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本当の強さ

お待たせして申し訳ございませんでした。

とは言えまだ病み上がりですので更新頻度が落ちるかもしれません。



 その戦いは大人と子供の戦いと言って良いほど、圧倒的な戦力差となっていた。

 たった一匹の異形が軍相当の装備に加えて巨大メカまで持ち出した集団を一方的に嬲っている。

 しかもその異形に勝てないならと術者本体を狙おうにも、実は術者の方が強いという落とし穴まで待っていた。

 わざわざ異形を召喚した理由はちょっとした用心と、心を折る事が目的に外ならない。

 今のユキは一望という少女の『ヒーロー』だから出来るだけ人殺しをしたくなかった。

 と言っても、使う異形によっては死ぬよりも酷い目に合うのだが……まあそれはそれでどうでも良かった。

 ――とりあえず、死ななきゃ良いや。

 ユキは他者に対して関心が薄く、基本薄情だった。


 紫のおぞましい異形、ジャバウォックは巨大メカを背中に乗せて転がしたり、頭を撫でる動作で頭部ユニットを破壊したりとまるで遊ぶように敵を嬲っていた。

 これはユキが相手をおちょくる為にそうしたわけではなく、単純にジャバウォックに与えられる命令のキャパが小さい為そのようになってしまうだけである。

 召喚する対象によって異なるのだが、ジャバウォックを召喚する場合は、召喚前に出せる命令は精々二つ位。

 しかも、召喚した後に至っては『本に戻れ』の一つのみで、今回出した命令は『殺すな』と『怯えさせながら戦え』のみ。

 つまりこの遊ぶような嬲り方は、単純にジャバウォックの趣味である。


 そんな絶対に負けない戦いに時間をかけ、相手の心を折りにいっている最中、破壊されず残った巨大メカが突然今までと違う動きをみせた。

 全身から見えるスチームパンク感引き出す巨大な歯車がいきなり高速回転を始め、蒸気のような煙を生み出す。

 そんな動きと同時にメカの中から戸惑いの声が響き渡った。

 動いている機体だけでなくユキやジャバウォックが行動に不能に追い込んだ機体を含めて全ての機体から同様の戸惑いが溢れている。

 どうやらこの変化はパイロット達にとっても想定外の事態らしい。


 そして……その暴走状態ともとれるメカが最初にした行動は――自分の胴部を潰す事だった。

 それはユキが止める暇すらないほど迅速で、唐突かつ予想外な行動。

 終わった時には全てのメカの足元に赤い血だまりが出来ていた。


 ユキが敵味方問わずの殺戮というメカの行動理由に気づいたのとほぼ同時に、メカ達は近場にいる武装した人に対しその拳を振るいだした。


「戻って!」

 ユキはジャバウォックを本に戻し、殴られそうな人を助ける為全力で走って――。


 パン!


 こちらに向けられて発砲された銃弾を避ける為、ユキはその場から一歩ほど……距離を取ってしまった。

 スローで見えるメカの腕と、茫然として銃を撃つ事すら忘れている敵の一人。

 そしてそのまま腕は人に直撃し――ユキは目を反らした。


「どうして止めたの!?」

 ユキは自分を発砲したスーツ姿の男に荒げた声をぶつけた。

 助けられるはずだった。

 一人だけでも、無事に救えるはずだった。

 だが、それを妨害したのは、他の誰でもなく敵の仲間であるはずのスーツ姿の男だった。

 男はハンドガンを持ったまま内ポケットから煙草を取り出し、タバコの先端を銃で撃ち火を点ける。


「貴女が助けようとした人はですね、今回の仕事の報酬で、一望さんでしたっけ? あの人を好きにして良い権利を貰うつもりでしたよ」

「――は?」

「ああ。当然結婚してとか恋とかそんな感情は一切持ってません。そもそも彼三人くらい女性殺してますし」

 ユキは何も言わず、男の言葉を聞いていた。


「ここに居る人は私が直々に選んだ私の直属部隊です。そして選考理由は私が『こいつは死んだ方が社会の為になるな』と思った人達。つまり、そんな方々しかいないんですよ」

「だから……だから殺したの? こんな回りくどい暴走状態を作って」

 ユキの言葉に男は首を横に振った。

「いえいえ。実はこれ、私がした事じゃないんですよ。このロボット用意したの社長ですし私も地味に襲われてますしね。まあ、助ける必要はないと思いますよ。もうそろそろ終わりますし」

「終わる?」

 そう呟いた後、ユキは気が付いた。

 メカから逃げた為殴られていないはずの男達も皆吐血しながら倒れている事と、スーツ姿の男のタバコの口元が少し赤く染まっている事に。


 メカから出ている煙のような蒸気と男達の症状。

 それを考えると、どうしてこうなったかはユキでなくとも理解出来る。


「どうして欲しい?」

 スーツ姿の男がやけに虚無的で、そして何故か辛そうだったからユキはそう声をかけていた。

 男はタバコを吸い、乾いた笑みのまま一言呟く。

「もう、疲れました……」

「そ。何があったか知る気もないし、同情もしないけど……お疲れ」

「はは。思ったよりも人間らしい人ですね貴女。……ああ。そうそうこれただの時間稼ぎなんですよ。だから今頃社長付近は防衛が揃っていると思います。気をつけて下さい」

 そう言いながら男は腰を下ろし地べたに座り込んだ。

 もう立つ体力も残っていないのだろう。


「遺言くらいは聞いてあげるわよ?」

「では……一望さんに羨ましかったと。それと遺言ではないですが、出来たら社長に……あの何でも思い通りになると思ってる女の顔を絶望に染めて下さい」

 男の顔色が青く震えているのは、毒の所為だけではなく恐怖からだろう。

 たった一度しか見ていないが、それでもユキはその気持ちがわからなくもなかった。


「良いわよ。場合によっちゃあんたと同じとこに行くかもね」

「はは……それは勘弁ですね……」

 そう言いながら男は目を閉じた。


 社長という白い闇を見てしまったが故に自我を全て恐怖で縛られ、震えあがり隷属する事しか出来なかった小悪党。

 そんな男はようやくその恐怖から解放される事が出来た――。




「やっぱり向いてないわ……」

 誰一人助ける事が出来ずユキは小さく溜息を吐く。

 そして毒に溢れるこの空間にい続ける事はあまり好ましくないと考え、ユキは脱出の為周囲をきょろきょろと見回した。

 銀色の円柱状の部屋。

 出入口はとうに消滅しておりメカも既に動かず煙を出すだけの機械と化している。

 生存者は自分以外、零。

 毒に色はないが、足元に薄らと靄のようなものが見えている。


「……うーん。強引に力技で突破しても良いけど……」

 そう言いながらユキが上空を見ると、はるか遠くの天井がガラス窓になっているのを発見した。

「たぶん防弾ガラスでしょうね。それでも、厚さもわからない謎金属の壁をぶち破るのよりは確実かな」

 そう呟いたユキは、当然のように背中に羽を生やした。

 紫色で、コウモリと蛾の羽を混ぜたような不気味な羽は、鱗粉にも似た紫の光をまき散らしている。

 そんな不気味な羽にユキは苦笑いをする事しか出来なかった。


「何かすればするほど正義の味方から遠ざかってるなぁ……」

 愚痴りつつもユキは宙に浮き、そのまま上空に飛び上がって天窓を粉砕しその場を後にした。




 とりあえず適当に通路を歩いている途中、ユキは鏡を見つけ自分の姿を見た。

 それは恐ろしく醜い姿だった。

 全体的に悪い部位はないはずなのに、醜い以外の表現が出来ない。


 自分で言うのもアレだがそこそこに整った顔立ち。

 サラサラの紫色の髪。

 そして最も美しい色の一つである金色の瞳。

 こう、要素だけで捉えると悪くない。


 だが、現実には……。

 不気味な気配と妙にミスマッチする成人女性の童顔。

 綺麗ではあるが怪しく発光する紫色の髪。

 美しさ以上にこの世のものとは思えない人外めいた瞳と淀んで黒い白目。

 総じてみると、およそ人の姿をしているが人とはとても思えず文句なしのホラー枠。

 そんな状態である。


 そしてこの不気味は外見は、今の雰囲気にぴったりとマッチしている。

 アリスの登場人物として呼び出したどこかおかしな化け物達が蔓延り絶叫と悲鳴の中の、この雰囲気に。

「ああ……。見られたくないなぁ」

 この期に及んで自分の事しか考えていないという自分の愚かさと、一番好きな人に見られるのは嫌だなという葛藤の中、ユキは重くなった足をゆっくりと前に動かしていった。


 ここに来るまでに数度ほど襲撃はあったが、皆絶望の表情か狂ったような笑顔のまま泡の中に入って悪夢を見ている。

 最悪精神的な意味で後遺症が残るかもしれないが、それは自業自得だろう。


「……お。あっちか……」

 ユキが召喚した気持ち悪い化け物達はユキが命じるまではずっと命令を実行するか歪で歪んな趣味に走る為勝手に消える事はない。

 だが、さきほど纏まった数体が同時に消滅し本の中に戻ってきた。

 つまりこれを倒す程度の何者かがあの方角にいるいう事である。


「まあ高確率で社長様率いる本陣でしょうけど……まあ行きましょうかね」

 外見は邪悪で中身は中途半端。

 それでも、ユキは一望のヒーローなのだから他に選択肢はなかった。




「わぁおー。私の存在が浮かないなんて素敵な光景ね」

 部屋に入ったユキは精一杯の皮肉を込め女社長にそう言葉を放った。


 ユキを守護するようにジャバウォック、ライオン、白うさぎ等々不思議な異形が立ち並ぶのと同じように、その社長の傍にも大量の使い魔のような存在が並んでいる。

 しかも、それはこちら側の異形と同等の、通常ではありえないような外見の化け物だった。


 人のように二足で立ってはいるがその存在には目や耳などの器官が何一つ存在していない。

 髪も服もなく、その姿はまるで人型にかたどったスライムのようでどことなくコズミックホラー感がありちょっと親近感を覚える。

 ただしその数は大きく異なり、あちらはそのスライムのような化け物一種類しかいない代わりに数百、もしかしたら千体ほどが存在していた。


 

 社長は特に何も言葉を返さず、じっと無言でこの場の何よりも恐ろしい瞳をユキの方に向けていた。


 睨まれると震えそうになり、自然と隷属してしまいそうになる目。

 完全なる上位存在であると思い込んでしまいそうになる。

 そんな恐ろしさだが、何とか対抗する事が出来ていた。


 理由はわからないが、おそらく自分の中に上位の霊的存在がいるからだろう。


 数分ほど睨み合った後、社長は上から圧のかかるような声を出した。

「一つ尋ねるわ。あの子、名前は……まあ良いわ。あの無能な女中に貴女は何をしたの?」

「……は? ごめん。もう少しわかりやすく言って。ちょっと抽象的過ぎて良くわからないわ」

 本当に全く思い当たる事がなく、ユキが真顔でそう返事をすると社長はピクリとこめかみを動かした。

「……この私にナイフを持って迫ってくるような洗脳を、どうやって施したのか聞いてるのよ。監視は洗脳行動や道具の類はなかったって言ってるのに」

「ああ――あの子そんな事したんだ。全くもう……」

 しょうがないという態度ではあるものの、ユキの口元は綻び笑顔となっていた。


「それで何をしたの?」

「ふふ。なーんにもしてないわよ?」

「そんなわけないじゃない。能力ないものが私に逆らえるわけが――」

「まるで昔の私みたいね」

 意味深なユキの言葉に社長はぴたりと言葉を止めた。


「凡人には負けるわけがない。私は唯一で確かな存在。そんな思い上がりを私はしてたわ。だから……だから私は負けたし、貴女も負けたのよ。他の誰にでもなく、凡人のあの子、一望にね」

 社長はこめかみをぷるぷると震わせつつ、ぽつりと呟いた。

「すぐには殺すな。私の前で跪いて、殺してと懇願させろ」

 その言葉を皮切りに、不思議の国っぽい狂気の化け物共と、スライムのような異形共の戦いが始まった。




「あー。これは負けるわ」

 開始すぐに理解出来る戦力差にユキはそうぽつりと呟いた。

 こっちの異形はアリスの世界に基づいた不思議な能力を持つ個体。

 確かに特別な力を持つオンリーワンではあるが、何か目的があって作られたような存在ではない。


 対してあちらの未来から来た液体金属アンドロイドみたいなのは、どう見ても完全に戦闘用に、しかも集団の軍事行動も想定して作られている。

 人型に近い存在ながら柔軟に体を変化させられ、硬度何度共にある程度自由でありつつ十分な重量がある為攻防共に優秀。

 しかも強力な毒も持っているらしくこちらのライオン何かは悲しそうに溶けていった。

 と言っても、アリスの夢でしかない異形は死ぬ事なく、ただ本に戻るだけなので何度でも呼べるが。


 しかし、いくら無限に復活する化け物を率いているとは言え戦力負けしているのに加え、数の差も百倍ほどあるという状況。

 しかも接近したらまずい相手の為ユキが殴る事も出来ず、また夢をみないのか水の膜で捕まえても脱出されてしまう。


 はっきり言って勝ち目はなく、ジリ貧にすらならない状況だった。


「……貴女思ったほどじゃあなかったのね。この半分の数でも良かったかしら。ねぇ。一度だけ聞いてあげる。私の奴隷にならない? 有能であるなら生かしてあげるわよ?」

 攻撃を一旦止めた社長はユキを妖艶な笑みで見つめながら、そう言葉にした。


 その声には何か魔力のようなものが宿っており、一旦従えば二度と逆らえない、そんな気がした。

 それでいて、とにかく恐ろしい。

 何がこんなに恐ろしいのかわからないが、ただ彼女に逆らう事がとにかく恐ろしかった。


 だからこそ、ユキは誇らしかった。

 この怖さに、何の力もないのに勇気だけで立ち向かった一望という友達が――。


「悪いけど、負けてられないのよね」

 そう言いながら、ユキは社長に向かって舌を出し小ばかにしてみせた。


「……そ。せめて諦めて何もせず力を抜けば? その方が楽に死ねるわよ」

 恐ろしく冷たい瞳でそう呟く社長に、ユキはにっこりと満面の笑みを見せた。


「そうね。私じゃもう無理みた。うん。確かに……私じゃあ貴女に絶対に勝てない。それくらいはわかってるわ。一人で立ち向かうには、貴女は大きすぎる相手だったわねぇ」

「そう。じゃあさっさと降参して死――」

「でもね、私が負けるのは今じゃないわ」

「は?」

 その直後、ユキの背後が爆音と同時に吹き飛び、砂煙を上げ――何者かが部屋に侵入してくる。


「だって、私は一人じゃないもの」

 そう言って微笑むユキの顔は、自信に溢れていた。


ありがとうございました。

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