紛
自分は夢を見ている。
暗い混沌の中でそう思った。
『バケモノ』
人は鬼をそう呼んだ。
人は同族をそうなじった。
そうして人は自らがいう『バケモノ』を生みだすのだ。
自分は夢を見ていた。
何も無い暗闇でそう思った。
…そして我は『バケモノ』になった。
「ふわぁぁ…」
体が気だるく、障子の隙間から見える太陽の位置で今が午の中刻(午後1時)であることを知る。
「鴉…?」
辺りを見回して、ようやくそこが自分の見知った場所で無いことを理解し、急ぎ足で部屋を後にした。
部屋を出ると、ドタドタと誰かが此方へ向かって来た。
「あぁ、白鬼でしたか…」
「あっ、桃太郎さん。ちょっと、来てください」
わたわたと可愛らしい表情で、慌てる白鬼をほほえましく見守りながら後へ続いた。
「妹を助けてもらった恩はあるが、得体のしれない鬼紛いの男なんかを…」
「桃は、今は鬼じゃねぇし、用があんのは白鬼のほうだってのっ!」
心配そうに一人と一振りの刀の言い合いを見つめながら白鬼が言う。
「あのですね…、桃太郎さんが倒れてから兄が駆けつけまして、恩があるから家へ泊めてほしいと言ったら、その…今朝からあの調子で」
要約すると、桃太郎が倒れる。兄が鬼を追って駆けつける。運び途中、出来事を話す。
今に至るといったところだそうだ。
「とりあえず、話し合いましょうか。少し誤解されてるようですし。鴉、そこまで」
居間に見合うようにして正座する。
「まず最初に、鬼について説明しましょうかね。そのほうが、誤解も解けますし」
「ほぅ…。まぁ、一応名乗るべきか。私は足利家長男、泰光。そして妹の」
「満と申します」
ぺこりと会釈する満さん。
童顔故、若く見えるが十七歳。しかも小柄であり、武士の格好をすれば分からないほどだ。
「どうも。私は桃太郎。訳あって、名字は名乗れませんが、堪忍して下さいね。そして、その妖刀『鴉』」
黒い刃。その様がカラスに似つかわしいのでそう名付けた。
鳥にも人にもなれるすごい刀なのだ。
「彼方たちの言う鬼とは、白鬼…いえ、満さんの遭遇した下級のことを示します。
本来、鬼というのは人間と同じ姿をしています。…東洋とか、西洋は別ですが」
「ちょっと待て。その、下級というからには他にも上級などがいるのか」
「もちろん。一般的には、鬼は自分にとっての利益が無い限り、動くことはほとんどありません。
それに、下級というのも最近呼ばれるようになりまして…。今まではあんな人の形をとらない鬼は
たまにしかいましませんでした。しかし、ここ最近ではその異形の鬼の出現が増え、政府も頭を抱えている状態でしょう」
「たまに…ということは、確かに存在はしていたんですね?」
「はい。その異形の鬼…まぁ、本物から言わせれば『紛い鬼』。また、それは私でもある。
そしてその、正体は…」
悲しそうに桃太郎が言う。
「あなた達、人間です」
忠告しておきますが、江戸(時代)をテーマにしていますが、この物語はフィクションであり、実際の歴史、また、人物になんの関係もしていません。