第18話(雪解け)
次の朝、日差しが差し込む病室に一人の男性がやってきた。
「初めまして。神宮司君だね。私は、春瀬といいます。ユキの父親です。」
「は、初めまして。神宮司ハルといいます。」
僕は驚いて、手に汗をかいた。突然、ユキのお父さんが来るなんて。
もっとびっくりしたのは、お父さんが想像していた人とは全く違っていたことだ。
スーツをビシッと着こなしたダンディな人。
話し方も穏やかで、ユキに似て、優しい笑顔をしてる。
この人が、暴力を振るうなんて。
お酒を飲んで、毎晩暴れるようには見えない。
どこから見ても、ステキなお父さん。
外科医だって言ってたな。なるほど、医者っぽい。
「昨日ユキが家に帰って来てくれてね。いつも私を避けていたあの子が、私の部屋に来て、リハビリの本や、けがから立ち直った人々の本を見ていたよ。そして、君の事を話してくれた。
今日の昼から君のお見舞いに行くと言ってたから、急いで朝に来たんだ。私が来たことを、ユキには黙っててもらえるかな。あの子には嫌われているからな。よけいな事しないでって言われちゃいそうだから。」
寂しそうな目をしてる。
「それは、違います。ユキさんはお父さんの事、嫌ってなんかないです。いつもユキさんは言ってました。昔みたいに四人でどこか出かけたいって。」
「本当にユキがそんなことを・・・。あの子は私に何も話してくれなくなったから、そんな風に思ってくれてたなんてな。最近は、どう接していいかもわからなかったよ。」
おでこをポリポリとかくお父さんはとても寂しそうにそう言った。
僕は、ユキのお父さんを憎いと思ってた。
でも、そんな気持ちどっか行っちゃった。
まだ信じられない。
こんな優しい目をした人が、ユキに暴力を・・・?
「ユキさんは、お金なんていらないって言ってました。お父さんに名前を呼んでもらいたい、一緒に御飯を食べたいだけだって・・。
昨日の夜も、お父さんがお酒飲んでなくて優しいってうれしそうに電話してきてくれました。」
突然、ユキのお父さんは、泣き崩れた。
大きな体が震えている。
体中で泣いている。
「なんて馬鹿な父親なんだ。
ユキに、父親らしいことを何もしたことがない。
・・・いつも泣かせてばかりいた。やり直せるものなら、もう一度あの子が産まれた時から、やり直したい。あの子に幸せな子供時代を過ごさせてやりたかった・・・。」
お酒って怖いと思った。
まるで、別人になるんだもんな。
でも、今、僕の目の前にいるお父さんの涙は嘘じゃない。
「今からでも遅くないです。ユキさんの体の傷を見ましたか?あの傷を見たら、おじさんは変われるはずです。」
ユキのお父さんは、ハッとした顔をした。
「ユキの体の傷、残っているのか。・・・本当に悪いことをした。最低の父親だ。」
「でも、たった一人のお父さんです・・。」
涙をハンカチでぬぐったユキのお父さんは、いすに座りなおした。
「私は、自分の地位や名誉を守ろうとしてきた。そして、大事な家族を失った。もっと、早くに決心していれば良かったんだ。今日、君に会えて良かったよ。君と話して、やっと気持ちが固まったよ。私は、施設に入ることにするよ。」
「施設・・って?」
「アルコール依存症の更正施設だ。何年か前にも考えたことはあったんだがね。仕事を捨てて、世間から白い目で見られる事が怖かった。でも、自分の愛する家族を犠牲にしてきたんだね。もう遅いかも知れないが、家族の為に私は、一からやり直すことにするよ。」
優しい微笑み、低い声、どこから見ても素敵な人。
あなたなら、立ち直れます。
頑張ってください。
「それを、早くユキさんに言ってあげてください。ユキさんすごく喜ぶと思います。」
「あの子は、待っていてくれるかな。何年かかるかわからないが、今までの分も家族に罪滅ぼしをしたい。もう、医師を辞めてしまうから、経済的には迷惑をかけるかもしれんが・・。」
ガタン!!!
病室のドアの方を見る。
ユキが立っていた。
「お父さん!!お父さん・・・おと・・・」
ユキが、お父さんの元に駆け寄った。
お父さんのひざに頭を置いて、泣いていた。
「ユキ、ごめんよ。父さん、本当に今までユキを苦しめてばかりいた。お前と向き合うことから逃げていた。
許してもらえるなんて思ってない。でも、何か力になりたいんだ。」
「お父さん、私もお母さんもお兄ちゃんも・・・待ってるから。だから、頑張って。」
この2人の長い歴史を知らない僕だったが、2人の心が通じ合う瞬間を目撃できたことが嬉しかった。
「よけいなことしてって怒られるかもしれないけどな、これでもいちおう外科医だからね。
神宮司君のけがの事、主治医の先生に聞いてきたんだ。今日、ここに来たのは、
もし、良かったら、私が長年お世話になっている理学療法士を紹介しようかと思ってね。」
「本当に?お父さん。そのためにここに来てくれたの?」
「私がユキにしてあげられる初めての父親らしい事だ。これからは、もっと頼ってくれな。」
「お父さん・・・。じゃあ、お願いするね。ハルのけが絶対治してね。」
笑顔でユキが、僕をみた。
ぺロって舌を出した。
「参ったな〜ユキには・・。わかったよ。私が責任を持って彼のけがを治そう。」
ポカポカした日差しが、病室に差し込む。
その日、ユキはたくさんの本を持ってきてくれていた。
『奇跡の復活』とか、『信じれば治る』とかね。
ありがとう。