第8話(ほんとうのこと)
その夜、眠れない僕の元にメールが届いた。
≪ハル、大好きだよ。ずっとそばにいるから、いつでも泣いていいよ。≫
ユキ、君の存在って僕にとってどれほど大きいかわかる?
本当は僕が君を支えなくちゃいけないのに・・・。
ケータイを左手に持ったまま、いつのまにか眠ってた。
それから、僕は2回ゆうじに会いに行った。
いつも、ユキは僕の隣にいてくれたんだ。
僕の泣いている姿を見て、ユキはどう思ったんだろう。
あの日から、ユキは僕を包み込んでくれる、って感じなんだ。
母が子供に対するような、そんな大きな愛で僕は包まれている。
ゆうじは、僕の目をまっすぐ見て話す。
僕は、下を見たり、木々を見たり、月を見る。
ゆうじは、高校には行っていない。
僕を責めるようなことは何も言わないゆうじだけど、僕は後ろめたさが消えなかった。
結局のところ、僕は自分の罪悪感と戦ってるのかも知れない。
この罪悪感を拭い去る為に、ゆうじに会いにきているのかも知れない。
最初にゆうじに会いに行ったのも、一言謝って自分がスッキリしたかっただけじゃないのか。
そんな想いが駆け巡る。
自己嫌悪に陥りそうになると、ユキが助けてくれる。
「人間そんな強くないよ。みんな弱いんだよ。強そうに見える人だって心の中までは見えないもん。幸せそうに見えても、すごい悩みがあったりね。ハルは、ゆうじ君に少しでも元気になってもらいたいと思ってる。それだけで、いいんじゃない?」
もう、マフラーなしではいられないほど寒い季節になった。
最近、一人の世界に入ってしまうことが多い。
ふとした瞬間、自分の世界に入ってしまう。
そんな僕に、ユキは何も言わず、となりにいてくれる。
最近何か大きな出来事と言えば・・・
大野君の机に油性ペンで落書きされてたこと。
それと、担任の先生が休職したこと。
ストレスで精神的にやばくなったらしい。
ユキの言った言葉が思い出される。
『幸せそうに見えても悩みがあったり・・』って。
ユキ、君にもあるんだろ。
誰にも言えない悩み。
こんなに愛してくれても、まだ僕にも言えない悩み。
僕は決心した。
ユキと向き合う勇気が僕にはなかったんだ。
学校帰りに、コンビニでユキを待つ。
「ごめんね、ハル〜!あ、何の雑誌見てるの?エッチな本?きゃ〜!」
かわいい顔してなんてこと言うんだ・・でも、そんなユキが好きだ。
「ばか!見てね〜よ。そんなの興味ないって。ってそれは嘘だけど。」
「ケーキ屋さん行かない??ポイントカードたまったからケーキひとつタダなんだ!」
そう言いながら、僕の腕をつかんだ。
こんなささいな事にまだドキドキしちゃう僕っておかしいのかな。
ピザまんに夢中なユキ。
あんまん派な僕。
最近は、歩いて登校する日を決めている。
寒い中、くっついて帰ることがすご〜く幸せ。
「ケーキどれにする?半分こしてくれる??」
相変わらず優柔不断なユキに僕は言う。
「じゃあ、モンブランといちごタルト!!」
ユキのケーキランキングの1位と2位くらいもう覚えた。
「ユキの家に行きたい。卒業アルバムとか見ながらまったりしたいな〜。」
ここから、家族の話につなげようという僕の作戦だ。
「ハルの家にも行ってないのに。私の部屋でオオカミになられたら大変だもん。私のベッド真っ白だからダメ!」
もう!!また僕を刺激するようなことを・・・
「ほんと、エッチだな!オオカミになるならもうなってるよ。なろうと思えばどこでもなれるの!
「ほんと?じゃあ今は?」
って僕をじっと見る。
体が熱くなる。
女の子にはわからないんだろな、この気持ち。
必死で抑えてるこの僕のHな気持ち。
また、妄想しちゃうじゃんか!
「ここで?いいの?みんな見てるよ。店員さんにも見られるよ。」
ユキはケラケラ笑う。
一緒にいてこんな楽しい子ほかにいないよ。
純粋そうに見えるのに、下ネタばんばん言ってくる。
「ねえ、初めてここに来た時、ムラムラしてた?」
え??バレてる?
「してね〜よ、ば〜か!」
頭をポンって叩く。
ケーキが運ばれてきた。
ケーキをほおばるユキも好き。
「ユキのお母さんってどんな人?」
「ん??お母さん?昔はすごくきれいだったって自分で言ってた。今はぷくぷくしてる。」
あのおばさんもきれいだった。
「へ〜。ますます会いたいな。ダメ?」
「うん。ダメ!部屋も汚いし、来年くらいにね。」
来年・・・その言葉に嬉しさもあった。
ユキの未来予想図に、僕はちゃんといるんだ。
「じゃあ、明日うち来る?僕も部屋汚いけど。Hな本はベッドの下に隠しとくよ。」
「いいの〜〜??なんか部屋の中イカの匂いとかしそうだよね。ティッシュとか散らばってそう!」
「おいおい!ユキの中で僕ってどんなイメージだよ。」
「私の事考えて、ムラムラして変なことしてるイメージ!」
ユキの鼻をつまむ。
「まじで怒るぞ〜〜!自分の彼氏そんなエロ扱いしてさ〜。」
「彼氏??なんかいいねその響き。」
また純粋なユキに戻る。
「僕は、ユキの彼氏だよ。彼氏以上かも知れない。
だから、なんでも話して。今までは、聞けなかったけど、ユキ、何か隠してない?」
ユキは、残ったケーキをツンツンしてる。
「聞いてる?悩み事あるなら僕に話してほしい。」
ユキの手が止まる。
「話して、どうなるの?」
ユキが遠くを見ながらこう言った。
こんなユキは初めてだ。
怒ったのかな?
「ハルに話して、ハルは私から離れるかも知れない。そうなったらどうしてくれる?ハルは責任取れる?」
店にかかってるオルゴールの曲がとても切ない。
「ユキ、怒らせたならごめん。でも、僕をそんな風に思うな!僕を信じて。」
ユキの手を握った。
冷たい手だ。
「・・・信じてないわけじゃないの。でも、隠さなかったら私じゃなくなる。今までも、話して離れていった人が何人もいる。人間ってこわい面もあるんだってわかった。」
どんな悩みがあるのかと僕は想像した。
頭の中がグルグル回ってた。
「小学校の時ね、担任の先生に父親の職業を言ったら急に優しくなったの。父は、医者なの。私にだけ、なぜか優しくなった先生を見て、子供ながらに思った。汚いって。」
「お父さん、医者なんだ。すごいな。僕のお父さんはサラリーマンだから、医者って聞くとやっぱりすごいなって思っちゃう。これもイヤ?」
「ううん。当たり前のことだもん。でも、医者=金持ち、とか思われちゃうのはイヤだったかな。」
僕も思っちゃうな・・・。
「そっか、そうだよな。うん。」
重い空気が流れた。
「家に呼びたくないって言ったのは、お父さんに会わせたくないからなの。ごめんね。隠してて。私、ハルみたいな人初めてだからどうしても大事にしたかった。失いたくなかった。」
ユキは涙をぬぐいながら、語り始めた。