黒鬼の出生
暗い、暗い闇の中。
一人の鬼が居ましたとさ。
といっても、まだ生まれていない。
だってここは、お腹の中。
色々な音がきこえてくるよ。
それは、『いたみ』、『うらみ』、『かなしみ』、『絶望』…。
ほら、あなたたちの望み通りの子が生まれ堕ちるよ。
…だから、あなたたちは後悔する。
きっと、きっと…後悔するよ。
ぼくはね、そのためだけにうまれおちたのだから。
「といっても、どう話せばいいんだろうなぁ。苦手なんだよな、こういう湿っぽい話…。
おいおい、そんなに睨むなよ。それじゃあ、話すとしましょうか。まずは、偉大な王家の計画からな?」
元々、『王家』とは、鬼ヶ島の領土争いによって生み出された一番の権力者。
つまりは、一番のキレ者だったわけだ。
時に知力は武力を凌ぐ…まさに、今回に当てはまる。
弱い者の方が、案外悪知恵が働くらしい。それに比べたら鬼ヶ島に古来から住む鬼共は皆、猪みたいな突進型の奴らばかりだったから、結構返り打ちされてたな。
挙句の果てには、誇りも何もかもを捨てて助かろうと寝返り、全てを失った。
それを馬鹿だとは思わないし、ごく普通のことだと俺は思う。
いくら力が強くても、数は俺達の方が火を見るより明らか…何せ、少数民族だったからなぁ。
「話途中で悪いんだが、お前もその…桃太郎と同じ一族の鬼だったのか?」
泰光の問いに、にやぁ…と偽桃太郎が笑う。
「まぁ、聞け。…確かに、その通りだ。全く…気付くとは思っていたのだが、お前、人の顔とか覚えるの苦手だろ、雅」
気まずそうに雅はそっぽを向いた。
そりゃ、長年同じ一族だった鬼が分からずに、対峙していた挙句、もしかしたら同族殺しをしていたかも知れない。
「すまん…悪かった。今更だが、名は何と言う?」
…思いのほか、気にしているらしい。
「…名前さえ、覚えていないんですね…」
満が静かに呟くと、何も答えなかった。
その様が拗ねて口を利かない子供みたいで、本人には悪いが大変微笑ましい。
何だかんだで、四鬼神の人達も微笑んでるし。
…あいつ等が四鬼神で良いのかと、たまに本気で考える。
「おーい、それすら覚えてないのかよ…全く、お前のオヤジは碌でもねぇな。弱ったな…名前忘れたんだよなー。お前らで、テキトーに決めてくれ」
「なら、出雲はどうじゃっ!?お主、雲の様な感じじゃからのぉ。いつのまにか表れておったしの」
元気よく、鬼菖丸が手を挙げて言うと、そこで初めて偽桃太郎は鬼菖丸の存在に気づいたようだ。
「おぉ…。王家の暴れん坊か。お前は王家とは毛並みが違うから良いよな。何か癒される」
驚きつつも、嬉しそうに頭を撫でていた。
案外、子供好きなのかもしれない。
「出雲か…。何か、誤解されそうだが、まぁ良いか。ここだけしか使わねぇし」
「おー!!」
鬼菖丸がぱちぱちと手を叩きながら喜ぶ。
ごほんっと、雅が咳払いして、そこでまだ話の途中だったと思い返す。
「あー…。確か、全然だったな…。よし、始めるぞ」
ぽりぽりと頭を掻きながら偽桃太郎改め、出雲が話し始めた。
そして、どんどん仲間が捕らえられていく中で、もちろん俺も捕まった。
反逆して殺されるよりはマシだからなぁ。
何でこいつの中に居るかって?
もちろん、偉大な計画によってこうなっただけだ。俺にとっては…、『王家』以外の鬼にとっては反吐が出るくらいどうでもいい計画だったと思うぜ。
内容は至って簡単だ。
『最強の鬼を作る』
たったその為だけに俺らは人材…いや鬼材にされたわけだ。
当然、こいつも。
「その前に、一つ聞いておこう。何故、『紛い鬼』が暴走するか知ってるか?」
「えっと…鬼の力が、人間の『器』を遥かに超えているからだとか…容量が多すぎるってことですかね」
満がおどおどしながら言うと、出雲は合格だと褒めた。
仲間はどんどん減っていく。悲しいことにな。
王家は何のために俺達を捕らえたか。
それは、さっきも言った通り最強の鬼に相応しい武者…ってところだな。
精神、身体能力、特殊能力…その全てにおいて一番勝っている鬼を選ぶ為だけに毎日拷問が行われていたわけだ。
そして、俺はその『最強の鬼』に相応しい適合者に選ばれちまった。
どっちにしても死ぬんじゃねぇかとあの時は憤慨したな。
そしてこいつも、運悪くその『器』とされた。
「余談だが、雅…お前が生き残れたのは、姉さんとこいつのおかげだぞ?もし、お前の姉さんがこいつを孕んでいなかったら、今頃二人して死んでただろうよ。しかし、姉さんがこいつを孕み、産む条件として、お前を殺さないと王家に誓わせたわけだ。…話、戻すぞ」
興味なさそうに出雲は言って、また話をもとに戻す。
どうやら、本気でどうでもよかったらしい。
それとは裏腹に、雅はしばらくぽかんとしていた。
しかし、すぐに話に集中する。
そして、こいつにも『器』となる為の資質が十分にあったみたいなんだよな、どうにも。
本当に悪運強い奴だと思ったね。
そして、ついにその日は来た。
いかにも生まれますって感じの、凄い綺麗な女の妊婦が運ばれて来たわけ。
そしてら、後からぞろぞろと陰陽師の奴が入ってきた。
あれには驚いたさ。それだけの力があるなら、俺らの『鬼ヶ島』攻め落とすなって本気で思った。
そしたらな、陰陽師が何やら唱えてるわけだよ。
多分、禁忌の術だな。…どうしてかって?そりゃ、『魂』引き離されたんだから、そういえるさ。
いわゆる体験談な。身を引き裂かれる痛みというより、魂を引き裂かれる痛みだったよ。
同時に、腹の中の赤子も生まれた。
人の怨みとか、そんな負の感情を吸収したような真っ黒な赤子がな。んでもって、瞳が俺達一族の特徴である赤目だから迫力あった。
あんまり、泣かねぇから死んだのかと思ってたけど、普通に生きてた。
人畜非道な陰陽師達は、すぐさま母親から赤子を奪うと、俺と同じ術を施した。
けど、一つだけ違ったんだ。俺に掛けられた術は、身体から無理やり引き離すものだったが、こいつのは、魂半分こだったな。
その別れた魂のうち、一つは刀に入れられた。
そしたら、見る見るうちに真っ黒に染まって、めでたく妖刀となった。
それが、今の『鴉』という訳だ。
さて、じゃあどうやって黒鬼は生まれたか?
少しだけ、横道にそれるぞ。
元々、鬼にはそれぞれ特殊な能力がある。
それは、生まれた時から備わっていて、個々様々だ。
王家の『最強の鬼作り計画』にはな、ちゃんと狙いがあったんだよ。
その一つが、『紛い鬼』。
昔から、鬼が人になる。また、人が鬼になる…そういうことは稀にあったんだよ。
かなり低い割合だったがな。だが、必ずそういう奴はいた。
王家はこの実態の真相を暴いて、うまく利用するつもりだったんだろうな。
俺らがそれに貢献できたかどうかは不明だが。
そして、二つ目。
『新種の鬼』。…今回は成功しちまったがな。
もう少し詳しく説明すると、奴らは多分鬼の『特殊能力』がどのようにして決まるのか知りたかったらしい。そして、これも俺たちは…というかこいつは見事に貢献を果たした。
「さて、問題。『特殊能力』は何で決まるとされているでしょうか?」
「環境とか…ですかね?」
「生まれた日の天気じゃっ!」
「その時の気分」
「あー…。馬鹿な二つの回答は放っておくとして、どれも外れだ。
赤子ってのは、母親の腹ん中で色々な音を聞いて育つ。鬼も例外じゃねぇ。
こいつは、色々な音を聞いたと思うぜ?『黒鬼』になったくらいだからな。…どんな音を聞いたのやら」
さて、本題に戻ろうか。
残された俺の魂と、こいつの魂はどうなったかって?
もちろん、融合されたに決まってんじゃねぇか。
…王家も馬鹿じゃねぇ。拒絶が起こらない為のうまい采配だよ。
それによって、こいつは色々と知ったさ。
簡単に言えば、魂が融合したことにより、例えば今見ている風景。
それは、俺が見ているものだが、同時にこいつも見ていることになる。
まさに、『一身同体』ってわけだ。
と言っても、身体の所有権はこいつにある。
俺の知識と経験を手に入れたこいつは、赤子ながらに『復讐』を果たしたよ。
何でも、自分を生んだ罪とかで。
王家と母親以外の陰陽師はほぼ全滅だったな。
こいつの特殊能力『消滅』のおかげで。
まぁ、痛みがないだけいいだろうが。
もちろん、貴重な鬼だ。
何だかんだ言っても、王家はこいつを育てた。
いやー、立派だと思ったね。いつ、こいつが消し殺してもおかしくないのに育てるんだから。
そんな根性あるなら、襲うなよってもう一度思った。
「それで、こいつはある程度育った後、暗い牢屋に押し込められて過ごしたって話…何か、話の趣旨がズレたな。まぁいい。そういうことだ。あぁ、末路を話してなかったな」
「俺ら…いや、こいつは自分の能力にやられて死ぬだろうよ。確実にな…。
それが、可哀想で哀れな桃太郎の末路だ」