第4話 時間
俺は走っていた。
誰でもいい。どこかに殺しやすそうな人間はいないのか!
俺はそう思いながらひたすら走っていた。
人はいっぱいいる。さっきから何人もすれ違っている。
だがすれ違うのは俺みたいなサラリーマンを含めた男たち。
俺が求めているのはそういうのではない。
歳のいった爺さん婆さんや、貧弱な女子どもだ。
すると俺向こうから歩いてくる人を見つけた。
ふらつきながら杖をついて歩いている。格好から察するに爺さんのようだな。
俺は息を切らしていたが、時間的な猶予はないと判断し、思いっきり走っていった。
すまんな、爺さん。恨みはないが、死んでもらうぜ。
俺は鞄からナイフを取り出すと、鞄を投げ捨てた。
もう爺さんとすれ違う。
人を殺めるのはこれで3人目だ。何の戸惑いもない。
すれ違う瞬間、俺は爺さんの喉にナイフを突き刺した。
爺さんは動揺し、杖を放した。
爺さんは後ろに転倒した。俺はもっと深くに差し込んだ。爺さんは、微動だにしなくなった。
腕時計を確認した。よし、『1』になっている。
時よ戻れ!俺が朝起きる頃にだ!
俺はスイッチを押した。
俺は布団の上にいた。
時間を確認するために腕時計を見た。時計は9時ぴったりを指していた。
こうしてはいられない。すぐにでも準備をして、加藤と爺さんを殺さねば。
俺は飛び上がるように起きあがり、急いで着替えた。
「あらあなた、もう着替えたの?」
妻が部屋に入りながら言った。
「ああ、今日は急がなくてはならない。悪いが、朝食を食べる時間すらなさそうだ。」
「そう、それじゃあ仕方ないわねえ。」
恐らく既に朝食を作っているのだろう。残念そうに言った。
だが、そんなことはどうでもいい。一刻でも早くあいつらを殺さねばならない。
「じゃあ、行ってくる。」
「行ってらっしゃい。」
俺は靴を履くと、急いで玄関の戸を開けた。
確か加藤はレンタルビデオを返したと言っていた。この近辺にあるビデオをレンタルできる店は、一つしかない。俺は急いで電車に駆け込んだ。
着いた。今の時間は9時32分。ここから会社まで、徒歩で5分で着く距離だ。恐らく加藤はここへ来るだろう。
俺は鞄の中を確認した。血塗られたナイフが入っている。俺はそれを見つめていた。俺はあと何回人を殺せば済むのだろうか。いいや、そんなことは関係ない。今は自分の身を守ることに専念せねば。
来た。加藤が現れた。手にはこの店のロゴがデザインされた袋を持っている。
「おい加藤。」
「あれ、どうしたんですか須藤さん。もしかして須藤さんも返却ですか?」
「いや、違うんだけどさ。ちょっといいか。」
「いいですよ。でもちょっと待っててください。ちゃちゃっと返してきますので。」
「それは後でいい。こっちもすぐ終わるから早く来てくれないか。」
俺は焦る気持ちを抑えられない。自然と早口になってしまう。
「わかりましたよ。でも、早めにお願いしますね。」
「ああ。」
俺は加藤を店の裏へと呼び出した。店員用の駐車場で、周りは高い建物が並んでいるため外部からは見えにくい。
「話ってなんですか、須藤さん。」
俺は鞄からナイフを取り出した。須藤はひっ、と声を上げたが、そんなことは関係ない。加藤が両手で防ぐよりも先に、喉元にナイフを刺した。
勝った。これで加藤は声が出せない。
ナイフを思いっきり押し込み、無抵抗となった加藤を転倒させた。加藤は後ろ向きに倒れた。俺はそのまま加藤の首を何度も刺しては引いてを繰り返した。加藤は、完全に死んだ。
次はあの爺さんだ。
さっきあの爺さんと会った道は、偶然にもここから会社に向かうまでのルートにある。
俺は爺さんと出会った場所へと向かった。
俺は目的地に着いた。
腕時計の時間を確認すると、56分。それが爺さんを殺した時間が多分それぐらいだろう。そろそろ来るはずだ。
だが、待てども待てども一向に来ない。
おかしい。なぜ爺さんはなぜ来ない。仕方なく、俺は爺さんが歩いてくるであろう道の方へと走った。
くそ、どこにもいない。どこにいるんだよ爺さん。
ふと、俺は交差している路地裏に出た。ここを右に真っ直ぐに進むと、さっきのレンタルビデオの店に着く。
おい、ちょっと待て。その右の道の向こうに爺さんが立っているぞ。
俺は爺さんの所へと走った。
爺さんがいたところは、道路に面しているところだった。ここで殺せば、確実に目撃されてしまうだろう。
「お爺さん、何をしているんだ!?」
俺は荒々しく息を吐きながら言った。もう余裕などない。なんとか理由をつけて一目の付かないところへ連れていこう。だが、無理矢理は連れていけない。そんなことをして後から死体が発見されれば、俺が怪しまれる。
「おや、これはこれは。わしはのう、道に迷っているんじゃが……。」
「道に迷っている!?」
嘘をつけ。貴様はさっき来ていたであろうが。
「どこへの道だ!?」
俺は荒々しく聞いた。もう、時間がない。
「ええとなあ……、そうじゃ思い出した。」
「どこだ?」
「わしが行きたいのは──」
俺はその爺さんの行きたいところを聞かなかった。いや、正確に言うならば聞けなかった。目眩のような感覚になり、頭が真っ白になった。立っていることすら困難になり、俺は力なく地面に倒れた。
「どうしたんじゃ、若いの!」
爺さんが大声で叫ぶ。
駄目だ、全身に力が入らない。今は思考を巡らすことしかできない。
「誰か!誰かおらんか!」
なんだ、爺さん。俺を助けようとしているのか。お前を殺したというのに。いや、そうか。爺さんからすれば、殺されてはいないのか。
俺は視界に入っているものに気が付いた。倒れるとき、左腕は目の前に倒れたらしいな。腕時計が見える。デジタル表記は……『ーー』。
そうか、時間切れ……か。
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