バラの香
芸術祭が無事終わった。その夜、打ち上げで大学内で飲んだ。この日だけは学内での飲酒が認められる。 徹夜続きので疲れていて、すぐにアルコールが回った。いつもは酒が強いと言われるメンバーもいつもと違った酔い方をしていた。
琴美は万里のことが頭から離れなかった。CD屋で見かけてからもう1ヶ月ぐらい経つのに。もしかすると、こっちで生活しているのだろうか。そんなことを考えて、打ち上げどころではなかった。 学内での打ち上げなので二時間もしないうちにお開きとなった。二次会に街へ出かける者もあったが、琴美は気分も乗らず、アパートへ帰った。
ずいぶんと寒くなったものだ。冬がすぐそこまで来ていることを感じた。電車を降りて小走りでアパートへ向かった。
アパートにつくと、ドアに紙袋がぶら下がっていた。中を覗くと、小さなフラワーアレンジメントが入っていた。急いでカギをあけて部屋に入った。同時に留守電のメッセージが点滅していた。ちょっとの期待をしながらボタンを押した。「今日はお疲れ様。ほんの気持ちです。」拓也の声だった。素直にうれしかった。琴美は花は好きなほうではなかった。花束なんてもらってもうれしくないとずっと思っていた。よく考えてみれば花なんて貰ったことはなかった。いざ貰ってみると悪くないと思った。相手が拓也だったからなのかもしれないが。
小さな真っ赤なバラがたくさん。バラの香が部屋に広まった。家に帰ったら、タバコを吸ってビールを飲んでそのまま寝ようと思っていたが、やめた。この香に包まれていつしか眠りについた。
翌朝目覚めるとまだいい香がした。拓也に礼を言わなければ。昼近く、拓也の家に電話をした。留守電だったが、とにかく伝えたいと思い、簡単に礼を言った。
午後から大学に行った。昨日の後片付けもやらなければならなかった。いい天気だった。構内につくと所々で学生たちが集まっている。話すことは尽きないものだ。サークルの後輩が数人集まっていたので、ちょっとだけ加わった。すると、一人が「そう言えば」と切り出した。「拓也さんのところに万里さんいるらしいですよ。こっちで仕事はじめたらしくって、同棲してるみたいです。」
琴美はさっき留守電を入れたことが真っ先に頭をよぎった。やってはいけないことをしてしまった。ただ後悔するだけだった。