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ひらがな三部作

ぼく

作者: 片名すたる

《亮の日記》


五月一日(水)午後十一時

 今日もこんな時間まで宿題だった。

 中学受験に成功すれば、将来の成功につながると親は言うから、必死に勉強する。

 塾のテストで悪い点数を取ると、ゲームとマンガがママに没収されるから、必死に勉強する。

 今日気になったのはあれだな。クラスに転入生が来るとの予告があったのだ。面白いヤツなのか、変なヤツなのかよくわからないが、とりあえずそいつはクラスに来る。まあ、別にどうというわけでもないか。

 周りをうまく動かして、自分の好きなようにしていけばいいのだ。受験しないヤツらなんて、バカか能天気もしくはその両方しかいない。あとは、このこわもてに怯えるやつか。







《ぼくの日々》


一日目


 ランドセルを背負って、ぼくは急いでA小学校に向かう。初日から遅刻なんて、まっぴらだからね。学校へ向かう途中、アリを一匹、踏んでしまった。そばに仲間がいたのに、わざわざ道の真ん中にいるものだから……。虫が好きなぼくは残念だった。

 ぼくは学校に着いたらすかさず、知らされた教室、6の1組に入った。

 

 ぼくは教壇の上からクラスのみんなに自己紹介した。ぼくが席に着くと、今度はみんなに自己紹介をされた。二十人の名前を一気に覚えられるわけがないから、印象に残った二人だけ覚えた。

 一人は、渚ちゃん。かわいいとか、ぶさいくとかではなくて、「いい人なのだろうな」という雰囲気がした。話し方とか、席の立ち方とか、座り方とかからも、それを感じた。

 もう一人は、亮くん。彼が話し出すと教室の空気が、ほこりが沈んでいくみたいに落ち着いた。このクラスのリーダーみたいだ。ぼくをからかうためだと思うけど、彼はぼくをギロッ、という風に睨んできた。だからぼくは笑った。そして、冗談めかして睨み返した。ギロッ、てね。


三日目


 A小学校に入って、もう三日。教室の後ろの壁には、みんなの自己紹介カードが貼ってある。ぼくのカードが壁から落ちてしまっていたから、画鋲で貼っておいた。趣味の欄は、「昆虫採集」という文字で埋められていた。嫌いなものの欄には、「牛乳」と書かれていた。


 昼休み、ぼくは名前の知らない子に遊ぼうと誘われた。ほかのクラスメイトと、校庭で隠れんぼをしたんだ。

 ただ、みんなが隠れるのがなかなか上手くて、全然見つからなかったんだ。だから、諦めてぼくは教室に戻っちゃった。そうしたら、隠れんぼをしていた子たちが先に帰っていたんだ。まあ、確かに校舎内はダメ、っていうルールはなかったね。彼らは、ぼくが教室に戻ってくると愉快そうに笑っていたから、嬉しかった。

 やっぱり、人が笑うところを見るのは、喜ばしいことなんだ。

 ぼくは席に戻った。イスに座ると、お尻の下に違和感があった。

 確認すると、いくつかの蟻の死骸がイスの上でぺしゃんこになっている。 

 悪いことをしたな、と感じた。

 ぼくはなんて注意が浅いんだろう。

 少し周りを見渡すと遠い席から亮くんがぼくを見ていることに気づいた。なんだか、何か面白いものを見たような感じの目だ。

 ――そういうことか。亮くんはぼくの趣味が昆虫採集だということに気を遣ってくれたんだ。だから蟻をぼくの席に……。

 ぼくはなおさら罪悪感を覚えた。


七日目


 もう、A小学校に来て一週間が経った。だいぶ、6の1組にも慣れた。給食も結構美味しいものだよ。


「いただきまーす」

 前で手を合わせて言う。一緒に食べるのは、同じ班の渚ちゃんと、鈴木くんと、山田くん。

 隣の席には、渚ちゃんが座り、ぼくのまえ二つの座席には、あとの二人が座る。

 ぼくが味噌スープに手を伸ばした瞬間、渚ちゃんは口を開いた。

「ねえねえ。みんな、実はさ、牛乳をもっと美味しくできるものを持ってきたんだけど、入れてみようよ」

 ぼくは牛乳が嫌いだから、大歓迎の案だった。

 ひそひそ話をするように言うと、渚ちゃんは白色の錠を取り出した。

「へー、本当に美味しくなるの?」と反応する鈴木くん。

「それってくす――」鈴木くんが山田くんに肘を突くと、山田くんは口をつぐんで、言い直す。

「試してみようよ」

「そうだね」とぼくも同意する。

 そうみんなが賛成すると、渚ちゃんはぼくの牛乳いっぱいのびんの中に白い錠を入れた。

「飲んでよ」渚ちゃんは目をぎらつかせてぼくに詰め寄る。仕方ないからぼくはびんを持って飲んでみると、確かに何か美味しい気がした。

「どう?」「どうなの?」渚ちゃんたちは聞いてくるから、ぼくは美味しいよ、と返答した。

 山田くんは、亮くんの班の様子が気になるみたいだった。と思うと、渚ちゃんも度々亮くんの方に目を向けていた。

 亮くんは人気者なんだな、そう感心する。


「言い忘れていましたが、明日の理科は実験室です」

 先生が板書をしながら言っていた。ただ、ぼくはずっとお腹にゆるみを感じていたからあまり気に留められなかった。腹痛というわけでもないんだけど、お腹を下している感じかな。

 そう思っていた矢先だ。

 お尻の力がゆるんで――

 漏れてしまったんだ……。あまり冗談にならないくらいに。

 ぼくは正直に先生に事情を話して、急いで保健室に向かった。

 その日は、早退した。


 八日目


 学校を一日休むことにしたんだ。せっかく出席し続けていたのに、すぐに欠席になっちゃって、むなしい。昨日、先生が実験室で理科の授業をやるって言っていたから、きっと今日は実験だったんだろうな。

 健康を気遣うと、仕方ないのかな。


 九日目


 昨日は欠席しちゃったから、実験ができなくて残念だった。

そう思いながら、ぼくは学校へと足を運んだ。


 教室に着くと、亮くんと渚ちゃんが迎えてくれた。

「お前、昨日欠席して実験に来られなかっただろ? だからさ、今日三人で実験をやろう」今思うと亮くんと直接話すのはこれが初めてだ。割とテキパキした話し方だな、と思う。

「実験は簡単なものだったから、家から使えそうなものを持ってきたんだ!」渚ちゃんは相変わらず楽しそうだった。

「どんな実験だったの? あと、どこでやるの?」

「中和実験さ。簡単だよ。酸性の液体とアルカリ性の液体を混ぜて、どうなるかを見る実験。場所は――」

「トイレでいいんじゃない?」

 そう決まって、ぼくは昨日の実験ができることになったんだ。やっぱり、亮くんと渚ちゃんは優しい人んだな。


 放課後、ぼくは待ち合わせた学校のトイレに行った。すでに亮くんと渚ちゃんはいて、渚ちゃんの手には緑色と白色の二つのボトルがあった。

 どちらも、取っ手がついていて、持ちやすい形になっていた。ぼくも、確かにトイレで見たことがあるかな。

「じゃあ、あとは教えてあげて」渚ちゃんはそう亮くんに言うと、ぼくにボトルを渡してくれた。

 なんで渚ちゃんは来ないの、と聞くと、

「だって、ここ男子トイレでしょ? 女子は入れないよ」と答える。あ、そっか。忘れてた。

「実験をやろう」

 亮くんは洗面台に行き、栓をして水をいっぱいにしていた。そしてポケットから、何か小さなびんを取り出して、

「これ、BTB溶液」と教えてくれる。

 ほかにも、BTB液が、酸性の液体には赤色に変わること、アルカリ性の液体には青色に変わることを教えてくれた。そして、中和が行われると、酸性もアルカリ性も消えて、BTB溶液が緑色になるとも教えてくれた。

 手順は簡単だった。まず、緑色のボトルの中身を少し洗面台に入れる。そして、BTB溶液をたらして、色を確認する。

 やってみると、洗面台の水が赤色に染まっていった。

 次に、白色のボトルの中身を洗面台の水に入れる。

「あ、ごめん。さっき先生に呼ばれてたことを忘れてた。ちょっと職員室行ってくる。すぐに戻ってくるから、やっといていいぜ」亮くんはそう言うと足早にトイレを出て行った。

 仕方ないな。ぼくは、白色のボトルの中から、透明なヌルヌルした感じの液体が落ちていくのを見届ける。その液体が水面に触れた瞬間、水は緑色になったけど、ちょっとしたら赤くなった。

 ちょっと興味本位で、緑色のボトルと、白色のボトルのラベルを読んでみた。

 緑色のボトルには、「まぜるな」という文字と、ちょっと読めない二文字の漢字が書いてあった。その二文字が何かわからないけど、それをまぜちゃいけない、っていうことかな。

 白色のボトルにも、「まぜるな」という文字と、同じような難しい熟語が記してあった。どっちもそれをまぜちゃいけないのかな。

 まあいいや。亮くんはいつ帰ってくるんだろう。





《亮の日記》


五月十四日(火)午後八時

 今日は、あまりここに書くことはない。あるとすれば、無抵抗って怖い、それに尽きるかもしれない。

 結局、あいつのあれが大きな騒ぎになった。そういうことだ。でも、その方がよかったりする。あんな退屈な学校に行かなくて済む。勉強する時間が増える。

 自分は、自分の利潤に従っただけだから。


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