新しい家族への最初のメッセージ
第九怪人の開発は順調という言葉以外では表せないほど上手く進んでいた。
怪人関連の事に限り凄まじく有能なテイルと、既存技術の活用と改良という点に素晴らしく長けたユキ。
ただでさえ良く二人でいる為か相性の良い二人なのに、現在は二人共目的以外の事が何も目に入らないほど集中していのだがうまく進行しないわけがなかった。
そんなわけで新怪人製造プロットはあっというまに八割が完了を迎えた。
ただし……順調だったのはここまでだった。
「だから、どうしてそうなるんだ!?」
テイルは呆れ三割怒り七割くらいの口調でユキにそう問い詰める。
「むしろそっちこそどうして私なワケ?」
「お前強いじゃねーか! 場合によってはウチの最大戦力だろうが!?」
「私ここに来る前に負けてるじゃん!」
「そんなの昔の事だろうが! 今のお前には勝てないわ!」
「そんな事ないもん! 私より絶対テイルの方が強いわよ!?」
「ちょっとジム通いするくらいの一般人程度の戦闘力しかないわい!」
「そういう事じゃないわよ!?」
そんな風に、二人にしては珍しく叫ぶように言い争っていた。
二人がしっかりとした言い争いをするのはこれで二度目であり、本当に珍しい事なのだが……クアン含めて誰一人心配していなかった。
話し方といい内容といい誰がどう見ても犬も食わないようなあれでしかなかったからだ。
むしろファントムに至っては失敗続きだった今までと違いかなり密接な関係となり、上手く二人がくっ付きそうな予感がして暖かい目で見ていた。
二人が争っている理由は開発プロットの残り二割の部分、事前情報の入力についてだった。
テイルの作り出した完全人工知能は正しい意味での知能であり、それは人の頭脳と仕組みが全く一緒となっている。
つまり、それは人と同等であるという事だ。
その為本来の人と同じように性格や個性を決める事などどうやっても出来ないのだが、人工知能がまだ目覚めていないブランク状態時に行う事前情報入力である程度ではあるが方向性を決める事が可能だった。
といっても、本当の子供のように逆さを向く可能性もある為事前情報も絶対というわけではない。
そんな大した事のない事前情報を決めるという事だけで、二人は延々と終わりの見えない言い争いをし続けていた。
『戦闘力に長けた頭脳を持つユキを、特に戦闘面をモデルとするべきだ』
それがテイルの意見だった。
天才というユキの個性をコピーする事は出来ないが、与える事前情報を戦闘に寄せる事で擬似的に再現する事は可能である。
要するにテイルはこの前の黒アリス状態のユキを理想と考えその再現こそが第九怪人に相応しいのだと考えていた。
『柔軟性のあるテイルの思考パターンを教える方が良いわ』
それがユキの意見だった。
戦闘力なんて後から幾らでも足せる。
だけど応用力は後から足しにくい。
それは自分の事の為良くわかっていた。
ついでに言えば自分がARバレットに入ったのは負けたからであり、そんな自分を再現しても意味がないだろう。
そうユキはテイルに告げた。
本音はテイルが好きだからテイルそっくりな方が愛せるというシンプルな理由なのだが、それをユキが口に出す事はなかった。
そんな二人の何とも言えないほどくだらない言い争いはいつまでも終わりを見せず、朝から晩まで食事中も含めてずっと、三日三晩言い争い続けた。
流石に家族もうんざりしクアンがキレた。
「仲が良いのは大変結構ですけど、いい加減にしてくれませんか?」
笑顔ながらラスボスの如く圧倒的威圧感を放つクアンに負け、テイルとユキは二人でこくこくと首を何度も縦に振り、お互いに妥協する事にした。
「じゃ、初日はテイルに譲るわ」
「おう。そっちは培養の方と能力用の道具準備頼むわ」
「はーい。じゃ、また明日」
そう言ってユキはテイルから離れて行き、テイルは一人パソコンの前に座り情報を撃ち込み始めた。
二人で決めた折衷案、それは一日交代でお互い好きな情報を入れるというものである。
ちなみにクアンが怖くて落ち着いたフリをしている二人だが、頭の中ではお互い自分の意見が正しいと思い込ひヒートアップしたままである。
外見は冷静だが、打ち込む内容とその行為は冷静とは程遠いものだった。
「……とりあえずユキの頭脳スペックを数値化して打ち込むか。膨大な量だがまあ何とかなるだろう。……駄目だ情報容量が足りん。……買い足すか」
そう言ってテイルはべたぼうに高いパーツを注文し、具体的な情報はパーツが届いてから打ち込む事に決め、いかにユキが優れているかを知らしめるような情報を撃ち込んでいった。
二日目、自分の番となったユキはとりあえずテイルの実績を入力していった。
「えっと……どうせテイルの事だから私のスペックを直接打ち込んだだろうからその私に勝った事を入力しておこうかしら。……ついでに映像データも入力しましょう。……え? ブランクデータに打ち込めるの文章だけなの? ……改造して映像データも入出力出来るようにしておきましょう」
そしてユキはさくっと改良を施した後、テイルの人が自然と集まる優しさから生まれたカリスマと多趣味な事による応用力の強さとその証明を映像ソース込みで入力していった。
お互いある程度それを繰り替えすと、あっという間に書く事がなくなった。
それでもお互いの脳は落ち着く気配がなく、自分の意見が正しいのだと後押しをする為に今度は戦闘と関係のない相手の優れた点を延々と書き記しだした。
『気配りが苦手でついつい我が出てしまうが基本的に優しく、その有能な能力を自分の為でなく他人の為に使う事を善しとする善良な性格』
テイルはユキについてそう記した。
『辛い過去を持っても一切挫けず、最初から最後まで一貫して家族の為に生きている熱い人。見知らぬ誰かの為に何かが出来るのだが決して献身的でなく、自分の為にも誰かの為にも等しく頑張れる。ちょいと子供趣味が強いけどそこもまた可愛らしい人』
そんな風に、ユキは延々と惚気話を書き記していった。
お互い交代でお互いを褒めたたえる事を書き続けるという意味のわからないとしか言えない事前情報入力の時間。
事前情報とは文字通り情報ソースとしかならない為感情的な事は何を書いても本来なら全く意味がない。
書き手の二人は『どうしてこの正しい意見がわからなんだ』という独善的な考えによる行いによる無駄の極みとしか言えないそんな行為が――ここに一つの必然たる奇跡を起こした。
その日の情報入力はユキの日である為、テイルは別室で生体データ調整を行っていた。
男性にあるか女性なるかはわからないが、それでも今の内にどちらでもいけるよう数値を作り上げておく。
現場ではアドリブオンリーとなるからこそこういった細かな準備が大切だとテイルは良く知っていた。
そんな事を行っているテイルの元に、慌ただしい声でユキが突然部屋に飛び込んできた。
「テイル! 今すぐ来て!」
何やら緊急事態だと気づいたテイルは作業を中断し、すぐさまユキに従い移動を開始した。
「……これ……」
そう言いながらユキはさきほどまで延々とテイルの誉め言葉を書き記し続けていた画面をテイルに見せた。
そこに記されていたのはユキのラブレターのような文章ではなく、たった一行の、味気ない文章が映されていた。
『私に、何をして欲しいですか』
それを見てテイルは、声を失った。
人工知能を作ったテイルだからこそ、ブランク状態のデータが反応を示すなんてありえない事だと理解出来た。
例えるなら、ブランク状態とは一冊の本のようなものである。
その本が突然しゃべりだすなんてあり得ないという外言葉はない。
「……これ、怒ってるのかな? 山ほど好き勝手に情報入れたから」
ユキがおそるおそるそう尋ねるとテイルは首を横に振った。
「それはない。怒り方などまだ学習していないからな。これは……AIにより最も原初である渇望だ」
「どゆこと?」
「誰かに使われたい。そんな欲求をAIは最初に持つ。その後から自分の欲求が生まれて徐々に人に近づいて行くんだよ。……原初の欲求ではあるのだが……ブランク状態で生まれるものじゃないぞ。場合によっては製造後に生まれるものだ。」
テイルは自分で口に出し、今どれだけの奇跡を目の当たりにしているか再確認した。
それは確かに、二人が気づかぬうちに与えた奇跡であると言えた。
二人が想い合っているという情報に加え、被製造物であるAIに対する二人の強い愛情を感じた子供が目まぐるしい勢いで成長するという世間では良くある事。
そんな必然が、ここに数値だけでは計り知れない奇跡を引き起こしていた。
「……じゃあ、好ましい事……何だよね?」
ユキの言葉にテイルは頷いた。
「成長を喜ぶという意味でなら文句なしに好ましい事だな。この段階で自我が目覚めかけているんだから。……データで言えばあり得ない事なんだがな」
本が突然しゃべりだすのだからそれはあり得ないという言葉以外では言い表せないのだが、起きてしまった事なのだが現実を受け入れるしかない。
そもそも、この二人にとって自我が目覚めた子供を否定するなんてするわけがなかった。
「……んでテイル。どうしようか?」
「事前情報の入力はこの質問に答えて終わりだな。……まあ十分すぎるほど打ち込んだし良いだろう。情報多すぎてどんな方向性に成長するかわからないが……ま、それもそれで悪くない」
「んでどうするの? この質問に何て答えれば良いの? この子はどう答えて欲しいのかな?」
「思いついたまま答えれば良いのだが……せっかく質問してくたんだ。どうせなら俺達だけでなく全員で応えようぜ?」
「全員って?」
「この子の兄と姉全員にだよ」
そう言ってテイルはニヤリ笑い、スマホを取り出しメールを打ち込み、一斉送信をした。
「そいやどうでも良いけど、テイルってSNS系のチャットツール使わないわね」
「使わない事はないが……うん。めんどい」
「いちいちメールの方がめんどくない?」
それがジェネレーションギャップである事に気づかず、二人は首を傾げ合った。
第一怪人フューリー。
『ヴァルやクアンとすらマトモに話せてないのにもう次か。嬉しくはあるが寂しい感じだな。ゆっくり家族での団欒が出来る事を俺は希望するぜ』
ARバレットで最も人殺しに長けている男、テイルにとっての昏い部分を担当している男は新しい家族が光差す世界で幸せに生きられるよう祈り、そうメッセージを送った。
第二怪人フレンジィ。
『忙しさに死ねる。いつ会えるかもわからない俺だが、それでも兄として生まれて来る事を楽しみにしている。あ出来たら一緒にチェスとか出来ると嬉しい』
未来予知なんて能力と怪人初期ロット故の欠陥を持つ男はこれから生まれる弟か妹にそう言葉を残した。
第三怪人ザースト。
『ただ生まれて来る事を望む。むしろ兄である俺にどんなわがままを言いたいか考えておいてくれ。そのわがままを嫁共々に歓迎しよう』
古賀雅人となった男は嫁と共に新しい家族の誕生を心待ちにしていた。
第四怪人マーキュリー。
『クアンちゃんにもユキちゃんにも会えてないのにもう次!? 男の子なら弟として可愛がってあげる。女の子ならお友達になりましょう。そう伝えといて。ハカセ帰れなくてごめんね』
メールすら久方ぶりな自由人、クアンが生まれるまでは唯一女性だった彼女はそうテイルにメールを送った。
第五怪人ガウス。
『少し遠くなんだが、ハカセと一緒に俺の店に来てくれ。歓迎しよう』
最もテイルに似た部分を持つ凝り性な男は、テイルから縁遠い寡黙であり、同時に優しさの感じる文章を送ってきた。
第六怪人ファントム。
『生まれるのを心待ちにしています。して欲しい事? むしろそっちが僕にして欲しい事を探しておいてください。答え合わせは会った時に』
AIにそれは難しいのを知りつつも、少しの意地悪を混ぜつつ兄として成長を願いファントムはそう言葉にした。
第七怪人ヴァルセト。
『俺含めて変な奴が多いからな。真面目な奴になってくれたら俺が楽出来で良いな。まあ好きに生まれて来い。もし悩み多き女の子ちゃんだったなら……家族としてじゃなくメイクラヴの相手としても歓迎だぜ?』
相変わらずの悪い癖を見せながらヴァルセトはそうメールを送ってきた。
第八怪人クアン。
『私がお姉ちゃんになるんですね! 嬉しいです。えと、元気に生まれてきてください。あとお姉ちゃんに頼ってください!』
シンプルに嬉しいクアンはそうテイルに直接言葉を残した。
ARバレット参謀兼兵器開発局長ユキ。
『九番目の怪人だけど、私にとっては最初の怪人、最初の子供よ。ただ生まれてくれたらそれで良いわ。でも……もし一つだけ願いを言うなら、私に似ず素直な性格になってくれたら嬉しいかな。意地っ張りって疲れるし回りを困らせるし、損するわよ』
立花雪来は苦笑いをしながらそう文章を打った。
ARバレット悪の科学者、テイル。
『ようそこ、我が子よ』
テイルは質問に答えず、ただそれだけ打ち込んで、完全人工知能を起動させた。
「さて、これで最終段階に入る。残りの準備を進めるぞ」
テイルの言葉にユキは頷き、二人は怪人製造用の部屋に向って歩き出した。
ありがとうございました。
今まで第七怪人がちょくちょくヴァルトーゼになっておりましたが、これは謝りでヴァルセトが正解です。
一応幾つか直しましたがもし他に間違いがあれば見つけた時教えていただけたら幸いです。