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 その行動は余りにもあからさまであったが、それを疑う者は誰もいなかった。

 親しくなったユキですら、彼女一望の行動が故意なのかそうでないのか半信半疑なくらいであるのだから、彼女の表面しか見ていない者は誰も疑わなかっただろう。

 誰にでもきさくで、物事を深く考えない配慮の浅い人間。

 それが一望が良く受ける評価だったからだ。


『何かゲーム飽きました。他にゲームないかなー』

 そう言いながら、新しいハードを用意させてはちょびっとだけ遊んで放置し、また新しいゲーム機を要求する。

 そんなわがままに拍車がかかったような行動に思えるのだが……そうではないとユキは思っている。

 そもそも、今一望はゲームを楽しむほど体調が良いわけではない。

 もう食欲も余りなくこの部屋と病室での点滴生活の往復となっている。

 それほど体調の悪化した人間が、ゲームを楽しむ余裕があって、そして新しいゲームを欲しがるだろうか。

 山のように築かれたゲーム機器を見ながら、ユキはそう思った。


 また別の日、一望は動かなくなった目覚まし時計と大量のドライバーをユキに渡した。

『すいません。目覚まし時計が壊れたので直して貰えません?』

 わざわざドライバーはケースに入ったものではなく、大きさも形もバラバラのもので、一、二本なくなっても誰も気づかない状態でだ。

 そして、肝心の目覚まし時計は……電池が逆さに入っていただけだった。


 他にも、本の隙間に手書きの地図が入っていたり食事のスプーンやフォークが金属製になっていたりとどう考えても怪しいほど一望はユキを支援する動きをしていた。


 普段からぽけーとしている一望だからこれが天然である可能性は否定出来ないのだが……こうまであからさまだと流石に何かあったと思うべきだろう。




「ふぅ……」

 一望は小さく溜息を吐いた。

 最近は溜息の頻度が非常に多い。

 それは精神的なものというよりも、単純に体がしんどいからだ。

 同じ姿勢でいる事が苦痛になるほど体が痛く、そしてちょっとした動作で気だるくなるほど弱りきっている。

 残り時間が少ないというのは周囲だけでなく……本人も理解しているだろう。


「大丈夫?」

 ――大丈夫なわけがない。

 それがわかっていても、ユキはそう尋ねずにはいられなかった。


「あはは。まあ大丈夫でしょう。ユキさんが帰る位までは」

 そう言って一望は力なく微笑んだ。

 そんな顔をする子ではなかった……。

 それがユキの心に棘のような傷みを与える。


「無理しないでね?」

 そう言いながら、ユキはそっと一望に抱き着いた。

 普段しないようなくっつくような行動に驚きつつも、人肌の恋しかった一望は嬉しそうにされるがままとなった。


「……このくらいの声なら盗聴されないわ。貴女の考えを教えて」

 ユキはそう小さな声で呟いた。

 それで、一望は待ち望んでいたユキからの内密の会話であると理解した。


「……私が今まで面倒見てきた人って、皆最後には処理されたってこの前聞いたんです」

「……誰から?」

「あのスーツの人から。そして、ユキさんも役目が終われば……。むしろユキさんは最優先での処理対象だそうです。危険だと偉い人が判断したからって……」

「――それで、私の助けになろうと色々持ってきてたのね?」

「はい。残念ですけど私じゃ出来る事があまりなくって……。道具さえあればユキさんなら何か出来るかもって……」

 ユキは一望をぎゅっと抱きしめた。

「ありがとう。でももう良いから。無理しないで。大丈夫よ。私は天才だから」

 そう言って微笑むユキに、一望は弱弱しい笑みを見せた。

「私の知ってる漫画だと、『俺は天才だ』的な発言は敵役の言葉でしかも失敗フラグですよ」

「私悪の組織だからそれで良いのよ」

「……私は正義の味方の方が好きだなー」

「そか。じゃあ敵同士ね。どっちの方が魅力的かいつか論争してはっきりさせないと」

 一望はくすっと笑い、それを見たユキは少し離れた元通りの声で会話を続けた。


「まあ無理しないでよ? あなたがいないと私やる気が七割くらい下がるから」

「わんわん。きをつけるわん」

 犬の真似をしてふざける一望だが、その顔色は非常に悪い。

 何とかしたいユキだが思いつく手段もなく、焦りだけが募っていくばかりだった。




 一望のおかげで出来る事は相当増えた。

 作戦立案も出来、その為の準備もかなり進んでいる。

 監視カメラでの作業の為怪しい行動は取れないが、それは一望が色々と協力してくれたから何とかなっていた。


 ただ、それでも一手以上手が足りず一望を助けつつ脱走するという計画は実行に移す事が出来なかった。


 成功率八割を超える作戦は、一望が必ず犠牲になる。

 成功率六、七割の作戦は、時間がかかる為一望が間に合わない可能性がある。

 そして今すぐ実行出来る作戦は、作戦と呼ぶ者ではなくただの危険な博打である。

 何が起こるかわからない上に、成功率を高めに見積もっても二割程度。

 しかもその博打はダイナマイトでジャグリングするかの如く危険な行動で、失敗した場合自分の死では済まない可能性が高い。


 そう、あと一手、二手ほど何かなければ、とてもではないが動く事が出来ない。

 一望が何かその一手を用意してくれないだろうか。

 ユキはそう考えるが、それは砂糖菓子よりも甘い考えだったと――すぐ思い知らされる事となった。


 ノックもなく開かれるドア。

 何時ものお約束で、遠慮や配慮という言葉のない一望。

 だが、それがここでは心地よい位の為ユキは何も言わなかった。


 そんなドアから姿を現したのは、赤く染まって震える一望の姿だった。


「ごめん……。失敗しちゃった」

 そう言って微笑む一望の顔には、死相が出ていた。

「何を……いや何があったの!?」

 ユキは即座に一望を抱きかかえる。

 その体は、恐ろしいほどに軽かった。

「何とかここから脱走出来るようにしようとしたら……はは……。見つかっちゃった。ごめんね。すぐに悪い人がガンガン押し寄せるから。その時は知らなかったって言ってね」

「何で……何でそんな無茶を……」

「さあ? わかんない。罪滅ぼしと……後……忘れないで欲しいからかな? もう、私無理だったから」

 そんな事――。

 そう言いたかったが、その言葉は出てこなかった。

 最近の一望の体調は最悪と呼ぶ他なく、もう死を待つだけとなっていたからだ。


「ユキさん。私の最後のお友達。身勝手なお願いだけど……死なないでね。生きて……そして出来たら私を覚えてて」

 そう呟いた後、一望は力弱くきゅっとユキにしがみ付いた。

「……実はね、内緒なんだけど私本当は魔法使いだったの」

 ユキは震えながらそう言葉にした。

「まあ素敵。じゃあここから逃げられるのね」

 そんな冗談に、一望は付き合った。

 最後の会話でそんな冗談が言い合える事が一望はとても嬉しかった。

 だから、その言葉を本気にはしていなかった。


「逃げるどころか仕返し出来るわ。でもね、一番の願いは貴女にお礼をする事だから。だから教えて。貴女の……たった一つの本当の願いを」

 ユキは真剣に、今にも息絶えそうな一望を見ながらそう尋ねた」

 一望は少し悩むそぶりを見せ、そして諦めきった、乾いた笑顔でこう答えた。

「――生きたかった。もっと生きて、ちゃんと私の罪と向き合って償って、そして……ユキさんとおしゃべりしたかった」

「そう。じゃあ、叶えてあげましょう。悪い魔法使いらしくね」


 ユキはそう言いながら一望をベッドに寝かせた。


 ――こんなリスクまみれの行動に出るなんて本当の天才だったら絶対にしないでしょうねぇ……。私そろそろ天才じゃなくなってきたのかも。

 そんな事を思いながらユキはゲーム機を――外見だけはゲーム機の機械をコードでつなぎ合わせ、最後にキーボードと繋いだ。


 部屋の中からでも聞こえるくらい大勢の足音がこちらに迫ってきている。

 それでもユキはその行動を止めず、内蔵されたテレビを見ながらキーボードを操作していく。

「いやー最近のゲーム機って性能高いねー。パソコンと同じような事が出来るくらいなんだから本当……凄い事凄い事」

 アルファベットと数字の踊るテレビ画面を見ながらそう呟き、エンターキーを強く叩いたと同時にドアが乱暴に開かれる。


 いつも現れるスーツ姿の男に加えて十数人のライフルで武装した男達。

 彼らは一望に裏切った代償としてトドメを刺そうとして部屋に押し入った。


 そんな彼らは、光で出来た幾何学状の模様が宙に浮かぶというファンタジックな光景を目の当たりにした。


「……本当に、魔法使いだったんだ」

 ベッドの上で顔だけユキに向け、一望はそう呟いた。

「十分に発達した科学技術は何とやらって奴でね、ぶっちゃけなんちゃってよ」

 そう、これはここで学んだ科学と魔法と信仰の融合という知識を、元々研究していた魔法技術に応用し転化したものでユキが直接魔法を使えるわけではなければ理解出来たわけでもない。


 ゲーム機に繋がれた処理装置を焼け付くまでフルに使用して、魔法を仮想再現しただけの代物である。

 そして相当な無茶をした上に仮想再現の為、本来引き出せる性能には到底及ばず、しかも現実に対する影響度は極小でしかない。


 問題なのは、再現した魔法の中身だ。

 一望がいるから自信満々に振舞っているがこれは奇跡を起こす万能の力などでは決してなく、失敗する可能性が高い一世一代の大博打に過ぎなかった。



 ユキが深く知っている魔法は一つしかなかった。

 友人であるトゥイリーズの二人に相談し、達磨の姿をした精霊と、その精霊の影響である変身のメカニズムを調べた。

 そしてユキは、精霊という上位種が人との間に契約を交わし、神降ろしを行っているのだと学ぶ事が出来た


 そう、今ユキがエミュレートしている魔法はその魔法の亜種、降霊術である。

 この降霊術には二つのプロセスによって構成されていた。

 上位存在を仮想再現した世界に招き寄せる『サーチ』と、発見した相手にユキの肉の体という白紙の委任状を手渡す代わりに力を借りる『ポゼッション』である。


 強引に作った上にスペックが極めて乏しいエミュレーターの為そこまで巨大な存在を呼び出す事はないだろうというのがユキの考えだが、正直確証はない。

 仮想世界に本当に霊的存在が来るのかも未検証である。

 しかも、この装置には悪意ある存在を省くような機能はなかった。


 その上、契約の代償はあちらが自由に決められるという条件でしか設定できない為、文字通り何が起こるのかわからない大博打である。

 こんな事実験もせずに実行したくなかったのだが……一望を今すぐ救える可能性のある行動は他になかった。


 宙に浮かぶ魔法陣の光が淡く輝いた。

 契約する霊的上位存在を発見したサインである。

 その光景を目の当たりに茫然としている男達を横目に、ユキはその魔法陣の傍により、そして掴むように手を伸ばす。

「お願い。力を貸して……」


 その言葉に応えるよう魔法陣は強く輝き、その光は傍にいたユキを飲み込んだ。




 最初に感じたのは、異物感。

 体の中のどこかに自分以外の何かがいるという不思議な感覚だった。

 それと同時に、今まで自分が出来なかった事、知らなかった事が頭の中に急速に湧き上がってくる。

 これは成功と思って良いのだろう。


 下を見ると、自分の恰好が代わり黒いドレス姿となっていた。

 更に、頬を流れる髪が今までの……テイルが『雪のように綺麗』だと褒めてくれた髪の色ではなく紫に近い黒色となっていた。


 他に何か変化はないかと思い、ユキはモニターに反射する自分の姿を見てみた。

 そこに映っていたのは、異形の目だった。


 髪の色が変わってドレス姿になってはいるが概ね元のままでそこまで大きな変化はなかった――目以外は。

 白目だった部位はどす黒いおぞましい色となっており、更に黒目の部分は金色になり変に怪しく輝いている。

 その恐ろしく不気味な姿は、自分の事ながらまるで悪霊のようだとユキは思った。


「……西洋風座敷童、または西洋かぶれの市松人形ね」

 ユキは自分の姿を見て苦笑しながらそう呟いた。


「……不思議のアリスみたいだよ?」

 一望はユキの姿を見てそう呟き、そしてユキはどうしてこの姿になったのか理解した。

 これは取りついた存在の所為ではなく、自分の所為だった。

 過去アリスの名前で傍若無人に暴れまわっていた事に加えて腐り切った大っ嫌いな自分の性格。

 その二つが合わさった今の不気味な姿こそ、自分が認めたくない本当の自分の姿なのだろう。


「……我ながら度し難く、そして醜いものね」

「そんな事……ないよっ!」

 切れ切れの息でも、一望ははっきりとそう言葉にした。


「……そんな事ない。ピンチの時に変身するなんて……ヒーローみたいでカッコいいよ……」

 一望ははっきりと、そう力強く言葉にした。

「そう。そうね。私の悪の組織なんだけど……。うん、今日だけは、貴女の為にヒーローになってあげようかしらね。だから、ゆっくりお休み」

 そう言ってユキは一望にそっと手を当てた。


 それと同時に一望は意識を失い安らかな寝息を立てだした。

 そして宙に浮かびシャボン玉のような透明な球体に包まれ宙にぷかぷかと浮かんだ。

 中を見ると弾痕は消滅しており血も止まり、幾分顔色も良くなっていた。


 ――治ったわけではないけど……とりあえずは大丈夫そうね。

 自分の能力を確認しながら、ユキはそう考えた。


「さてと……」

 ユキは一望から目を放し、茫然として動けずにいる男達の方に体を向ける。

 男達はびくっとした後、ユキに向かって一斉に銃を向けた。

「約束しちゃったのよね。今日だけはヒーローになるって……。だから……最初で最後のヒーロータイムよ! ちょっと付き合いなさい!」

 その言葉を皮切りにして戦いは始まり、男達の銃口はユキ目掛けて閃光を放った。


ありがとうございました。

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