異世界旅行に成功したんだが
これは過去の話だが、この出来事をスムーズに伝えるためにも、進行形で書きたいと思う。
時は遡ること一週間前の事だ。
今日は疲れた。
俺の会社はとてもホワイト企業とは呼べない。
いつも体の限界まで働かされているようなものだが、今日は一段と辛い。
いつもと同じ暗い夜道を歩いて帰宅して、すぐさまスーツを脱いだ。
そのまま寝てしまいたいほど疲れていたが、明日も仕事だった。
やることをやって俺はすぐに寝た。
俺は夢を見た。
そこはこの世界の日本とよく似た場所だった。
数々の高層ビルが立ち並ぶ風景が目の前には広がっていた。
「なんだただの夢か…」俺は夢をみながらもそんなことを思った。
しかし、次におかしなことに気づいた。
その世界の文字が読めないのだ。
それも英語や中国語でもない、人生で一度も見たことのない形をしていた。
また街の彩色がおかしいことにも気づいた。
その他にも人の服のセンス、走っている車の形、何もかも少しずつ違っていた。
俺は気味が悪くなった。
ただ怖い夢を見た時とは違う、まるで「異世界」にでも行ってしまったかのような、
そんな恐怖心が出てきた。
「うわぁっ!!」
俺は飛び起きていた。
カーテンを閉め切った、真っ暗な部屋の中で、俺は一人心臓をドキドキさせていた。
その内そんな状況に馬鹿らしくなって俺はまた眠りについた。
「あれは何だったんだ…?」
朝、俺は朝食を終えてTVをぼーっと見ながら、あの夢について考えていた。
何より奇妙だったのが、夢にも関わらず意識がはっきりあって、
なおかつ夢のリアリティが尋常では無かったことだ。
しかし、日常はそんなことをじっくり考える時間を与えてくれない。
今日もいつもと変わりなく時間は進み、俺は会社に行き、精一杯働いた。
「はぁ…」
俺はため息をもらした。当然だ。
朝から最悪な気分で起きて、最悪な職場に行ったのだから。
俺はまたいつもと同じ帰路についた。
俺が務めている会社の周辺は明るく、飲み屋も多いため比較的明るい。
だが、俺の家がある方向に行くに連れ次第に明かりはなくなっていく、
女性ひとりが歩いていたら危ないだろう。
いつもと同じくとぼとぼと暗い夜道の中を歩いた。
今日はやけに周りが静かに思えた。
いつも吠えてくる近所の番犬の声も無かった。
空は澄んで星がよく見えた。まるでいつもとは違う空のように。
俺は歩きながら違和感を感じ始めていた。
いつも点いている街灯が一つも点いていないのだ。
俺はゾッとした。と同時に現実逃避をした。きっと停電か何かなのだろうと…
自宅の10m手前あたりまで来た所で、俺は鍵を取り出すためにスマホのLEDライトを点けた。
「やっと家に帰れる…」そう思った時だった。
「は?」
思わず声が出た。
体がガクガクと震えているのが自分でも分かった。
周りを照らして周囲の様子を必死に確認した。
そこは、俺の知らない場所だった。
道に迷ったのかと初め思ったが、そんなことはありえない。
会社から自宅まで曲がる所は一箇所しかなく、
曲がるT字路には公園があり目印になっている。
よほど泥酔しない限りあそこで反対側に曲がるなんてことはない。
ふと俺は昨日見た夢のことを思い出した。
文字も色も何もかも少し違う世界。
確かめなければならない、そう思った。
何を手がかりにするが迷ったが、暗い中で一番簡単なのは文字だと思った。
俺はLEDライトの光を頼りに表札を探した。
しかし、どこの家にも無い。
普通表札があるであろう場所に光をあてても何も無いのだ。
「どうなってるんだよ…」そう肩を落としてライトが下を向いた時だった。
そこには何か文字が書いてあった。そう、あの夢で見た文字だった。
その後も俺は色々な家に行ってみた。
どうやら全ての家の玄関の前の地面に何かしら文字が書いてあることに気づいた。
俺はもう異世界に来てしまったことを自覚した。
「これからどうしよう、持っていて役に立つのは財布と携帯くらいか」
ひたすらに考えた。しかし同時にパニックにも陥っていて、
俺はまともな精神状態では無かった。
「urtesiinnaedokos!」
俺が立っていた家の玄関の2階の窓から、何かを言われた。
「oywabuyoutasike!」
まただ、確かに普通であればこんな夜中に、人の家の前でライトを点けて立っているのはおかしい、
「すみません!」
俺は一言そういってその場から逃げるように立ち去った。
行く場所も無く、俺はT字路の公園のところまで戻ってきた。
その公園もいつもと遊具の配置や彩色が違っていた。
正直俺は参ってしまいそうだった。いっそこのままどうしてもなれと自暴自棄になりかけていた。
大きなスケールで見た時に、建物の配置などはそのままであると気づいた。
俺はそのことで少し安堵したが、救いはそれしか無く。
結局俺はその日寒い中公園のベンチで一夜を明かした。
「adijoedbukaus?」
俺は肩を叩かれた。
目の前にはおばあさんが立っていた。
「すみません、大丈夫です」
焦りながらもそう答えると、おばあさんは不思議そうに立ち去っていった。
俺は一瞬異世界にいることを忘れていたが、
光が戻った異世界は大きなショックを俺に与えた。
見たこともない服を来た人々、おかしな音をたてて走る車のようなもの、
そしてなにより見える文字全てが読めないということ。
通り過ぎる人は俺のことをちらちら見ていた。
この世界からしたら俺が逆におかしな人間に見えているのだろう。
俺は居てもたってもいられず、とりあえず元自宅があった場所に行ってみることにした。
自宅に向かう途中の町並みは遠目で見れば大して変わらなかった。
建物の形状、配置などどことなく似ている部分があったからだ。
そして家の前についた。やはり全体的に見れば自宅に見えなくはない。
家の中に入ってみたい衝動に駆られたが、ここは俺がいた世界ではない、
つまり、この家には誰かいるということが容易に想像できた。
それにこの世界では言葉が通じない。
訪れた所でまた不思議な顔をされ突き返されてしまうだろう。
分かっていた。
でも、次の瞬間俺は家の扉を叩いていた。
心臓がバクバクしていた。
なにせまだこの世界で自分から話しかけるということを体験していなかったからだ。
「iah-」
中から声が聞こえた。
俺の緊張は最高潮に達していた。
ガチャという音と共に扉が開かれた。
「anneduosyak?」
意味が分かるわけが無かった。俺は言葉が詰まった。
「kasuedmasaaritod?」
住民は次の言葉を口にしたが、何を行っているか分からない、何を言っていいかわかない。
「す、すみませんでした!」
俺は逃げ出してしまった。もう泣きそうだった。
異世界に来て初めて、自分のメンタルがこんなに弱いことに気づいた。
とにかく走った。走って走って、気づけばどこにいるか分からなくなってしまった。
俺は道端に座り込んだ。
ふと携帯を見てみると、時間はいつもと同じく進んでいたようだった。
電話やネットをしようと思ったが、当たり前ながら圏外だった。
完全に異世界に来てしまった。また絶望が襲ってきた。
その日はとにかく歩きまわった。
時折人に変な目でみられるがそんなことはどうでも良くなっていた。
日が暮れて街が赤く染まった頃、とうとう歩き疲れて川の土手に横になった。
「もういっそ死んでしまおうか…」
そう考えたが、すぐに馬鹿らしくなった。
もうこのまま戻れないならこの世界に溶け込んでやろう、そこまで考えていた。
ギュルルル…
お腹が鳴った。それまでお腹が空いていることにまったく気づかなかった。
もうこのまま死んでしまうかもしれない。死が頭をよぎった。
心身ともに疲れ果て、俺は強い眠気に襲われた。
もうその眠気に抗う力も無く、そのまま深い深い眠りに落ちた。
俺は夢を見た。
車に乗っていた。隣には仲の良い友人がいた。
それは元いた世界のようだった。俺はすごく幸せな気分になった。
この夢がこのまま続いて、起きればそこはいつも見た景色が広がっている…心の奥でそう願った。
トントン…「iasdakuetiko」
トントントン…「iasdakuetiko!」
幸せな夢は唐突に断ち切られた。
「kodohaieimki?」
何か言われたが分からなかった。
俺はあることに気づいた。この俺を起こした人物は警察の姿に似ているのだ。
そしてすぐに理解した。
汚い格好で川の土手なんかに寝てるおっさんがいたら話しかけても当然だろう。
「いや、あの、分からないんです」
俺はジェスチャーも加えて必死に伝えようとした。
「oninaraakawbatook?」
「分からないんです!」
警察のような人物は不思議そうにしていた。
そして俺の手を引いて、
「youraomteikdemaoysottyto」
そう一言言うと近くに止めてあった車のようなものまで連れて行かれ、乗るようにと手を引かれた。
車には運転席にもう1人警察がいたようだった。
二人は何か話していたようだったが、当たり前のごとく一つも分からなかった。
走っている最中、俺は外の景色をよく見た。
いつもと違うその景色に、恐怖し、でもその反面少し高揚していた。
突然車が止まった。
俺は警察に手を引かれて降り、そして建物へと連れて行かれた。
建物に入るとイスに座らせられ、また何かを言われたが分からなかった。
もう逮捕でもなんでもしてくれという気分だった。
その後も30分くらいだろうか、ずっと言葉を浴びせられ続けた。
俺が不貞腐れた表情で適当に聞き流していると、警察はどこかに電話をかけたようだった。
「あぁ、逮捕されるんだろうな」
そう思った。
しばらくすると建物に誰かが入ってきたようだった。
その男は俺の世界のスーツによく似たような服装をしていた。
男は俺の顔をじろじろと見回した後、こう口にした。
「ニホンジン…?」
俺は最初なんと言われたか分からなかった。感覚が麻痺していたのだ。
「ニホンジンですか?」
「はい!そうです!」
俺は嬉しくて仕方がなかった。その世界に来て初めて人との会話が成立したのだ。
その男は納得したように頷くと、
「ちょっと来てもらいます。私の車まで来てください。」
流暢な日本語で男はそういった。
男は警察とまた訳の分からない言葉で会話をすると、俺を車へと案内した。
「大変だったでしょうね」
車の中の男の第一声はそれだった。
「いったいどういうことなんですか?ここはどこなんですか?」
俺はたまらず質問を浴びせたが、
「まぁ落ち着いて、後でじっくり話すから」
そうあしらわれてしまった。
車が止まり、俺はまた別の建物の中へと案内された。
そこでとある部屋に案内された。そこには日本語の書物がたくさんあった。
その他、英語の書物も目にすることが出来た。
「そこに座って」
俺はまたイスに座った。しかしさっきとは確実に違う安心感があった。
そこで俺は男から衝撃的な事実を聞くことになった。
男の話はこうだ。
まず俺が異世界に来た原因は分からないという、
しかし、このような体験をしたのは俺だけではないという事だった。
この異世界ではその原因を突き止めるために研究所があり、
俺がいるこの建物こそがまさにそれだというのだ。
「結局のところ、元いた世界に戻れるんでしょうか?」
俺は恐る恐る聞いてみた。
「そうですね…あなたはこの世界、つまり異世界にどうやって来たか覚えていますか?」
俺ははっきりと覚えていた。だから自信満々に答えた。
「はい、覚えています。鮮明に」
「なら戻れる可能性は高いですね。」
良かった…俺は魂が抜けるほどほっとした。
その後も色々なことを話した。
俺のようにこの世界に来て戻っていった人々の話、
そして逆に戻る事が出来ず、この研究所で語学の勉強をして、
この異世界での生活を決意した人など…
それから数日間、俺はこの研究所に衣食住を提供してもらい、
様々な検査や話をされた。
研究所の人間は慣れているようで、俺を一度も不思議がることはなかった。
日本語を理解できる人も多く、俺はそれほどストレスを抱えずに生活出来ていた。
何日か過ぎたある日のこと、
「そろそろ帰ってみようか?」
俺を助けてくれた男がそう言った。
俺が否定するはずもなく、すぐに頷いた。
しかし、それと同時に疑問も浮かんできた。
「どうやって帰るんですか?」
俺にとって最大の疑問点であった帰る方法だ。
「それは簡単ですよ。こっちに来た時と同じことをしてもらいます。」
俺は拍子抜けしてしまった。
そんな簡単なことで戻れるんですか、と言うと笑われてしまった。
「何がおかしいんですか?」
と聞くと、
「実はこの点においても我々はよく分かっていないんだ」
と口にした。
これまた拍子抜けして俺は思わず笑ってしまった。
久しぶりの笑いだった。
その日の夜、ついにそれは決行された。
T字路の公園からスタートすることとなった。
「私はここで待つから」
男は公園から見守るといった。
「では行ってきますね」
俺はそういって、男に背を向けて暗い夜道へと歩き出した。
心臓はバクバクと音を立てていた。
何しろこれで戻れなければ一生ここで生活することになるのだ。
そんなのは絶対に嫌だ。
俺はゆっくりと、ゆっくりと確実に道を進んでいった。
しかし、いつまでたっても戻ったという気がしなかった。
電灯はついていないし、ちらちら後ろを見ると男がこっちを見ているのだ。
そんな時だった。
ブブッブブッ!!ブブッブブッ!!
それは俺の携帯から聞こえてきた。
俺はおもむろに携帯を取り出すと、それはメールの着信だった。
その件数50件以上、俺は驚いた。
しかし、はっとした。圏外だったのでは…?
前を向くと、そこには明かりがあった。
そして、後ろを向くと男の姿は無く、いつも通りの元いた世界の景色が広がっていた。
俺は崩れ落ちた。
地面に顔をこすりつけて泣いていた。
時刻は午後10時を回っていた。
俺は自宅へと急いだ。異世界とは違う、電灯の暖かい明かりの中を走っていった。
「はぁはぁ…」
息を切らしながら、家の前まで来た。
そこにはいつもと同じ俺の家があった。
ガチャ、鍵もちゃんと開いた。
俺は家の中に入ると、嬉しさのあまり部屋を転げまわって笑った。
ふぅと一息ついて天井を見た。
今考えてもあれは夢だったんじゃないかと思った。
少し落ち着いて、俺はカバンの中身を漁っていた。
すると、一枚の紙が出てきた。
”この紙を読む頃、君はきっと元の世界に帰れているだろう。私は君を助けた男、名をKとでもしておこうか、君が元いた世界に戻ってくれてとても嬉しいよ。研究所で散々話しを聞いたりして迷惑をかけたが、君にまた頼みが有る。そっちの世界でこの異世界の体験を広めて欲しいんだ。こちらの世界ではこういった異世界からの旅行者に対する施しが行われてるが、そちらでは無いそうじゃないか。だからこの事実を広めて、こういった研究を進めて欲しいんだ。どんな方法でも良い、少しずつでもいいから君の体験を多くの人に広めて欲しい、幸運を祈るよ。”
俺は男のことを思い出して、少し悲しくなった。
あの世界で自分に大して一番よくしてくれた人物だったからだ。
俺は戸惑った。この事実を広めろ、と言われても何をしていいか分からなかった。
俺はとにかく疲れていた。冷蔵庫に一週間以上前に入れたビールを飲み干して、
眠りについた。夢を見ることもない、深い深い眠りだった。
朝になって、肝心な事を忘れていることに気づいた。
あの大量のメールは友人と会社からのものであった。
俺は会社はもうだめかと思ったが、以外にも大丈夫で、
心配してくれていた友人には適当な理由を作ってとにかく安心してもらった。
一息ついた時、俺は異世界の話を広める方法をじっくり考えることにした。
やはり一番手っ取り早いのはネットだという結論に至った。
そこで俺はこれを物語にしようと思った。
もう分かってくれたと思うが、それがこの小説だ。
ここまで読んでくれた人には本当にありがとうと言いたい。
そしてこの事実を広めて欲しいと思う。
それによって異世界旅行をしてきた俺や、異世界に居たKは救われるからだ。
また、この小説を読んだ人がもし異世界に行ってしまったら、
是非この俺の体験を参考にして欲しい。
そしてもしKと思われる人物に会うことが出来たなら、こう伝えて欲しい。
「本当にありがとう、そして永遠にさようなら」と。




