表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/4

第2話 蘇る男

※暴力的描写があります。ご注意ください。

再び目が覚めた。一瞬で現状がわかった。たったいま、降下しているところである。

そういえば、どうやって使うんだこれ!?使い方を教えてもらってねえ!

そのとき、時計の横にスイッチがあることに気が付いた。

このスイッチであっているのか?

いや、考えている暇はない。俺は押すことにした。

えっと……、ホテルで女社員と性行為する前まで戻れ!

俺は目を瞑り、念じながらスイッチを押した。


「須藤さん、早くしてくださいよお。」

女の声がした。俺は目を開けた。目の前で、女が背中を向けてもじもじしている。

そうだ、ここで俺が服を脱いで、脅迫まがいのプレイをしたんだ。もっとも、誘ってきたのは向こうだったが。

「おい、こっちを向け。」

俺は極めて冷静に、目の前の女性に言った。

「あれえ、もう脱いだんですか~。」

女は甘ったるい声で返事をする。先ほどの俺はこの声が快感に変わったが、今だと腹立たしい気分にしかならない。

女はこちらを振り返った。まさかこの顔を再び見ることになるとは。

「脱いでないじゃないですか~。あ、もしかして脱がせてほしいんですか~?」

馬鹿馬鹿しくなった俺は、すぐにカタをつけることにした。

「鈴木、俺は妻がある身だ。本番には至らない。」

鈴木は一瞬びっくりしたようだが、すぐさまニコニコしだした。

「ええ~、ここまでやっておいてそれはないですよ~。それじゃあ、脅すところまではやりませんか~?私、一度やってみたいんです~。」

ほう、なるほど。あのとき断ればこういう展開になっていたのか。だが、その手には乗らない。

「残念だったな、俺はお前が録音していることを知っている。会社にでも報告するつもりだろうが、甘いな。」

鈴木の顔は一瞬ひきつった。俺はそれを見逃さなかった。

「ええ~、何のことですか~。」

「しらばくれても無駄だ。俺は帰るぞ。」

俺は鞄を持ち、部屋から出ようと扉に手をかけた。

「いいんですか、ほんとうに~?」

「ああ、なにもやましいことはしてない。」

「でも、あなたがここにいたという証拠は取れましたよ~。」

「なに?」

「あなたがどのタイミングでボイスレコーダーに気が付いたかは知りませんが、ホテルに入った時点では気づいてませんでしたよね~。それはつまり、ボイスレコーダーに気が付いたから帰るわけであって、もしあなたが気づかなかったら、そのまま続行してたかもしれませんね~。」

「お前……!」

腹が煮えくり返るようだった。喋っている内容も内容だが、不快感を与えるしゃべり方も、拍車をかけている。

「これを会社や奥さんに知られたらどうなるでしょうね~。」

「何が言いたい……!」

「私、最近お金に困っててー。そうですねー、とりあえず5万は欲しいかなー。」

こいつ、手慣れてやがる。

俺は財布から1万円札を5枚取り出し、鈴木の方に差し出した。

「あれ、もしかしてえ~、くれるんですかあ?優しいなあ~。」

俺は右手が震えていた。屈辱で屈辱でたまらなかった。

「じゃあ、いただいていきますね~。」

鈴木は俺の手から5万円を取っていった。右手がとても軽くなった感じがした。

「じゃあ、頂いておきますねえ。す・ど・お・さ・ん。」

俺の怒りが限界を超えた。俺は右手を振りかぶり、鈴木の鼻を殴った。鈴木は後ろに飛び、ベッドに仰向けに倒れ込んだ。鼻を抑えながら、脅えきった目でこちらを見ている。だが、許さない。俺の人生を狂わした礼を、ここでしなければならない。

俺はベッドに上がり、右足で思い切り鈴木の腹を踏んだ。柔らかい感触が伝わってきた。鈴木の、腹の奥から出るような嗚咽も、今の俺にとっては快感だった。俺は何度も何度も腹を踏んだ。そのたびに鈴木はかすれた声を出す。実に愉快だった。

しばらく踏み続けたあと、俺は鈴木を痛みから解放してやった。呼吸が途切れ途切れである。

俺はふと、腕時計を確認した。俺の腕時計ではなく、あのプレゼントしてもらった時計だった。デジタル表記の部分には『0』と書かれていた。ちょうどいい、この女を生かしておいてもいいことはない。ならば、いっそのこと試してやろう。

男は再び鈴木に視線を向けた。鈴木と目があった。脅えきっているのがわかる。

俺は、両手を鈴木の首に添えた。

「いや……やめて……お願い……だから……。」

声がかすれてよく聞こえない。聞こえていても無視するが。

両手の親指を喉に当てた。そして、親指に思い切り力を込めた。

鈴木はもがいている。しかし、力が弱すぎる。全く抵抗になっていない。

やがて、鈴木は動かなくなった。俺は首から手をどけた。

左腕の腕時計を確認した。『0』が『1』に変わっていた。

よし、ではやるか。いつまで時を戻そうか。

いや、待てよ。俺はこの女を、また同じ時間に殺さなければならない。そのことも考慮しなければ。

俺はもう一度腕時計を見た。この時計が正しければ、11時28分を示している。

確かホテルに入った時間は11時18分。ちょうど10分前のはずだ。ホテルに入る前、時間確認をしていた。

俺はスイッチを押した。10分前、ホテルに入る前に戻れ!


俺は目を覚ました。いや、目を覚ましたというよりは、ぼーっとしていたいたときにハッとなる感覚に似ている。

俺は目の前の景色を見た。ホテルがある。そして、俺の前に女の背中が見えた。鈴木だ。

「おい、鈴木。」

俺は鈴木に声をかけた。鈴木は振り返った。

「なんですか須藤さあん?」

さっきも聞いたが、この声を聞くと腹がたつ。

「ちょっと、いいか?」

「なんですかあ?」

「ちょっと話したいことがある。そこの路地裏へ行かないか?」

「ええ~、ホテルに入ってからでいいじゃないですか~。それとも、そういうのが好きなんですかあ?」

「ああ。」

俺は面倒くさかったので、適当に答えた。

「とんだ変態さんのようですね~。まあ、いいですけどお。」

ほう、ようはこいつは言質が取れればどこでもいいのか。つくづく呆れた女だ。

俺は鈴木に着いてくるよう促し、路地裏へと入っていった。


「それで、なんでしょうかあ?」

鈴木は身体をくねくねさせながら言った。既に録音は開始しているのだろうか。まあ、そんなことはどうでもいい。

「ちょっと、後ろを向いてくれないか。」

「ええ~、須藤さんって結構マニアックなんですねえ~。」

そう言いながら鈴木は後ろを振り返った。

俺は自分の鞄を漁った。あった。護身用に持ち歩いている小型サバイバルナイフ。

「もしかして、道具とか使っちゃうんですかあ。」

鈴木は鼻息を荒くしながら言った。なんだ、こいつ演技じゃなくて本物のマゾヒストなのか。まあ、それもどうでもいいが。

俺は鈴木の背後に立った。そして、左腕で鈴木の顎を上げ、右手に握っていたナイフを鈴木の首元に刺した。固いような、柔らかいような。俺は右手に力を込め、もっと深くに押した。その瞬間、鈴木が俺の腕に身体を預けてきた。俺はナイフを引っこ抜いた。鈴木は前傾のまま倒れていった。

腕時計を確認した。11時22分。我ながら殺人の手際の良さに感動する。

俺はもう一つのことも確認した。予想はしていたが、デジタル表記の数字は『0』のままだった。

とりあえず、一刻も早くここから逃げだなければならない。殺人で捕まるなど、あってはならない。

俺は周りを見渡した。もう夜遅いせいか、人影はなかった。

俺は小走りでその場を去った。

しかし、俺の心は昂ぶっていた。

クソみたいな終わりを迎えたと思っていたが、どうやら俺は人並みの生活をもう一度送ることができるかもしれない。

自然と笑みがこぼれる。俺は自信に満ちたまま、家へと帰った。

ご閲覧ありがとうございました。

ご意見、ご感想などありましたら、書いていただけると幸いです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ