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あれは6月くらいだったと思う。
クラスでいじめられている子がいた。
主犯は柊伊織。
彼女が気に食わなかったようだ。
クラスの女子は柊には逆らえなかったから、いじめに加わった。
でも、広瀬だけは違った。
いじめに加わらないで、彼女に話し掛けに行った。
大丈夫?元気ないね。
せっかく可愛い顔してるのに、笑わないともったいないよ?
ね、これから一緒にいる?
私変なヤツって言われてるから、意外に面白いかも。
幼なじみが励ましても笑わなかった子が、初めて笑った。
『その時思ったんだよ。
ああ、この娘は他の人と違う。
温かい心を持ってる、ってね。
で、感じたんだよ。俺にはこの娘だ、って。』
香奈はそれを聞いてはっとした。
ちはるの話だった。
『人間見た目じゃないんだよ。』
大翔の言葉に香奈はちょっと頭に来た。
「ムカ。
そりゃ私は可愛くないけどさ…」
大翔が笑った。
『アハハ、そうじゃない。
確かに柊はキレイだと思うよ。
でもあんなに性格悪いんじゃ…な。
俺はあの時から広瀬が気になってたんだ。
そしたら木下(ちはるの事)を助けたお前がウザかったみたいで、柊はターゲットをお前に変えたんだよ。
だから俺はあいつが大嫌いなんだ。
…それに俺、広瀬可愛いと思うよ。』
顔がかなり熱くなった。
こんなにかっこいい人から、こんな事を言ってもらえる。
大翔が言ったみたいに、人は外見ではないのだろう。
でも彼は、澄んだ心を持っている、温かい人なのだ。
香奈は立ち上がった。
「ま、まぁ私が可愛いのは今更わかった事じゃないし!
でも…私は…」
その時、目の前の壁に手がのびて来た。
大翔だった。
恐る恐る振り返ると、状況は一変。
迫られていた。
香奈は心臓が爆発しそうになった。
大翔には実体がないから、香奈は逃げようと思えば逃げれた。
でも、逃げれなかった。
大翔が泣いている。
『…どうして俺は広瀬に触れられないんだろう。
こんなに想ってるのに…』
香奈は胸が苦しくなった。
「…私も、種村君に触れたい。
私だって、種村君の事想ってるよ。」
素直な気持ちを打ち明けた。
とたん、大翔が笑い出した。
『言ったね?』
やっと香奈は気付いた。
はめられた!
大翔がさっきとは違う感じで迫って来た。
大翔が大人の男に見える。
着ているのはうちの学校の夏服なのに、色気さえも感じる。
「なっ、なっ、なっ、何でそんな事するの!
さっきの嘘泣きは何ー?!」
大翔がまた笑った。
いつもの屈託ない笑い方と違う、大人な感じで。
『広瀬、ここ病院なんだから静かにしなきゃ。
それに俺がこんなに気持ちを伝えても、広瀬返事くれないんだもん。
じれったくてさ。』
逃げようと思えば逃げれる。
でも逃げれないのは、見つめ合ってるから?
もう一度、唇と唇が近づいた。
今度はお互いが接近しながら。
「あら、同じクラスの子?
夜遅くにありがとうね。」
大翔の母だった。
香奈は心臓が止まるかと思った。
大翔の母に大翔の姿は見えない。
香奈は自分がどんな顔をしてて、それを見た大翔の母がどう思っているのかを考えただけで、胃が痛くなった。