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一夏の蟲  作者: 伊豆宮
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祭りの定番はあまり買わない

がやがや、ざわざわ。


自分たちの町に住んでいて、たまにこういった一大イベントの際に集まった人口の多さにギョッとすることはないだろうか。


普段の通学路、朝の出勤ラッシュや、帰りの下校時間ではたくさんの人間を目にする機会がある。

実際にその中に自分も入っているわけだから当然といえば当然なんだけど。

そういう時、彼らは目的地に一直線に向かっている最中であり、自分とは関わりのない人間、要するに赤の他人なわけだ。

同じ学校の生徒なら多少の仲間意識は浮かぶが、友達でもない限り、それも希薄だ。

けど、こういった行事ごとの際、集まっている家族連れ、カップル、友達の群れはみんながみんな目的地も目的もおんなじ、同志となるわけだ。

知らない人たちが同じ祭りを楽しむという目的のために集まっている。

そのことに、妙な気分の高揚がすることはないだろうか。

明日には忘れてしまう赤の他人と、名前すら知らない誰かと意識を共有し合っている感覚。


それがなんだか変なかんじに楽しかったりするーーー





「………わけねぇだろバーカ!」


人ごみの良さについて必死こいて考えてみたが、俺にはどうやっても理解できない。

人に群れていると安心するとはよく言うが、前述のような楽しさや高揚はまるで感じられない。


暑い。人多い。邪魔くさい。


人ごみに対する俺の感想はそれだけだった。


どうやったらこの人集りをいい方に考えれるのか。

結論はすでに出ていた。



俺は人ごみが嫌いだ。



俺は今、この町の毎年恒例となっている夏祭りの会場にいる。


周りには屋台が所狭しと並べられ、鼻腔をくすぐるジューシーな肉の香りや、香ばしい焼きそばの音や甘ーい綿あめに集まる子どもの大群で溢れていた。


親にねだる子どもの甲高い声を聞きながら俺は携帯をチラリと見る。

着いた旨はすでに連絡済みだ。

あとは、あいつらからの連絡を待つだけなのだが、いかんせん暑さと人ごみですっかり参っている俺は、周りのハッピーな祭り特有のテンションについていけずにイライラし始めていた。


一向に奴らから連絡が来ないのである。

すでに五分は待った。

そろそろ我慢の限界である。


「集合場所ここで合ってるよな……?ったく、なにしてんだよあいつらは…」


俺がイラつきながら、悪態をついた時だった。


「ひぎゃ!?」


ピトッとほおに冷たいなにかが背後から押し当てられた。

油断していただけに鳥肌を立てながら、猫が尻尾を踏まれたような情けない声を出して、飛び上がった。

なにごとかと確認する俺の耳に聞き慣れた爆笑が聞こえて来た。


人を待たせておいてなんて奴。


振り返ると、キンキンに冷えたペットボトルを片手に持った後藤が楽しそうに笑いながら立っていた。


「ひぎゃだって!ひぎゃ!あははっ猫かよ!」


この野郎……


「お前マジでぶっ飛ばすぞ…」


「悪かったよ」


後藤はまるで誠意を感じられない謝罪で謝るとヒョイっと先ほどのペットボトルを投げてよこした。


「とと…あぶねっ!てか冷たッ!」


あわてて掴むとひんやりとした冷たい冷気が手のひらを刺激する。


「遅れたお詫び。言っとくけどさっきのほっぺたに押し付けるのを提案したのは俺じゃなくて、錦織さんだからな」


そういいながら後藤が自分の背後を顎で示すのでそちらに目をやると、目の保養がそこにはあった。


「こ、こんばんは。山手くん」


照れ笑いを浮かべながらしなやかに歩いて来たのは、佐々木さんだった。

薄い紺の布地に綺麗な紅い蝶の舞った浴衣がじつに似合っている。

帯は華やかな黄色で、髪飾りは紅いかんざしだ。


「えっと、さっき偶然後藤くんと会ったから一緒に来たの。遅れてごめんね…?」


すまなそうに見つめる佐々木さんに一瞬意識を飛ばしていた俺はハッと我に返った。


「あぁ、いや…全然!気にしてないから!あ、えっと…浴衣なんだ…」


「うん。変…かな?」


とんでもない!!


「いや、似合っている…と思う」


あぁくそ!心の中では即座に言えるのに!どうしておれはこーゆーとき上手く言えねぇんだ……!


自分を叱責する俺に佐々木さんは嬉しそうに笑った。


「えへへ…ありがとう」


くそかわ…ッッ!


く、くそ。佐々木さんは相当ヤバイってのはわかってるのに、今のちょっと照れた返しは反則だろ…!可愛いすぎる…


俺が幸せ気分を存分に味わっていたところに思わぬ刺客が邪魔をした。


「ノマカプはお呼びじゃないのよ」


「どわっ!?」


ぬっと俺と佐々木さんの間に入り込んで来たのは錦織 亜子だった。佐々木さんと同じく浴衣姿で、紫の布地に黄色の花模様の浴衣がなかなか似合っているが、顔にかけてある眼鏡が異様に光っていて不気味さを増している。

おもわず後ずさる俺から離すように錦織は佐々木さんを背後へと隠した。


「良子をいやらしい目で見ないでよね山手くん」


「ばッ!み、見てねぇよ!!」


「見るなら………後藤くんにしなさいよ!」


「はあ?」


全くこいつは時々理解不能な発言をするから困る。

よくわからんが、俺と後藤を見て薄気味悪い笑みを浮かべるのはやめろ。

なんか鳥肌が立つ。


「はぁ…さっきのすごく良かった…!ほっぺに冷たいペットボトル押し当てられて驚くってシュチュ……萌えるわぁ〜…イチャつきやがってこの喧嘩ップルめ!いいぞ!もっとやれ!」


「亜子ちゃん、落ち着いて…!」


佐々木さんが妙なことを口走る錦織を必死になだめる。


大変そうだなぁ。


もはや俺には錦織の言語を理解することは不可能だ、と結論付け放棄することにした。

むしろ、理解したらいかん気がする。


「あの、今のやれって言ったの錦織さんだったよね?」


普段から何事においても物怖じしない後藤が怯んでいる。


恐るべし…錦織亜子。


俺たちがそんなくだらないことで騒いでいると、前方から見知った顔が見えた。


「あ、いたいた!」


見ると、紺色の甚平を着た殿角とTシャツに半ズボンのラフな格好をした大寺が人ごみをかき分けやってくるのが見えた。


「ごめん!待たせた?」


殿が申し訳なさそうに眉を寄せる。


「いや、ちょうど今揃ったところだよ」


俺の言葉にホッと息をはきながら殿は苦笑いかけた。


「当夜くんがなかなか急いでくれなくてさ…もー、いくら急かしても全く走ろうとしないんだよ」


殿の言葉に大寺こと王子は王子らしからぬ悪態をついた。


「うっせぇ。お節介なんだよお前は」


フンと鼻を鳴らしそっぽを向く王子に殿はまたもや苦笑いした。

王子と殿は家も近所の昔からの友達、言うなれば幼馴染というやつらしい。

わがまま王子にさりげなく気を回す殿の姿は、我が1-2のクラスではすでに当たり前の光景と化している。

正反対の2人が長い間からずっと仲良く友達をしていることが俺は常々不思議だった。


「お前ら相変わらず仲いいな」


「そうかな?」


「こいつがお節介なだけだろ」


2人して仲いい自覚がないのがまたおかしな話だ。


呆れていると、後ろでブハッという声に慌てて振り向くと錦織が鼻血を垂らして震えていた。


なんで!?


「あ、相変わらず…なんて甘々なカプ……!

どっちが受けでも攻めでもおいしいなんて、素晴らしい…!」


「もー…だから落ち着いてって」


佐々木さんがあわててティッシュを錦織に手渡している。


「だ、大丈夫?錦織さん!」


「気にすんな殿。あいつはアレが通常運転だ」


触らぬ神に祟りなし。世の中には知らない方がいい世界もきっとあるのだ。


「と、とりあえず揃ったし、行こうか!」


仕切り直すように後藤が言うので俺は便乗して頷いた。


「祭りなんて久々だぜ。なに食おうかな」


「あ、山手。あっちに綿あめ売ってたぜ」


王子が人ごみを指差す。


「マジで!?王子!割り勘しようぜ」


「ざっけんな。なんだってベッタベタの飴をお前と舐めあわなけりゃならねぇんだ」


「金がねーんだよ。なら奢ってくれ!」


「ほざけ」


俺と王子が先頭に立ち、その後ろに殿と後藤、最後に錦織と佐々木さんの順番で俺たちは歩き出した。


周りには思っていた以上に人がわんさかと歩いており、5m先がまるで見えなかった。

俺は人ごみを掻き分けるのがとにかく苦手なのだ。

縫うようによければいいとよくいうが、まるで無理だ。

よけようとした先で、前方から来た人と鉢合わせるなど常だ。


「な、なぁ!どこにあるんだよ王子!」


王子は俺の少し先を歩きながら「確かこっちだ」と俺の方を見ずに答えた。

こいつ、手慣れてやがる。


スイスイと人を掻き分けてずんずん先へと進む王子に対し、俺は一歩前に進むのも一苦労だ。

徐々に王子との距離が離れて行く。


「ちょ!ちょい待ってくれ!王子!止まれってば!」


騒がしい人の声の雑音で聞こえないらしく、王子は勝手にどんどん先へ行ってしまう。

やがて完璧に見失ってしまった。


「ったくもー、あの野郎…」


ため息をついて立ち止まったが、さして俺は焦っていなかった。前がダメでもすぐ後ろには後藤たちがいるのだ。


この場合、迷子になったのは王子1人だけとなる。


俺は仕方ないと肩をすくめて背後に振り向いた。


「あいつマジで早すぎ。お前らもそう思うだ………ろ?」




背後には、誰もいなかった。


いや、正確には俺の知り合いはいなかった。

人はわんさかいるから、決して1人というわけではなかったが…


大勢の他人の中にいるという孤独感が俺の全身を支配していった。



「あ、あれ?さっきまで居ただろ。ご、後藤?殿ー?錦織?佐々木さん!?」


ざわざわがやがや。


いくら呼びかけても騒がしいくせに俺に対する返事はまるで聞こえてこなかった。


ひょっとしてひょっとしなくとも…


「はぐれた…?」


俺は一瞬フラついてすぐに体制を整えた。


なに焦ってんだ。いいか、こういう時のために携帯という便利グッズは存在してるんだ!



『只今、電波の届かないところにあるか、電源が入っていないため……』


携帯をブチッと切ってから俺は膝に手をついてうな垂れた。



………使えねぇ!!


なんつー役立たずだ!これだからデジタル機はっ!


しばらく携帯電話に対しての悪態を内心でついてから、顔をあげた。


落ち着け。冷静になれよ。ついさっきはぐれたばっかじゃねぇか。

すぐにまた合流できるさ!

ちょいと探せばすぐに見つかって「どこいってたんだよ〜」なんて軽口を叩く後藤やら「急にいなくなるから心配したよ」なんて言う佐々木さんがいるはずなんだ!


俺は自分に言い聞かせて、その場から歩き出すことにした。


平気平気!きっとすぐに…



みんなと…合流…………………



綺麗な星が瞬く夜空の下、俺は古い神社前に立っていた。

祭りから離れたそこはすっかり蚊帳の外のように人影もない。まるで世界から取り残されたような、そんな場所だ。こんな場所があったなんて知らなかった。


俺は散々歩き回って棒と化している足を抑えて盛大なため息を吐いた。



「ここ、どこ…」


悲痛な自分のつぶやく声が若干震えていたが、気にする余裕はなかった。



俺は、迷子になった。










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