Dr.テイルと怪人クアン、そして戦闘員ヴィー
クアンは生まれてからまだ一月も経過していない。
その為生まれながらの知識はあれど、実際に経験した事は全くない。
毎日が新鮮で、未知の連続である。
特に感情という物は知識では計り知れず、新しい感情と出会う度にクアンは驚き感動した。
最初に知った感情は、不器用な父の愛情を感じた時の喜び。
最も強く感じた感情は、自分の想像も付かない怪物との接触による恐怖。
他にも、ナナと名乗った従業員とは女同士という事もありちょくちょく雑談をして友情を感じたり――。
そして今日、クアンはまた新たな感情と出会った。
それは怒りに近い感情で、納得いかない理不尽を目の当たりにして覚えた気持ち。
一言でいうならば『不満』である。
夕食時、今回は珍しく大御所で、三十人は下らないという人数で食事を取っていた
ここにいるのはテイルとクアン、後はヴィーの中の人達である。
「どした? 美味くないか?」
あんまりスプーンを動かしていないクアンの様子を見てテイルはそう尋ねる。
「――いえ、美味しいですとても。だからこそ納得いかないというか……もう少し他の選択肢があったのではと思わざるを得ないというか――いえご馳走になってる身で文句を言いたいわけではないのですが……」
そんな歯切れの悪い態度を見せながらクアンは困惑した様子で呟いた。
べらぼうに高い牛肉と、産地にまでこだわりぬいた普段はお目にかかれない野菜達。
そして和洋中華とあらゆる料理に明るいテイルが選んだ料理は――カレーだった。
しかもルーは市販品の固形ルーである。
確かに野菜と肉の旨味が強く格別に美味しいのだが、ベースは想像しやすい味な為何ともいえない気持ちになる。
同じならビーフシチューやルーを使わないスパイス調合からのカレーを作ってほしかった。
それでなくても、水系能力の所為かあっさりスープとかが好みのクアンとしてはただの野菜スープでも嬉しかったくらいである。
――もう少し、他の選択肢があったのではないでしょうか。
そう思わずにいられないクアンだった。
「ふははははは。同じ事をナナ含め他の女性達からも言われたぞ」
テイルは何故か自慢げにそう言うと、その場にいる十人ほどが首を縦に動かし苦笑いを浮かべた。
その十人は全員が女性である。
「クアン様、諦めてください。ここにいる男共はテイル様を含め皆が心臓を浪漫に置き変えた上に脳は小学生のままで固定させていらっしゃいますので」
女性従業員の一人がため息交じりにそう言うと、数十人の男達とテイルはなるほどというような表情で頷いた。
「確かに――全くもって正しい。良い事を言うな新生じゅ――いや、ナナにあわせてテンとでも呼ぶか」
「せっかくですから十和子と呼んでいただけますか?」
テイルに十和子と名乗った従業員はそう言い返し、テイルは頷いた。
「了解した。そして十和子の言う事は全くもって正しい。小学生の頃の夢とか野望とか、そういう物で俺は、いや俺達は出来ているからな」
テイルがそう宣言すると、野郎共の野太い肯定のヤジが飛んだ。
「――このカレーもその浪漫ですか?」
クアンの言葉にテイルは満足げに頷いた。
「ああそうとも。もちろんルーも自作出来るし高級料理も多少は作れるとも。だが敢えて浪漫の為にルーを使った。『いつものカレーをどこまで拘れるか』というテーマでな。と言っても、固形ルーも案外馬鹿に出来ないぞ。自分でスパイス調合するよりたぶん美味い」
テイルの言葉に多くの女性達は苦笑いを浮かべ、男性達は少年のように顔を綻ばせカレーのスプーンを動かしている。
年齢層は上下に広いにもかかわらず、男の表情は皆同じであった。
「――私男女差別ってのは良くない事だと思いますけど、料理に浪漫を求める気持ちだけは女性である私には理解出来ません」
そんなクアンの呟きに、女性陣は全員同意するような表情でしみじみと首を縦に振った。
「それで、ハカセ。今日はどうしてこんな大所帯なんですか? 贅沢の極みをおすそ分け? それともカレーだから皆で食べたかったとかです?」
なにゃかんや言いながら二杯目のカレーを食べつつクアンはそう尋ねる。
「ん? そのどっちも正解だが本題ではないな。わざわざヴィー達の暇な人を全員招いたのはちゃんと理由がある」
そう言いながらテイルは壁付近の天井にあるフックのような物を長い棒を使って下に引っ張る。
そこに現れたのは巨大なモニタースクリーンだった。
「おおー。映画鑑賞ですか?」
少しだけテンションをあげ尋ねるクアンにテイルは微笑んだ。
「んーまあそんなもんだ。と言っても食後の話だ。あまり食事中に見せる物でもないしな」
いまいちピンと来ていないクアンは首を傾げながらカレーを堪能した。
全員の食事が終わったの確認したテイルは部屋をうす暗くし、椅子を並べ替えて映画館の様にしてから映像を流し始めた。
「――あ、これって……」
クアンが気づいて呟いたのを聞き、テイルは微笑み頷いた。
「ああ。昨日の深夜二時半の放送を録画しておいた」
スクリーンに映っているのは妙に地味な白い重機のようなスーツ。
それは強装甲ダーツの姿だった。
ヒーローらしい鼓舞されるような音楽――は流れずスラッシュメタルと言われるようなギターサウンドの中にシャウトが響き渡るヤバめなオープニングの中タイトルが表示される。
『凶津牙血染衝』
そんな禍々しい文字の後に小さく強装甲ダーツと書かれていた。
「あー。まあそのな……越朗君の場合深夜枠になってしまうのだようん……」
テイルの呟きの訳は実際にクアンも体験している。
あんなものゴールデンタイムに流せるわけがないのだ。
今流れているシャウトまみれのオープニング中ですら狼男は縦横無尽に暴れまわり茶色い体毛を赤く染め上げて天に咆哮を轟かせていた。
「あ、この赤はトマトなので安心してくれ」
そうテイルが呟くと、自分の爪を舐める狼男の仕草がクアンには妙に可愛らしく映った。
『強装甲ダーツは古代より魔性とされ火あぶりにされた魔女の血を付いた獣である。そんな彼は己の中にある血を求める野生を抑え込み、今日も平和のために戦うのだった』
「おおー。それっぽい!」
ナレーションを聞いたクアンは少しだけ感動しそう呟いた。
「うむ。大体捏造で嘘八百だが雰囲気は悪くないよな」
「あれ? 嘘って言いんですか?」
クアンの質問に、テイルはスクリーンの隅の方にある小さな文字を指差した。
『雰囲気作りの為に多少の誇張が含まれることをご了承下さい』
――なんたら水とかなんたらイオン的なもんなんですね。
クアンは苦笑いを浮かべながらそう考えた。
最初は正義の秘密基地らしき場所で赤羽牙と女性の博士らしき人物や指令らしき人物と何かを相談する風景から始まった。
そして五分ほどした辺りで突如にブザー音が鳴り響き悲鳴のようなアナウンスが鳴り響いた。
『エマージェンシー! エマージェンシー! 宝が山商店街にて破壊活動を検知! 至急応援を望む!』
「――未完成のスーツだが……行ってくれるか?」
指令らしき髭を蓄えた男性が赤羽にそう尋ね、赤羽はしっかりと頷いた。
「はい。自分の出来る事をしてきます!」
そう言って赤羽は勢いよく基地を飛び出し、バイクに乗って宝が山商店街まで移動した。
恰好はジーパンにジャケットで若者らしくさわやかで、バイクも普通のバイクに当然ヘルメット着用。
そんな正義の味方のマナー正しき急行シーンのはずなのに、音楽は何故かギターとドラムガンガンとロック調だった。
そして場面は変わり、クアンとARバレットが映った瞬間テイルと戦闘員達はテンションを上げ、小さく拍手をしてみせた。
なんとなくその様子が恥ずかしくて、クアンは肩をすぼめ小さくなった。
「うむ。今回のスタッフは当たりだな。演技の良い部分だけをリストアップしてくれている」
テイルは満足そうに腕を組み頷いた。
映像のクアンはフードを被ったネガティブ系少女で、めんどそうに水を動かしつつ部下のヴィー達に命令を下していた。
「……うっわ。何だろう思った以上に恥ずかしいですね演技する自分が映るって」
「うむ。皆が通った道だ。だが綺麗に取れてるじゃないか」
テイルの言葉にクアンは恥ずかしさの限界に達し両手を頬に当てて必死に顔を隠そうとした。
そしてビルや店を爆破していくクアンとヴィーの元に赤羽が登場して、変身し、戦うシーンに入った。
大切な変身シーンのはずなのに妙にカットが多く展開が巻きな上に、不穏な音楽やBGMが所々に入るという特撮のメインシーンとは思えない雰囲気が混じりつつの戦闘シーン中、大きな音が鳴り響いた。
バキン……。
それは――ダーツの顔面部の装甲が割れた音だった。
突如として鳴り響く金属を切り裂くようなギターサウンド。
どんどん激しくなるドラムとベース。
それに負けじと耳を傷めるようなギターがかき鳴らされ、今度は突然全ての音が消え去った。
無音となり、その中で獣の咆哮が鳴り響く。
赤い目が光った瞬間にシンフォニックメタルのような曲が響き、狼男の打撃音をBGMで強調しながら戦闘シーンが始まる。
砂埃を舞わせ高速で駆け巡る獣をうまくとらえるカメラの腕は感動すら覚えるほどだった。
狼男と自分達の戦いを見入るクアンの視界が、突如暗転した。
「はーい。五秒だけ待って下さいねー」
その声はナナの声だった。
「うむ。悪いがちょっとショッキングな映像になるからな。見所ではあるのだが、まだ慣れてないだろう」
テイルの言葉にクアンは素直に頷いた。
この後のシーンをクアンは知っている。
ナナの腕が吹き飛ぶところだ。
実際以上に血飛沫を上げ過剰に演出された切断シーンが終わった瞬間にナナはクアンの顔から両手を外した。
「はいどうぞー」
その言葉に頷き、クアンは続きを見る。
強引な方法で狼男に爆弾を使いヴィーとクアンが撤退した後も、狼男は関係なく暴れまわった。
町をたった一人で暴れまわり破壊しつくすその姿こそが視聴者の最も望む場面である為、しっかりとノーカットで放送していた。
確かにビルが簡単に壊れていくソレは爽快感ある映像なのだが、クアンには物悲しい映像に見えた。
自分に振り回され暴れるその姿は、泣いている子供のようにしか見えなかったからだ。
「――なんだか悲しいですね」
そんな小さなクアンの独り言にテイルは頷いた。
「ああ。過剰すぎる力の所為で臨む物が手に入らない。悲劇としか言いようがないな」
暴れまわりながら始まるエンディングの曲は、赤羽の感情を表すかのように激しい曲でありつつもどこか物悲しい曲調となっていた。
次回予告をカットして映像を消し、部屋を明るくした瞬間、何かが破裂する音が鳴り響いた。
「ほわっ!?」
椅子に座ったままびくっとするクアンに跳んで来たものは、キラキラと光るラメで加工された小さな紙切れだった。
テイルや数人の手にはクラッカーが握られ、茫然とするクアンを見つめながらナナは手元の紐を引っ張っる。
それに合わせてくす玉は割れ、中から大量の紙吹雪と『初戦闘初出演おめでとう』と書かれた紙が入っていた。
「へ? へ?」
未だ事態が呑み込めないクアンに全員が拍手を送り、ナナがやたらと巨大なケーキを持って来た瞬間、今回の企画の意味をようやく理解した。
「怪人の方が最初に活躍された映像と共に私達ヴィーと共に怪人の方を祝う。そんな恒例の行事があるんですよウチの組織には」
ナナの言葉にテイルは頷き、クアンの方に優し気な瞳を向けた。
「ああ。お疲れ。そして初出演おめでとうクアン」
テイルの言葉にクアンは小さく微笑みこくんと頷いた。
クアンはケーキが嫌いと言うわけではないが、カレーを食べすぎた為あまり食べられず後悔という感情を学んだ。
ありがとうございました。