第9話(語られた真実)
僕は、コーヒーを3杯おかわりした。
のどが渇いていたわけではなかったが。
ユキは、時折涙を流しながら話してくれた。
いつの間にか満員だった店内の客も半分くらいに減っていた。
「ごめんな、話したくなかっただろう。本当にごめん。ありがとうな。話してくれて。」
「私こそ、自分から話せなくてごめんね。・・・でも少しスッキリした。」
「帰ろっか?明日は5時間授業だから、終わったら僕んちでイイことしようね〜!」
「もう!エッチ! じゃあ、勝負パンツで行くね。」
少し目が腫れているユキは、精一杯の笑顔を作って笑った。
今日は、ユキの家の前まで送った。
ユキの家はやはりあの家で、僕が見たあのおばさんは、間違いなくユキのお母さんだった。
その夜、メールの苦手なユキからメールが来た。
≪ハル、ずっとそばにいてください≫
≪ユキ、僕はもっとユキが好きになった。これからももっと好きになる。すっと一緒にいような!^O^≫
ユキの不安を消すことができたかどうかわからないが、僕の本心をメールに込めた。
ユキのお父さんは、地元の病院で外科の先生をしている。
ユキが幼稚園に入った頃から、お父さんはあまり家に帰ってこなくなったらしい。
ユキのお兄ちゃんは、ユキより4歳上でしっかりした子供だった。
毎晩帰りの遅いお父さんを心配する母を傍で見ていたお兄ちゃんの不満はどんどん大きくなった。小学校4年だったお兄ちゃんが、遅く帰ってきたお父さんに毎日どうして遅いのかと聞いた時だった。酔っ払っていたお父さんが、お兄ちゃんを殴った。
お兄ちゃんは、病院に入院するほどの怪我を負った。
退院してからも、お兄ちゃんはお父さんを怖がるようになり、とうとうお兄ちゃんはおばあちゃんの家で暮らすことになった。
毎日ユキと遊んでくれた優しいお兄ちゃんがユキは大好きだった。
寂しくて仕方ないユキは、次第にお父さんのせいだと思うようになった。
お母さんからもユキからも愛されなくなったお父さんは、毎晩酒を飲み、泥酔して帰宅し、暴れるようになった。
ユキが中学生になった頃から、暴力はますますひどくなり、家でも酒を飲み、気に入らないことがあるとお母さんに暴力を振るった。
ユキは、お母さんを守らないといけないという強い気持ちが小さい頃から芽生えていた。
「お母さんは、本当に私をかわいがってくれた。私が寂しい想いをしないようにいつも私に愛情いっぱいで育ててくれたの。だから、お母さんの涙は見たくない。」
ユキはお母さんの話をすると、涙が止まらなくなった。
お母さんを守ろうとして、ユキが突き飛ばされることもしばしばあった。
ユキを殴ることはしなかったお父さんだけど、お兄ちゃんの話をした時に殴られた。
ユキは、お母さんに家を出ようと相談したが、お母さんにはそれは出来なかった。
お父さんはどこまででも探すと、お母さんは怯えていた。
それまでにも、別れ話をしたことがあったらしいが、お酒を飲まない時のお父さんは反省し、「これからは大事にする」と言う。
お母さんはその言葉を信じたかったのかもしれない。
お父さんは、家族を愛していないわけではなかった。
愛しているのに、どうして暴力を振るうのか、それはお父さん自身もわからないのかもしれない。
大人になったお兄ちゃんは、1年前から一緒に暮らすようになった。
お兄ちゃんは、お母さんとユキをいつも守ってくれるが、暴力に暴力で立ち向かっても解決にはならなかった。
お兄ちゃんが守ってくれればくれるほど、お父さんとの溝が深まるようだった。
ユキは、家族4人で仲良く公園で遊んでいた昔に戻りたいと、涙を流しながら言った。
そんな小さな願いを叶えてあげることが、僕にはできない。
お父さんは今も、毎日のようにお酒を飲み、機嫌がいい時はユキにおこづかいをくれる。
機嫌が悪ければ、モノを投げる、大声を出す、暴力・・・。
ユキは遠い昔を見るような目で言った。
「私、おこづかいなんかいらない。お父さんと話したい。お父さんと一緒にご飯が食べたい。お父さんに、名前を呼んでもらいたい。ただそれだけなのに・・・」