昔話
「元々、『鬼ヶ島』には、我々とは別の鬼が住んでおった。…我々より、遥かに強い力を持った鬼がの」
満は、ちらりと雅と桃太郎を見る。
一瞬、桃太郎と目があった気がした。
にやぁ…と冷やかな薄気味悪い笑みを浮かべ、桃太郎は微笑む。
何だか、自分の知る桃太郎では無い気がして、慌てて目を逸らすと、桃太郎も興味が失せたかように話を聞くことに集中していた。
「そして、我ら鬼は、『鬼ヶ島』に近い、孤島に住んでおった。しかし、数が増えすぎたのが問題となり、醜い争いが絶えなかった。…飢餓、そして闘い。この二つが我々鬼の心を惑わし始めた」ぎゅっと、鬼菖丸は服の裾を掴む。
『弱い者は先に死ぬ』
生き残るため、我ら鬼は『鬼ヶ島』へ渡った。
「事情を知った鬼達は、快く我らを受け入れてくれた…。しかし、それこそが悲劇の始まりじゃた…。いつしか滅ぼされてしまうのではないかという疑心暗鬼の心を抱く様になった我らは、彼らの隙をついて女子供関係なく逆う鬼を『さらし首の刑』に処したのじゃ。『鬼ヶ島』の川が血で真っ赤に染まる程、多くの血が流れたと言われておる…」
「まさに地獄のような光景だったぞ?いきなりの不意打ちに大半は逃げ惑い、そして捕まっていった。
それは俺や、姉さん…桃の母親も例外じゃない。暗い光の届かない牢屋に閉じ込められ、怯えて暮らす…つまり、あいつらの『下剋上』は見事叶ったわけだ。皮肉にもな」
嘲笑う様に歪んだ笑みを浮かべる雅を見て鬼菖丸は静かに目を伏せた。
「仲が良かったのでしょうっ?なら、どうしてそこまでする必要があるんですかっ!?」
「そ、それは…」
声を荒げながらも満が問うと、鬼菖丸は動揺しているのか躊躇っている。
代わりに桃太郎がその問いに答えた。
「…誰だって、死にたくありませんから。そうする他、無かったんです。
相手は自分より遥かに強い…。いつ自分達を滅ぼしに来るか分からない。
ならば早めに手を打ち、少しでも仲間を増やし相手の数を減らす方が効率的。
師匠ら『色無』が生き残るため黒鬼を騙った様に、彼らは彼らなりの自由を手に入れたかったのです。
…そんな難しい質問、まだ鬼菖丸には答えられませんよ。まだ生まれてなかったんですし」
「ちょっと待て!鬼菖丸が生まれてないのは分かる。お前は、十六、七だろ?
『鬼ヶ島』が沈んだのが今から約十年程前。この領土争いが起こったのはそれより遥か昔の事だろ?どうしてお前がそこまで詳しいんだ?…お前、前にもそんなことを言ってたよな」
桃太郎の発言に、靖正が問う。
…と言っても、この前の集いの時であり、まだ覚えていたかと桃太郎は密かに思うのであった。
すると、ぽんっ…と雅が頭に手を置いて静かに言う。
「いや…確か今年で二十三だ」
「ええええええぇぇぇぇぇ!」
「満さん、そこまで驚く必要ないでしょう?…傷付きますよ、全く。って、どうしたんですか?皆さん」
「い、いやぁ…。若様、若すぎやしないかい?」
ぽんっと、桃太郎が納得したように柏手を打った。
「それは、そうですよ。この姿は『呪い』で成長が止まったままの…そうですね、確か…十五の時の姿ですかね…」
「じゅ、十五…?」
「何か、問題でも?」
「…桃君は、背も高いし大人びてるから、皆驚いているんだよ」
要が苦笑しながら言うと、桃太郎は首を傾げた。
「お主ら、人の話をちゃんと聞け!」
鬼菖丸が憤慨しながらそう叫ぶと、雅が口をはさんだ。
「…もう、お前の知る事実はそこまでだろう。いくらお前でも、王家が桃の出生を教える筈もない」
ぐぅ…と鬼菖丸が、唸る。どうやら、その通りのようだ。
「一人ひとり…日に、牢屋の人数は減っていった。…まぁ、当たり前だよな。力無い者は不要なわけだから。そして、一日の大半は拷問。それに耐えきれず死ぬ者もいた。そんなわけで、段々と数は減っていき、ついには俺と姉さんだけが、その牢屋に残された。あくまでも、『その牢には』だがな」
ちらりと、雅が桃太郎の表情を確信した。
「そして、俺が拷問部屋から牢へ戻された時、姉さんが腹を抱えて泣いていた。
…話を聞けば、何でも、王家の…といっても、まだ『王』などいなかったが。まぁ、敵の子供を身籠ったわけだ。姉さんは誇りを重んじる人だったから、それを受け入れるにはかなりの時間を要した」
「その、身籠った子が…?」
満が問うと、雅は静かに頷いた。
「…もちろん、欲深い奴の仕業なんだろうが…。しかし、やつらはその子供さえ、自分の力を向上させる為の道具とした」
皮肉にも、姉さんが子を身籠ってからというものの、毎日飯が用意された。
姉さんは断固として食べようとしなかったが、姉さんを何とか説得して…そういう日々が続いた。
「そして、…多少省略するが、『出産』が始まった」
「おい、省略しすぎだろう」
泰光の突っ込みも虚しく、雅は淡々と言う。
「…だが、その後のことは知らん。無理やり引き離されたからな。…お前はどうなんだ?何か知っているんだろう?」
雅が桃太郎を見た。警戒しているのか、柄に手を掛けている。
「…何を警戒しているんですか?父上。酷いですよ」
やはり、桃太郎はさっきと同じ仮面の様な感情の無い声で言い、そして薄く微笑んだ。
「そんなの一目で分かる。…気配も違うしな。誰だ、お前は。答え次第では、斬り捨てる」
うーんと、偽桃太郎は腕組みした。
だが、困ったという様子では無い。
「おいおい…斬り捨てるは無いんじゃないか?俺はこいつの恩人…いや、鬼か。
まぁ、どうでもいいとして、俺を斬ればこいつも死ぬ。…その刀が、魂だけを斬れたとしても。
まぁ、聞け。…話そうじゃないか。ちと、長くなるが。…出る幕はねぇと思って聞いていたが、肝心な計画を知らないんじゃしょうがねぇ」
雰囲気が一気に変わった。
瞳が赤く染まりだす。いつか見たあの時と同じ綺麗だけど、残酷な目。
「さっき、奴らの道具にされたとか言っていたが、お前もそこまでは分かったんだろう?なら、何故分からない?…いや、分かりたくないとでも言った方がいいのか。
分かりやすく話すのは、面倒だな…おい、お前。『鬼ヶ島の子守唄』知ってるか?
あれの何処にも、黒鬼の文字は無い。もともと、存在しない鬼だったんだよ。黒鬼は」
「すみません、よく分からないんですが…」
満は静かに手をあげて言うと、偽桃太郎は舌打ちした。
鬼菖丸が、後ろへ隠れる。
「昔から、『黒鬼』という鬼は居なかった。というか、存在しなかったんだよ。
…普通にただの鬼として呼ばれてた時代があった。
だから、赤鬼も青鬼も白鬼も全部一括して唯の鬼…つまりは『鬼』だったわけだ!
だが、それぞれ同じような能力、そして色をしていたため赤鬼、青鬼、白鬼と呼ばれる様になった。
…あぁ、そういやこいつの師匠…『色無』も、昔は『色鬼』と呼ばれてたな。『王』が誕生してから侮蔑の対象となったが」
多少いらつきながら偽桃太郎は説明してくれた。
「あぁ、話が逸れちまったじゃねぇか!だから、元々黒鬼という鬼は居ない。分かったか!?
まぁ、良い。…だから話してやるよ。一番初めの『黒鬼』の話を。そして、その末路をな。
哀れで、可哀想な報われない子供の話だ」
つい、手を止めてしまった。
気配を消して耳を澄ます。
別に、隠れる理由などないのだが。
「…なんで隠れてんだろうな」
『別に、良いんじゃないか?そういう気分なんだろう?…どうでもいいが』
こっそりと辺りを窺う椿に、鴉は溜息混じりに言う。
もっとも、刀の姿なので溜息などでなかったが。
「というか、お前は知っているのか?桃の出生の秘密とやらを」
『知ってるさ。誰よりもな…いや、あの鬼と同等に』
いつもなら威張るように言うが、今回はやけにしみじみとしている。
『…これから始まるのは、ある可哀想な『黒鬼』のお話だ』