悲しき青
村は、やけに静かだった。
犠牲を生む、捧げる。何をやっても変わらない村に…村のはずれに、変わった客が来た。
「雨が降りそうですね」
笑いながら私が言うと、困った様な表情で向こうも笑う。
ー傘、持ってきてないんです。
鉛色の空を見上げて、どこか嬉しそうに。ふっきれた様に。
ーたまには、濡れて帰るのも良いかもしれませんね。特に、こんな日は。
「「変わり者ですね、あなたは」」
お互い、そう言った。
私は少し目を見張る。
「何故?」
そう問うと、向こうは淡い微笑を浮かべて、『墓』の前で手を合わせる。
その後、思い出したように白い花を添えた。
ー普通は、怒ります。
何もかも見透かしたように、そう呟いた。
「あなたも、『同胞』なのですか…?」
ー降ってきましたね。
その問いには答えず、変わり者の客は空を見上げる。
ー泣いて、いるのでしょうか。そうだと良いですね。
変わった客は立ち上がり、墓をもう一度見た。
「わざわざ、その為に来てくれたのか。やはり、変わり者ですね」
私は苦笑しつつも、墓に向き直る。
白い花が、風に吹かれて小さく震えた。
「桃太郎、どうしたんです?」
「いえ、少し嘆いていた…というところでしょうか。理不尽ですね、この世は」
分からないという顔で自分を見つめる少女に、そっと笑いかけた。
「私はこれから、斬らねばならない。心優しき、若者を。あんな腐った村人…もとい、この江戸の為に」
「雨が、降りそうですね」
少女、足利満はそう言った。
「えぇ、降りそうですね。嘆いているのか、それとも悲しんでいるのやら」
二人で、鉛色の空を見上げる。
その色は、今まで見たこともない程、重く。
今までに見たことない程、悲しい空だった。
「私も、行っていいですか?」
「…駄目だと、言いたいところですが…、途中まで、一緒に来て下さいませんか」
弱弱しく、すがる様に。
足利家を出る際、桃太郎は庭に咲いていた小さな白い花を手に持って。
悲しそうに歩き始めた。
その足取りは重く。
悲しいほど、重く…。ゆっくりと、踏みしめるように。堪えるように。
ーそして、村はずれにある一本の御神木の前に着いた。
「満さんは、そこに居てください」
静かにそう言うと、桃太郎はゆっくりとした足取りでそこへ進む。
御神木の前に立つ、やせ細った青年を斬る為に。
風が吹き、白い花が小さく震える。
涙の様な雨が、大地を濡らしてゆく。
やせ細った青年が、感謝と何かを述べた。
変わり者の客は、小さく頷く。
漆黒の一振りの刀を鞘から抜き、
たった、一振り。
苦しまないよう配慮されたその一振りは、心優しき紛いの『青鬼』を断つ。
赤い液体が飛び散り、乾いた音と共にやせ細った青年は倒れる。
誰もいない、誰一人として生存していない、寂しく悲しいその村を
潤す様に、雨が降り続く。それは追悼の雨であり、涙の様だった。
誰もいなくなったその村はずれで、
変わり者の、心優しい『紛い鬼』は涙を流した。
悲しそうに、苦しそうに…。許しを求める様に。
雨が止むまで、泣き続けていた。