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黒鬼  作者: ノア
第五章 黒き冬に降りし春告げの光   上の段
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予兆


早朝、指定地に一足先に着いた桃太郎は、辺りを見回し夷隅の姿を確認した。

思った通り、彼は子供が積み上げたような小石の山の前に立っている。


「昨夜は、鴉がお世話になりました。…夷隅様は、本堂以外はいつも此処にいますね。それ、誰かのお墓ですか?」

「おや、桃君。中々鋭いですね。こんな粗末なものを、誰も墓などとは思わないと思ったんですが。

我ながら、粗末だと思いますよ。だが、それも致し方なかった。何故ならこの墓に、亡骸は埋められていないからです」

「……この石の積み方。三途の川で親の供養のために積み石による塔を完成させると供養になるといい、積み上げたものは救われるらしいですが…あと一歩という所で、鬼が壊してしまうんですよね」

「えぇ。この子は、私が殺しました。村がどうしようもない大飢饉に見舞われましてね。

筑紫(つくし)村』って知ってますか…いえ、知る由もありませんよね。九州北部にあるんですけれども、誰も訪れませんでした。辺鄙で変わった村でしたから。

外の影響か、変な宗教がありましたし、川は遠いし山は無い。飢饉になって当然の村でしたよ」

悲しそうに夷隅はそう言ったが、後半は嘲るような口振りで熱心に話していた。


「敢えて聞きますが、彼方は人を喰ったことはありますか?」

「愚問ですね。九十三人、喰い殺しましたよ。覚えていませんが」

やや突き放す様に言うと、夷隅は驚いた様に声を上げた。

「おや…、噂と違いますね。噂では、百人一人残らず喰い殺したとか…。あぁ、気を悪くされたのならすみません」

全く申し訳なさそうに思っていない謝りに多少のイラつきを感じたが、大きく息を吐いてそのイライラを外へ吐き出す。

「私を入れて丁度百人。その内の四人が生贄となって九十六人に。しかし、母親の腹の中には赤子が一人。合計九十七人。それから二人、いや三人とも私を逃がす為に戦って九十七から三を挽いて九十四人。私を除くと九十三人。お解りいただけましたか?」

「はい。いや、もし本当に百人喰っていたならば、彼方は物凄い力を持った鬼なのだろうと思いまして。本来、鬼は人を喰うでしょう?それは本能的な事であり、人が呼吸をするのと同じです。

一度血肉の味を覚えた鬼は、所構わず人を襲い喰らう。まぁ、それは下級がすることです。

そして大量に血肉を摂取した鬼は理性を持ちます。これが、私達中級」

夷隅はそこで一呼吸置くと、一瞬だけ桃太郎を見た。

「人を百人以上喰らい、尚且つ鬼の血肉を喰らう鬼はかなり強力な力を得るでしょう。

しかし、どんな色の鬼であってもその血肉を喰らうということは無い。

それ故に、それを行った鬼は『同族殺し』と呼ばれる。

それが、四鬼神のような各鬼の頂点に立つ鬼。その後継は、それに限りなく近い力を持った鬼だと決められておりました。

最後に、その頂点に立つ鬼の血肉を得た鬼こそ、最上級と呼ばれる最強の鬼になると言われています。

過去に一人、その鬼がいたのですが、鬼ヶ島沈没以来姿が確認されていません。今では伝説ですよ。

てっきり、私は彼方がその鬼だと思いましたが…違うようですね。安心しました」

「そもそも、生まれた年が違うでしょう。鬼ヶ島が沈没する五年前に生まれたんですよ、私は。

その最強とやらの鬼が居たのは、それよりも前でしょうし、当時五歳の私がたったそれだけの年月で最強になれたのなら、本当の化物です」

それもそうですねと相づちを打ちながら夷隅は言う。


「…彼方にとって、大切な人は居ますか?」


いきなりの夷隅の質問に戸惑うが、静かに頷いた。

すると、夷隅は満足そうに笑う。


「私にも居ました。唯一、私を化物でないと言ってくれた小娘が」

「この墓、その娘のですか?」

夷隅はやつれた様に笑う。いや、失笑と言うべきか。

「えぇ。どうしようもない我が儘な娘でしてね、捨てられていたのを憐れんで面倒を見たら、懐いて傍を離れなかった。名が無いのも可哀想なので、『神弥(かぐや)』と名付けました。

そのまま月日が流れて、大層な美人になりましたよ。勝気な性格は何一つとして変わりませんでしたが…。

辺鄙な村で、誰も来ない…。嫁にも行けぬのは勿体無いと思い、受け入れてくれる人を探しました。

そしたら、そう遠くない隣村に立派な若造が居ましてね。父が役人だそうです。

良い年頃の少年でして、嫁に貰うと言って下さった。

筑紫村は飢饉で碌な食べ物も無い…。まして竹林となれば、春は良いですが、冬は何も。

ですから、そうと決まれば直ぐにでも嫁がせたいのですが、何事にも順序があるでしょう?

ということで、見合いの場を設けました。まぁ、向こうの提案ですが…。

二人は出会ってからというものの、頻繁に逢瀬を重ねました。まさに、相思相愛…。一目見ただけで分かります」

まるで、懺悔の様にたどたどしい口調で夷隅は言う。

その目は心無しか虚ろだった。

「嫁入り当日、私は有り金全てはたいて、嫁いでも恥じぬ着物を買いました。

白粉を塗り、朱の紅を付け、髪を整えた彼女がどれ程美しい事か…。

幸せそうなその顔を見るだけで、悲しみと喜びが湧き出てきましたよ」

虚ろな目のまま夷隅は軽く微笑む。

それは何かに取り憑かれた様な亡者の様な笑みだった。

「私は知らずの内に嫉妬していたようです。最後に覚えているのは、歯零れしている血のついた出刃包丁を握りしめている己の手と、赤く染まった神弥の旦那…つまりは婿と、驚愕と怯えの混じった神弥の姿でした。そこから、また意識が飛んで、気付いた時には朱染めの着物と骨の残骸、物言わぬ婿の死骸が転がっていました…。

実の娘のように可愛がってきましたが、知らずの内恋をしていたのですね…。

だから、せめてもの償いの為に此処にいるのです。彼女の魂が安らかな眠りにつけるように…」

「婿の魂の分も祈らないのですか?」

すると夷隅はきょとんとした顔した後、薄気味の悪い笑みを浮かべて言った。

「何故です?恋敵に何故そこまでする必要があるのですか?冗談キツイですよ」

「はぁ…。そうですか。…無事、娘さんの魂が眠りにつけると良いですね」

夷隅は愛おしそうに墓石を撫でると歩きだす。

そして去り際に、思いだしたように言った。

「そう言えば、彼方の妖刀、鬼の本性が出てきてますよ。彼方も、気をつけて。

お互い、『同族殺し』とならないように…。

人間の血肉の味を覚えた鬼は、本能の抑制が難しいんです。

大切な誰かを喰い殺さない様に。もし。もし、喰い殺したその時は、いつでも此処においでなさい。

入門、お待ちしておりますよ。………冗談ですけどね」


夷隅の姿が見えなくなるまで、桃太郎はずっとその姿を見ていた。

「……誰かさんの予知より怖いですね。しかし…」

溜息をつき、空を仰ぐ。風が髪を揺らした。

「あそこまで鬼の本能に忠実な鬼は初めてですよ。本当に居たのですね。

…彼方が此処にいくら留まりお経を読んでも、償おうと努力しても、全て無駄な事ですが…。

あそこまで本能に忠実だと、見ず知らずの内に鬼であろうと、人であろうと喰ってしまう。完全に呑まれていますね。全く、味を覚えると抑制が難しいか…。それは、あなたも同じでしょうに。

私達に違いがあるとすれば、私は本能に抗おうとし、彼方は本能に忠実に従った。

どちらが、良いのか分かりませんが。お互い、どんな末路を迎えるのでしょうね?

此処にいるのが、全て僧だと思わない方が良い。もう、遅いですがね」


もう一度溜息を吐く。そこに丁度椿が来た。

「何が遅いんだ?」

「いえ、おはようございます。師匠。腕の調子は?」

そう訊ねると、椿は顔をしかめた。

「絶不調」

「そんな言葉はありませんよ」

素直に突っ込むと、椿は桃太郎の頭をガシガシ撫でながら言う。

「むしろ、こっちが聞きたいくらいだ。桃、腕の調子は?」

「音沙汰無し」

「あって、るのか…?」

「さぁ…?多分、大丈夫だと…」

しばらく、沈黙が流れた。桃太郎がこほんっと咳払いして話を進める。

「まぁ、冗談は此処までにして、特訓開始ですよ。師匠。これを授けましょう」

桃太郎は足元に置いたままの木箱を開く。

そして、それを椿に渡した。

「何だ、これ…?火縄銃じゃない様な?小さいし…」

「銃ですよ、銃。拳銃。異国の武器です。弾を入れて、此処を下に下げてから引き金を引く。そして…」

パンッと短い発砲音がして、あらかじめ立てて置いた小さな丸太のド真ん中に命中した。

「的に当てる。慣れれば、結構便利ですよ。片腕だと尚更。私はいりませんので、師匠にあげます」

「有り難う。…こんな高価な物、何処で手に入れたんだ?」

椿の問いに、丸太を見ていた桃太郎がにこりと笑みを浮かべて振り向く。

「くれぐれも…」

「くれぐれも?」

「くれぐれも、弾を無駄にしないで下さいよ。拳銃なんてあまり出回っていないんですし、弾は数がまだあるにせよ、消耗品。無駄にしないで下さいね?百発百中、絶対に。最初の内は大目に見ますから」

有無を言わせぬ笑みに、首を縦に振るしかなかった。

それを満足そうに見ると、桃太郎は丸太を指差す。

「最初はあの丸太に当てて下さい。それが出来たら、次は…」

そう言って上を見上げた。その視線の先には、風に吹かれて木から落ちる葉が目に留まる。

「まさか、あれを撃てと?」

「はい。今日の課題です。弾が無くなったのなら、自分で装填して下さい。壊さない様に」

「お前はどうするんだ?同じ片腕だろ、銃が無くて良いのか?」

「えぇ。まぁ、何とかなりますから安心して下さい。では、私は寺の手伝いでもしてきますよ。

明日の大掃除の算段をね」

そう言うと、桃太郎は本堂の方へ走って行った。


その夜。

「桃、弾無い…っていないのか」

「あぁ、寺の僧達と何らや話し込んでた。…陰険な感じだった」

ふーんと適当に返事を返しながら、そこらへんの棚を漁ってみる。

「その感じだと、追い返されたな…。明日、早朝に此処を出る。荷物まとめておいてくれ。

明日は、大掃除らしいから。…それじゃあ、夷隅様に挨拶しに行って来る」

大掃除ね…そう呟いた言葉は部屋に虚しく響いた。

「此処に来た時、『ズレ』を感じた。そうか…。悪意じゃないから、訝しく感じたんだな…。

大掃除、か。悪意の無い殺人…いや、ただの鬼退治か。何とも、複雑な気分だな」

そう言った時、丁度障子が開く。入って来たのは、桃太郎だった。

「おかえり」

「…ただいま、というのも、彼方に対してだと変な感じですね。物凄く眉間に皺よってますよ?」

桃太郎が前にしゃがみ込んで雅の眉間を軽く突いた。

「ん、そうか」

「えぇ、そうです。…父上は、優しいですね?」

「全く、誰に似たのやら。だが、お前ほどじゃない。…殺すのは、嫌か?」

そう言うと、一瞬だけ桃太郎の動きが止まった。

「…それは、誰指定でしょうか?」

「………泣いてるぞ、お前。気が付いてるか?」

雅が呆れた口調でそう言うと、桃太郎は指でそれを拭う。

「そうですね。これから先のことを考えると、それを思わずにはいられません。

しかし、どんな罪も何れは裁かれるでしょう?だから、悪人がたった一つの善意を見せた事で、天から蜘蛛の糸が降りてくることがあっても、地獄から向けだせるかどうかはその人柄次第なんですよね。

けど、もし、その人柄が良かったなら助かると…そう、信じてます」

「要するには、助かってほしいんだろ」

がしがしと頭を撫でてやると、桃太郎はえへへと子供じみた嬉しそうな笑みを浮かべてじっとしている。

「もう寝ましょうか。何だか疲れました。…そう言えば師匠は?」

「…夷隅様に挨拶しに言ってる。お前は良いのか?」

「えぇ、大丈夫です。しかし、罪人を裁いたところで、そこに必ず救いがあるとは限らない。あの人達は、それを理解しているんでしょうかね?」

暗闇の中で桃太郎がぽつりと呟く。

「何か言ったか?」

「いえ、何も。おやすみなさい、父上」

ごそごそと寝返りをうつ音がして、また静寂が包む。


――壁に立てかけられた漆黒の刀が小さく震えた…。

静まり返った部屋の中、真っ赤な瞳が、それを唯黙ってそれを見つめていたことを誰も知る術は無い。

夷隅メインーって言いながら、全然でしたね。本人も驚いてます。本当に。

誠に申し訳ありません。次回がついに決戦予告的な事が起こる予定です。


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