。優秀でとても良い子ってのは間違いないだろうけど……私が親として、製造者としてちゃんと出来るか不安で不安で」

 電車の中で親馬鹿っぽくなったユキは妹であるユキヒにそう言った。

「へー。……あ、子供って事はテイルさ――」

「その先は言わないで。相手がまっっっっっっったく! 意識してないし、私も恥ずかしいから出来るだけ意識しないようにしてるから」

「あ、うん。おちょくる前でそこまで赤面されたら流石に何も言えないや」

 そう言って真っ赤になるユキにユキヒは優しい微笑みを浮かべた。

「あー。子供って事は私の家族……って思って良いのかな? それともやっぱり他人?」

 ユキヒは腕を組み悩んだ様子を見せながらそう言葉にした。

「……血の繋がりなんて関係ないじゃん。そうであって欲しいと言うなら、誰であれ家族だよ」

「……うん。そうだね」

 ユキヒは唯一の肉親であるユキの手を強く握り、悲しそうに頷いた。


「んじゃ私はおばさんになるね。んでどんな感じなのお姉ちゃんの子って」

「さぁ? まだ生まれてないからさっぱり。ああでも男の子? いや男性か。男性ってのはわかった」

「へー。テイルさんに似ると良いね。あ、でも男の子は母親に似るって言うからお姉ちゃん似かな?」

「言わないでよ……意識しないようにしてるって言ったでしょ?」

「でもこれから皆に言われるし慣れないと」

 そう言ってニヤニヤする妹に、ユキは少しだけ、ほんの少しだけ言い返せない悔しさから怒りを覚えた。


「……私の事は良いとしてそっちはどうなのよ?」

「……へ? 私は別に――」

「サバンナ太郎さんの事気にしてる癖に」

 その言葉にユキヒはさっとびっくりするほど素早い動作で顔を反らした。

「……ああ。その反応はマジだったんだ……」

 あてずっぽうで言葉にしただけのユキは少々驚きながら、それでいて納得した様子で頷いた。


 ユキとユキヒは同じように家族の所為で孤立し、そしてそれぞれ年上の男性に助けられている。

 そしてテイルとサバンナ太郎は方向性こそ違えど割と似ている部分もある。

 そう考えると、どうやら姉妹共にちょろく、そして似たような好みをしていたらしい。


「別にあんな子供っぽい人好きじゃないよ。全くいちいち世話しないと一人で何も出来ない人なんだから」

 そんな事を言うユキヒを見て、ユキは外から見た自分がいかにわかりやすかったか身をもって理解した。


「……お互い、先は長そうね」

 ユキのそんな言葉にユキヒは何も答えなかった。




 楽しかった姉妹のおしゃべりは終わり、電車を降りて二人は山の方に歩いて行った。

 蝉時雨の中を歩く二人の足取りは重く、その表情は暗い。

 決して悲しいというわけではない。

 それでいて、辛くはあるが落ち込んでいるわけでもない。

 だが、心の中には泥のような……良くわからないネガティブな感情がこびりついて剥がれなかった。


 きっとこんな事をしてもすっきりしないだろう。

 それがわかっていても、しなければ心にしこりが残り続け、折り合いすら付けられそうもない。

 今二人の姉妹の感情は、他人に理解出来るほど単純なものではなかった。

 たった二人にしかわからないその複雑な感情を抱え、姉妹は無言のまま山を登っていく――。


 歩きながら、二人は遠い日の記憶を呼び覚ましつつあった。


『まあ! この子は天才よ!』

 絵本を読むユキを見て両親はそんな事を言って喜んだ。

 それがまだ零細の時なのだから確かに天才という言葉以外では言い表せないだろう。

 そして、一歳になった時には敬語をマスターし、両親の言う事は全て何でも百二十パーセント叶えようと行動した。

 ただ両親に愛され褒められたかったから、昔みたいに抱いて欲しかったからである。

 だが、そんなユキの願いとは裏腹に不気味さとおぞましさに両親はユキに対する愛情を失いつつあり嫌悪しつつあった。

 そして二歳の時、化け物を見るような目のまま両親はユキを捨てた。

 ユキが直接両親と覚えている思い出は、たったこれだけしかなかった。


『お前は誰よりも可愛い。俺達のたった一人の愛すべき娘だ』

 それがユキヒの覚えている両親の最も印象的な言葉である。

 私は愛されている。

 私は大切にされている。

 そう思い、ユキヒは幸せな幼少時を過ごした。


 だが、大きくなるにつれてそれが違和感として残った。

 他所の家庭と比べると明らかに異常でおかしいほどの可愛がりっぷりに加え、やけに強調されるたった一人という言葉。

 それと時々出て来る姉らしき人物への罵詈雑言。

 同じ人物から出たとは思えないその言葉の剥離っぷりはもう気持ち悪さしか感じず、そして二歳になったばかりの姉を捨てたと知った瞬間、ユキヒの両親への愛情は尽きた。

 両親は自分を愛してはいるが、それは家族ではなくペットとしてだとユキヒは理解した。


『どうして行くんだい? お前は姉と違って俺達の娘なのに』

 当然のように言い切る両親の異常さが、ユキヒには気持ち悪くて仕方がなかった。


 二人とも、両親に対してまともな感情を持っていない。

 だが、それでも……何故かわからないが二人共心の底から両親が嫌いだとは思い切れなかった。




「全く。この人達はこんな時になってまで……人を悩ませて困らせて……」

 ユキはそう呟きながら、目的の場所……墓地に到着した。


 そこにある立花という名前の墓標には、つい最近刻まれた名前があった。

 一組の夫婦の名前、それはユキとユキヒの両親の名前だった。

 たった二人の姉妹は、大嫌いな人の墓になんて決して来たいわけではなかった。

 それでも、何故かわからないが行かなくては気が済まなかった。


 妹の方は何時でもいけるよう準備をしていたが、ユキの方がいつまでもはぐらかし逃げていた。

 墓地に行こうと決意したのは、ほんの昨日の事であった。


「……本当。嫌な人達だったわ。私は幸せだった時もあるけど、うん。だからこそ……あの人達は人として最低で、そして異常だった」

 ユキヒはそう言いながら安かった仏花をそっと墓標に添えた。

「どうして死んでまで苦しめられないといけないのかしらね。……本当」

 そう呟くユキだが、あまり相手を責める気はない。

 むしろ、両親の事を考えるとどうしても自分の事を責めてしまう。

 理性で言えば自分が悪くない事はわかる。

 だが、例えそうであっても……もし自分が天才でなかったら両親に愛されていただろうとどうしても考えてしまう。

 ユキは少しだけ人と違う生まれをしてしまった自分を責めずにはいられなかった。


「ああ。どうして私がここに来たくないかわかった」

「どうして? やっぱり嫌いだったから?」

 ユキヒの質問にユキは悲しそうな顔で首を横に振った。

「ううん。こんな人達に……こんな人達でも、私はずっと……それこそ今でも、愛されたかった。それを認めたくなかったみたい」

「そか。……ごめんねお姉ちゃん」

 歪ではあったが確かに愛された妹はそう謝るが、ユキは無言で首を横に振った。

「どうしたら、どうやったら愛してもらえたかしらね……」

 ユキは縋るように、墓標にそう話しかけた。


 当然だが、墓標からは何も答えが帰ってこなかった。

 だが……たとえ生きていたとしても、その答えは帰ってこなかっただろう。




 それは自業自得としか言いようがない。

 ユキヒが自分達の元からいなくなったのは寂しいがまあ良い。

 どこかで好き放題生活していても、幸せならそれで構わない。

 しかし、自分達の用意したお金を使わなくなった事が心配になり、両親は探偵でユキヒの現状を探った。

 探偵の用意した資料では非常にまじめに、そして幸せに暮らしているそうだ。


 そんなユキヒの写った写真の一枚に、ユキと仲良く話す女性の姿が見えた。

 ユキヒと同じような髪の色で、もしかしてと思い両親がその女性を調べた結果、その正体が昔捨てたユキであると判明した。


 両親は慌てた様子のまま、怒り狂った。

『ユキヒまでアレみたいに気持ち悪くなったらどうしよう!?』

 そんな愛情ととても言い切れないような、それでいて恐ろしく深い情念を持った両親はユキヒとユキを分断しようと考えた。

 その結果が、怪しい組織にユキを売り払うという手段だった。


『人攫い程度では駄目だ。あれは能力の高い魔物で小さな悪くらいなら軽々と飲み込む邪悪なのだから』

 そんな思い込みを持った両親は、金の為なら何でもするという巨悪にユキの情報を売った。


 生まれた時からまごう事なき天才で、十五を過ぎてもただの人に戻れず、文字通りの人を超えた存在となりつつある者。

 そんな謳い文句で両親はユキを売り払った。

 両親の願い通り、ユキは無事その巨悪企業に拉致され両親は安堵の声を漏らした。


 一つだけ、両親には誤算があった。

 その誤算を一言でいうならば……、認識の違いとなるだろうか。

 この両親はあり得ない事なのだが、自分達を普通の人、どこにでもいるありふれた人間であると勘違いしていた。


 ユキに対しては血を分けた娘であるにもかかわらず人攫いに平気で売り払い、あまつさえも『どのような目に遭わせても良いので二度とユキヒの前に出さないで下さい』なんて言葉を残す一方、ユキヒに対しては異常としか言えないほど寛容でどんな悪事を取ってもユキヒを全肯定し続けた。

 それは金銭の為に何でもやる巨大な悪徳企業の目で見ても、いや人の悪意に常に触れ続けた存在達だからこそ、この二人は異常な存在なのだと理解した。


 彼らが常人であったのなら、恐怖と金銭で相手を縛り付けられる。

 だが、異常者にはそれが効かない。

 自分達の悪事を知っている密告者に対し企業側はどうすれば彼らを黙らせれば良いかわからなかった。

 しかもそんな異常者二人は、こちらが何でもする最低最悪の企業であると知っていてもなお平然と要求をしてくるような度胸もある人物である。


 明らかに普通でない感性を持ち、度胸もありつつどのような手段でも取る存在。

 、企業側はこの両親を制御が出来ない人物であると判断した。


 幸いにも、その性質上この企業は()()には慣れていた。

 結末を警察から聞かされたユキとユキヒは、正直自業自得であるという言葉しか出てこなかった。




「それでも……そうであっても、やっぱり愛してほしかったな……」

 ユキが寂しそうに呟くのを聞き、ユキヒは申し訳なさと悲しさから涙を流し、ユキの手を必死に握りしめた。

 少しでも寂しくないように、少しでも孤独から解放出来るように。

 そんな気持ちで握るユキヒの手は、熱いと感じるほど暖かかった。


 ユキは少しだけ、テイルが怪人を作る気持ちがわかった気がした。

 代償行動と言えばそれまでなのだが、要するに寂しさを紛らわす為の家族が欲しいのだ。

 幸いにも、怪人は自分に対して下の立場にある。

 裏切る事は決してない。

 ――と言っても、愛されたいから家族が欲しい私と、愛したいから家族が欲しいテイルではその純粋さも高尚さも正反対に近いけどね。あーあ。私ももう少し良い子だったらな……。

 ユキはふぅと息を吐きながら、そっとその墓標を見た。


 自分達がここに入る事は決してないだろう。

 入りたくないからだ。

 それでも、これだけ嫌っていても……心は割り切れなかった。


「……うん。もう少し大人にならないとね。生まれて来る子をちゃんと、真っ当に、あいつらとは違い普通に愛してあげる為に」

 そう言いながら、ユキはユキヒの頭を撫で、両親の墓に両親が嫌いだった酒の銘柄を置いてその場を後にした。




 嫌な事を吹き飛ばすよう、二人は帰りに姉妹による男に対しての愚痴だらけ焼肉パーティーを開き騒ぎまくった。


ありがとうござました。

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