part2 Welcome to the jungle
まただ、またあの夢だ。
最近になってさらにひどくなってきた
何度も何度も同じ夢を見る。
見知らぬ少女が俺の頭の上で泣きじゃくっている夢だ
この夢を見た朝は必ず頭が割れるように痛い。
アンドロイドは電気羊の夢どころかただの夢ですら見ない。
SF小説はSFが現実に近くなるにつれて否定されていった。つまらないことに。
宇宙で戦争なんかしなくなったし、ロボットは反乱なんか今のところ起こしていない。
それにしても、何だろう、あの夢は。
俺はこの生を受けてから一度だって生の植物を見たことは無い。
なのにあのリアリティ。この頭痛。
全く。朝から調子が狂う。
とりあえず、起き上がるか……
体を起こし時計を見る
見慣れたデジタル時計は緑の光を点滅させている
「朝7時……か」
俺はため息を1つつきベッドを出る
頭が痛い、だがもう慣れたものだ
ピピッ、部屋を出た瞬間に音が鳴る
「オハヨウゴザイマス オショクジ デスカ ?」
聞きなれた合成音声だ
「いや、いつもの薬を頼む…」
「カシコマリマシタ」
すると鈍色の机に薬と水が出てくる
俺はそれを飲み下しソファに座り一息つく
「オショクジハ ドウシマス カ ?」
五月蠅い機械だ
「シャットアウト」
俺は少し大きな声を出す
すると機械はシュウンと音を立て、充電機に戻っていった
それはどこか寂しげでもあった
「………」
バカだな、機械に感情なんてあるわけないのに
俺は天井をぼんやりと見上げてまたため息を1つ
今日が登校日であることを忘れていた
「支度…するか…」
ボソっと呟き寝室に戻ろうとしたそのとき
『ピンポーン』
普段鳴ることなどない我が家のインターホンが鳴った
俺はこんな時間に訪ねてくる相手に不快感を覚えつつ扉を開ける
その相手をみて驚愕した。
そこに居たのは、ついもあの不快な夢で見る少女だった。
「やっと、見つけた…」
「間にあってます。新聞もいらないです。お疲れさまでした」
「えっ、えっ」
少女がいかに戸惑おうが俺は知ったことじゃない。めんどくさいことはこりごりなんだ。
玄関のジェスチャー反応センサーの前でひらひらと手を振ると扉が閉まる。
「待って、待っ、むぎゅ」
自動で閉まっていく扉に無理やり体を突っ込んだ少女は無情にも閉まろうとした扉に挟まれる。
たとえ何が挟まろうとも閉まろうとするモードで閉めたので少女は何をしようとも扉に挟まれてゆく。
「あ、あっ、あー!」
こう、半身を出して少女が扉に挟まれている図はなかなか面白い。
立ち去ることも忘れて見入ってしまう。
「あー?」
…………
俺は手招きのジェスチャーで扉を開けてやった。
解放された少女は脇腹を抑えながらこちらを涙目で睨んできた
「あなたはッ!」
いきなり靴を脱ぎ部屋に上がってくる
「私が誰だかわかりますか!?」
近づいて顔を突き出してくる
「ッ!?」
いきなりのことでなんだかまったくわからない
わかっているのはこの娘のことを全く知らないことだけ
「わかんねぇよ…誰だよ…」
そのセリフを聞くや否や少女の顔は哀しみ一色に染まっていった
見知らぬ少女とはいえけっこうカワイイのになんか申し訳ない気分だ
「そう……あなたも…私を知らないあなたなのね…」
「はぁ…?」
何を言ってるんだ?まるで俺以外の俺を知っているかのようなセリフだ
「どういうことだ?」
わけがわからないのでとりあえず聞き返す
「いや……いいの、失礼したわね」
そういって少女はくるりと向きを変えうなだれながら外に出て行こうとした
ちょっと待て、話が全く見えない
考えてる暇はなさそうだ、少女の姿は自動ドアのむこうに消えかけていた
「待って!!!」
そう叫んで俺は家を飛び出した
だが、そこに少女はいなかった。
おかしい…この見晴らしのいい、何もない場所で行くところはどこにもないのに
少女はどこに行ったのだろう、とりあえず家の周りを探してみるか
探せるところはすべて探した、だが少女は見つからなかった
あの少女が言っていたことが気になる
「街のほうまで行ってみるか」
街について1時間ほど探してみたが見つからなかった。
「しょうがない、コーヒーでも飲んだ帰るか」
行きつけのカフェの扉を開ける
「いらっしゃい、あれ?今日学校は?」
店長の声と共に俺が目にしたのは、先ほどの少女だった。
店長に挨拶をしつつ彼女の横に座る
「こんなとこにいたのか」
彼女に声をかける
「あの…どちら様ですか?」
「はっ?何を言ってるんだ?朝うちに来ただろ」
「行ってませんし、あなたのことも知りません」
少女は俺を知らないようだった
「はあ。まあ、どうでもいいか。いつもの」
その声に何も言わず店長はブラックのコーヒーを入れてくれる。
一緒にミルクやマドラーなんて物は出てこない。
「気取った声に気取ったセリフ。その上にブラックコーヒー。気持ち悪いですね」
俺が気分よくコーヒーに口をつけそうになった途端、この態度だ。
「あのなあ。朝、人んちに押しかけてこんなところで優雅に紅茶飲んでるような奴が言うことかよ」
「その、勝手に人を間違えたまま話を進めるのは止めて貰っていいですか」
こっちを見ることも無く、紅茶を口に含む嫌な感じのこの女。
「知るかよ。お前、ホントにさっきのこんな顔してた奴じゃないのかよ?」
「どんな顔です――」
俺が全力であの扉に挟まれていた少女を再現、つまりは、あれだ、顔を両手で全力を以て挟んでいるのを見た女は言葉を切ってすぐに顔をそむける。
「あ、笑っただろ」
「……笑ってません」
「ああ?嘘つけ」
「笑ってませんってば」
そこでようやく顔を正面に戻す女。全く素直じゃないね。
ちょっとだけ頬を朱に染めた女はやっぱり、少女に似ていて。だから、夢の中の少女にも似ていて。
「笑う時くらい笑えばいいんだよ」
「それで紅茶がかかっても文句は言わないでくださいね」
「おっと。それは御免こうむるかな」
「くだらないことを言う人ですね」
相変わらず、面白味も無く紅茶を飲み続ける女。
でも、まとっている雰囲気はもうそんなに警戒してなくて。
「コーヒー、飲まないんですか」
「あぁ、そうだな」
「私、ブラックコーヒー飲む人、そんなに嫌いじゃないですよ」
「なんだよ、それ」
さっきは文句言ってたくせに。
「何でしょうね」
そこでくすっと笑った女はまあ、可愛いと言って差し支えなかっただろう。
良い感じになったのも束の間その後二人とも一言も発しない微妙な空気になってしまった
「……」
「……」
良く言えば青春、悪く言えばお通夜
さてどうしたものか
「あなたは…」
少女が口を開いた
「あなたは…いえ、あなたも私を見たことがあるの?」
まただ、また訳の分からないことを言っている
「あのなぁ…頭かなんか打ったのか?」
「あ…いえ、何でもないです…」
少女はまた黙ってしまった
もしかして本気なのか?なら俺はどうすればいいんだろうか
本気で相談に乗ってやるべきか?見ず知らずのこの少女に?
「本当にそ――」
「あなたの名前を聞かせてくれない?」
俺の言葉は少女の質問に遮られてしまった
「人に名前を聞くときはまず、自分が名乗るべきだろ」
「そうですね、私の名前は…」
「茅乃冬姫」
銃声と共に後ろから声がした。
そこに立っていたのは、目の前で息絶えた少女と同じ顔をした少女だった
「その人の名前は茅乃冬姫、この世界の私です。」
「お、お前……」
「おや、銃を見てもそんなに驚かないんですね……ああ、ここはそういう腐った世界でしたか」
一つ、一つだけ言わせてくれ。銃を持っていることなんかより、ここでは人が突然撃たれて絶命したことに驚くべきなんだよ……!
いや、正しくは絶命したことではない。それが唐突に行われたことが問題なんだ。
「どういう――」
つもりだ、と言いかけたその瞬間、少女の銃口は俺の額間近にあった。
まだ撃ったばっかりで熱い銃身の先が俺の額をヒリヒリと焼く。
「見て。私を見て下さい」
言われるがままに銃のその向こうに見える少女、茅乃の顔を凝視する。
「見覚えは、ありますか?」
俺には少女の言葉が朝のあのふざけた出来事の時より何倍も重く聞こえる。
「な、い」
俺の言葉がやはり、お気に召さなかったのか少女は小首を傾げてため息をつく。
「じゃあ、これはどうですか」
これってなんだよって思った瞬間に少女が舌を出した。
馬鹿にしてんのかってのは思わなかった。まあ、その舌にちゃんと見るべきものが、謎の幾何学的模様があったからってのはある。
それでも、それ以上にこのふざけた、馬鹿げた状況の中で俺はそれを不覚にもエロいと感じてしまった。
だから、俺はその俺の思考回路の馬鹿さ加減とこみ上げたエロスに言葉をしばし失ってしまったわけだが、それがさらに茅乃とやらにはお気に召さなかったらしく、そのまま顔をずいっと近づけてきた。
「見たことあるんですか?無いんですか?」
それだけ言ってまた舌を出す茅乃。
距離が近くなった分、存在感が増すというか、なんというか……体温や吐息の暖かさ的なものも少しだけ感じる。
「な、ないない!」
ようやく絞り出した俺の答えは考えうる限り最悪のモノだった。
引き金が引かれてもおかしくない。
ああ、神様!
茅乃は突き出していた舌をしまい引き金にかかっている指に力を入れようとする
「ッ!!」
俺は諦めて目をつむり時を待った
「………」
いつまでたっても俺の人生は終了しないので恐る恐る目を開く
すると茅乃は銃を突きつけながら考え事をしているようだった
「………」
無言の時間が流れる
死に際の時間っていうのはゆっくり流れるんだなぁなんて考えてると
茅乃は突然こちらを見て口を開いた
「名前…」
「えっ?」
いきなりなんだ
「あなたの名前、聞いてなかった 今のあなたはなんて名前をしているの?」
最後のほうは何を言っているのかわからないがとりあえず名前を聞いているようだ
「統星……深山 統星」
俺が名前を言うと茅乃は微笑みながら言った
「良い名前にカッコイイ…、じゃあ、さよなら」
そう言い放つと引き金に指をかけ
引いた―――