第三話:役者が揃い始める舞台袖
ほんの少し、ほんの少しばかし話に展開が。
まぁホントに瑣末な差ですが。
だんだんとメイン、サブ共にキャラクター達が出揃いつつあります。
彼らの実態は、追々書くつもりです。
それでは、暇つぶしにどうぞ。
あいつは言ったんだ。妹には、すげぇ“チカラ”があるって。
そんなことは俺だって気づいていた。
ただ、なんとなく気づかないフリをしていただけ。
彼女が笑っていられるなら、俺はそれだけで心満たされた。
それだけで。
よかったのに。
時々忘れそうになるけれど、どうしてこんな事になっちまったんだか。
◇◇◇
「早乙女は外部生だったんか」
「ああ、ここの大学に進みてぇと思ってな」
それを聞いて雪桜は、人が大勢いる食堂だということも忘れ、思わず「え!」と驚きの声をあげていた。
それもそのはずで、雪桜達が通うここ保津坂学園は、小、中、高、大とエスカレーター式の私立学園であり、その知名度は非常に高くそれに比例して偏差値も高い。特に高等部からの入学や編入だと、ちょっとやそっとじゃ入れない程難易度が上がるのである。その為か、高等部からの外部生は非常に少ない。
雪桜は初等部の頃からこの学園の生徒であるため、あまり気にした事はなかったのだが、以前たまたまこの高等部の入学試験及び編入試験を見たことがあった。雪桜は地獄を見た。
そして彼、今回高等部に上がり同じクラスになった早乙女涼は、なんと外部生な上にここの超難関だと言われる大学を希望しているという。
まさに勇者。
「お前なら例えライフが0になったとしてもゾンビとなって黄泉の国から蘇ってこれるだろうさグッドラック」
「何故大学進学の話がその飛躍した返答に繋がるのか皆目見当もつかねぇが、それは息継ぎなしで吐かなければならない台詞なのか」
コトン、と涼は手に持っていた紙コップを机に置いた。
コーヒーはブラックしか飲まないという。そんなとこまで男前か。イケメンなど滅びるがよい。
「俺の勝手な主観では、ブラックを飲める男ってのはハードボイルドなんだ」
「コーヒーひとつでそんな殺伐とした人生送ってない」
「流石だな、早乙女。そこに食いつくか」
「いやいや、お前の意識の中までは食いつけねぇだろ」
「ところでハードボイルドって何」
「自信満々に使用してたよな、さっき」
涼は、再度コツン、と紙コップを机に打ち付けた。その表情は実に穏やかだった。
「知恵蔵2011の解説から丸々、そのまま引用して説明すんなら…」
「おお?」
一瞬、雪桜達のいる区画だけが、隔離されたかのように静かになった。
もちろん気のせいだけれど。
「『1920年代アメリカにおいて、自らも探偵業に従事した経験を持つダシル・ハメットが、雑誌「ブラック・マスク」を舞台に確立したジャンル。探偵サム・スペードの活躍する『マルタの鷹』(1930年)が、このジャンルの記念碑的長編。ハードボイルド探偵小説は以後、ハメットの、徹底して贅肉を削ぎ落とした、乾いた文体を継承しつつ、レイモンド・チャンドラーのフィリップ・マーロウ、ロス・マクドナルドのリュウ・アーチャー、ミッキー・スピレインのマイク・ハマーなど、数々のスペードの後継者を生んで行く。ハードボイルドのヒーローは、誰の助力も借りずに、己の名誉をかけた掟を守って、タフに生き延びていく。都市に棲息する独身者として、日常生活の細部には徹底してこだわる。現実主義者で皮肉屋でありながら、捜査対象にはしばしば感情的に巻き込まれる。時には犯罪捜査のみならず、判決を、処刑を下す役を買って出ることもある。ハードボイルドの物語構造は、騎士物語と同じく、探求と発見から成っている。アメリカ産ハードボイルド探偵小説は、50年代、日本に翻訳紹介された。80年代より、国産ミステリーに占める割合は確実に上昇していき、生島治郎、北方謙三、原燎、藤田宜永、大沢在昌、白川道、藤原伊織などの人気作家を擁して、確固たる位置を占めている。』…だそうだ。今でも検索すればこの程度なら出てくんぞ」
「9割9分9厘も頭に入んなかった」
「ほぼ全てだな」
まぁ、だいたいは『非情なこと。人情や感傷に動かされないで、さめていること。また、そのさま』といった内容として扱われることがほとんどなんだが。
そう言って涼は、自身の完全記憶能力を事も無げに披露した挙げ句、指先で弄んでいた紙コップを、背後も確認せずに突然後方に放り投げた。
キレイな放物線を描いたソレは、支柱にあたった後、恐ろしく正確にゴミ箱に吸収されていった。勇者ではなく超人だった。
もう何も言うまい。
「アレだな、“天は二物を与えず”ってのは当時の人間の現実逃避だったわけだ」
「俺はお前の内なる世界に付いていける自信がまったくない」
おかしいな。それ刃にも言われたことあるぞ。
◆
女心は、本当によく転がる。
いや、それは男性にしてもそうなのかもしれないけれど。
それにしたって、女のそれは時に、本当に予期せぬ方向へ変貌を遂げる。
ところでなんで人は失恋すると、こう、なんというか悟った気分になるのだろう。
と、どこかズレつつもそんな漠然とした途方もない事柄を、脳内に閃かせては消してを繰り返しながら、サボタージュ常習犯の九十九ヶ丘 威緒は自身の頭上を穏やかに流れる綿雲を眺めていた。
「知っとんか、威緒。そもそも“サボタージュ”言うんは労働者の争議行為の1つであって、労働者が団結して仕事の能率を落とし、使用者側に損害を与えて紛争の解決を迫ることを言うんやで」
「……何が言いたいのかな、王芽君」
「威緒が…………………………………………労働者(笑)」
「勤労感謝の日には寧ろ殺されて然るべき存在だよな」
「散々な言われようだ。そしてやっぱり俺に死んでほしいのか影長」
昼下がり、屋上。
影長、威緒、王芽の3人はいつもの如く屋上に来ていた。
どこかの不良校よろしくここは俺の縄張りだー、とか、そんな時代錯誤なことは起こらない。実に平和な空間だった。雨天時には、パラソルが開く。けどあんまり役には立たない。盛大に濡れるのである。
「てか、意外」
「はぁ」
「あぁ?」
上から威緒、王芽、影長。
それぞれ干渉しあうことなく好き勝手に昼休憩を満喫していたため、威緒の語りかけに2人はいいかげんに返答した。ように見えたが。
「…ずいぶんおざなりな返事だな、お2人さん。そんなにその漫画は面白いの」
「違うな、威緒。影長はなおざり返事やけど、俺はおざなり返事や」
「え」
「同じ意味じゃねぇの」
「まぁ厳密にはちゃうな。…ところでなんやねん、威緒。なんか言いかけてへんかった?」
「あ、ああ、それな…」
実は威緒が話しだす直前、この3人がいた校舎の1階の階段に足をかけた人物がいた。
そして、その足の持ち主は、勢い良く地を蹴った。
「“あいつ”がまさか、自分に好意を抱く相手と友好関係を築き続けてるってのが」
「……あ、不知火のことか」
「それってある意味残酷なことしとんよな」
「ん、まぁでも不知火だし」
「なんや嫉妬か威緒、お疲れさん」
「ありがとう」
「んーでもよ、どの道将来的にも生産性のないカップリングだしな。若気の至りってことでいんじゃね」
「ちょ、影長の口から“若気の至り”なんてレアな日本語が聞けるとは思わなかった。爆笑」
「俺も疲れてんだよ。最近の若者は実に無気力且つ躍動感溢れている。いいことだ」
「…どうしよう王芽。ついに影長が俺に攻撃すらしてこなくなった。しかもなんか長老モード」
「感涙ものやな」
「何故に」
「威緒のドM疑惑は確信に変わり、白日の下に晒される。これで思い残すことはねぇ。くたばれ威緒」
「俺が!?」
バタン。
「あー、いたいた。いたわ」
突如広い空間に響き渡った、どこか非凡で美しい“低音”。
1度耳にすれば忘れられないような気にさせる、それは人の声であった。
唐突な闖入者に、屋上にいた3人は思わず固まった。
威緒に至っては心なしか全身から不透明な汁が出ている。もちろん単なる冷汗である。
しかも、その人物というのが、先程まで話題に出ていた―――…
「こんなとこで油売ってる場合じゃねぇっスよ、百先輩」
その人物は、こちらに寄ってくる様子はなく開けた扉に凭れかかってこちらを気怠げに見つめていた。正確には、威緒を見ていた。
その白く麗しい顔には、青磁のような、どこか儚さを感じさせる輝きを放つ双眸が備わっていた。
吸い込まれそうだ。
と言ったのは、彼女だったか。彼女はこの瞳が一等好きだと、言っていた。
威緒はどこか他人事のように考えていた。
だから、次いで言われた言葉がすぐには理解できなかった。
「はーちゃんが教室で先輩のこと探してる」
はーちゃん。はーちゃん。縹。沖田 縹。
威緒の。
想い人。
そして、
そして、
「おらさっさと行け」
「…お前ら、確か同じ委員会やったな」
「……そうだった」
背中を押す影長に励まされ、威緒は立ち上がった。
呼びにきた件の人物の元へ。
威緒はどこか緊張しながら対峙した。何故同じクラスだが1つ年下に対して緊張しなければならないのか。
答えは簡単。至極単純。
相対した人物にどのように接すればいいのか、いまいち掴めないでいる。知り合ってけっこう経つのに、未だに距離感を正確に測れないでいた。
イレギュラーな奴だ。とてつもなく。
存在感も。影響力も。性格も。…“あれ”も。
目の前の相手が、ニシッ、と笑んだ。目線は、然程変わらない。
正直、威緒は不覚にも「あ、可愛い」と思った。不可抗力だ、と心中の縹に言い訳をする。
威緒の気持ちなど、縹は預かり知らないことなんだけれど。
「待ちくたびれちゃって、まぁ」
スイ、と相手が視線を逸らした。
威緒は何故か、その自然な行動に目が吸い寄せられた。
「帰っちゃうかもしんねぇよ? あいつ、優しそうに見えて腹黒いから」
走れば?
威緒はもちろん走り出した。後ろから微かに笑い声が聞こえた気がした。
夜。
不知火 夜。
威緒達のクラスメイトで、
縹の、想い人。
◆
「新歓なんて滅びろ」
「入ってくるなり物騒だな。愉快愉快」
「一瞬目眩がしました」
生徒会室は、必ずと言っていい程全員集合という状態に至らない。
特に、今年度の新生徒会は。
「協調性皆無」
「貴方がそれを言いますか」
「そもそも君(会長)自体、根無し草なところがあるからな」
今現在この室内にいるのは、先程入室して来た柚哉を含め3名である。
口調でお分かりかと思うが、敬語口調なのは副会長の歩、もう1人は会計の橘である。
たいがい、この2人はいつもいるのだが、その出席目的(?)は意味合いがまったくと言っていい程異なる。言わずもがな、歩は真面目に仕事をしにきている。
対して、橘は。
「何それ」
「蜜柑」
「てゆうか来客用です。ソレ」
柚哉が室内に入るなり橘の右手にあるものを見て固まった。
蜜柑。そう、確かに彼の右手にあるものは蜜柑であった。だがしかし。
「あれ。蜜柑って浮遊するもんだったかな」
「寝言は寝て言って下さい、会長」
「こうするとより蜜柑は甘酸っぱさを際立たせることが可能なんだよ、柚哉」
「人類には早過ぎる味開発発想」
「馥郁たる柑橘系の香りに加え、宇宙にいる気分を味わえる」
「一石二鳥だね」
「仕事しないならどうぞお引き取り下さい。お2人とも」
「歩もカリカリしないでよ」
「握り潰しますよ」
「「どこを」」
なんとなく蜜柑ではないと察知した2人。
まぁ、だいたいいつもの風景である。
橘の珍行動は昔からであったため、今更腰を抜かすことは…………………時折ある。
それはさておき。
「何かいい案、ありましたか」
新歓。新入生歓迎会である。保津坂学園では、来月5月中旬に予定されている。
「うぅん…それなんだよね」
「俺達の時は、確か校内全域を使用した宝探しだったな」
「過程はしんどかったですが、景品が豪華でしたからね。好評でした」
「ああ、一番豪華なので確かオーストラリア1週間だったね」
「ホワイトタイガーは美しかった」
「当たったのはキミか」
「相変わらず存在自体がちゃっかり者ですよね。憎たらしいです」
新歓で何を催すのかは、明確な通例はない。毎年2,3年生にアンケートをとる方法をとっているのだが、今回はなかなか生徒会役員達の心を射止める案が出てきていない様であった。
それ以前に今年度の生徒会役員がクセの強い連中の集まりであることがそもそもの原因だというのも、あるにはある。
単に、普通じゃつまらん、というだけの話である。
要は、駄々をこねている。
「私は無難な方が賢明だと思うんですけれど」
副会長である歩以外は、であった。
結局、最終的に歩が総指揮をとるはめに陥るのである。こうなると、生徒会唯一の常識人という立ち位置には些か同情を憶えざるを得ない。南無三。
「やっぱ、ざっくりあっさりねっちょりぱっくりした方がいい」
「抽象的の範疇にすらカテゴライズできません」
「なんかソレだと、すんごく後味悪いのが出来上がりそうだよね」
「罰ゲームにシュールストレミング入りスライム失敗作風呂に1時間浸かってもらう、なんてどうだろうか」
「嘸、凄惨な現場になるだろうね」
「その前にそのゲーム内容の全貌を明かしてみて下さい。捻り潰しますので」
これでは二進も三進もいかない。ので。
「全員集合です」
歩は言うが早いか、早速携帯で他の役員達をメールで呼びかけた。これで何人来るやら。
「桐生君は確実に来てくれそうだよね」
「信じるに値するのは、もはや彼だけですね。性格に多少の難はありますが」
「桐生君はまだ可愛らしい方じゃないかな…どうだろ」
「俺、彼だけはなんか苦手だ」
「はっ、いい気味です」
「やだ我らが副会長殿が鼻で笑った。幸先不安、一寸先は闇」
「あら、ほとんど全員から返信がきました」
「珍しいね」
「ちょっと待ってて下さい。読み上げます」
To:胤屋 円子
Sb:Re:全員集合してください
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今、百合ちゃんといるよ(≧∇≦)b
でもね、なんか百合ちゃん変なこと
言ってんのー。面白そうだからちょ
っと相手して行きます( ´∀`)v
適当になんか進めてて下さいェ…
あ! 会長! 安心してください!
円子の貴方への愛は一生不滅です!
バルスも効きません。無効です。
To:桐生 音猫
Sb:了解しました。
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今現在、向かっているところです。
送れて申し訳ありません。
To:小美羽 百合也
Sb:Re:全員集合してください
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行きたいのは山々なんだけどね、歩。
俺を待っている人がいるんだ。これは
もう放ってはおけないよな。
まさに運命。今決めた。
そうこう言っているうちに行ってしま
う。そうゆう訳だから、大変心痛むけ
れど、俺は行くよ。あでぃおす。
ばいばいきん!
To:宇鬼枝 汀
Sb:Re:全員集合してください
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(このメールには本文はありません)
「イマイチ人物像掴みにくい且つ個性的なメールだな、相変わらず」
「胤屋は一体何を目指しているのか俺には分からないよ」
「一番腹立たしいのはダントツで小美羽ですね。死ねばいいのに」
「宇鬼枝君は………………なんかもういいや」
「結局、マトモなのは桐生君だけだったね」
「この分だと円子も来てくれるかもしれませんね」
その場にいた全員が、思わず溜息を吐いた。
本当に、先が思いやられる。
柚哉は窓からこっそりと、やや陽の傾き始めた空を見上げた。
とりあえず、
「俺は職員室に資料をもらってくるよ」
「逃走厳禁です」
不安に胸膨らませました。実に心躍らない。
現実逃避は得意な会長。どうよ。