恋し、かの地へ
「にしても、どうやって倒すんだよ」
靖正の問いに、椿は淡々と答える。
「その札を使ってあの鬼の一か所だけ防御を弱める。そこを集中攻撃だ」
「けど、札が当たれば瞬時に溶けてしまう。この様にね」
星巫女が巨神に札を放つ。札は巨神の腕に当たると、ジュッ…という音と共に跡形も無く消えた。
「そこが問題なんだ。あいつが弱らない限り札も効果が無くなる。だが弱らせるためには、この札しかない」
ふむ……と椿は札を広げて見つめた。
「何だ、そんなことか」「何だ、簡単じゃない」
咲夜と星巫女の声が重なり、お互い真似するなと視線で会話する。
「つまりは、相手が弱るまで待てばいい話だ。鬼は闇に住まう者。光には弱い」
「日の出を待つしかないわ。つまりは、二択よ」
「江戸で鬼退治を続けるか、それとも鬼ヶ島で戦乱に加わるかの、ね」
星巫女の言葉が木枯しとなって吹き抜ける。
「俺は江戸に残る。鬼ヶ島に行きたいが、腕一本じゃ戦力外だ。朱菊にも止められてるしな」
椿が困った様に笑う。
「俺も所詮は人間だし、鬼の諍い事に首突っ込めるほどの力は無い。だから俺も此処に残る。
戦力としては、後一人欲しい所だな」
腕を組みながら泰光が残った二人を見た。
咲夜はふぅ…と溜息を吐く。
「分かった。戦力として私が残ろう。行って来い、偽雅」
「誰が偽雅だ」
ド突きながらも雅は白鴉に飛び乗る。
「二人を頼んだぞ」
「お前に頼まれなくても、何とかして見せるさ」
少し苦笑して空へ舞い上がる。
そして光の矢となって直ぐに見えなくなった。
****
一方満達は鬼ヶ島の上空へ差しかかっていた。
「桃、もう鬼ヶ島に着いたのでしょうか?」
寒さに歯をカチカチと鳴らしながら満が言う。
直ぐ後ろでは太陽が今か今かと海面に顔を出そうとしてた。
『う~、寒いな。『姫巫女代理』ならとっくのとうに着いてるだろ。満、分かるか?血の匂いだ。
すでに始まってやがる。見ろ!』
夜一が一気に上昇する。
かつて鬼が住まう島として独自に栄えていたであろう村は影も形も無く、全て更地になっていた。
赤・青の二つの旗が掲げられた陣には見知った鬼達の姿があった。
その陣からかなり離れた所に城が立っており、数えきれない程たくさんの鬼達がいる。
どうらや、あれが王家の城の様だ。
どちらも陣からゆっくりとではあるが前進している。
一番先頭の鬼達はもう戦いを始めていた。
「どうしましょう!?もう始まってます!この中から桃を探すのは無理ですよ!」
『馬鹿か。『姫巫女代理』はこの戦いに参加しに来たわけじゃねぇ。恐らく島の中心…王家の城に向かってるだろ。速度あげるからしっかり掴まってろ!』
満が夜一に掴まると同時に速度が上がる。
「…って夜一、このまま城に突っ込む気ですか!?」
「天狗舐めんなよ!このくらいどおってことねぇ!」
と言いつつも夜一は裏口と思われる場所に降り立った。
そして満を降ろす。
「あれ?夜一。そのまま突っ込むんじゃ…?」
『この城、何の気配も無いぞ』
「あっ、言われてみればそうですね。王家の方々にとっては本拠地なのに…」
そのまま中に入ると、やはり鬼は居なかった。
訝しく思い、満達は辺りを探ってみる。
辺りからは酷く血の臭いが立ち込めているが、誰の姿も無いとなると気味の悪いことだ。
元々この城に染みついていた臭いなのかもしれない。
満がそう思い始めていた時、夜一が満を呼んだ。
『満っ、ちょっと来て見ろ!』
「どうしたんですか、夜一……っ!!」
一つの部屋に集められた鬼の屍。
畳はたっぷりと血を吸いこんで赤く染まっていた。
部屋は血の臭いが酷く、吐き気がする。
「何故、こんなことを…。わざわざ、結界まで張っておくなんて」
『誰かに気付かれない為じゃないのか。真意は分からんが、臭いは隠せる。城内に血の臭いがあまりしなかったのは、この結界のせいだろう。一日は経ってるな』
夜一が死体を触って言う。
「そんなっ!それじゃあ…」
慌てて取り乱す満を夜一は制した。
『まだ『姫巫女代理』がやったとは決まって無い。同士打ちの可能性だって捨てきれんさ。寧ろ、そっちの方が納得がいく。この城内の様子じゃ全滅だな…。いくら探っても気配がない。殿の間に行ってみよう』
城の最上階。
一番大きい襖を夜一が勢いよく吹き飛ばした。
『やっぱり、駄目か。死んでる。じいさん以外は、切腹か…』
「なっ、何でこの人達がこんな所に…。裏切り者だったんですかね?雅さんが知ったら悲しみますよ…。
まさかっ!この人達が全ての暗躍者『王』なんですか!?
なら、『王』が死んだ今、誰がこの戦争を指示しているんです?
ま、まさか両者何も知らぬままこの無益な争いを続けているのでは…」
『その可能性が高い』
殿の間に居たのは竜泡と紅鶯。そして、満達が知らない年老いた鬼の姿。
誰も息絶えていて苦悶の表情を浮かべている。
その切羽詰まる表情からは、彼等がまだ生きているのではないかと思わせる程鬼気迫るものがあった。
竜泡と紅鶯は小刀を片手に握っており、紅鶯はそれで腹を斬り、竜泡は首をかっ斬った様である。
「少しだけ、記憶を覗かせてもらいましょう。この人達では無理なので、この部屋の記憶を…。
夜一、私の肩なりなんなり触れてて下さい。そうすれば、彼方にも見えますので」
そう言って満は畳を両手で触れた。
満の身体がみるみる内に白い光を放つ。
その光が部屋を満たす頃、徐々に頭の中にこの部屋が記憶した風景が浮かんできた。
****
「おや、珍しい。もう来ましたか、桃」
それは、桃太郎がこの部屋へ訪れた所から始まった。
窓から見える風景は薄紫の空。夜明けのずっと前に桃太郎はこの部屋に着いていた。
瓜の様に短い髪を物珍しそうに紅鶯が見る。
「お久ぶりです、お二方。それと、鬼王院様。まだ生きていましたか」
「カーカカッ…。相変わらず、その減らず口は治らんか。父親に似たの。顔は母に似た様じゃが」
ギロリと鬼王院の瞳が大きく見開かれた。
桃太郎は動じることなく、王座に座る二人の鬼を見る。
「父上には申し訳ありませんが、斬らせて頂きますよ。これで、全ての事が丸く収まる」
「本当にそう思うのかぁ?お前の事だ。俺らが帝と繋がってるのも知ってるだろ。それを知って尚、丸く収まるか…。是非とも、その秘策を聞きたいものだな」
二人があの帝と…!?
満は困惑しながらその会話を見守る。
紅鶯が槍の切っ先を桃太郎の首元へ突きつける。
「おいっ、野郎共!連れて行け!」
紅鶯が声を張り上げる。しかし、その声は虚しく木霊した。
「誰も来ません。此処には誰も居ません」
桃太郎の瞳が赤く染まりだす。
ザワッ…と桃太郎の髪が逆立つ。その髪は徐々に伸びて行っているようだ。
カタカタっ…と『鴉』が震えた。
「ほぉ…、鬼化が大分進んでいる様じゃの…。飲まれるのも時間の問題か。そちらの器も限度が来ている様じゃからな」
鬼王院が『鴉』を見る。
「はい。だから、決めていたんです。ずっと前から。生まれた時から…。
この刀が最後に人を斬るとするなら、絶対に私達を生んだ元凶を斬ろうって。だから、彼方たちにはこの刀の最後の錆びとなっていただきますよ」
ヒビの入った『鴉』で桃太郎は自分の手首を切る。
「これが、私が『紛い鬼』としての最後。刺し違えども必ず斬る…」
呟くように桃太郎はそう言って刀を構えた。
呼応するように黒い血を含んだ鴉がぼうっと黒く光る。