ロマンス
しっとりと空気が冷たくて意識が戻る。
このまま眠っていたいという思いを渾身で封じ込めて、
そのさきにある喜びをーーー。
酒に鈍った脳味噌はいつも彼女を軽んじようとするのが恨めしい。
ようやく重い瞼をあげると、そう、そこに彼女がいる。
昨日と同じように。
真っ暗な部屋と転がる空瓶と、凍えて赤子のように身を抱いて眠る男のその部屋に。
柔らかな銀色の光沢がほっそりした彼女の背を覆う。
はじめて見たとき、夢の途中だと思った。
瞬きすれば消えるのだと思い、悲しくて泣きたくなった。
彼女は誰なのかーーー。
答えはすぐに浮かんだ。
彼女の名はーーー。
声は出てはいなかったのに、彼女はくるりと振り向いた。
ねぇ。
昼間には決して開かれることのないカーテンの向こうに浮かぶ月を見ているの?
微動だにしないで座るその姿が愛しい。
向けられる背中が寂しい。
月だけを世界として、月明かりに玲瓏と浮かんだ姿は近いのに、なんて遠いのだろう。
俺には月は届かない。
だから、彼女の世界を汚さなくてはいられなくなる。
ゆっくりと腕を上がる。
彼女へーーー。
指先が触れる前に彼女がびくりと身を震わせた。
ただそれだけで臆病者はもう動けなくなった。
彼女は振り返る。瞳は星空を思わせた。
怖いくらいに綺麗で、不安になるほど深くて、囚われたら目が離せない。
不思議そうだ、と思った。
きみは今はじめて、俺に気づいたの?
白い小さな顔を傾けてじっと見つめる男に、きみは何を視てる?
優しい彼女は
空に残された哀れな指先にやわらかい頬を押しつける。
氷の感触を愉しんで、それから、頼りない指を紅い舌でそっと嘗めた。
彼女は俺にあきれることなく甘えさせ、捨てることなく慈愛を注ぐ。
あえかな吐息がくすぐったい。
指先に点ったなにかが熱い。
そのままでも十分だけど、
もっと彼女に近寄って欲しくて、
迷った末の小さな冒険を試みる。そっと指を引いてみた。
小首を傾げた後、彼女は俺に体を寄せた。
大きな子供に彼女はおやすみのキスをした。
朝になると夜が好きな彼女はねこになる・・・。