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邪悪なアリス


 ARバレット総出での捜査を行い続けても、ユキが見つかるどころかユキの情報一つ見つける事が出来なかった。

 捜査網は拡張され続けついには国内全て行き渡り、その間に引っかかった誘拐事件をかたっぱしから解決していったのだが肝心のユキの姿は一向に見えない。

 長い休暇を得ていたクアンも復帰し、一時期死にかけていたテイルもリハビリを終え、文字通り総力を挙げて捜索に当たっているにもかかわらず、その成果は見られなかった。


 予知能力の都合から無事な事だけはわかっている為絶望感はないが、それでも成果の見えない長期の捜索による不安からか、テイル達の心は焦りと怒りから来る不安に押しつぶされそうになっていた。


 そんなある日、足で捜査活動中のテイルのスマホが突如として鳴り響く。

「……おかしいな。俺普段マナーモードなのに。壊れたか?」

 そう思いながらテイルがスマホを取ると、もう懐かしいとさえ感じる声がクリアな音で耳に入ってきた。

「久しぶり」

 たったそれだけの言葉。

 それでも、その言葉を誰が発したがテイルが間違えるわけがなかった。

「ユキ!? 今何処にいる?」

 街中にもかかわらず叫ぶテイル。

 そんなテイルにユキはふふと小さく微笑んだ。


「相変わらずね。……ねえ、大切な質問があるんだけど、ちょっと良い?」

「それよりも現在地を――」

「お願い……。大した事ないけど、それでも私にとっては大切な質問なの」

 その言葉は非常に真剣な様子で、そしてそれ以上に不安な様子が醸し出されていた。

「……わかった。何だ?」

「――私が変わり果てた姿になっても元通り……は無理でも、受け入れて、ARバレットに置いてくれる?」

 一体何を……。

 そう尋ねようとしたテイルに大きな違和感が襲い掛かった。

 慌てていたから気づかなかったが、声がクリア過ぎる。

 それは電話の声ではなく、完全に肉声であった。

 テイルが慌ててみたスマホの画面には、通話中の文字が映っておらずいつもの待ち受け画面のままとなっていた。


「……今どうやって通話してるんだ」

「魔法って便利よね」

「……俺はお前みたいに賢くもなければ聡いわけでもない。だから何をしたのかわからない。無茶をするなって言いたいのだが……たぶん、もうやってしまった後なんだな?」

「うん。ごめんね。助けを呼ぶって選択肢もあったかもしれないけど、間に合わなかったから」

「すまん。情けなくて」

「良いよ。頑張ってくれてたのはわかってるから。それで、変わり果てた私をまだ傍に置いてくれますか?」

 テイルは少しだけ沈黙し、そして盛大に溜息を吐いた。

「部下を、仲間を見捨てる奴は俺の組織に一人もいないぞ。それに変わり果てたと言うが……俺のセンスの悪さを知っているだろう。もしかしたら俺好みになったかも知れんぞ?」

「ふふ。そうかもね」

 その笑い声を聞くと、テイルは少しだけ日常が戻ってきたような気がした。


 それと同時に電話先から盛大な爆発の音が響く。

「大丈夫か!?」

 心配するテイルとは裏腹に、ユキは落ち着き払っていた。

「うん。私がしてる事だから」

 そうユキが言うのと同時に、テイルの元にファントムが現れた。


「ハカセ。網を張っていた場所の一つに異変が」

「ファントム。それは爆音か何かか?」

「え? あ、はい。その通りです」

「そうか」

 それだけ返した後、テイルはスマホに集中した。


「じっとしていろとは言わん。――待ってろ。必ず迎えに行く」

「――うん。……うん。待ってるからね」

 最後の言葉は、泣いているような声だった。


「ファントム。その場所は遠いか?」

「はい。少々遠いですね」

「そうか……ならクアンを呼んできてくれ。足は俺が用意する」

 そう言った瞬間にファントムは姿を消し、テイルはスマホで頼れそうな人達に片っ端から連絡を始めた。




「……声を届けてくれてありがとね。チェシャキャット」

 ユキがそう言葉にすると宙に浮いた猫の目がパチパチとまばたきをし、同時ににゃぁと一鳴きして姿を消す。

 周囲からは爆音と破壊音、そして悲鳴が響いていた。

 それを行っているのはユキが召喚した、ファンシーの皮を被った異形達である。


「にしても、私の内面ってこんな酷かったのねぇ……。何時までも大人になれないなと思ってたけど……これはそんな程度の問題じゃないわ。全部終わったらカウンセリングでも受けた方が良いかも……」

 そう自分の容姿と能力を確認しながらユキは一人呟いた。


 霊的存在との契約によりユキに不思議な能力が生まれた。

 本来この様な能力は霊的存在の影響を受けるはずなのだが……その様子は見られない。

 自分の事だから良くわかっている。

 この外見と能力は、純度百パーセント自分の内面を表現したものであると。


 幸せな子供の頃が過ごしたかった。

 大人に自分を想って叱って欲しかった。

 友達と楽しく過ごして、家に帰って暖かい家族がいて、笑いながらご飯を食べて、わがままを言って苦笑いをされて……そして両親に、愛してほしかった。


 今に不満があるわけではないが、それでもユキは子供の頃の『たら、れば』という棘が何時までも刺さって抜けず、成人した今それが歪んで悪い感情に変わっている。

 テイル達に会う前にアリスの恰好をしていたのもきっとそれが理由だろう。


 そんな歪みきった子供のような気持ち。

 それがユキの能力であるこのおぞましき『ワンダーランド』を生み出した。


 能力は名前の通り不思議の国のアリスにかかわる事を引き起こす事。

 その能力を自覚してから、ユキの手には一冊の分厚い本が握られてた。

 なくても能力は使えるが、ある方がより強力な力となる。

 この本はアリスの童話らしいのだが、黒と紫で歪で化け物の集団が描かれており、見る物を不安にさせるような表紙をしていた。


 最初の時一望を閉じ込めた泡もこの能力の一つである。


 丈夫な泡で包むのと同時に眠らせ、ついでとばかりに治癒の効果もある為保護と捕縛両方で使用出来る。

 だから襲ってきた武装集団は逃がしてしまったスーツ姿の男を除き全員が泡の中でゆっくりと休んでいる。

 ただし、安らかな夢を見ている一望と違い、彼らが見ているのは文句なしの悪夢だが……。


 ユキの想像が確かなら、芋虫や蛾となって体を引き裂かれている夢、または最後目覚めず処刑されたアリスとなった夢を見ているはずである。


 それともう一つの能力はアリスに登場したキャラクターをこの世界に再現する事なのだが……ファンシーなアリスのキャラクターではなく限りなくおかしく歪んだ何かとなってしまう。

 童話チックな能力のはずなのに、むしろ『異形の召喚』と言う正気度の削れそうな呼び方の方がしっくりくるくらいだった。


『ライオン』や『ユニコーン』などは本来のイメージを少し大きくしただけでそこまで恐ろしくない。

 大きなライオンや角の生えた馬が暴れるのはそれはそれで恐ろしいが、他に比べたら遥かにマシな部類と言って良いだろう。

 おそらくだが、アリスに出て来るキャラクターとしての知名度が低いからだとユキは推測した。


『マーチヘア』や『イモムシ』など不思議の国のアリスとして有名なキャラクター達は逆に、恐ろしく酷い。

 マーチヘアはリアルな兎のような顔と耳をしていながら骨格はほとんど人間に近いという不気味な容姿になり、何故か巨大なデスサイズを持ち、理解も出来ず意味もわからない事を唐突に口走りながら暴れている。

 このデスサイズに斬られても死ぬ事はない。

 ただ、バラバラになったまま生かされ続け延々と良くわからない話を聞かされ続けるという最悪な地獄が待っているだけである。


 芋虫は外見は数メートルの巨大な芋虫だが、どこか動作に人間臭さが窺える。

 そしてその芋虫の目に付いた存在は、無作為に巨大化と縮小が開始されてしまう。

 巨大なドアノブに隙間だらけの小さなドア。

 小さな皿からみ出る一枚の巨大なクッキー。

 そんな不思議な光景が繰り広げられる……人がいなければ。

 人にこの能力にかかった場合は……あまりにおぞましい事となる為はユキは考える事を止めた。


 ただこの異形の召喚はアリスに出て来る皆を呼べるわけではないらしい。

 具体的に言えば帽子屋やハートの女王など、人かそれに近い存在はほとんど呼ぶ事が出来なかった。

 おそらくだが『登場人物は自分だけで良い。自分だけの世界だから他はいらない』という幼少時のユキの歪んだ思想の所為だろう。


「正義の味方になるって言ったけど……うーん。これはちょっと違うような気がする」

 飛び交う銃弾の音と悲鳴の中、誘導されている事を理解しつつユキは邪悪な本を抱きかかえとことこと歩いていた。

 そりゃあ悲鳴が出る。

 ユキも夜中にこんなキャラクターが突如として現れたら発狂し泣きわめく自信がある。

 それほどまでに召喚された異形達の外見と能力は酷い物だった。

「不思議の国の……というよりはコズミックなホラーねこれ」

 自分の事ながら酷い以外の言葉が出てこず、ユキは苦笑いを浮かべた。


「……にしても、私に宿ったのって一体何だろう。あまりに自己主張がなさすげて怖い。……代償に何を要求されるのかも予想がつかないわ」

 現在何かが宿っているはずなのだが、その力だけをレンタルさせてもらっているのに何も言ってこない。

 それは何の条件も出さずに延々とお金だけ化し続ける銀行のようであり、ありがたいのだが……後が恐ろしい。


「……ま、もう手遅れだし、どっちにしてもなるようにしかならないか」

 そう言いながら、ユキはスーツ姿の男に誘導された部屋の中に堂々と入っていった。




 ちょっとした体育館が三つくらいは入りそうな巨大な円柱状の部屋。

 扉の向こう側には数十人の武装した男達と、数十体の五メートルほどの巨大メカが待ち構えていた。


「……まさか何も準備もせず、普通に、正面から堂々と入ってくるとは思いませんでした」

 そう言いながらスーツ姿の男が一歩前に出てユキに言葉を発した。

 相も変わらずその表情は空虚で、まるで陽炎のようであった。


「ええ。まあ私も色々暗躍しようか悩んだけど、正義の味方って正面から倒してなんぼでしょ?」

 その言葉にスーツ姿の男だけでなく、武装した彼らからも動揺したような雰囲気が醸し出された。

「……正義の味方……。あの惨劇を作ってですか……」

 心当たりしかないユキは苦笑いを浮かべる事しか出来なかった。

「ほんとごめん。謝罪しか出来ないわ」

 床に転がる生首と、それに話しかけ続ける兎男。

 しかも話の内容は『人体が魚に与える空中浮遊の疑問』とか『酒と紅茶は同じ物』と言った全く理解出来ない内容。

 そんな頭のおかしくなる光景を作り出し続けて正義の味方と自称されたら、それは戸惑うのが当たり前だろう。


「私はてっきり恨みからそのような事をしているのかと……」

「いや、恨みはほとんどないわよ。ぶっちゃけて言うけどぶっつけ本番でどんな能力になるのかもわからなかったのよ。しかも例外を除けば皆一体しか呼べないから広範囲に使う場合どうしても全員使うしかなくなるのよ」

「……ちなみに参考なまでに聞きたいのですがその沢山呼べる例外って何でしょうか?」

「え? 足の生えた牡蠣。食欲失くなる容姿しているし呼び出せばセットでセイウチ来るけど……見る?」

「惨劇は見たくないので遠慮しておきます」

 苦笑いを浮かべながら男はそう言葉を残し、左腕を上げる。

 その瞬間、全員がユキに向かって銃口を向けた。


 兵士達はアサルトライフルだけでなく砲座に付けた重機関銃を構えている者もいる。

 巨大メカは銀色一色のスチームパンク風の武骨なメカで、機銃以外にも幾つか武器を積んでいる。

 その素直なデザインは合理性を求めた結果のようであった。

 塗装すらない事からそれはおそらく、テスト機か何かなのだろう。


「最後に、何か言い残す事はありますか?」

 男の言葉にユキは微笑み、小さな声で呟きだした。

「Twas brill, and the slithy toves……(逢魔が時、粘膜に覆われたトーブ達……)」


 何を言っているのかわからない男が首を傾げるもユキはそれを無視して言葉を紡ぎ続ける。

 男がその正体に気づいたのは、その詩の中に『Jabberwock(ジャバウォック)』という聞き覚えのある言葉が出てきた時だった。


「撃て!」

 男は上げていた手を前に出し、全員に攻撃命令を出す。

 それに呼応して武装問わず一斉に攻撃を開始するが、その攻撃がユキに届く事はなかった。

 ユキの正面にはいつからいたのか卵型の異形がおり、その異形が銃弾を全て受け止めていた。


 気持ちの悪い顔の描かれた卵は銃弾を受け続け、罅が全身に回った瞬間に奇声を上げる。

「パンプティダンプティ。元の姿に戻せない」

 甲高い奇声の後に卵はそう言い残し、空中に黄身をばらまいて粉々に砕けった。

 その黄身は何時まで経っても地面に落ちる気配はなく、銃弾を受け止め続けていた。


 黄身を取り払う為とユキを殺す為にしばらく銃弾を撃ちづけていると、どこからともなくチェスの駒が姿を現した。

 二メートルほどの白いチェスの駒軍団は銃弾を受けながらも、ぴょんぴょんと跳びスーツ姿の男の方に近寄っていく。

 ポーンが何体か砕けても足を止めず、王の駒を護りながら迫りくるチェスの駒達。

 それはそれで不気味な光景だった。


 もし、スーツ姿の男がチェスを経験していたら、その違和感に気づいただろう。

 だが男にチェスの経験はなく、王を潰せば良いだろうと全員に王を潰すように指示を出すだけだった。

 男は気が付かなかった。

 その駒の中に、ナイトの駒がいない事を。


「ヒヒーン!」

 馬の鳴き声と共にどこからか現れたのは、馬に乗った馬型の兜を被った騎士であった。

 見た目だけならそこまで気持ち悪くないのだが、不思議とその兜を被った騎士を見るとえも知れぬ気持ち悪さを覚える。

 それはその騎士が老人と中年、そして馬。

 その三つの印象をそのまま重ねた合わせた、くるくると変わる万華鏡とのような存在感を放っているからだ。

 まるで見る角度によって変わる絵のように、雰囲気がコロコロと入れ替わるその騎士は、持っていた槍を振るい重機関銃の棒座を壊し、その直後にメカの足に突き刺し転倒される。

「まずはアレを狙え!」

 男の言葉に呼応するかのように騎士は一斉に攻撃を受けるが、その全てを槍一本で弾ききっていた。

 火炎放射は後方に引いて避け、爆弾は全てあらぬ方向に飛ばして犠牲者を出さないようにする。

 その化け物のような雰囲気とおぞましさを除けば、騎士はこの場にいる誰よりも正義の味方らしかった。




 チェスの駒と騎士により大混乱となっていた戦場は、わずか数分ほどで静けさを取り戻す。

 それは駒と騎士が突然姿を消したからであった。

 それと同時に全員はユキの方に注目した。


 ユキは微笑みながら、手に持っていた本を開く。

 そこからは――ズズズと音を立て四つ足の竜が這い出てきていた。


 黒い骨格に紫の翼膜と目、ずんぐりとした胴体と長い尻尾。

 胴の割に首は異様なほどに細長く、頭についた触覚はうねうねと動き回っている。

 口から紫色の液体をぽたぽたと零しながらずしん、ずしんと音を立て一歩ずつ歩くその巨体は、文字通り化け物以外の何者でもない。

 十メートルを超える巨体はゆるやかな歩行とは裏腹に長い首からぶんぶんと頭をこまめに動かす。

 その姿は、既存の生き物ではありえない動きであった。

 

「さて、貴方達の中にネームレス・ヒーロー(名無しの主人公)はいらっしゃるかしら」

 ユキの言葉と同時に、化け物は口から紫色の炎を吐き出した。


 炎であり溶解液である半気体状のブレスを敵は避け、地面と壁に当たる。

 当たった場所は何時までも紫色の炎が上がり続け、そして溶解され続けていた。


 男から攻撃命令を受けた彼らは一斉に化け物に攻撃をするも、一切喰らっている様子が見えない。

 確かに当たってはいるのだが、傷一つ付いている様子が見えなかった。

 銃弾は当然として火炎、冷却放射、榴弾全ての攻撃を食らっても平然とした様子で暴れまわる。

 爪を振り、尻尾で薙ぎ払い人、メカ関係なく一方的に蹂躙していくその様子は、文句なしに悪役のそれであった。


「……正義の味方って難しいわねぇ」

 そう呟くユキの前に、一体のメカが突如として襲い掛かってきた。


 化け物を攻撃しても意味がないと悟ったからか。

 この一体は、うまく化け物の視界を潜り抜けユキの元にたどり着いた。

 そしてメカはそのまま銃弾を放ちつつ、ユキを押しつぶすように接近していく。


 ユキは銃弾を本で防ぎつつそのままメカの方に走り、そしてぶつかる瞬間に横に回避しメカと交差した。

 その瞬間――メカは足と腕が分解され、地面にごろんごろんと転がり込んだ。

 ユキの手には、一望に用意してもらったドライバーが握られていた。


「能力ない時から私戦っていたの。知らなかった?」

 そう呟くユキの意地悪な笑みは、文句なしに悪役のそれであった。


ありがとうございました。

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