第20話(満月)
「今日でもう帰らなきゃならないの。寂しいと思うけど、あんまりHな本ばっか見ないでね。」
あわわわ・・と動揺する僕。
相変わらずユキには、僕はお手上げだ。
横でにこやかに笑ってる水野さん。
「水野さん、ハルのことよろしくね。浮気しないように見張っててね。」
水野さんは優しい瞳で穏やかに僕らを見て、頷いた。
「OK!OK!任せといて。ハルっぺに変な誘惑あったら、俺が全部もらっちゃうから。」
「絶対だよ〜!ハル、じゃあね。今から、お父さん送りに行って来るね。そのまま帰るから。」
お父さんはとうとう今日から辛い戦いへと旅立つのか。
どうか、負けないで帰ってきてください。
「うん。お父さんによろしく言っておいて。水野さん紹介してくれて本当にありがとって。あと、頑張ってくださいって・・。」
「ありがと!!お父さんもハルのこと気に入っちゃったみたいだから、また落ち着いたら会いに行ってあげて。」
「おぉ!行く行く!」
僕の言葉に反応する水野さんは、思春期の高校生かと思うくらい。
「Oh〜!イクイクゥ〜〜!なんちって。」
「もう!水野さんのエロ!ユキの前でふしだらな・・・。」
そんな水野さんの言葉に喜んでいるユキが僕はとても愛しい。
ばいばいって言って、ユキはまた遠くに行ってしまった。
僕の行けない遠い場所へ。
僕は聞きたかったことが聞けなかった。
僕らのこれからのこと。
僕らはこれからどうやって愛を育んでいけばいいのか。
ユキとユキのお母さんが、これからどうするのか、どこで暮らすのか。
ユキ自身もわからないのかもしれない。
お父さんが施設に入ることになったということは、あの家にはお兄ちゃんしかいない。
ユキとお母さんが帰ってくる環境は整った。
どうか、ユキが戻ってきますように・・・。
ユキが帰って、僕は急にリハビリにも力が入らなくなったんだ。
そんなときに、僕の心の師匠、水野さんがエロ本を持ってきてくれて僕を励ましてくれる。
僕を笑わせてくれるための小道具だってわかる。
「なにしょぼくれてんだ?うじうじしてる暇があんだったら、勉強しとけ!!」
ってね。
僕もこんな大人になりたい。こんな仕事がしたい。
こんなキャラにはなれないけど、こんな風に患者さんの気持ちを軽くしてくれる存在に夢が膨らんだ。
事故で怪我をして、痛くて怖い経験をしたが、こんな素敵な出会いがあった。
ユキの家庭も少しだけど、明るい光を見つけることができた。
死ぬかもしれないと思ったときに、僕が感じたこと。
それを、大事に生きていこう。
その日の大きな満月は、僕に勇気をくれた。
僕、絶対リハビリ頑張る!!
次にユキに会うまでに絶対歩けるようになってやる。
満月の中のユキに誓った。
「ハルっぺ〜!!今日もビンビンしてるね〜!」
どんなテンションだ。
朝の8時から絶好調な水野さん。
確かに、朝からビンビンだったんだけど・・・
ユキの夢見ちゃったから・・・
「僕、歩けるようになるまでユキに会わないって決めたんです。」
「へ〜?急にやる気満々じゃん。感心だね〜。歩けないとHもできないもんね。」
「もう!また下ネタ。僕、燃えてるんです。だから、頑張るんでお願いします。」
「了解!男として、君のその気持ちよ〜くわかる。そういう男気キライじゃないから、応援するよ。じゃあ、早速今日から歩行訓練するぞ!」
「はい!!お願いします。」
良くなってると思ってた僕の足、腰、首・・・。
そう甘くはなかった。
骨折は、ほとんど完治したんだけど、まだまだ厳しい。
「痛っ!!・・・」
僕は倒れた。
「はいはい。起きて起きて。はい、もう一回。」
水野さんは淡々と、でも温かく僕を支えてくれた。
ユキは、おばあちゃんちに戻り、お父さんは施設での生活が始まった。
ユキが、来週また会いに来ると言ってくれたが、僕は断った。
「しばらく、リハビリに専念したいから、いいよ。交通費もかかるし、治ったら僕が会いに行くから。」
そう言いつつも、寂しくて仕方ない。
でも、こんな情けない姿ユキには見せられない。
「水野さん、僕サッカーできるようになるのかな。」
歩けるまであとどれくらいかかるんだろ。
「さっきまでの勢いはどこ行った?ユキちゃんに会うために頑張るんだろ。そんな事心配してないで、リハビリしような。」
何度も、こけた。
何度も、くじけそうになる。
ちくしょう。
動かない足に、イライラする。
毎日毎日、ひたすらリハビリをした。
ユキに会いたい一心で頑張ってる僕にユキは気付いてくれてる。
ユキは、ケガの事は聞いてこない。
ただ、毎日何気ない話を してくれる。
電話越しのユキの声で、また一日がんばれる。