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黒鬼  作者: ノア
第五章 黒き冬に降りし春告げの光   上の段
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内に潜むもの


「…おや、早かったですね」

本堂には夷隅の姿があった。

雅の目が鋭く光る。

桃太郎がこほんっと咳払いを一つし、照れくさそうに笑って頭を掻く。

「あはは…。失敗しました」

おや…ともう一度意外そうに夷隅が呟く。

「よく無事でしたね。多くの僧が命を落とすことも少なくは無かったというのに。無傷で帰って来たのは彼方が初かもしれませんよ」

「そうですか」

大して興味無いという様に桃太郎は素っ気なく答える。

夷隅はそれに対し癪に障った訳でもなく、首を傾げて訊ねた。

「こんな時間に三人で此処を訪ねるなんて、私に何か用でも?」

こんな時間と言えども、まだ夕刻である。しかし、冬なので辺りは薄暗い。

鬼法炎寺ではこの時間帯に寝るのが当たり前なのか、一人としてすれ違わなかった。

物音がしないということはすっかり寝静まっているに違いない。

「あぁ。この…」

「いえ、別に修行過程をご報告にと参ったまでですよ。この寺の裏にある場所、誰も使っていないみたいなんで使わせてもらえないでしょうか」

桃太郎がやんわりと雅の言葉を遮る。

夷隅はもう一度首を捻ったが、こくりと頷いた。

それでは失礼しますと桃太郎は雅の手を引いて本堂を後にする。


「父上、頼みますから単刀直入は待って下さい。暫く様子を見ましょう。

庇う訳ではありませんが、私も師匠も此処には何度もお世話になった身です。

…何事も、段取りがありますよ」

部屋に着くと、桃太郎は窘める様に雅に言った。

その間にも、手はしっかりと何かを書いている。

「すまん。少々、焦った。…反省している」

頭を掻きながら雅はそう言い、頭まで布団を被った。

暫くして安らかな寝息が聞こえてくる。

それを呆れ顔で見守り、桃太郎は苦笑した。

「師匠、どうせ暇でしょう?渡したいものがあるので、明日の朝、裏の森林に来て下さい」

書き終わったのか、筆を置くとぽんっと文を挟んで柏手一つ。

それは白い鳥に変わり、夜空へ羽ばたいた。

「………。まぁ、そうだな。分かった。…ところで、鴉は?白欄の姿も無いぞ?」

椿の言葉に、桃太郎は辺りを見渡す。そして、少しだけ首を傾げた。

「…見かけませんでしたが、本堂にいるのだと思います。暇な時は夷隅様と話しているのを何度か見かけましたから。白欄さんも、ついて行ったのでしょう。妖刀と言えど、悩みくらいあります」

「わざわざ悩み相談しに行ったのか」

「例えの話ですよ。まぁ、良いじゃないですか。折角許可が出たんです。物見くらいはしたいのでは?」

特に気にする様子も無く桃太郎は布団に潜り込む。

暫くした後、安らかな規則正しい寝息が聞こえた。

「相変わらず、寝るの早いな。前者は知らんが」

いつもと変わらぬ寝息に安堵しながらも、呆れずにはいられない。苦笑が漏れる。

ちょっとだけ取り残された感があったので、布団を被ったままの桃太郎の頭を軽く殴った。

「八当たらないで、早く寝て下さい。寝坊しますよ」

やや不機嫌そうに、そんな声が聞こえてきた。

最もな言い分だったので、寝ることにした。入り際に、誰かに足で蹴られた。



「で、何の用です…というのも、言わずと知れる。

真っ黒ですね、彼方。『鴉』でしたっけ。あの子がよく話していました」

にっこりと笑う夷隅とは対照的に、鴉は渋面である。

額には玉の様な汗が浮かび、足取りはふらついている。

「途中の道で、あの子が心配してましたよ。つい最近まで風邪を引いていたそうじゃないですか」

「…桃の封印具を作ったの、あんた何だろ。なら、邪気くらい抑えられるだろ」

そう言うと、夷隅は些か困った顔をした。

聞こえない様にと配慮された溜息が微かに耳に届く。

「えぇ。私ですよ。…今は、椿に譲っているみたいですが。

確かに、彼方を取り巻くそれが邪気なら祓えますよ。

しかし、根本的に違うのです。正確には、彼方を取り巻いてはいないし、邪気では無い」

「…なら、一体なんだというんだ」

鴉の問いに、夷隅の目が妖しく光る。

「鬼ならよくある事です。単純で、簡単な答え。それは彼方が元々持っている妖気です。

今まで無意識にそれは封じられていたし、私があげた封印具はそれを補助する形になっていたのでしょう。彼方とあの子は片割れである。極めて異端で異例の鬼。ならば、こうは考えられませんか?」

夷隅は一呼吸置いて、流れる様に話す。

正直、意識が朦朧としてそれどころではないのだが、聞く価値はあった。


「…あの子の中には黒鬼でもない鬼の魂が存在している。それは事実。

そもそも、何故わざわざ魂を二つに裂く必要があったのか…それは鬼との融合の意もあるでしょうが、恐らくは赤子の身体には負荷が大き過ぎた。いっそ、双子ならばその負担を軽減できると。そして、彼方たちはそのために別れることとなった。

しかし、そこから彼等の思惑から少しばかり外れることとなるのです。

話を少しばかり戻しますよ。根本的に、何故黒鬼を生んでおきながら、他の鬼と融合させる必要があったか。問題はそこです。ですが、これは今はさしたる問題では無い。

彼方を苦しめる原因、それは彼方方の内に住む『鬼』の本能。鬼ならば、誰にでもあるものですよ。

二つに分かれた鬼の魂と、彼方方。一つはその身に宿り、鬼の魂の片割れで補われた。

そのもう一つの片割れは鬼の本能と共に刀に宿され、妖刀となった。…それが、鴉さんというわけです」

「で、その鬼の本能とやらが、この気だるさの原因か?…どうすれば、収まる?」

にっこりと夷隅は笑う。それは薄気味悪い笑みだった。

背筋にうすら寒いものを感じる。

「鬼を喰えば良いんですよ。それが、本当に『本能』であるならば。何事も流れる水の如く、逆らわず身を任せれば良い。あなたの心持次第でどうとでもなります。

あっ、此処の僧はなるべく喰わないで下さいね。不味いですら…冗談ですが」

「不味いってことは、喰ったことあるのか。お前。まぁ、どうでもいいが。一つ、気になることがある」

「だから、冗談ですってば。…何でしょう?」

小首を傾げて夷隅は聞き返す。

鴉は一呼吸置いてから静かに言った。

「桃がどれくらいあんたを信用しているか知らないが、それでもあいつは身の内を明かす事は滅多にない。今の話が過程で進められていたとしても、お前が俺と桃が魂が割れた片割れ同士だと知るはずもない。…そんなに似てないしな。何故、お前がそれを知っている?」

「おやおや、そんなことはありません。生き映しの様に似ていますよ。謙遜せずとも良いのです。

…何故、知っているか。世の中には、知らなくて良いこともあります。欲深き人間は己の欲で身を滅ぼしますから。それを知ったところで、何の利益も無いでしょう。

…一つ、忠告しておきますが、彼方に何らかの影響が出たということは、もう半身も何らかの傾向が出てくるでしょう。見張っておいた方が良いのでは?まぁ、まずは自身の心配事からですけど」


礼も言わず足早に本堂を後にする。

夷隅の話が何処まで真実が混じっているのか正直分からない。

だが、相手が知りえていないことを意図も簡単に言ってのけたということは何れにせよ参考程度にはするべきだし、あそこまで知りえているということは王家の関係者、またはそれに関わりのある一族なのかもしれない。

勢いよく障子を開けると、安らかな寝息を立て眠る桃太郎の姿があった。

それに安堵しつつも、ほんの少しばかり腹が立ったので空を蹴る。布団を被った椿の頭が丁度そこにあり、鈍い音が響いた。

「鴉も、八当たらないでとっとと寝る。俺は、大丈夫だから。…心配してくれて有り難う」

寝る際に、桃太郎がぽつりとそんな事を呟いたので、思わず苦笑した。

全く、それはこっちのセリフだと。


物陰から密かに鴉の行動を監視していた白欄は、溜息を吐くと風に乗って何処かへ去っていく。

心地よい夜風が吹きぬけた。


****


「あっ、見て下さい!星巫女様!桃から文が届きましたよ!」

嬉しそうに文を握りしめながら満は星巫女の周りをぐるぐる回っていた。

ちょうど夕餉を済まし、身を清め終わった時に文が届いた様で、髪は水を滴らせていた。

「あら、珍しいわね。恋文?」

茶化す様に星巫女がそう言うと、満は耳まで真っ赤にしながら否定した。

「ち、ちちちち違いますよ!お礼の文です。修行を頑張っているようで安心したって。

助けてくれて有り難うっていうどうってことない文ですよっ!」

「あら、恋文じゃなくて残念ね。…桃、一応気にかけているみたいだから。結構期待して良いんじゃないの?」

「…ほ、本当ですか?気に、かけてくれてますか?」

顔を赤くしながらもまじまじと見つめてくる満に、思わず星巫女は吹き出した。

「あははははっ!満は、本当に桃のこと好きなのね。

正直、貴女と会って変わったと思うわ。丸くなったっていうか、穏やかになった気がする」

どこか嬉しそうに星巫女は言った。満は少し不安になって訪ねた。

「けど、それは…私が少なからず姫巫女様に似ていたからでは?」

「…そうね、確かに似ていたからかもしれない。けど、それは違うわ。

あの子達は似た者同士だったから。だから、お互い気を許せた。全く、羨ましい限りよ」

満は納得したように頷きながらも、あることに気付きまた慌てふためく。

「しかし、桃、私が白鬼の力に目覚めたらお役御免だって帰ってしまわないですかね?大丈夫ですか?」

星巫女は満の様子を微笑ましそうに見つめながらも、あまり感情のこもっていない声で言った。


「大丈夫よ。あの子に、帰る場所なんてないんだから」


それは別に憎々しいからという訳では無く、唯ありのままを伝えているということくらい分かる。

だが、心に何かもやもやしたものが渦巻き、不快感が拭えそうになかった。


締めがイマイチな感じで終わりましたね。すみません。

次回からはいきなりの夷隅メインの話になります。


またぐだぐだになるかもしれませんが、どうぞよろしくお願いします。

誤字、脱字、感想等ありましたら容赦なく書いて下さい。

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