神隠し
木枯らしが、何も無い村に容赦無く吹き付ける。
痩せた土地、干上がった川。
「本当に何も無いですね」
拍子抜けした様に桃太郎が言った。
「飢饉…は、どうなのでしょうか?これだけ酷ければ一揆だって起こると思いますよ?」
満は村人を探そうとしたが桃太郎がそれを制した。
「飢饉にはなっているでしょう。一揆が起こらないのは、彼等なりの打開策があるのでは?」
獲物を見付けたと言うように、桃太郎は辺りを見回す。
「調べてみたのですが、この村には変わった風習があるんです。…満さんは、キリスト教をご存知でしょうか?」
「それなら、確か禁教令が出されたはずですが…」
「はい。宗教というのは、中々面倒でしてね。純朴な村人は簡単に洗脳されがちなんです。話が逸れましたが、この村の風習というのは、『贄』を捧げるみたいなんですよ。しかも、生首」
落ち武者も真っ青ですねと困ったように笑う。
全くですと桃太郎も微笑んだ。
「戦国時代後半、この村に大飢饉が襲いましてね、飢えた彼等は『人を食べる』様になったんです。故に、此処は人喰い村と恐れられる様になったそうです。
いやぁ、全く笑えませんが、僕等は囲まれたようでして、どうしましょうか?」
桃太郎、万遍の笑み。
「どうしましょうかと言われても…困りますっ!」
すると、矢が飛んできて来た。桃太郎が、素早く刀を抜き弾く。
それが合図のように村人がぞろぞろと囲むように出てきた。
皆、手に農具を握りしめている。
猟犬のような目で村人はこちらを見る。次に咆哮に似た奇声を上げて襲い掛ってきた。
「満さん、ちょっと失礼しますよ」
ひょいっと満を抱くと、地を蹴る。飛び道具の様に村人の真上に行く。
「わわわっ!」
「流石に、あれを全部斬り殺すのは骨が折れそうだ。まぁ、一応どういうところか分かりましたし、今日はひきあげましょう」
呑気に笑いながら、木々を蹴り、村から離れていく。
「いやー、大変な目に合いましたよ」
足利家の居間で呑気にくつろぎながら、桃太郎は笑う。
泰光はやれやれと言った顔で報告した。
「お前の言う通りに調べたが、あの村では死亡者はいなかった。お前の言う風習がもし、本当ならば記されているはずだが?」
その報告を聞き、桃太郎はにたりと笑う。
「本来、『生贄』とは神に捧げる供物の代わり。命ある者を供物とは呼ばず、『贄』と呼ぶようになりました。命ある方が神様も聞き入れて下さるだろうという考えなんじゃないですか?
仮説ですが、もし『生贄』として選ばれた人物が、人柱の様な役割として村で重宝される。また、贄に捧げられても死んだことにはならない…。神隠しのように、神に捧げた。いや、彼等からしてみれば捧げられた。…だから、行方不明。死んではいない。もともと役人から見放された村だ、報告する必要もない」
桃太郎が不敵に微笑む。
その顔はどこか憂いを帯び、悲しそうに目を伏せている。
どこも考えることは同じかと諦めた様に呟くのを、満はただ黙って聞いていた。