憎めないあいつ
「みきちゃーん、俺のピーチ知らなーい?」
「みきじゃないけど、知らなーい」
私の名前は三木茉莉也。読みは“みつきまりや”で、“みきまりや”ではない。
よく間違えられるけど、名字は“みつき”だ。
それなのに、あいつは…あの、林という奴は、いつも“みきちゃん”って呼んで、私をいじりに来る。
なんであいつと同じ学校に通っているんだろう。
なんで去年、あいつと同じクラスになったんだろう。
なんで今年も同じクラスになったんだろう。
おまけに、あいつの名前は林明大って言うから、学年が変わる度に隣の席に来るんだ。もう、嫌になっちゃう。
「まー、みきちゃん手際良いわねぇ」
今日はクラスのBBQ。女子の出席率は悪いけど、男子は約一名を除いて全員出席。その約一名というのが、林じゃないんだよねぇ。
「何みきちゃんだっけ?」
「みつきです。三木茉莉也」
「あら、そうなのー。じゃあ茉莉也ちゃん」
「はい」
良かった、引率のお母さま方の誤解は解けた。
中2、中3と同じクラスなのに、何故あいつの誤解は解けないのか。学校の七不思議にでもなるんじゃないのか。
「三木さんの家って、何の店やってるんだっけ?」
話しかけてきたのは、今隣の席にいる中山楓君。女の子みたいな名前だけど、駅前の肉屋の息子。
肉屋の中山君と定食屋の私は、互いに跡継ぎではないということと家庭環境が似ているので気が合う。
「えーと、マンション街で定食屋やってる」
「…ああ! 『お食事処 美月屋』?」
「そうそう」
でも、元々お店を始めたのはお母さんのおじいちゃんだから、名前が“みつき”なのは偶然なんだよね。…とは、言わない。
「まあ、美月屋さんのお孫さんなの?」
「あ、はい」
「道理で料理慣れしているのね。うちの子なんて手伝いを何一つしないからさっぱり…。ほら、今だって水風船を飛ばしあっちゃって…。濡れたらどうするつもりかしら」
「レインコート、無いんですか?」
「いらないって言って、持ってきてないのよ。楓君も茉莉也ちゃんも偉いわ」
今日は天気が良くないからか、BBQをしている団体も私たちだけ。だからみんな『水風船大戦争』に夢中になっている。男子対女子で、ナワバリにしている水道に奇襲したり、追いかけっこしたり…。
私もさっきまで女子組で参戦してたけど、火の番をしていたら巻き込まれないから今はお肉や野菜を焼いているんだ。中山君ちのお肉だから、とても美味しい。
「うーん、肉巻き美味しい!」
「三木さんのマシュマロも美味しいよ」
「ありがとう!」
BBQって言ったらマシュマロだって思って、お肉や野菜よりもマシュマロをたくさん持ってきた。これをコンロの火で溶かして食べると美味しいんだよねぇ。
本当はチョコレートも一緒に溶かしたいけど、重量オーバーで持ってこれなかったのだ。残念。
「何々、みきちゃんのマシュマロ!? 俺にもちょうだい!」
「えー……」
そんなことを言ってたら例の林がやって来た。どう見ても水風船大戦争に参戦していただろって分かりやすい格好で。
「板チョコを割ったのをくれたらあげる」
「板チョコ? おーい井上さん、チョコ持ってるーっ!?」
「あるよーっ!!」
何だ、自分では持っていないんかい。拍子抜けしちゃったよ。
でもマシュマロを竹串に差す手は止めない。マシュマロを3個並べて、『マシュマロ3兄弟』の完成!
『だんご3兄弟』って、昔流行ったよね。
「はい、チョコ」
「おお、サンクス林。中山君食べる?」
「いや、いいよ」
これが林のチョコだったらジャンジャカ取っちゃうんだけど、井上さんの物だっていうから仕方ないね。3個でとどめておきましたよ。
「林の分、差しといたからあとは自分で炙って。服も乾くでしょ」
「ん」
でも、何だかんだ憎めないんだよねぇ。どうしてかな。
もしかしたら、シリーズ化するかもしれません。
登場人物紹介
三木茉莉也
語り手。9月8日生まれの15歳。中学3年生。実家はお食事処『美月屋』で美術部所属。
高校の美術科への進学を目指している。
林明大
“あいつ”。4月10日生まれの15歳。中学3年生。卓球部所属。
成績優秀で、公立進学校への進学を目指している。