エピローグ2 その後
内に宿した存在が善良な神様だったおかげで、ユキは何のリスクも負わずその契約を終える事が出来た。
正しくはユキが恋する乙女だったが為に見逃してくれただけなのだが、それをユキが口にするわけがなかった。
そんなわけで拉致されたユキがARバレットに戻って来る事が出来た上に元通りに戻り、皆に事情を説明して……クアンはユキにべったりとしがみ付き続けた。
寂しかったのと、悲しかったのと、怖かった。
友人がいなくなる恐怖なんて生まれてからまだあまり時の経っていないクアンは知らなくて、突然の事態に死ぬほど恐怖した。
悲しみ、落ち込み、苦しみ、怒り、そして戻ってきた安堵と不安からクアンはユキから離れられなくなった。
そんなクアンを引きはがすほどユキもヒトデナシでない為、されるがままとなっていた。
「ごめんなさいね越朗君。クアンちゃん取っちゃって」
少しからかうような口調でユキはクアンに付いてきていた赤羽にそう話しかけた。
だが、今まで慌てていた赤羽はそんなからかいに特に動揺を見せず、微笑んでいるだけだった。
「いえ。嫌でなければ付き合ってあげてください。本当に怖がっていたので」
「……それは良いけど、つまらなくなったわね越朗君」
からかいにくくなった赤羽に対しユキは少し拗ねてそう言葉にし赤羽は苦笑いを浮かべる。
「はは。もうずっとそう言われてきたので少し慣れました。それに、クアンさんの事が好きで今少し寂しいのも事実ですし」
「……本当何があってそんな事になったのかしら」
「その辺りはまたそのうちクアンさんから聞いて下さい。女子会とかで」
「そうね。そうするわ」
そう言いながらユキは必死にくっ付いて自分を護ろうとするクアンの頭を優しく撫でた。
「……んでクアン。そろそろ離れない?」
「嫌です!」
三十分は経とうとしているのにクアンは一向に離れる様子がなくそう言葉にしたユキは少し困りながら時計をちらっと見た。
ちなみにユキが元の姿に戻って既に三日ばかり経過したのだが、それでもクアンはこのようにべったりとしたままである。
「はいはいクアンさん。離れますよ」
赤羽が空気を読みそっとクアンを後ろから抱きかかえユキから話した。
「赤羽さん! また目を離すといなくなっちゃうかもしれないじゃないですか!?」
「うん。クアンさん。これからユキさんはとーっても大切な、だーいじな用事があるからねー」
そう言われるとクアンはとたんに納得したような表情を浮かべ、ユキは苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべた。
「越朗君それは何時もの仕返しかしら?」
「おや? 仕返しと感じるという事はユキさんはそのように考えているという事でしょうかねぇ」
自分の失言にユキは顔をしかめつつ、否定もせず逃げるようにその場を後にする。
クアンはさっきまでと違いニコニコとした顔でユキをに手を振った。
クアンは自分の経験で、自分が赤羽に感じるこの気持ちが暖かくて優しくて、そして生きる上でとても大切なものだと知った。
だからこそ、今のユキを邪魔してはいけないとクアンは理解していた。
「赤羽さん。おゆはん作るので手伝ってもらって良いです?」
クアンの言葉に赤羽は微笑み頷いた。
「良いですよ。じゃあ材料買いに行きましょうか」
その言葉にクアンは頷き、二人で基地の外に出かけていった。
ユキは優しくノックをして、音を立てないようにドアを開けた。
いつも適当に、何の遠慮もせずに入るテイルの部屋のドアだが、最近はそうはいかない。
何時寝ているかわからないからだ。
「ユキか……。悪いな……」
どうやら起きていたらしくテイルはベッドの上でそう言葉にした後、酷い咳をした。
「返事はしなくて良いわ。良いから休んでなさい」
そう言いながらユキは起きようとするテイルを寝かせ、体温計を手に取りテイルの熱を測る。
「……三十九度。なかなか下がらないわね」
「風邪は舐めたら駄目って事だな」
そう言いながらテイルは苦しそうに微笑んだ。
「はいはい無理にふざけようとしない。何か食べられそう?」
「……食欲はあるぞ」
「そ。んじゃ何か作ってくるから大人しくしてなさい」
そう言ってユキは静かに部屋を退出し厨房に向かった。
ユキの見た目が戻った直後、テイルが倒れた。
理由はもうこれでもかとないほどわかりやすく単純なもので、無理のし過ぎである。
不眠不休でユキを探し、その間も走り回り続け、吸血鬼化の能力を得ても休む事なく動き続けたテイルは完全に限界を超え、そしてユキの身体も元に戻り心配もなくなった今、緊張の糸がぷっつりと切れ高熱を出し倒れ込んだ。
疲労困憊で体が悲鳴をあげついでとばかりに風邪に侵されたテイルは極一般的な病人となり、その介護を他の誰でもなくユキが行っている。
本来なら最近暇の多い戦闘員、特に十和子などが面倒を見る予定だったのだが、ユキが自分から志願した。
『自分の所為で倒れたのだから自分が面倒を見るべきだ』
そんな嘘ではないが本音でもない建前を言葉にするユキ。
本音は言うまでもないだろう。
「はいお待たせ。一応そこそこ消化に良いだろうと卵粥にしたけど良かった?」
その言葉にテイルは頷く。
「ああ。ありがたい。……悪いが体起こしてくれるか?」
その言葉にユキは頷きテイルの上体をそっと起こした。
「ありがとう。……あ、ここはふーふーしてくれる場面か?」
からかうような口調でそう言葉にするテイルにユキは微笑んだ。
「安心して。ある程度冷ましてるから」
「そか。じゃあ頂くな」
そう言ってテイルはれんげを受け取り膝の上にお椀を置いて食べだした。
――ちょっともったいなかったかな。
ふーふーして食べさせるチャンスだった事に言われてから気づいたユキはそう思いつつも、冷ますという自分の気遣いが決して間違いではないとも思い少しだけ悩んだ。
「……なんか悪いなぁ……」
ユキはぽつりと悲しそうにそう呟き、れんげを加えたままテイルは首を傾げる。
「何がだ? むしろ面倒かけてる俺の方が申し訳ないと思うぞ。まあ俺は気にしないが」
そう言ってふざけているテイルとは裏腹に、ユキの表情は落ち込みきっていた。
「……私がいない間にクアンが倒れて、それに連鎖して越朗君も倒れて。そして今テイルもダウンした。ぜーんぶ私の所為じゃない」
そう、全員ユキが原因で倒れている。
それを少し嬉しいと思ってしまう事も含め、ユキは罪悪感でいっぱいになっていた。
「……まあそうだな。それは事実だ。だが、まあそれだけユキが皆にとって大切だって事だ。あまり気にするな。無事に帰ってきただけで十分に嬉しい」
「……テイルにとっても、私は大切?」
ユキの言葉にテイルは何故か心臓に鈍い痛みを覚えた。
それを風邪の所為だろうと思いつつ、テイルは頷く。
「ああ。大切な仲間だ」
そんないつものテイルにユキは小さく溜息を吐き、そして微笑んだ。
「ん。ありがと」
テイルは心臓が少し早くなったのを感じ、体調が思ったよりも悪いと思い早々に粥を食べ終わりまた横になった。
「んで一つ気になったのだが、あの子はどうなった?」
「あの子って」
「今回ユキの友達になった……一望ちゃんだったか?」
「ああ。あの子は……まあぼちぼちと」
「そか。元気になったらユキを助けてくれた礼を言いたかったが……」
「無理よ。あの子は遠くに行ってしまったから……」
少し悲しそうに笑いそう言葉にするユキに、テイルは嫌な予感を覚えた。
「……おい。それって……」
そこまで言った後、ユキは自分の言い方が悪く誤解をさせた事に気づき慌てて手を振る。
「ああ大丈夫大丈夫。本当に遠くに行ったからしばらく会えないだけで、また帰ってきたら会えるから」
そう言った後、ユキはテイルに事情を話し出した。
一望は今回の悪い組織内にいた為、犯罪者側として逮捕された。
とは言え、行っていた事と状況を考えると情状酌量の余地も多く、またユキも警察での調書で相当一望に肩入れしていた事もあり、保護観察処分という形で話は付いた。
要するに、ほぼ無罪に近い判断である。
これは悲しい事に一望が無能であり何の役にも立たなかったという会社の評価も多いに影響していた。
と言っても、無罪放免となった本人の、その精神状況は最悪の一言だが……。
今まで自分が面倒を見てきた人達は皆死んでいると聞かされた時、その片棒を担いでいたのが自分だと気づいた。
だからこそその贖罪も兼ねてユキを助けようとした。
そして全て終わって残されたのは、気づかぬうちに血に染まった自分の両手だけだった。
そんな一望に起きた唯一良かった事は、末期に近づいていた自分の肉体がほぼ健康体になった事くらいだろう。
ただし、それにすらも一望に追い打ちをかけるようにデメリットが存在していた。
ユキが起こした奇跡のような治療は、万能な魔法ではなく代償のある神との契約によるものだったからだ。
ちなみにその代償は『三年以内に恋をしないと死ぬ』というふざけた内容ながら恐ろしく重い呪いのようなリスクだった。
末期だった状態を治癒したのだからそれは妥当どころか相当奇跡に近くはあるのだが、如何せん精神状況が悪すぎた。
罪悪を強く感じている今の状況でのほほんと恋をしろなんて言われても不可能で、一望は既に生きる気力を失いかけていた。
そんな一望に行きたいと願われたのは、ある人のたった一言だった。
『私は死んでほしくない。せっかく友達になれたのに……。まだ何も話していない。私友達少ないのよ……』
そんなユキの心からの本音に、一望は少しだけ生きたいと思えるようになった。
贖罪と、友人とまだ見ぬ恋の為に、もう少し頑張ってみよう。
一望はそう思い――そして何故か旅行に行った。
ちなみに理由は、まだ見ぬ恋を探す為だそうだ。
『そう言えば……あの子後先考えず行動するタイプだったわ』
見送る暇もなく、気づいた時には飛行機に乗っていた一望に苦笑いを送りながら、ユキはそう独り言をつぶやいた。
「そんなわけで今ごろどこかで元気に旅してるわ。一応観察員の人にはどこに行って何しているのかとか説明してるから行方不明ではないけど……基本的に自由だからどこ行ってるか私にはわからない。でも帰ってきたら間違いなく私の家に遊びに来ると思うから……その時はよろしくね?」
「ああ。ユキの友達なら喜んで歓迎するさ。それに、そういうアグレッシブなタイプは嫌いじゃない」
「でしょうね」
ユキは苦笑いを浮かべながらそう言葉にした。
「……さて、あまり長居しても悪いし行くわね。何かして欲しい事があったらいつでも言ってね」
「……一緒に映画――」
「はいはい治ったらね」
「ちぇー。……すまんな。そしてありがとう」
そう言って力なく微笑むテイルに優しく笑いかけ、そっとおでこにキスをしてユキはその場を立ち去った。
冷静になった後、ユキは自分のしでかしたあまりに大きな失態に気づき、真っ赤になって枕に顔を埋めじたばたした。
ありがとうございました。