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第二話:もしかしなくても何かの前触れ

勢いがあるうちに…

さっそく2話目だ! と思ったら内容はたいして進んじゃいないってゆうね。

しかもまだメインが出逢ってすらいねぇ。


そんな亀の歩みより遅い本作品ですが、少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。

 クシャミ2回連続ってのは、悪い噂をたてられているんだってね。


 じゃあ、3回連続というのはなんなのだろう。



「知るか」



 例えくだらないことだとしても、考えることを放棄してはいけないよ、兄弟。

 特に我々のような曖昧な存在は、ね。





◇◇◇





 雪桜はどちらかと言えば気が長く淡白な方である。

 しかし、それは時と場合によりけりであり、ケースバイケースであった。

 ある時は、友人と待ち合わせしていたにも拘らず、軽く1時間以上も雨の中待たされた。

 しかし雪桜はその友人に憤りを覚えることをしなかった。

 後にその友人から「わり、忘れてた」と暴露された際には、もちろん説教という名の報復を無言実行に移した。

 その辺くらいから雪桜には“幽鬼王”という、知る人ぞ知る実に謎で不本意な通り名がついてしまった。

 どうやら相当恐ろしかったようなのである。失礼な。

 因に、当時8才の小学2年生であった。末恐ろしいこと甚だしい。

 後に「堂本雪桜の逆鱗に触れるべからず」という暗黙の了解ができた原因を作ったある時は、給食中に牛乳を飲んでいるクラスメイトにちょっかいをかけて笑わせてやろうという、どの学年の子供もだいたい共通して行う悪戯に対して、雪桜も例外なくその標的になったのだが、普段から比較的温厚な性質(タチ)であるために怒るかもしれないが多少のことなら許してくれるだろうというクラスメイト達の根拠のない思惑により、悪戯っ子達はいつもより過激な悪戯をしかけてしまったのである。


 そう、しかけて“しまった”のである。


 雪桜の牛乳の中にだけ、えげつない程の量の七味唐辛子と山葵を投下したのである。

 ここでも言うが、末恐ろしいガキ共である。そんなもん態々自宅から持って来たんかい、と小1時間程詰問したいところである。

 もちろん雪桜はやんわりと失礼のないように拒絶し抵抗したのだが、如何せん多勢に無勢であった。

 仕方なく、馳走になった。

 直後、暗転。

 雪桜からしてみればそれは、ほんの一瞬の間のことのように感じていた。脳天を貫通したかのような錯覚を覚える程の強烈な辛さ…というか痛い熱さに、「あ、意識飛んだ」と確かに自身の脳内で呟いたのである。

 妙に冷静であった。

 …が、実際は昼休憩のほとんどを意識のない状態で過ごしたらしく、雪桜が意識を浮上させた頃には信じ難い現実が眼前に広がっていた。

 教室内が阿鼻叫喚の地獄絵図と化していたのだ。しかもその中心にはボンヤリと佇む己がいた。

 窓ガラスは砕けちり、給食は辺りに盛大に散乱しており、机もひとつとして以前の場所にはなく、中にはひどいもので真ん中がU字型に歪曲しているモノもある程だった。

 相当な騒ぎになっていたらしく、教室の外には大勢の人集りが形成されていた。

 しかし、そんな混乱の渦中にあって一等不思議なことがあった。

 クラスメイト達である。彼らは確かに全員教室の隅っこに固まり縮こまって震えていたのだが、その中の誰1人として怪我を負っている者がいなかったのだ。

 そのクラスメイト達に対し、穏やかな視線を投げて寄越し、雪桜は口を開いた。


「お腹空いたな」と。


 直ぐさまクラスメイト達による献身的な給仕が行われたことは想像に難くない。

 雪桜自身にはこの時、実際には何があったのか詳細には語られていない。

 つまり、彼、雪桜という少年は単に穏やかで優しいだけの人間だ、と認識して友人のよしみというだけで過度にからかったり、いじったりしてはいけない人物なのである。

 未だにブラックボックスだらけの彼の人格の全容は、小学生の頃だけで既に畏怖の対象として、教師も含め敬遠されるまでになってしまったのである。

 生まれつきである、何を考えているのか判断できない虚ろな切れ長の鋭い瞳も、彼の危うい存在感に良くも悪くも拍車をかけてしまっていた。

 だがまぁ、それについて本人が心に深い傷を負っているのかと思えば、答えは否と言える。


 雪桜は、多くの友人を必要としない。

 一握りの気の置けない友人や大切な家族がいてくれるだけで満足していたのだ。

 中等部に上がってからは、皆少しは大人に近づいたためか、雪桜を面白半分にからかってくる者はいなくなっていた。

 その頃には、男子にも女子にもある程度の距離感で接することが多くなっていた。

 雪桜は基本、「去る者追わず、来るもの拒まず」の精神である。その為、雪桜自身は気づいていなかったのだが、実は成長期に突入した頃から妙に女子生徒から話しかけられることが多くなっていたのであった。焔などは何故か終始不機嫌そうだったので、雪桜は寧ろそちらの方が気掛かりだったのであるが。

 羨ましいことこの上ないが、本人は自覚している様子が皆無なので、同じ年頃の少年達はそのへんについては雪桜を詰ってもバチはあたらないと思われる。


 そんなニブチン雪桜にも、気になる女の子くらいは、どうやらいるようなのだが。


 まぁ、その話は追々。

 ……で、非常に関係ない事柄も含め紆余曲折を経たが、とどのつまり何が言いたいのかというと。


 雪桜は、どちらかと言えば、気が長く淡白な方である。

 現時刻、10時半オーヴァー。もう11時に手が届こうかとゆう頃。

 始業式兼入学式の入学式を終え始業式が開始してから、1時間以上が経過しようとしていた。

 長い。これは長過ぎる。

 右隣に座っている大柄な男子生徒などは、入学式こそ起きていたようだが始業式が始まるや否や、すぐに船を漕ぎ始め、今では小さな寝息が聞こえてくるまでになっていた。

 てゆうか、イケメンは鼾すらかかない上に座ったままの寝姿までカッコイイのか。

 先程こーっそり覗き見してみれば相当なイケメン君だった爆発しろ。周囲の女子が騒がしい。

 と、そんなどうでもいいことに脳内を埋め尽くしつつ、暇で暇で今にも死にそうな身体(いれもの)から魂が脱走を謀ろうとするのを適度に阻止していた。

 と、パラパラパラと生気をまったく感じ取れない拍手がそこかしこから聞こえたので顔を上げてみると、今にも化石と化しそうなおじいちゃん校長が覚束ない足元を全校生徒及び教師に披露しながら壇上から去って行くところであった。どうでもいいけど初っ端から気合いのいれ過ぎで入れ歯を飛ばすのはどうかと思う。

 被害に遭った最前列の生徒などは「くたばれジジィ!」と愛のこもった野次を送っていた。


 そんなこんなで、どうやら長い長い長い式もようやっと最終段階に差し掛かったようであった。

 めでたしめでたし。


「何1人で納得してんだよ、雪桜」

「そんな生温い冷めたうどんのような視線で見つめないでくれるかな」

「何言ってんだ。春の陽射しのように柔らかでありながら、慈母のような慈愛に満ちた眼差しだろうが。というかなんだその例え」

「疲れる。この子疲れる」

「私が思うに、お2人ともどっこいどっこいです」


 声をかけてきたのは、雪桜の左隣に着席していた校門前で未知との遭遇よろしく出逢って成り行きで一緒に登校してきた双子の美人姉妹である。

 雪桜の隣は姉のパッツン眼力少女である露で、その向こう隣に妹の前髪少女、(きり)がチョコンと可愛らしく座っていた。

 露は男らしく座りながら(と言っても断じてがに股ではない)、雪桜にやる気のない視線を向けてきて文句を言ってきた。


「なんだよお前…普通俺達のような美少女がこーんな隣に座ったら、たいていの野郎は鼻の下伸ばしてあわよくば触れないか虎視眈々と狙い定め、舐め回すようにジロジロ不躾に気味悪ぃ眼で眺めてきやがんのに。実につまんねぇな、雪桜」

「それは自慢しているのか、自身の境遇を悲観しているのか、男を非難したいのか、俺の反応に不満があるのか、一体どれに論点の主軸を置いて攻めているのか理解しかねるんだけど」

「面白く生きろ、少年。人生エンジョイしようぜ」

「大きなお世話だ。後おまえのツインテールの毛先があたってチクチクすんだけど」

「なんだ嬉しいのか雪桜。やはり所詮貴様も男だな」

「はっ倒していいかコイツ」

「いいけど、そろそろ式が終わるよ2人とも」


 いいのか。

 妹の霧のどうでもよさそうな発言に軽いショックを受けつつ、何故か嬉しそうに雪桜の左腕をポスポス殴ってくる露の奇行をアイアン・クロウで阻止しながら、雪桜は再度壇上を見上げた。

 どうやら各クラスの担任を紹介しているところであるようだ。

「痛い痛いこれも愛か」という意味不明な呟きを漏らしながら悶えている露は放置しつつ、雪桜は遠く離れた座席に座っている焔を見つけた。

 焔とはクラスが離れてしまった。

 艶やかな黒髪が、体育館の開け放っている窓から吹く桜の花弁の混じった柔らかな春風に煽られ、淡い光沢を放ちながら優しく揺らめいている。

 しばし、その幻想的な様に見蕩れた。

 そういえば、今朝の焔からは微かにシトラスの香りが漂っていたように思う。

 雪桜は香水を嗜まないが、香りなら柑橘系が一番落ち着いた。

 あの香りを今なお辺りにまき散らしてんのかなーとぼんやり考えていると。


 ふ、と視線を感じた。


 雪桜は直感で感じ取った。

 ああ、この視線には覚えがある。



◇◆



 それは頼りなげな、幼く懐かしい記憶。


 ひどく不確かで、曖昧で、不明確で、淡い。


 さながら白昼夢のように、ぼんやりとしていた。


 瑞々しい林檎の香りを放つ黄金色のその人は、あの日、俺の目の前に佇んでいた。


「もう1度だけ、チャンスをやろう」


 消えてしまいそうな意識の中、子守唄のようだ、と感じたのを今でも鮮明に憶えている。



◇◆



「…い、――おい、………おい…き…ゆき…、…!」


 遠くから少女の声が聞こえる。しかも呼ばれている気がする。

 とても聴き心地のいい声だ、と思った。

 もう少し、このまま聴いていたい―――…


「起きやがれ」


 突如聞こえた、何やらドスの利いた低い声。

 直後、

 ガスッ!!!


「おっと」

「やっとお目覚めか、この野郎」


 どうやらいつの間にか眠っていたようである。といっても、ほんの数分であるが。

 しかも隣人の肩を無断で借りていたようだった。

 何やら殴られたらしく、煙が立ち上るタンコブのできた寝起きのせいで働かない頭を、強めに瞬きすることによって覚醒の手助けをする。ついでに眼も擦る。

 と、その手首を掴んだ手があった。大きな手である。


「擦んな、眼ぇ傷つくぞ。ガキかてめぇ」

「お母さんですか」

「ケツ引っ叩くぞ」


 それは勘弁。

 そう呟き、雪桜はその手の持ち主の顔を見た。

 見覚えがあった。確かにあった。


「眠りの森の美男だ」

「は?」


 そう言って幾分間抜けな表情を浮かべたのは、雪桜の右隣に座っていた男子生徒であった。

 彼は何やら珍獣でも見つけたような視線を向けてきている。

 どうゆうことなの。


「や、さっき式の最中に寝てただろ」

「ああ、まぁ確かに…」


 何故か急に脱力してしまった目の前の眠りのイケメン君。

 これから同じクラスなのだから、名前を聞いておこうと思い雪桜は改めて向き合った。


「あーなんだか今更だけど俺…」

「堂本雪桜、だろ。さっきからお前の後ろにいる双子がしつこくお前のこと呼んでたからな」


 言われて、雪桜は背後を振り返ってみた。

 いた。2人とも。

 しかし何故露の方は泣きそうな顔でこちらを見つめているのか。謎。解けなさそうな謎。

 周囲の生徒達は、そんな露達を見て頬を染めているし。しかも野郎に至ってはなんでか俺を睨んでくるし。なんなわけ。

 振り向いてからこの間、0.5秒。


「なんなん、新手のイジメか」

「雪桜、魘されてたぞ」

「え?」


 唐突に声をかけてきた露。見れば、拗ねたようにその小さな唇を尖らせ、雪桜を睨んできた。

 そんな顔も可愛い。等とほざいている場合じゃなかった。


「魘されてたぁ? 俺が?」


 雪桜が鸚鵡返しに言うと、こくん、と露と霧は小さく頷いてみせた。


「何か怖い夢でも見てるんじゃねぇかって、こいつらずーっとお前のこと必死で起こそうとしてたぜ。そのくせテメェは俺の肩を占領したまま微動だにしねぇし」


 そう言って、イケメン君は徐に立ち上がった。「行かねぇと閉め出されるぜ」と言うので周りを見てみれば、なるほど、徐々に生徒達は教室に向かっているようである。

 雪桜は「どっこいせ」と言いながら立ち上がった。その際に霧に「幾つなんですか」と言われた。ほっといてプリーズ。

 そこで、雪桜は相手の名前を聞き忘れていたことに気づいた。

 忘れられていたのかと思いきや、雪桜達の準備が終わるまで待っていてくれたその男子生徒は、こちらに振り向き様、ほんの少し笑みを浮かべながら名乗ってくれた。


「俺は早乙女(さおとめ)(りょう)だ。よろしく堂本」


 雪桜は挨拶しながら、「背ぇ高いなー」なんて考えていた。





 目の前のベンチの上で眠っていた黒猫が目を覚ました。

 しばらく琥珀の瞳を臨むことができた。

 丸めていた身体をぐいーん、と伸ばしている様は、ともすれば人間がしたら滑稽に見えなくもないのに、彼らがするとどこか優雅で絵になった。

 思わず彼は、「ははは」と小さく声に出して笑っていた。その際に驚いてしまったのか、将又自分の近くに人間がいたのが気に食わなかったのか、彼の黒猫はさっさと立ち去ってしまった。

 その後ろ姿は、さながら気位の高いお嬢様のようであった。

 もしかしたらキミは女の子だったのかな、そんなことを呟いた。

 その時ふと風が吹き、彼の柔らかな前髪を微かに揺らした。


「そういえば、今年の春一番はいつ吹いたんだろう」


 ポツリと呟く声に返ってくる声はない。当たり前だ、今ここには彼しかいなかった。

 と、思っていたのだが。


「一昨日ですよ、先輩」

「おや、桐生君」


 独り言のつもりで呟いたのが、まさか返事が返ってくるとは思っていなかったはずであるのに、彼には驚いた様子はないようである。

 座り込んでいたのを、「えんやこらっしょ」という微妙に歯切れの悪い変な掛声とともに立ち上がり、話しかけてきた少年に向き合った。その顔には相変わらず小さな笑みが浮かんでいる。


「まったく先輩は…挨拶はちゃんとしてくれたからいいものの、終わったら颯爽と消えるって…アンタそれでも会長ですか」

「いつ如何なる時も、自分のペースを崩すのはよくない、よくないよ桐生君」

「紛う事なき屁理屈ですよね」


 どうやら桐生君、と呼ばれた少年に相対しているのはこの学園の生徒会長のようだ。

 陽だまりのような暖かな印象を否応なく与えてくる人である。

 そんな生徒会長ののんびりとした優しい雰囲気に、ふらふらと人は寄ってくるのかもしれないな、と桐生(きりゅう)音猫(ねねこ)は考えていた。少なくとも、自分はそうだった。

 と、唐突に会長が「あはは」と笑った。なんだ、ついにとち狂ったか。


「さっきまでここにいた黒猫が化けて出てきた、て風にもとれるよね」

「…はい?」


 普段からこの先輩の脈絡のない話には慣れているつもりだが、それでもいつでも身構えているわけでもないので、この時のように突如話題を転換されてしまうと一瞬付いていけなくなるのは致し方ないことだろう。


「さっき、黒猫とすれ違わなかった?」

「……ああ、そういえば」


 音猫はここに到着する直前に、黒猫とすれ違ったことを思い出した。

 もしかして。


「…この俺がその黒猫の化身だとでも?」

「バトンタッチ。ね、ロマンチックじゃない?」


 会長は相変わらず頭にラフレシア級の花が咲いているようである。…ラフレシアが花の中でどれだけの影響力があるのかは定かではないが。

 それに、音猫は花が嫌いだった。


「…とりあえず先輩、早急に生徒会室に戻って下さいよ」

「うん? まだ他にしなきゃいけないことあったっけ」

「………」

「冗談だよ、そんな化け猫みたいな形相で睨まないでってば」

「まだ引き摺ってんですか、そのネタ」


 不意に会長が空を見上げた。それに倣い、音猫も空を仰ぐ。

 いい天気だ。本当に。

 ……でも何故だろうか、嵐の前の静けさとでもいうのだろうか。僅かに胸騒ぎがする。


「恋の馬鹿騒ぎ、だね」


 一瞬、誰がその言葉を発したのか、音猫はわからなかった。

 空を仰いでいた首を、ゆっくり下ろした。ひた、と目の前の会長に視線をロックオンする。

 会長は、なんというか、やっぱり微笑んでいた。


「…なんです? 恋? 馬鹿騒ぎ?」

「なんとなく」


 いや意味わからんちん。

 まともに取り合わない方が、賢明なんだろうけれど。

 音猫にしては珍しく、会長の戯言にノってみることにした。


「馬鹿どもが、騒ぐんですかねー…」

「桐生君も混ざってみてはいかが?」

「俺は遠慮します」


 そろそろ本当に戻らないと、大嶋副会長に怒られてしまう。

 そうなるとしばらくは同じ生徒会室にいるのが苦痛に感じる程、居心地が悪くなってしまう。それは困る。断じて阻止せねばなるまい。

 音猫は、会長に再度催促するために口を開こうとした。んだが。


 バシャァアアアアアアアア……!!!!!


「……」

「……あれ」


 おかしいな、今日は快晴なのに。

 そう会長がぼんやり呟くと同時に、今度はプラスチック製の特大バケツが空から降ってきた。

 ゴインッ! という音とともに、会長のずぶ濡れの頭にヒットした。地味に痛そうだ。

 現に、会長は頭を押さえて蹲っている。かわいそうに(笑)


「会長ー! そんなとこで音猫ちゃん口説いてないで早く帰ってきなよぉ〜!」


 頭上から聞こえてきたアニメ声に、会長に向けていた憐憫の眼差しを引っ込め元の表情に切り替えつつ、再度見上げた。空ではなく、校舎を。


「態々水汲んできたんですか、胤屋さん」

「会長のためなら、胤屋(つぐや)円子(まるこ)、弛まぬ努力を重ねる所存だよぉ」

「……方向性が著しく間違っている気がしてならないぃ…」

「あ、会長大丈夫ですか」

「心配しているようにみせかけて手すら差し伸べない君は、やはりいい性格してると思うよ」

「さっさと行きますよ」

「扱い雑っぽくない? あれ?」


 ぶちぶち文句を言いつつ、生徒会長、岡沢柚哉は後輩と歩き出した。


 ニャア…


 猫の鳴き声が、聞こえた。

 前を歩く音猫には聞こえなかったのか、気づく素振りすら見せずさっさと行ってしまった。

 柚哉は立ち止まり、自分の足元の茂みに目をやった。

 そこには、先程姿を消したと思っていた黒猫がいた。じっとこちらを見上げている。

 その無垢な瞳には、一体どのような想いが込められているんだろう、と柚哉は考える。


「キミも見物に来たのかな」


 猫が答えてくれるとは思っていない。

 しかし、柚哉は無意識に黒猫に尋ねていた。今はまだ、自分と“彼ら”にしか見えていない【未来(さき)】のことについての期待と不安を胸に秘めながら。


 それでも、柚哉は笑う。


「さすがの“彼ら”も、キミのような美しいお嬢さんからは見物料はとらないだろうね」


 そう言って柚哉は黒猫の小さな頭を、優しく撫でた。


 黒猫は、

 ミィ、と嬉しそうに鳴いた。

さて、次はどうしようかな。

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