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暴力以外に似合う呼び名のなき者


 壁を破り後ろから突入してきたのは三人……なのだが、ユキはその中の一人にしか目がいかずその一人の人物をじっと見つめていた。

 その人物は能力的には決して来るべき存在ではなく、むしろ邪魔になる可能性が高いのだが……それでも、ユキは彼が来ると確信しており、そして来てくれてとても嬉しく思っていた。

 男の名前はテイル。


 ユキが一番会いたいと思っていた人物である。


 ――ああ。喜んだら駄目な事だけど、やっぱり嬉しいわね。

 堪えきれず、緩んだ笑みを浮かべながら明らかに弱っているテイルを見てユキはそう思った。

 服装も乱雑で髪もボサボサ。

 目の熊も酷く顔色も明らかに悪い。

 そして何より、おそらく最近まで新品だったであろう運動靴が廃品ギリギリまでボロボロになっている。

 それはどう考えても何かを探し走り回っていたとしか思えない様子で、それがユキにはとても嬉しい事だった。


「すまん。遅くなった」

 そう言いながらテイルは、変わり果てたユキである事を気にもせず、手を差し伸べた。

「……怖くない?」

 怪しく紫色に発光する髪に黒と金色の人とは思えぬ瞳。

 それはまごう事なき異形の証である。

 そんなユキを見て、テイルは苦笑いを浮かべた。

「そうだな。元の方が髪は綺麗だったな。だが目はこっちの方がカッコいいと思う。いやすまん、デリカシーがなかったな」

「ええ本当に。女性扱いしろとは言わないけどそれはちょっと酷いと思うわ」

 ユキは苦笑いを浮かべながらそう呟いた。

「本音を言うとな。どんな姿であれ、無事戻ってきてくれたら嬉しい」

 その言葉を聞き、おずおずとだがユキはその手を受け取った。


「ありがと。――無事かどうかはまだわからないけど……」

「何か言ったか?」

「んーん。何にも」

 ユキはそう言って微笑み、嘘を付いた。


「ところで悪いんだけど、これどうにかなる? ぶっちゃけ私だとジリ品で無理」

 そう言いながらユキは襲ってくる蠢くスライム状の異形達と生物的特徴をもった化け物達とのおぞましき戦いを指差した。

「……どっちがユキの僕なんだ?」

「バラエティ豊富な異形の方」

「……センスない俺でも酷いと思うぞ。もう少しマシなデザインは出来なかったのか? 子供見たら泣くんじゃないか」

「ごめん。うん。私もこれが酷いのはわかるけどぶっちゃけどうしようもなくて……」

「そか。まあ、こっちも念の為切り札を用意してきた。一応尋ねるけど、あのスライム? のような吐き気を催す邪悪はどの位の強さだ?」

「五体でクアンと対等くらいかな? つまり現在最低でもクアン百人分以上の戦力。しかも連携も巧み。ぶっちゃけめっちゃ強い。……何とかなる?」

 ユキが不安げにそう尋ねると、テイルは自信に満ち溢れた笑みで、指を盛大に鳴らした。


 パチン!


 その音と同時に、さっと一人の男がテイルの元に現れ跪く。

 男の名前は赤羽悦郎。

 一応、正義の味方というテイルにとっては敵側の存在である。


「うむ。越朗君。ここは任せても良いかな」

「はい喜んで―!」

 元気よく返事をする赤羽だが、どうもやけになっているというか変にテンション高いというか……不思議な様子となっていた。


「越朗君が来たという事はもう一人は……」

 ユキはそう呟きながら残されたもう一人の来訪者である彼女を見る。

 彼女――クアンは真っ赤に目を充血させながら、怒りに満ちた表情で静かにその場に待機していた。


「クアン……久しぶり……えと……どしたの?」

 その言葉を聞き、クアンは微笑んだ。

 ただし、何時もの優し気な笑みではなく、暴圧的で、それでいて怒気を感じる笑みで。

「いえいえ。何でもないですよ? ただ……ちょっとだけユキさんが連れていかれたから私怒ってるだけです」

 どう見てもちょっとでないくらい怒っているクアンにユキは何も言えなかった。


「……友達思いで情に厚く、誰にでも優しい水のような女性。ただし、その情の部分に触れると全てを飲み込まんばかりに怒り狂う。まさに水だよな」

 そんなテイルの説明にユキは納得したかのように頷いた。


「それでテイルどうするの? あ、そろそろ私の化け物達も限界よ。ジャバウォックなんかもう半分溶けながら戦ってるし」

 スライムよりもスライムらしくなり目の部分なんか点だけになりつつもジャバウォックは必死に食らいついていた。

 むしろ今の方が愛嬌があるなとは思ったが、流石に悪いのでユキは黙っておいた。


「……ああ。あれ不思議の何たらなのか……。いやそっちが不思議な力が使えたりと色々あったようにな、こっちも色々あったんだよ。なあ越朗君」

 その言葉に赤羽はビクッとした後、小さく震えながらテイルにぺこぺこと頭を下げていた。

「いやいや。怒ってないから安心してくれ。別に責める気もない。ただおちょくっているだけだ。それはそれとして、最大戦力としてこの場の処理頼めるか?」

 真面目な様子のテイルに赤羽は真剣な表情となる。


「はい。俺もユキさん拉致られて少し腹立ってますし……何より、こいつらはクアンを怒らせた。俺が戦う理由も十分にあります。それで、オーダーは?」

「――暴れろ。ゲイルではなく、赤羽悦郎としてな」

 その言葉に赤羽は頷き、クアンの傍に移動する。

 クアンも何かを理解したのか赤羽の顔を見て、そっと目を閉じた。

 そして赤羽は、そんなクアンに優しく触れ、そっとキスをした。


「……色々って……そゆこと?」

「ああ。そゆこと。クアンがぶっ倒れて越朗君が介護して、介護疲れとユキ探しで続いて赤羽君もダウンして今度はクアンが介護して。んでなんやかんやあった末にそうなったそうだ」

「そう。それはおめでとう。んで何で今キスしたの? 見せつけ?」

「ま、見てればわかる」

 そう言葉にするテイルは、とても良い笑みを浮かべていた。




 

 赤羽は一人でスライムの方に歩くと持っていた旅行用の大きなバッグを地面に降ろし、突然人の姿のまま雄たけびを上げた。

 ビリビリと振動する空気の中、スライム達は声の主である赤羽に注目を浴びせ、そんな中赤羽は徐々に姿を変えていく。


 人のものであった肌にはこげ茶色の逆立つ毛が生え、顔は獣そのものと化す。


 赤羽という人であった存在は、あっという間に狼男と呼ばれる怪異と変化を遂げた。

 ただしその姿は今までと少しだけ異なり、瞳が怒りと暴力に染まっていなかった。


「……完全制御出来るようになったの? あれ」

 ユキの言葉にテイルは苦笑いを浮かべた。

「クアンのキスで三十分の完全制御だ。理屈や理由はさっぱりわからん。帰ったら研究してみるか?」

「――止めておきましょう。馬に蹴られる趣味はないもの」

「そか。……ああ。事後報告になって悪いんだが、ユキの作った試作機幾つか借りたぞ」

 その言葉にユキは目を丸くし怒気を露わにした。

「はぁ!? 私の試作機って文字通り失敗作よ? あんなの使いたがる馬鹿がいたの!?」

 テイルは目の前でバッグを頑張って漁っている狼男を指差した。


 巨大な爪と毛深い手の為バッグを探るのも一苦労らしく数十秒かけバッグを探った後、スライム達に挑みかかった。


 最初に取り出したのは、リボルバータイプの拳銃。

 その拳銃は狼男の巨体であってもサイズ負けする事がないほどの大きなグリップと長いバレルを持っていた。

 それで狼男は乱雑に狙いを付け、撃ち放った。


 ガオン!


 そのリボルバーはおよそハンドガンとは思えぬ暴力の音をかき鳴らし、粘液の化け物に凶弾を飛ばす。

 その巨大な弾丸にスライムが触れた瞬間、スライムは音もなくその姿をこの世界から消滅させた。

 辛うじて残っているのは、地面に接していた足先くらいだろう。


 ユキの作った失敗作の試作型ハンドキャノン『イリーガル』

 八十口径から射出される専用弾は戦車すらティッシュのように軽々と大穴を開け、当たり所さえ良ければ戦艦すら落とせる。

 ただしその欠点として、射出時に発生する反動もまた甚大である。

 怪獣化した雅人ですら吹き飛び脱臼するほどの衝撃となる為失敗作と決まりお蔵入りとなった。


 そんなイリーガルを、狼男は水鉄砲のように軽々と扱っていた。


 四発打ち込み弾が切れると、キンと甲高い音を立てブレイクアクションを起こしシリンダーを外に飛ばす。

 そして新しいシリンダーをガチャリとねじ込むと片手だけで元の形状に戻し、再度狙いを付け――その銃は持ち前の暴力を披露した。


 百近くのスライムが銃弾により姿を消した頃、シリンダーを五回ほど変えた辺りで彼らのターゲットはその狼男のみに絞られ、数百という数のスライムは狼男目掛けて一斉に襲い掛かった。


 スライムは数の暴力で一斉に取り囲み、ミツバチの如く群がり熱を上げていく。

 数百度の高熱を発生させるだけでなく骨すら用意に溶かす酸を狼男の全身に浴びせる。

 それだけにとどまらず心臓すら止めきる神経毒を、たった一体に対して全力で浴びせに行くスライム達。

 ただし、それらをもってしても古の時代より語り継がれる怪異を殺すのには全くもって足りていなかった。

 熱、酸、毒で受けた傷は、受ける傍から治癒されていっていた。

 

 閉じ込められ液体金属の球体となった中から何か金属状の物体が射出される。

 それはくるくると回転しながらスライム達を破壊し、ブーメランのように持ち主の手に戻っていく。

 それを何度か繰り返しながら合間にイリーガルをぶっぱなし、狼男は自分を閉じ込めていた球体を破壊して飛び出し再度その手に持っていた金属製のハンマーをスライム達目掛けて投擲した。


 ユキの作った試作型近接兵器『ミョルニル』

 その能力は神話の再現よろしく極度の耐久を持ち用容易には破壊出来ず、また投擲した場合必ず対象にぶち当たり持ち主の元に戻って来るという機能を持つ。

 ただし、その耐久力の為に圧縮した金属をし、その重さは軽く二トンを超える。

 片手で持つのも難しく、それを投擲するなどもっての外の重さである。

 そして仮に投擲出来たとしても、重さ二トンを超える槌が戻って来る場合掴み損なうだけで指は失うだろうし、脳に直撃すれば確実な死が待っている。

 そんな危険すぎるブーメラン誰が使うのかという理由でお蔵入りとなった兵器である。


 拳銃と投擲槌に加えて己の爪で近場の敵を切り裂く。

 それが今の赤羽の――凶津牙ゲイルの肉体を制御しきった赤羽の戦い方だった。


「……あらー。またずいぶん深夜枠で人気の出そうなバイオレンスな戦い方になったわねー」

 自分の作った物ながら使い手など存在するわけがないと思っていたユキはそう他人事の様に言葉にした。

「うむ。完全制御下に置かれたライカンスロープの恐ろしさをまじまじと見せつけられるようだ」

「……ね。今の越朗君に勝つ方法ってある?」

「ないな」

 テイルははっきりと断言した。

「元々越朗君は地道な努力を好むタイプの人間でな、トレーニングに手を抜かないタイプだった。柔道剣道空手は当然捕縛術や拳銃の射撃法まであらゆる訓練を努力だけでこなし、凡庸なる身ながら一流の技術を身に宿していた。つまり今の越朗君は超一流の肉体に一流の技術を兼ね備えているという事だ。この段階で残念ながらウチのメンツで勝てる奴はいない。引退済みだが雅人ですら無理だろう」

「あちゃー。やっかいな敵が出来ちゃったねぇ」

「うむ。まあ、俺だけで無理でも、ユキ、お前が手を貸してくれたら何とかなるだろう。その時は頼む」

「ええ。がんばりましょう。ところで……越朗君が背負っている武器って……あれも私の作った奴?」

「ああ」

「……うわー。あれ使っちゃうのかー」

 若干引いたような声でユキはそう言葉にする。


 ハンドガンと土をホルスターに仕舞った後、赤羽は背中に背負っていた物干し竿のような道具を取り出し、底に付いているスイッチを地面にぶつけ起動させる。

 その棒はガチャンガチャンと音を立てて変形し、それは死神の鎌のような形状に変わり果てた。

 ただしその刃の部分に刃は付いておらず、真鍮色の歯車が幾つも付けられているだけだった。


 ユキの作った三つ目の試作失敗機『アンティキティラの歯車』

 無数の歯車は対象を巻き込むような回転をし、対象を砕く。

 簡単に言えば、ひき肉製造機や金属破砕機のギミックだ。

 そんなこの鎌っぽい武器の没理由は……あまりに残酷な結果しか発生しないからだ。


 鎌についたスチームパンク感溢れる歯車は轟音を鳴らせながら高速回転を始め、そのまま赤羽はその鎌を全力でスライム目掛けて振り抜いた。

 そんなバットをスイングするかのように横薙ぎに振るわれる鎌はスライムに接触して巻き込むようにその粘液を絡め、潰し、飛び散らせ細胞事破壊していく。

 しかも何体スライムを巻き込んでも速度を緩めず、赤羽はぐるぐると回転しながらスライムを文字通りめちゃくちゃにしていった。


「……さて、負ける事はないだろうし俺達はそろそろ行こうか」

 テイルの言葉にユキは首を傾げた。

「え? どこに?」

「……いや、黒幕のとこ」

「え? は? ……あ? 女社長いなくなってる!」

 今頃気づいたユキは驚きそう声を荒げた。

「俺達が来てすぐに去っていったぞ。リスク管理のうまい人だ」

「ぐぬぬ……テイルが来てくれた事と越朗君の暴れっぷりで忘れていた」

「珍しいなユキがうっかりでミスするなんて。ま、そんなわけで、赤羽君が道を開いてくれた。行こう」

 その言葉にユキは頷きスライムのいなくなった道をまっすぐ進んでいく。


 タイプアップが来た時赤羽を戻さないといけないクアンはそんな二人の背中に大きく手を振って見送った。


ありがとうございました。

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