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黒鬼  作者: ノア
第五章 黒き冬に降りし春告げの光   上の段
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しんしんと雪が降り積もる。

子供達が空を無邪気な微笑みを浮かべながら仰ぐ。

武士は手を擦り合わせながら白い息を吐き、駆ける。


「あれ、桃太郎…何処行ったんですか?」

「ん。墓参り。色々な人なの。あの親馬鹿達も一緒だ」


珍しく鴉は満に何か難癖付けることも無く、淡々と言った。

何故か鳥の姿で、座布団の上で丸くなり火鉢の前に居た。

膨らんでいるのは寒いからだろうか。

しかし、火は当たっていないだろうと満は思った。

その代わりにたくさんの布団代わりの物がかけられている。


「…寒いから、外行かなかったんですか?…というか、鬼菖丸は?」

「外ではしゃいでる」

すると、鬼菖丸が勢いよく障子を開けて入って来る。

その手には雪が少しだけ乗っていた。


「満ー!雪じゃ、雪が降っておるっ!ほら、鴉。丸まっていないでお主も来いっ!」

そう言って、無理やり鬼菖丸は鴉をたくさんの衣服の山の中から掴み出す。

「だから、その冷たい手で触るなぁー!!」


大分、いや、徐々にだけれども皆、何とか普通に振舞えるほど回復した。

王家にはめられてからというものの、一週間の間、誰一人として喋る者はいなかったのだから。

「…私は、桃の所、行ってきますね。お留守番頼みましたよ」


おそらく、聞こえていないと思うけど、一応言ってみた。

案の定、悲鳴にも似た叫び声と笑い声しか聞こえて来ない。

苦笑しながら、我が家を後にした。


二人のお墓は、椿が暮らしていた小屋の近くだ。

鬼ヶ島に帰れるようになったら、一番景色の良い場所にもう一度埋めるらしい。


一刻ほどかけて、ようやく着いた。

よく目を凝らすと、黒い人影がぽつりとしゃがんでいるのが分かる。


「桃っ!」

ゆっくりと桃太郎が顔を上げて、微笑んだ。

「風邪、ひきますよ…。傘も差さないで…」

「あれ?椿さん達は、一緒じゃなかったんですか?」

すると、桃太郎は不思議そうに首を傾げた。

「お二人なら、先程何処かへ行ってしまいましたよ。すれ違いませんでした?」

「会ってないです。『準備』に行ってんですかね?」

ちなみに、『準備』とは、決戦準備の略で皆、そう呼んでいる。

「えぇ、恐らく、稽古でしょうね。さて、私も、まだ行く所がありますので…」

「つ、ついて行っても良いでしょうかっ…?」

しどろもどろに言う満に、桃太郎は苦笑する。

「お墓参りの続きなので、楽しくはありませんけど…。せっかくですから、帰りに甘いものでも食べて帰りましょう」


「桃、大丈夫ですか…?」

満の呟きに、桃太郎は困った様に微笑んだ。

大丈夫ですよと相槌を打って歩き出す。


「…次は、誰のですか?」

不謹慎だと思いながらも訊ねると、桃太郎は前を見ながら、最初の育て親と母親の。と短く答えた。

長い沈黙を破り、次は桃太郎が訪ねてきた。

「…怖かったでしょう?」

「何が…ですか?」

さっきから、訊ね言葉ばっかりだと今さら思った。


「腕、斬り落とされたんですよね。けど、また生えたらしいじゃないですか」

まるで、他人事のように桃太郎は話す。

「暴走はするし、腕は斬られるし…また生えるし。…何だか、本当に『化物』になってきてますね」

笑いながら、桃太郎は言う。


途中、甘味所を発見し、今食べても変わりませんよねと子供の様に指さしながら中へ入った。

ぜんざいを頼み、雪が見たいからと外の長椅子に腰かける。


「ねぇ、満さん。鬼は皆、悪いですよ?」


ぽつりと、しかし、しっかりと桃太郎はそう断言した。

いきなりの発言に戸惑いながらも、満は言いかえす。


「いきなり、何ですか」

「いえ、満さん、優しいから。そう言う風に見てくれているのかなと思ったまでです。

だから、一応釘刺しときました」

一拍置いて、そのまま言葉を紡ぐ。

「…けど、師匠達は良い鬼だろうなって最近は思います。

全く…、鬼らしくない、鬼ですよ」

しかし、何処か安堵したように桃太郎は言った。


「桃だって、優しい鬼ですよ」

「優しくても、役に立たない鬼じゃ困ります。

…少なくとも、私の場合ですがね。

そういう風に、生かされましたから。

何だかんだで平和な日々を送れれば…それがずっと続けば、嬉しいのですけど」

「続きますよ。大丈夫です」

満も嬉しそうに微笑む。

子供をあやす様な優しい口調でそう言うと、桃太郎は少し照れたように笑った。

「それじゃあ、行きましょうか。帰りが遅くなるのは怒られますし。

満さんが風邪をひいては困るので」


残っていたぜんざいを一気に口へ運ぶと、空になった椀を静かに置く。

「今日の晩御飯は何でしょうか?今は天麩羅が食べたい気分です」

「そうですね…。作るのも飽きましたし、お金ありますからそうしましょうか。満さんは食いしん坊ですね」

仕方なさそうに桃太郎は笑うと少しずつ白く積もり始めた行き道を歩き出す。

満は早くと言わんばかりに桃太郎を追い越し、手を振った。

それを眩しそうに見つめながら桃太郎は軽く右腕を摩る。


触れたという感触はない。手の冷たささえ感じない。自分の意思では動かない。

ただでさえ、か細い両腕なのに、その一本は少なくとも自分の意思では動かせなくなった。


「刀、どう振るえって言うつもりなんですか。…これじゃあ、持つことすら儘なりませんよ」


拳を握りしめる。

それは今の右手では叶わないことなので、やらなかった。

いや、出来なかった。

まぁ、右腕の機能など例え無くなってしまってもどうにかなる。


刀は紐で固定しながら振るえばいい。

料理は専ら屋台で食べるので問題ない。

字は練習すれば左手でも大丈夫だろう。


だから、今回の事は後悔しないし、これで済んだことを寧ろ喜ぶべきだ。


「桃、早くー!凍っちゃいますよー!」

「それは、困りますね。すみません、物思いに耽っていたもので…」

「むぅ…。桃のせいで、せっかく温まったのにまた冷たくなってしまいましたよ」


冗談染みた口調で満は自分の手を吐息をかけながら擦る。

それでも、まだ突っ立ったままの桃太郎を少しだけ見て、溜息を吐いた。


「桃、こういう時は桃が私の手を温めるべきなのですよ。それが良い男へ近道です。道のりは厳しいのです」

「あはは。近道なのに厳しいのですか?それなら、遠回りして楽な道をゆっくりと歩きますよ」

お互い同時にふき出し、声を上げて笑った。


「すみません。そうしたいのは山々ですが、私の手も冷たいので…」

すると、満は桃太郎の両手をそっと優しく握った。

「本当ですね…。冷たいです。私の手、温かいでしょう?すぐ、温まりますよ」


触れた手は温かく、不覚にも泣きそうになった。

右手の感覚がないことを少しだけ悔やむ。


「そろそろ、行きましょう?遅くなってしまいます」

その手を少し強引に振りほどき、笑みを繕う。

しかし、それに気付く様子も無く、満は照れたように笑った。

「ねぇ、桃。…誰もいないことですし、手、繋いで行きましょうよ」


そう言って満は手を差し出した。

「何だか、照れますね…。そう言われると…。えと…、喜んで?」

茶化したように言って、その剣を握っていない者の柔らかく温かい手に、自分の堅い手を絡める。


差し出された手は右手だったことに少し安堵する。

そして、左手の感覚が失われていないことに心から感謝した。


「えへへっ…」

子供の様に満は笑いながら、手をぶんぶん振った。


「ずっと、このままだと良いですね。このままが、ずっと続けば本当に…」


「それじゃあ、遠回りして帰ります?」

「そうですね…。そうしましょうか」


貴女は別の事でその意味を捉えたけれど、それでも良いと思う。

貴女が幸せな思いでいるのなら、それでいい。


右腕の機能を失った。

それだけじゃ、本当は済んでいないのだけれど。


今、自分が抱いてる感情は失われていなかったから。

だから、良い。


きっとその内、全部失くすのだろうけど。

全部奪われるか、自ら壊してしまうのかもしれないけれども。


いつか、その時まで。

最後の最後まで。


貴女を好きでいられたら良い。

今回は単なる惚気話でしたね(笑)

サブタイトルがどんどんテキトーになっていくよ。


次回はもう少しシリアス予定です。…多分。

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