第10話(大人の階段)
僕はなんて、幸せな子供時代を過ごしていたんだろう。
子供の頃、何の悩みもなかった。
お兄ちゃんとケンカしたり、近所の友達と遊んだり、週末は遊園地や動物園に行った。
年に一度は、旅行もした。
金持ちの友達と比べて、お母さんにこんなことも言った。
「ねえ、どうしてうちの車は小さいの?どうして僕はお兄ちゃんの服なの?」
お母さんは、なんて答えたのか覚えてないけど、子供にこんなこと聞かれて悲しかっただろう。
ほどほどでいいんだって今の僕は思える。僕は、お金よりもずっと大事なものをいっぱいもらっていたのだから。
ユキの笑顔の向こうの涙・・・は僕の想像を遥かに超えた涙だった。
ユキの抱えてる荷物はあまりにも重かった。
僕は、半分それを持ってあげたい、と心から思う。
僕になにができるのだろう。
僕は、ただそばにいることしかできない。
僕は、昨日より今日のほうがユキが好き。
それが、全てだ。
翌日、下駄箱で会ったユキはいつもの笑顔でこう言う。
「勝負パンツちゃんと履いてきたよ。真っ赤だよ〜!」
無邪気な明るさは僕を心配させないようにというユキの気遣いだろう。
「嘘だ〜!絶対にピンクだね。」
その日は、いろんな気持ちがぐちゃぐちゃで授業なんて全然聞いてなかった。
ユキは、毎日どんな気持ちで玄関のドアを開けるのだろう。
ユキは、毎晩どんな気持ちで眠るのだろう。
ユキの見る夢に、色は付いているのだろうか。
「あら〜いらっしゃい。ユキちゃん。ハルが彼女連れてくるなんて初めてよ!どうぞどうぞ。」
ご機嫌な僕のお母さんに、ユキも嬉しそうだ。
「お邪魔します。ハル君にはいつもお世話になってて・・・あの、これからもよろしくお願いします。」
「そんなのいいのよ〜、こちらこそよろしくね。ハルにはもったいないくらいかわいいわね。どうかハルを捨てないでやってね。」
玄関先でのこんな会話の最中も僕のドキドキが止まらない。
「はいはい、じゃあ、部屋いこっか。おかん、ジュース買ってきたから持ってくんなよ!」
階段を駆け上がって最終チェック!
Hな本は押入れに隠したし、Hなものは、もうない。
OK!
「ユキ、入って!イカ臭いけど。」
冗談言いながらも、僕の心臓は破裂寸前。
「きれいだね、ここがハルの部屋か〜。」
部屋をウロウロしてるユキを、後ろから抱きしめたくなる。
我慢我慢・・・静まれ・・・。
「この写真ちょうだい。かっこいい〜〜!!」
ユキは部屋に貼ってあったサッカーしてる中学の頃の僕の写真を指差す。
「いいよ、別に。そんなんで良かったら・・」
もう、僕面白い事も何も言えない。
僕は、ユキに幸せをあげたい。
僕との時間がユキにとって幸せであるように、僕はユキのヒーローでなくちゃいけない。
でも、今日の僕は頭がパンクしそう・・。
「ハルの部屋っていいね。オシャレだね。このソファ座っていい?」
こういう時、女の子の方が一枚上手だって思う。
緊張なんてしてないんじゃないか、と思うほどリラックスしているように見える。
「ああ、ど、どうぞ。座ってくり・・」
「おははは、ハルおっかしい〜!座ってクリって何よ。またH系?」
そう大笑いしてるユキの胸元に目が行く。
静まれ僕!!!!!!
「ねえ、ハル。ハルは私のどこが好き?」
こんな状況でも落ち着いた表情のユキに、感心する。
「・・・言っちゃっていいの?多分言い出したら明日までかかるよ。全部って言っちゃうとすぐなんだけど。まず、ユキの笑顔、甘えたな声、えくぼ、サラサラな髪、まっすぐな背筋、あと・・・」
胸って言いかけて、僕は口ごもった。
「今、胸って思った?」
ズバリ・・・さすが僕の彼女だ。ユキには負ける。
「胸はまだわかんね〜。あと、おっちょこちょいなところ。ちょっとHなとこも好き。僕を包み込んでくれるような優しさ。手も好き。メールの下手なとこも、絵のうまいとこも、、、」
「あ〜わかったわかった。ほんとに明日までかかりそうだね!ありがと、ハル。相当なマニアだね。」
改めて聞かれると、ユキの好きな所が山ほどあることに気付く。
「ハルの好きなとこ聞きたい?まず〜、今、私の下着の色を想像してるとこ!」
「してね〜よ。ばか!!!」
ってユキの頭をグリグリする。
潤んだ瞳で僕を見つめるユキ。
「好きだよ、ハルが全部・・・」
ユキの言葉が終わる前に、僕はユキの唇にキスしてた。
チュって軽くキスして、
「僕も好きだよ、ユキの全部・・」
今度はユキが僕の唇をふさいだ。
窓の外はもう薄暗くなっていた。
電気をつけていないこの部屋。
どくんどくんどくん・・・
ユキの鼓動と僕の鼓動が重なる。
ソファの上で、ぎゅっとユキの体を抱きしめた。
体が熱くなる。
僕らは、大人のキスをした。
ユキの舌がこんなにも柔らかくて気持ちいいなんて・・・
目をつぶって、何度もキスをした。
「あ・・」
とユキの吐息が漏れる。
僕は、ユキの胸に手を置いた。
ユキは、恥ずかしそうな顔をした。
制服の上から胸を触った。
もう自分が抑えられない。
僕は、この一瞬一瞬を一生忘れないだろう。
僕とユキの長い歴史の大切な1ページになることだろう。
その時、ユキの携帯のバイブの音が響き渡った。
一瞬僕らはドキっとして離れた。
「あ、ごめんユキ。もう遅くなるから帰らないとな。」
僕は高鳴るドキドキと、自分の興奮を必死で抑えた。
「あ、うん。ごめんね・・」
ユキは乱れた制服を直しながら立ち上がる。
乱れた髪を直してる。
その姿に、また僕は興奮し、押し倒したい衝動に駆られた。
ハル!
大事にゆっくりいこう。
ユキを不安にさせないように、ゆっくりゆっくり愛を育んでいくんだ。
「ごめんな、ユキ。」
もう一度、長いキスをして家を出た。
いつもより、口数が少ない僕らは、まっすぐユキの家に向かった。
自転車に乗ると、冷たい風が火照った僕を冷やした。