虚偽に隠された秘密
短編としては少し長いですが、最後まで読んで頂ければ、必ずとは言いませんが、驚愕して頂けると思います!
よければ、最後までお読みください。
現在__1 爽の視点
僕は廃墟と化したある病院へ、友人三人と向かっていた。
ここら辺の山道はなるほど田舎だけあって、道路が碌に整備されていないようだ。
先程から車体が左右に揺れに揺れて、俊希はもう既に酔っている。なにやら苦しそうだ。
「俊希。お前大丈夫か」
友人の一人、優真が助手席から心配して話しかけた。
「あぁ、大丈夫だ。酔い止め忘れちゃってよー」
「そんなこともあるだろうかと思って……」
そこで優真は傍にあったバックに手を伸ばし、酔い止めを取り出した。
「ほら。やるよ」
と言って俊希に投げた。
「おぉ、サンキュー」
「爽は大丈夫か」
優真が聞いてきた。僕は大丈夫だと答えた。
「おい、爽」
運転席から正虎がぶっきらぼうに尋ねた。
「ん?」
スマホに素早く指先を滑らせながら、僕は気の無い返事をした。
「彼女とか、いねぇーのか」
正虎は車窓から正面を見据えたまま、ハンドルを左右に動かしている。
「いないよ」
助手席からさっきと同じ姿勢で答えた。
「お前らもいねぇーの」
正虎は後ろを振り返り、優真と俊希を探るように見ながら聞いた。
その問いに僕はスマホの手を止め、さりげなく二人を視界の端に捉えた。
「俺はいないぜ」
俊希は車外の景色を眺めながら呟いた。
「俺もいない」
少し間を置いてから優真が答えた。僕は彼が少し俯いたのを見逃さなかった。
「なんだよ。つまんねぇーな」
そう言って正虎は噛んでいたガムを窓から吐き飛ばした。
「元カノは」
今度は俊希が聞いた。
「それはもちろんいるだろ」
優真が答えた。
「そういうもんか」
「元カノはどういうやつだったんだ」
「程よく明るくて、ルックスも良くてほんとモデルみたいなやつだったよ」
優真がそう言うと、俊希は驚いた表情をして
「なんか俺の元カノと同じだな。俺の元カノもまさにそういう感じだったぜ」
少し天を仰ぎながら答えた。
僕は優真の元カノが誰か知っている。敢えて言わなかった。
「おい。さっきからお前おかしいぞ。いつももっとうるせぇじゃねーか」
「ごめんごめん。ちょっと考え事してた」
そう言って、僕は正虎の問いを遮った。
あの廃墟に行くのは楽しみにしていた。ただ、あまりにも不安要素がありすぎて、純粋に楽しめるか悩ましかった。
追憶__1
あの日……、僕はいつもの四人、つまり優真たちと次の講義に向かうため、大学構内を歩いていた。
僕はつい話しに夢中になってしまい、前を見ていなかった。危ないと思った時には遅かった。女性とぶつかってしまったのだった。それに加えて、その女性が持っていた教材も落としてしまい、それもよりによってかなりの量だ。
「あ、すみません」
俊希と正虎は先を歩いているので気づいていない。とりあえず、一緒に話していた優真だけに一言謝って先に行ってもらうことにした。
女性は無口な人なのだろうか。謝っても反応がない。ただ、この状況下で表情を伺うのはなんとなく気がひける。
「あのーー、ほんとすみません」
僕はそう言いながら一緒に教材を拾った。
「別に気にしないでください」
澄んでいてあまりにも綺麗な声だったので、思わず女性の顔を凝視してしまった。
その刹那、僕の体に電撃が走ったように感じた。
ーー綺麗すぎるだろ。
切実にそう思ってしまった。まさにモデルのような顔立ちをしていて、典型的なモテるタイプだ。
「あの、どうかしましたか」
僕が俯いて顔を赤らめていたからだろう。気にかけてくれているようだ。
「差し支えなければお名前教えて下さい」
なんと僕は愚かで馬鹿なのだろうか。初対面で突然名前を聞くやつがあるか。だが、その女性は優しげに微笑んで
「白純桜梅といいます」
と言った。
珍しい名前だが、桜の花言葉も梅の花言葉も白純さんにはとても相応しいと思った。苗字の白純というのも彼女の清楚な雰囲気にとてもマッチしている。
「すごいや! 白純さんに相応しすぎる名前ですね」
僕がそう言うと、白純さんはコロコロと笑った。とても好感が持てる笑い方だ。
「なにがおかしいんですか?」
「いや、そんな風に言われたの初めてです」
「えー、絶対嘘だ」
「ほんとですよ」
ようやく教材も拾い終わったので彼女は立ち上がって丁寧にお辞儀をしてきた。僕も慌てて返した。
「じゃあ」と言って、彼女は踵を返して向こうに行ってしまった。
ここで別れたら、もう二度と会えないかもしれない……。
そう思ったが、初対面で突然連絡先を聞くのもおかしな話だ。その日は渋々講義に向かった。
もうこれで彼女のことは諦めるんだ……。
強引に自分に思い込ませた。
まさかこの時はまた白純さんと再会するなんて、思ってもいなかった。
現在__2 優真の視点
「おーい! もうすぐ着くぞーい」
俊希がみんなに呼びかけた。もしかしたら、誰か寝ているのかもしれない。
案の定、爽が爆睡していた。
「おい、爽。起きろ」
爽は寝惚け眼で低く唸った。
「あぁ。ごめん寝てしまってたみたいだ」
「もう着くって」
彼は何度か頷いて、突然眼を見開いた。
その眼を見て、俺は少し戸惑った。やけに決意を含んだ眼差しだったからだ。
この肝試しにどこか決意する場面など必要だろうか。ただ、純粋に楽しめばいいのではないか。少し疑問に思った。
「おし! 着いたぞっ」
正虎が叫んだ。
実際にその廃墟と化した病院を見ると、画像で見たよりさらに不気味に見えた。
「おいおい。これほんと大丈夫なやつか? 流石にやばそうだぜ」
俊希は早くも怖気付いている。
確かに、壁の塗装は薄汚れて剥がれていて、いかにも数年間放置されていると言った感じだ。
「まぁとにかく中に入らないか。入らないと何も始まらない」
俺はみんな……、正確に言うと三人の顔を見渡しながら言った。
「優真は……こう言うの平気なのかよ」
俊希が廃墟の方を眺めながら言ってきた。
「正直、少し怖いけどここは楽しまなきゃもったいないだろ」
そう答えて、俺は廃墟に一歩踏み出した。
「行こう」
爽が続けてついてきた。
その次に正虎が微かな笑みを浮かべながら、そして、最後に完全に引き腰な俊希だ。
追憶__2
僕は数日経っても、白純さんのことが忘れられないでいた。あの澄んだ声、美しい表情、何もかもが聴覚と瞳の奥に焼き付いて離れなかった。
俗に言う一目惚れというものをしていたのだろう。今思うと、この時が一番幸せだったかもしれない。
一目惚れをしたその数日後、僕は俊希と正虎と遊びに行く約束をしていた。日曜日だからだ。
映画館に行く予定で、一時に待ち合わせだ。
ちゃんと時間通りに行ったのだが、正虎はまだ来ていない。
「正虎はまたいつものか」
半ば呟きのような形で俊希に問いかけた。
「だろうな。あいつほんといつも遅刻してくるよな」
正虎は時間にとてもルーズな男で、僕らの待ち合わせにまず間に合ったことがない。
それから15分後……ようやく彼が現れた。
「おう。じゃあ行こうぜ」
遅れたくせに謝りもしないのが、こいつだ。もう慣れたようなものだが。
映画館に歩を進めながら気になっていたことを聞いた。
「そういえば、今日なんで優真こないの」
「あぁ。なんか彼女とデートだってよ」
俊希が羨ましそうなニュアンスを込めながら言った。
優真に彼女がいたなんて初耳だった。確かにルックスは整っているし、性格も完璧なやつだからいてもまるで不思議ではない。
映画館に着いた。今回見る映画は最近人気急上昇中のアクション映画だ。
僕らはみんなそのシリーズ作が大好きだった。
見終わったあと、誰もすぐに立とうとしなかった。きっと余韻に浸りたいのだろう。それは僕も同じだ。
「これやべー。なんだよこれ。神か」
いつもは無口な正虎が珍しくそう呟いた。
正直なところ、僕もその意見に激しく同感だった。
気づくと、このスクリーンにはもう誰もいなかった。
「そろそろ行こうでー」
俊希がそう言って先に歩いて行ってしまった。
僕らもついて行った。どこに向かっているのかは薄々分かっていた。
案の定、最近若者の間で人気な喫茶チェーン店だった。
印象としては少し値段が高いが、その確実な味が売りというくらいか。
「俺はこの新作飲むぜ」
俊希が徐に言った。
「俺もそれでいい」
正虎が面倒くさそうに続いた。
僕はチョコレートが好きなので、なにかしらにチョコレートが施されたものを頼んだ。
皆でその確実な味を味わっていると、その店の奥、端の方に僕の視線は釘付けになった。
ーーーーあれは優真?
明らかに優真だった。しかも、その向かいにいるのは恐らく彼女であろう女性だった。その女性の顔は後ろ姿だったので分からなかった。
この事実を俊希と正虎に言うべきか逡巡したが、結局やめにした。
言ったところで優真に嫌な思いをさせるだけだし、特に言う理由も僕にはなかった。
暫く居座ったところで店を出た。
その刹那、何故か白純さんの気配を薄っすらと感じた。
現在__3 爽の視点
僕らはとうとう廃墟と化した病院に足を踏み入れた。
いざ入って見ると、本当に寒気を感じるような気がした。きっとただの思い込みだろう……、そう信じたいだけなのかもしれないが。
俊希はさっきから、ここやべーよ、とばかり呟いて全く話にならない。
優真はどこか緊張しているようであり、楽しそうでもあるどこか微妙な表情をしている。
正虎はいつもの無表情といった感じだ。
正直、僕はこの時点である違和感を感じていた。
この廃墟は数年間放置されていたからか、床は埃まみれであった。しかし、それが僕の違和感を助長した。
何故か床に埃が少ない部分が直線上にあるのだ。さらに、それをよく見てみると足跡のように見える。
これはどう言うことか、それは何者かが最近……、もしかしたら、つい数時間前かもしれないが、この廃墟に一人でやってきた、ということだ。
追憶__3
あの喫茶店で優真を見かけてから、何度か彼に確かめようとした。だが、できなかった。それをすることによって、もし僕たちの関係が崩れてしまったら……、そうはならなくとも気まずい空気になってしまったら、そう考えるとどうしても真相は聞けなかった。
ある日の帰り道、目の前にどこかで見覚えがある後ろ姿を見かけた。
あれは……、白純さんだ!
今思うと、この時点で僕が意識的にまたは、自発的に彼女の後ろ姿を見たことはなかった。したがって、見覚えがあるというのはおかしいのだ。気づかなかった自分を呪いたい。
だけど、あの日の僕が白純さんを見かけて走り出さないわけがなかった。
「しろじゅ……」
遠くからそこまで言いかけたところで思い留まった。正確にいうと、身体が固まって声が出てこなかっただけなのだが。
なんと、白純さんは何者かストーカーに後をつけられているように見えた。
全身黒い服を身につけたその男はあからさまに彼女を慎重に追っていた。
何かしなきゃと焦った。だが、こういう時に限って僕という男は冷や汗が出るばかりでなかなか頭が働かない。
よし、ここは勇気を出そう。そうして、白純さんを助けよう。
白純さんに気づかれないように、ゆっくりとストーカーに近づき、肩を叩いた。
「あなたなにしてるんですか」
男は驚いたのか、声にならない呻き声を出した。
しかし、その男の顔を見た瞬間、僕の方が驚愕してしまった。
あろうことか、その男は優真だったのだ。
「優真……? なにしてんの」
僕は彼の顔を凝視したまま、金縛りにあったように身動きが取れなかった。
「お前こそ、いきなり肩叩いてきて何の用だ」
やけに自信がこもった口調だった。
「彼女にストーカーしてただろ」
「は? 何言ってんだ。あれ俺の彼女だよ」
その一言を聞いた瞬間、何がどうしたものかと一瞬頭が真っ白になった。
ーー白純さんが優真の彼女? 何がどういうことだ。
ずっと黙っている僕を見かねてか、優真は続けた。
「二週間前くらいから、あいつと付き合ってるんだ。なんでストーカーしてたかって? あぁ、それはあいつが最近なんか怪しい視線を感じるって言ってたから、後ろから見守ってただけさ」
彼はそう言ったが、そんなことを到底信じられるはずがなかった。
「嘘だと思ってるだろ。だけど、本当なんだよ。だいたい、なんでお前があいつのこと知ってるの」
僕は白純さんとの事の成り行きを優真に話した。
「そういうことか。爽には悪いけど、あいつのことは諦めてもらうしかないな。それで俺たちを応援してほしい」
高校からの親友にそう語りかけられると、どうにも断れなかった。
「わかった。応援するよ」
結局、僕は負け犬の弱虫なのだ。
現在__4 爽の視点
「もう少し奥に入ってみようか。二手に別れた方がいいかもしれない」
「そうだね。そうしよう」
僕は優真の提案に同意した。
優真とは別れて行動した方が計画に何かと都合がいい。
僕は俊希と行動することになった。
この病院は入り口の正面に階段があり、それを挟むようにして左右に通路が伸びている。僕らは優真の指示で左側の通路を担当することになった。
俊希は相変わらずビビっているが、僕が背中を押しながら進んだ。
無意識のうちに下の床を確認していた。あの謎の足跡は続いていた。と思っていたのだがよく見たら、自分たちの足跡であった。
思わずクスッと笑ってしまった。
俊希は今まで見たことがないくらい怪訝な表情をした。それを見て、また僕は笑ってしまった。
「とうとうお前まで頭のネジが外れたか」
までというのは無論、正虎のことだろう。
その時、何かを踏んだ。
「なんだ」
それは写真だった。
僕と俊希はそれを無言で見つめ、裏返してみた。
俊希が驚きのあまり叫んだ。
それは俊希と何者かわからない女性が写ったツーショット写真だった。
「なんで俺の写真がここにあるんだ。しかもこれ……」
彼が言わんとしていることがわかった。俊希にくっつくようにして写っている女性の顔が黒く塗りつぶされているのだ。そのため、誰なのか判断がつかない。
「もしかしたら俺が元カノと撮った写真かもしれん。この髪とスタイルには見覚えがある」
「なんか俺もみたことあるような気がする」
「んなわけねーだろ。俺お前に彼女紹介したことないぜ」
「いや違う。俊希には会わせてもらってない。それじゃないどこかで会っているような気がするんだ」
追憶__4
僕は優真と白純さんの交際を素直に応援することにした。僕なんかと付き合うより、優真との方が白純さんは幸せだろうと思ったからだ。
だが、そんな時気持ちを揺るがす出来事が起きた。
大学に居残って勉強していたある日、少し遅くなってしまい、気づいたら夜は更けかけていた。
少々疲れていたので、流石に早く帰りたくなって、帰路を急いだ。
だが、その道の途中で誰かが道の石垣に座っていた。
それは白純さんだった。周りを見渡してみたが、優真はいなかった。
「白純さん。こんなとこでどうしたんですか」
彼女はゆっくりと顔を上げた。その顔は泣いていた。僕をみて一瞬驚いたが、すぐにまた元の表情に戻ってしまった。何かあったのだと察した。
「何かあったんですね。なんでも相談してくれたら聞きます」
「ありがとうございます。実は……」
鼻をすすりながら、彼女が話し出した内容は確かに衝撃的であった。
なんと、優真と別れたというのだ。
彼女は僕が優真と白純さんが付き合っていることを知らないと考えたのか、まず付き合っていたということから話し始めた。
僕は知らないふりをしておいた。
彼女の悲しそうな顔を見てみていると、どうしようもなくなり僕は無意識のうちに彼女を抱きしめていた。
すると、白純さんが耳元で、うちに来ない? と囁きかけてきた。もう、泣いてはいなかった。
現在__5 優真の視点
俺たちは順調に通路を進んでいった。だが、そこで何かを踏んだ。
ーーこれは手紙か。
正虎に宛てた手紙のようだ。表にそう書いてある。
「ちょっと中身見てみろよ」
俺が言うと、正虎は頷いて手紙を開き始めた。
その内容は確かに衝撃的な内容だった。正虎が叫びかけてたのも頷ける。
だが、俺は驚かなかった。事前に内容をある程度知っていたからだ。一応驚いた反応はしておかなければならない。
「なんだよこれ……。正虎誰からの手紙かわかるか」
「こんなのわかるわけねぇ。大体、誰がこんなタチの悪いいたずらをする」
「それはわからないが、女の可能性は高そうだ」
実を言うと書いた人間も俺にはわかっている。
正虎ごめんな。だまして……。
追憶__5
僕は白純さんの誘惑に負け、彼女の家にいた。もちろん彼女と少しでも一緒にいたいと言う気持ちもあったかもしれないが、一番は優真と別れたなら、家に行っても大丈夫だろうと自分に甘えてしまったことだ。
白純さんはお風呂に入ってくると言ってリビングにはいない。
部屋はさすがと言わざる負えないぐらいシンプルで綺麗だった。それでいてかつ、女性らしさを兼ね備えた部屋であった。
この家全体が彼女のフェロモンに包まれているようで、僕は緊張を通り越して少し卑猥なことを想像してしまった。
スマホをいじって待っていると、彼女が風呂から出てきた。その姿を見てドキッとした。もうまさにフェロモン全開で僕の陰部が敏感に反応した。
「お腹空いてるでしょ。何か作りますね」
そう言って彼女が作り出したのは、チャーハンだった。匂いから食欲をそそられた。
一口食べてみて、あまりの美味しさに手が止まらず、おかわりを何度も繰り返した。
「美味いよ。美味すぎる」
「ほんと? ありがとう」
そう言って彼女は家庭的な笑顔を見せた。
ふと、今までこの料理とこの笑顔に何人の男が落ちたのだろうと思った。
その後、二人でテレビを見て笑いあった。
とてつもなく幸せだった。今なら……。
一度そう思うと、もう我慢がきかなかった。彼女の唇にそっとキスをした。
最初は驚いていたが、そのあとは受け入れる姿勢を見せた。
その夜、僕は彼女の部屋で初めて愛を分かち合った。
何故彼女の前だと、僕はこんなにも大胆になるのだろう……。
現在__6 爽の視点
僕はこの時点である推測を立てていた。
ついさっき、俊希と女が写っている明らかに不自然な写真を見つけその後、矢継ぎ早に僕が写っているツーショット写真が見つかったのだ。
普通ならこんなことはあり得ないはずだ。
さらについ数秒前、奥の方で正虎の叫び声がかすかに聞こえてきた。俊希は視覚の方に神経を使いすぎてわからなかったようだが。
あの謎の写真の女の顔は黒く塗りつぶされていた。だが、よくよくみて見るとそれは、血で塗りつぶされていた。あまりにも気味が悪いので思わず投げ捨ててしまいそうになったが、大切な証拠だ。保管しておかなければならない。
ここからは完全に僕の憶測だが、恐らく写真の女は白純さんだと思う。
数々の不自然なことや、あからさまなことが多すぎる。なによりも、あの姿、雰囲気で僕が彼女だと見抜けないわけがない。写真を見た時にピンときた。
ツーショット写真から、彼女は俊希とも以前付き合っていたということが考えられる。目的は謎だが。
犯人はなんと馬鹿なのだろう。とひと時は思ったのだが、きっとこの明白な仕掛けは故意に行ったものなのだ。
なぜなら、それだけで僕の計画を牽制するには十分だからだ。また、手の内はわかっている、今すぐ犯行をやめろ、という風に示唆することもできるからだ。
だが、僕は犯人に是非とも警告しておきたい。
僕の方こそ、お前の計画には気づいているぞ、と。
追憶__6
白純さんの家で夢のような夜を過ごした翌日、僕は自宅で彼女が昨日言っていたことを何度も反芻していた。
彼女は僕の腕に絡まりながら、ある相談を持ちかけてきたのだ。
ーーーー最近帰り道で不快な視線を感じるの。最初の方は怖くてただただ逃げてたんだけど、その内このままではダメだと思って、パッと後ろを振り返ってみたの。そしたら、黒い服を着た男にストーカーされてて、じっと見てたら男が小さい声で囁きかけてきて、こう言ったの。
「桜梅、まだ君を諦めきれない。もう一度俺と……」
声で優真だってわかったわ。
その時はもう怖くて怖くて無我夢中で逃げた。でもこのままでは一人で帰るのも不安なの。だから、これから帰る時は私を後ろから見守ってて欲しいの。ダメかな? ーーーー
早速僕は、話を聞いた翌日から行動することにした。彼女が困っていると知って、呑気にはしていられなかった。
毎日欠かさず、白純さんを見守った。
すると一回だけ優真が現れたことがあった。
遠くから見てたので、よくわからなかったが、僕には優真が白純さんに強引に近づき、彼女は明らかに彼を拒否しているように見えた。
だが、今になって気づいた。あの当時僕は彼女の魅力に取り憑かれ、ことの真相や真実に気づいていないだけだったのだ。
あの時の僕がそんなことに気づくはずがなく、優真が彼女との未練からストーカーを繰り返しているだと思ってしまった。
人間というのは一度思ってしまうと、先入観からなかなか抜け出せないものだ。
そして、何故か僕は恐ろしい計画 を考えてしまったのだ。
その計画とは、優真を殺す、というものだ。
今思うと、迂闊に物事を軽視し、親友を殺すという常識では考えられないことを考えてしまった自分が不思議でならない。
きっと、彼女……つまり白純桜梅の魅力による呪いに憑依されてしまっていたのだろう……。
今では、確信を持って忠告することができる。
彼女には絶対に近づくな、と。
現在__7 優真の視点
頭のキレる爽のことだから、そろそろさまざまな仕掛けに気づいてきているだろう。
俺がヤラれるのも時間の問題かもしれない。
一週間前、爽がやけに決意を含んだ眼差しで俺にこう言ってきた。
ーー肝試しに行かないか。
何かを企んでいるのだと直感でわかった。そう思ったのは、何も直感だけじゃない。
思い当たる節があるのだ。
肝試しに誘われたその前日、桜梅からある話を聞かされた。
端的にいうと、男にストーカーされているらしかった。しかも、その男が爽だと言うのだ。
親友がまさか俺と桜梅の関係に嫉妬して……、なんて考えたくもないがそう考えてしまうのも無理がないと思う。
彼女は嘘をつかない性分だ。嘘を疑うのはおかしな話だ。
それらから推測するに、爽は桜梅を自らのものにしたいがために、俺を殺そうとしていると考えるのが一番妥当だろう。
そう仮定した場合、俺だってそう簡単にヤラれるわけにはいかない。だから、爽の計画を知っているということを示唆し、計画を阻止させるためにさまざまな仕掛けを周到に準備したのだ。
ここからが本番だ。
現在__8 爽の視点
もうそろそろ計画を始めてもいいかもしれない。
別れた女に執拗に付きまとい、監視する男など、僕ら……白純さんとの関係に邪魔なだけだ。邪魔ならば排除するだけだ。
「優真ー! そろそろ一度集合しないか」
僕は反対方向の奥に向かって叫んだ。すると暫くして返事があった。
「わかった! 入口の中央に集まろう」
自らの足音と俊希の足音を横耳で聞きながら、誰もいない通路を歩いた。もうここからは本当に決意しなければならない。友との別れを。
徐々に向かい側からの足音が大きくなってきた。手は冷や汗が酷く、これではしっかりと握れるか不安だ。
相手が何をやってくるかわからないが、こっちはこっちで目的を果たすのみだ。
いよいよ僕と優真は正面から向かい合う形になった。
俯いていた優真が唐突に頭を上げ、俺を睨んできた。
「本当に計画をやめる気は無いのか」
やっぱり優真は知っていたのだ。僕の計画を。
「あぁ。ここまできて引くことはできない」
「よくよく考えてみろよ。お前ならわかるはずだ」
彼の意図が掴めない。
「突然何を言いだすんだ」
「おかしいと思わないか」
「だから、何がだ」
一体なんなんだ。この違和感は。
「俺たちは大きな間違いを犯していたんだよ」
間違いだと? ここまで様々な事柄を積み重ねて僕は自らを信じて犯行を決めた。そこに何か間違いがあると言うのか。
「お前もあの女にストーカーされていると吹き込まれたんだろ」
「なんでお前が知ってるんだ」
まさか……。
「気づいたようだな。あぁ、そうだよ。俺たちはあの女に……白純桜梅に騙されていたんだ」
そう言うことだったのか。危険なところだった。あともう少しで大切な親友を殺してしまうとこだった。
「一度も俺たちはあいつとお互いが会っているところをしっかりと見たことがなかった。それがまずおかしいことだ。それで俺はこう考えた。あいつがお互いに憎しみ合うように仕組んだんじゃないかなってな。だが、確信を持つにはまだ証拠が何もない。チャンスを待ってた。そしたらチャンスが来たんだ。そうだ。ストーカーの相談を持ち出された時だ。聞いたときは全く疑惑を抱かなかった。だが、俺は自分を信じて、桜梅を裏切ってみた。敢えて、かなり遠い距離からあいつを見張った。そしたら、やっぱりそうだった。お前も見守りを命じられ、彼女を後ろから見てたよな。それで確信を持った。俺たちはまんまとあいつの遊びにのり、お互いに騙し合い、騙されあっていたんだって。要するにストーカーしてると勘違いさせられたんだよ」
僕は優真の話を聞きながら、膝から崩れ落ちた。もうきっと顔もグシャグシャだろう。
「だが、ただの女ならば俺たちはきっと騙されなかった。それはあいつだから、つまり、白純桜梅だからこそ間違いを犯したんだ。あいつには奇妙な魅力とそれを超越する魔力がある。だからこそ、俺は俺への嫉妬から爽が犯行を考え、お前も俺が桜梅と別れたと思い込まされたんだ」
「優真……ごめん。ごめんなさい」
僕はそのままの姿勢で何度も何度も優真に謝った。
涙腺がだんだんと落ち着いて来た時、今まで黙って事の成り行きを見守っていた俊希が突然
「おい。なんか変な音聞こえないか」
と、若干の怯えを見せながら言った。
僕らは揃ってなんらかの音を耳で探した。
確かに何かを踏んで進んでくるような音が聞こえてくる。中心の階段の方から聞こえるようだ。
そう皆が思い始めた刹那、俊希がやけに無防備な声を出した。なんだと思い、階段の方に目を走らせた。
そこには……、なにやら白い服を着た女がいた。逆光で顔が見えない。
俊希が堪えきれなかったのか発狂している。
「誰だ」
優真が言った。声が震えているのが伝わってきた。
女がゆっくりと階段を下ってきた。それと同時に顔も伺えるようになってきた。
なんとその女は…………、白純さんだった。
「え……」思わず声が出た。
彼女に沈みかけている夕陽が重なり、騙されていたと知った後にもかかわらず、本当に天使のように見えた。
彼女がゆっくりと顔を上げた。
その表情は泣いていた。
僕は膝で立っていたので、彼女を見上げる形になった。
彼女は俯きながら、謝罪の言葉を小さな声で繰り返していた。
「白純さん、なんで」
そう僕が呟いた瞬間、誰かが彼女に飛びかかっていった。優真だった。
「やめろ!」
そう叫びながら、懸命に優真を抑えに行った。
だが、優真の力は思いのほか強く、お互いに倒れる形になった。
「どけ! お前だって騙された側だぞ」
優真が僕と組みあいながら、言った。
「でも、暴力はダメだ」
優真は一見興奮しているように見えたが、彼の眼を見た瞬間、疑いを抱かざる負えなかった。
その眼はちっとも怒りを感じているようには見えなかった。それよりかは何かを心配している眼だった。そう思うと、優真の憤りが全て芝居染みたものに思えた。
僕は優真を抱き止めたまま、思いっきり叫んだ。
「白純さん、逃げろ!」
彼女は泣きながら、小さく頷き、出口に走っていった。これが演技だとしたら、大したものだ。とてもそのようには見えない。
そこで今まで呆気にとられていた、俊希と正虎も僕らを止めに来た。
ホッとしたのか、そこで意識が飛んだ。
現在__9 白純桜梅の視点
一週間近く経ったけど、あの廃墟で見た景色は今でも忘れない。爽くんと優真が取っ組み合いになって、喧嘩していたこと……。でもあれには隠された秘密がある。
果たして今、目の前でココアを幸せそうに飲んでいる爽くんは気づいているのだろうか。
別にデートをしているわけでもないし、疾しいことなどではないのだけど、昨日電話を彼にかけて、この喫茶店に呼び出したのだ。
「あの、廃墟で起きた事、今までのこと、全て話して改めて謝りたいの」
そのようにわたしは言ったと思う。電話越しで泣いているふりをしてみせた。どうやらそれを感じて彼は今日、来てくれたようだった。あの涙は演技なのに、それを信じてくれた彼にとてつもなく申し訳なかった。
そのような経緯で今、わたしと爽くんは向かい合っている。
「そろそろ話してもいいかな」
前置きなしで本題に入りたかった。一刻も早くこの心の靄を晴らしたかったのだ。
「実は今までのことは全て、わたしが仕組んだものなの」
わたしは申し訳なさそうに俯いてみせた。もちろんこれも全て演技だ。彼は少し失望したような表情をした。心の中ではわたしのことを微かにでも信じていてくれたのかもしれない。
「爽くんとの出会いもわたしが故意にあなたに近づいたの。最初はちょっとした遊びのつもりで優真くんにも近づいていって、二人を上手く誘導してお互いに反発し合ったらどうなるのかなって」
そこで一旦話を切った。
彼は何か考えを巡らせているようだった。
「本当にごめんなさい。実を言うと最初は俊希くんを狙ってた。でも誘いには乗ってこなくて、それで二人を」
小さく相槌を打っただけで、彼はまだ何か考えているようだ。
「それで」
先を促して来たので、続けた。
「うん。もうわかってると思うけど、わたしの家で話したあのストーカーの話も全部嘘。爽くんも優真くんもわたしに……、自分で言うのも変だけど、惚れているってわかってたから、そこで少し憤りを感じさせたらどうなるのかなって思ってあんなデタラメな話をしたの。でもやっぱり優真くんは賢かった。わたしの言葉を鵜呑みにしないで、爽くんがどう言う行動をとるか、後ろから見張ってたんだね。あの廃墟で話してたの聞いてたから」
さらにわたしは頭を下げる演技をしてみせた。
彼が私に観察の眼を向けたように感じた。
「それで全部かい」
彼が優しげで柔らかな声で尋ねてきた。
「そうよ。本当にごめんなさい。まさかあなたたちが殺し合いをしてしまうまでになるとは思ってなかったから。浅はかだったのよ。反省してる」
ここでわたしは一度トイレに立つことにした。その時、スマホは敢えて机に置いていった。強いて言うなら、彼が確実に見える場所にわざとらしくおいた。
わたしがトイレから戻った時の彼の顔は想像を超えていた。とても悲しそうなそれでいて切なそうな表情をしている。
きっと、あの人からのメールを見てしまったのだろう。わたしはあの人を裏切ったことになる。心の中ではそれもいいかもしれないと思い始めていたから。
わたし達はそれから静かにお互いの飲み物を啜った。沈黙が続いている。もうそろそろ潮時かもしれない。
「じゃあ、そろそろわたし行くね。お金は払うから大丈夫だよ」
そう言っても彼は何も反応せず、悲壮な面持ちを続けるだけだった。
席を立って、歩き出そうと踵を返したその時、彼が突然
「なぁ。君は本当に今のままでいいのかい」
と言ってきた。
わたしは何も返さなかった。いや、返さなかったのだ。次第に彼は続けた。
「よくないんだろ。自分でわかってるはずだ。優真の駒のままじゃダメだって」
わたしの心に染み込むような、鼓膜に響くような、もの柔らか声で言ってきた。
やはり彼は知っていたのだ。はたまたさっきのメールを見て知ったのだ。わたしが隠していた秘密を。
だけど、わたしはやっぱりあの人を裏切ることはできない。
「ごめんなさい」
わたしはそういいながら、店を逃げ足で出た。
心なしか目元がやけに熱かった。
喫茶店を出た後、曲がり角で先程受信したメールを確認したが、やはり優真からだった。内容は秘密に関することだった。確認したのち、すぐに優真に電話をかけた。
二、三回の電子音の後、彼はすぐに電話にでた。心配性の彼のことだから、上手くいったか気になって仕方がなかったんだろう。あのメールもそれを物語っている。
「もしもし。わたしよ」
「あぁ。俺だ。ちゃんと計画通り言ったか」
「言ったよ」
「もちろん俺が廃墟のこと、爽と桜梅の出会いを全てお前に命令してやらせたなんて言ってないだろうな」
これこそが虚偽に隠された秘密なのだ。
「もちろんよ。今までのことはわたしが全てやったって爽くんには話しといたよ」
正直、もう嘘をつき続けて虚偽の人間になるのは懲り懲りだった。
「よし。それでいい。お前は俺の指示に従っていればいいんだ」
優真はいつもの無愛想な声で言った。
最早、彼の声はわたしの耳がほとんど拒否していた。代わりに爽くんの声が頭の中で耳の中でずっと反芻していた。
そう思った刹那、何か背後に気配を感じた。
ただ、その得体の知れない気配は何故か不快なものではなかった。それどころか、とても暖かく心地よいものに思えた。
瞬時にわたしは背後を振り返った。
「爽くん……。どうして」
そこには今まで見たことがないくらいの悲しさ、寂しさ、切なさ、などの気持ちを無理やり詰め込んだような表情をしている爽くんがいた。
耳にスマホを当てたままだったので、なにか優真が言っているのが聞こえたが、そんなことはもうどうでもよかった。わたしは電話を切った。
「優真からか。まさかそんな真実が隠されていたなんて思わなかったよ。ずっと君が全てにおける犯人だと完全に思い込まされていた。親友を、いや、もう親友なんかじゃない。あいつを信じすぎた僕がいけなかったんだ」
彼は俯き加減で語った。
「彼からのメールを見たの」
わたしは気になっていたことを尋ねた。
「あぁ。でもそれだけじゃない。廃墟でのあいつの君への怒り方がやけに演技臭く見えたんだ。それで少し疑い始めた」
彼は疑問符をつけたような顔で続けて言った。
「そもそもなんであいつは僕をハメようとしたんだ」
彼のその言葉を受けて、わたしは少し考えなければならなくなった。
ここにもある種の秘密が隠されているのだ。
それは優真とわたしとの出会いにあった。
当初、つまり出会ってすぐの頃は彼はわたしにとても優しく接してくれていた。だけど、優真はいわゆる浮気などに異常な執着心を持つ男だった。
わたしが友達と出かける時でさえ、頻繁に連絡を取らせるように命令した。
そんな中、気晴らしに一人で公園に行こうと思った時があった。その時も彼はわたしをかなり疑ったけど、上手くやり過ごした。
一人でベンチに座って落ち着いていると、一人の男性が木の下に生えたタンポポを眺めているのを見かけた。
その男性は写真を撮るのが趣味のようで、頻りに様々なアングルでタンポポを撮っていた。
いつ公園に行っても、彼は公園の植物を被写体として撮っていた。流石に話しかける勇気はわたしにはなかったが、その幸せそうな顔を見ているとわたしまで幸せになった。
その男性こそが、爽くんだったのだ。
いつかの時、優真が公園まで一度追ってきた時があった。そこでわたしが微笑ましそうに爽くんを見ている姿を見てしまったのか、彼はこう言った。
「おい。お前あいつに惚れたんだろ。あれ、俺のダチだよ」
そう言ったのだ。わたしは心底驚いた。まさか優真の友人だとは思いもしなかったのだ。爽くんは写真に夢中になっていて、わたし達には全く気づかないようだった。
だけど、彼の次の言葉を聞いた瞬間、わたしは絶句した。
「お前が惚れたやつをほっとくわけにはいかねぇーな。あいつをヤルぞ」
彼はそう言った。この男は本当に人間かと思った。そうして、あの男はわたしに例の計画を話し、命令し、男がやろうとした犯行をわたしに押し付けるということを考えついたようだった。
そんなことなら、優真に歯向かえばいいだろなどと言う人もいるかもしれない。だけど、そうはいかなかった。もしわたしが歯向かえば、確実に計画は取り消され、即、爽くんが殺されてしまうだろうと思ったのだ。
それならば、まだ計画通りに彼と関係を深めるふりをし、助けられるチャンスを狙った方が得策だと思った。
もともとは優真によってつくられたわたしと爽くんの出会いだったが、いつのまにかわたしは彼のことを本当に愛し始めていた。その気持ちにわたし自身が気づかなかっただけだったのだ。
さっき彼に喫茶店で悟られた時にやっと気づいた。
ただ、一つだけ、優真の命令にはむかい、わたしの独断で決めた行動があった。
それは彼をわたしの家に呼んだことだ。あれは優真の命令でもない、計画でもない、わたし自身の本心で起こした行動だった。
「白純さん? どうかした」
わたしがずっと黙り込んでいたからだろう。彼が聞いてきた。
「ごめん。なんでもないよ」
「やっぱり君にも真相はわからないのか」
一瞬、なんのことかわからなかったが、すぐに先程の件だと気がついた。
わたしは結局、真相を話すのをやめにした。
そのまま数分が経っただろうか。彼が突如としてわたしの眼を真正面から見つめ、覚悟を決めたように話し出した。
「僕は君を道具のように扱ったりしない、駒のようにも扱ったりしない。あいつとは違うんだ。一人の愛する女性として一緒に歩んでいく。だから……」
彼はそこで深呼吸した。続きを言うのかと思ったが、吸い込んだ空気をため息に変え、そこでやめてしまった。
そして、突然踵を返して行ってしまった。
ーーこのままではダメだ。彼を追いかけないとーー
目から流れる水滴を頻りに手で拭いながら、彼が今までわたしに掛けてくれた優しさに溢れる言葉の数々を思い起こしながら、わたしはゆらゆらと揺れて見える彼の背中を夢中で追っかけた。
ーー出会った時から、あなたを愛していたよーー
そんな気持ちを込めながら。
THE END
最後までお読みくださり、ありがとうございます。
驚愕していただけましたか?