四月八日~十日
授業が始まってからの第一週。平日に関しては今後こまごまとしたことが続いていくから、特に要点の多い日以外は、数日分、あるいは一週間まとめて記述してしまおうと思う。
四月八日。入学式の翌日から、さっそく授業が開始する。といっても、四月一杯は授業の登録が確定しないから、ほとんどの授業ではまだ本格的な内容に入らない。むしろ、90分の授業時間中ずっと雑談をしているような教員もいる。この、少々ぐだぐだした期間の間に、学生たちは週替りでいろいろな授業をつまみ食いし、二期制の前期に取る授業を吟味する。
授業だとか単位だとかについて、もう少し。多くの大学でもそうなのだろうが、少なくともこの大学では、授業が必修科目と自由選択科目に分かれている。必修科目は、例えば第二外国語に関する授業だとか、理系の学部なら実験実習だとか、上級の授業を受けるために必要になる科目のことで、学部生の間に学部ごとで指定された単位を取らなければならない。自由選択科目というのは、要するに、必修でない科目のことだ。私の所属する文学部の場合は、他の学部とくらべて必修科目が非常に少ない。週25コマあるうちで、必修科目のコマ数は、外国語の4つだけだ。ちなみに私は英語とフランス語をとっている。ともかく、そういうことだから、いろいろと融通は効く。
必修科目、自由選択科目とは別の分け方で、全学部共通科目と専門科目、という分け方もある。前者は教養科目、と言ったほうが一般的かもしれない。つまり、様々な分野の学問について、どの学部の生徒が受けても理解できるぐらい内容を薄めた授業が全学部共通科目であり、相対的に内容が濃いのが専門科目である。専門科目は、その授業を担当している学部の生徒でなければ履修登録ができない。言い換えると、他の学部の生徒がその授業を受けても、単位はもらえない。基本的に一回生の間は全学部共通科目を中心に受講することになるが、一回生に配当されている専門科目も少しはある。私も、前期では二つ受けることにした。いずれも面白い授業だから、後々書くことになるだろうと思う。
で、授業開始一日目なのだが、早速やらかしてしまった。前日までに、一週間分の仮の時間割を作成して、それの通りに授業を受ければよかったのだけれど、曜日を一日分間違えていたのだった。というのも、この前の日、月曜日は、前述したとおり入学式だった。そして、そのためにこの日が火曜日であるということをすっかり失念していたのだった。月曜が振替休日だったり、平日が長期休暇明けだったりすると起こる現象である。一限目、これが月曜日だと信じて疑わない私は、時間に余裕を持って教室に入り、ノートを広げて、時間割に書いてある授業名をタイトル欄に書いて待っていると、定刻通りにやってきた先生が配るプリントには、全く別の授業の名前が書いてある。はて、入る教室を間違えたかと思って教室の番号を確認するが、それは間違っていない。どちらにしても目当ての授業ではないのだから、ひとまず教室を出てみればいいものを、そうするには座った席が前の方で、変に目立ってしまうのも格好悪いと思い、結局、全く別の授業を最後まで受けた。それは半ば見栄に突き動かされた結果だったが、こんなふうに新しい分野と出会うのも悪くはないか、というもっともらしいことも考えていた。文化人類学の授業であった。
なんだかんだで現在その授業は取っていない。
四限の英語の授業では、席が隣同士だった川中君と親しくなった。いや、この段階で親しくなった、というのは違うかもしれない。私が早く教室に来て中程の席に座っていると、人畜無害な人間にでも思ったのだろうか、それとも適当だろうか、彼が私の隣の席にやってきて、なんとなく会話を交わしたりした。昨日の学部ガイダンスの後にあったクラスの顔合わせ会で、各人が自己紹介したときのことを思い出すと、彼は確か、自己紹介の順番が最後で、「この大学には、特に理由はないけど、入れたから入りました」と、大きいのか小さいのか分からないことを言っていた。その言葉にも現れているかどうかは知らないが、彼にはどうも物ぐさなところがあるらしく、友人作りだとか人脈作りだとかも最低限で済ませたいようだった。かという私も、自分から誰彼構わず声をかけていくのは億劫な質である。そして、少なくとも語学の授業では、ディスカッションのパートナーが固定されていると、非常に話が早く済む。そういうわけで、お互いの利害が一致し、今のところ、語学の授業の度に彼と相席している。他にも彼と被っている授業がいくつかあるから、揃う機会の少ないクラスの中でも、彼とは絡みが多い。これについても、やはりこれから書いていくことになると思う。
業後は、一転して、買い物のために烏丸御池まで行く。だいたい、京都の繁華街といえば四条烏丸だとか、烏丸御池だとかの京都駅からいくらか北に上ったところで、そこらへんに行けばたいがいのものは見つかる。逆に、たとえば大型の本屋だとかは、そういう中心地以外にはあまりない(もっとも、古本屋ならいたるところにある)。夕日の沈んでいく町並みに、肌寒さも感じながら自転車を漕ぐ。友人の誕生日が近いから、何か京都らしいものでも贈ろうかと思い立ったのだ。そこで、お香を一瓶、もちろんほんの小さくて、あまり高くないものを買った。あまり学生らしくない気がしないでもないが、まあよかろう。
そのお香は、翌日短いお祝いの手紙と一緒に郵便で出したが、今のところ送り先から音沙汰はない。もしかしたら途中で手違いがあったのかもしれないが、思わせぶりに先方へ確認するのも興ざめな気がしたから、放ったらかしにしてしまった。今となっては後の祭りである。その旨だけは、ここに記しておく。もし心当たりの人がこれを読んでおられたら、一報入れられたく候。
四月九日。授業二日目。この日は一限から五限まで、気になった授業を目一杯入れてあった。必修の英語とフランス語の授業もある。英語の方は、二週間に一度単語のテストがあるということで、大学に入ってもまだそういうのが続くのかと思うと、食傷の感に打たれた。一方で、五限には京都の旅行プランを考えるという授業もあり、そちらはなかなか興味深いものがある。そもそも、京都に住むことが決まってから、高校時代の友人たちには、京都に遊びに来るなら案内しよう、などと豪語していたから、授業でそのコースを考えられるのはありがたい。といっても、その授業で先生が教えるのは、京都の歴史と地理、あとは交通機関のあれこれぐらいで、実際にプランを考えるのが生徒自身というのは変わらないのだが。
この日は、久しぶりの勉強で実に疲れたが、有意義な時間を過ごすことができたと思う。
四月十日。この日も一日中授業が入っていた。その内で、一限目は菌類に関する自然科学系の授業であった。菌類……つまり、きのこだとかカビだとかについての授業だ。なぜ私がそんな、言わばマニアックなのを選んだかというと、グリーの文学部の先輩から薦められたからであった。曰く、半期の間に何度か、キャンパスの近くの山へキノコ狩りに行けるらしい。それに先生も面白く、隠れた名物授業になっているようだ。それに、菌類については知らないことが多いから、純粋に興味もあった。
二限はスポーツ実習で、この日は大学の体育館で種目選択をするだけであった。私は、中学時代にやっていたバレーボールを選んだ。一度は、毎日のきつい練習に疲れて、高校に入ると同時にやめたものの、時間が経つに連れてふつふつと慕情が湧いてきていたのだった。それで、特に迷うことなくバレーを選択したのだが、私につられて、例の川中君もバレーを選んだ。その後、お昼休みに近くの食堂で川中君と昼食を食べ、他愛のない話をして、昼休みが終わる頃には別れた。
業後は、文芸関係のサークルを見たかったのだけれど、どういうわけか活動予定の場所に誰もいなかったから、結局グリーに足を向ける。その日練習したのは、「Gaudete」というラテン語の賛美歌だった。シンプルかつ深みがあって、一度メロディを思い出すとなかなか頭から離れなくなるような曲だ。
余談だが、近く、この曲を京都府の合唱祭で歌うことになる。