王家の企み
秋だというのに、雨模様が続き気分まで憂鬱になる。
これから、どうするか。これからどうなるか。
問題は山積みで、大した解決策もない。待ち受けるのは、この天気と同じ憂鬱な雨しかない。
「本当に…、どうしたものか…」
二択。ただ、それだけなのに迷ってしまう。
どちらを優先するという至って簡単な選択に。
「鬼菖丸の話を聞く限り、改心の余地はなさそうだ。…斬るしかないか」
こんなときばかり、綺麗に染まる紅葉にはうんざりする。まぁ、やつ当たりでしかないのだが。
「どちらが先に、手を出すか…。その事の次第に任せましょう」
やはり、選べないので先送りにする。
事はかなり重大なのに、未だその答えは選べない。
「おい、鴉。桃は何を考えているんだ?」
『もちろんお前らの事…あと、自分の事だ。あいつはそんな奴だよ』
「いや…聞きたいのはそういうことじゃなくてだな…もっと具体的な内容なんだが」
すると、あからさまに『鴉』は話題を変えた。
柏手でも打つように、わざとらしく話をする。
『そういや、桃から預かり物だ。ほら…』
「何だ、桃がいつも使っている髪留めの紐じゃないか」
『あぁ。それ、使えとよ。唯の髪留めじゃないぞ?貴重な封印具だ。桃は鬼の力が強すぎて『器』をはみ出すくらいの…分かりやすく言えば、自分の寿命を縮める程のだ。
だが、今回の件でお前の方が遥かに危険と言うことが分かったんで暫く貸して様子を見ることにした。ありがたく思えよ?…そして、すぐに返せ』
「貸すのか、貸したくないのか…どっちかにしろ」
すると、『鴉』は当たり前だというように平然と言い切った。
『両方に決まっているだろう』
「で、若旦那の方はどうだった?」
朱菊が心配そうに尋ねる。
「大丈夫ですよ。起きたばかりで多少混乱しているようですが、問題ありません。
そんなに心配なら、朱菊さん、自分で見に行ったらどうです?喜ぶと思いますよ?」
そんな桃太郎の発言に、顔を赤くしながら朱菊は背中を想いっきり叩いた。
「そ、そんなことないさっ!全く…冗談がうまいね、若様はっ!」
「げほっ、い、痛いですよ…。ところで…」
「「何故」」「父上が」「俺が」「「縛られている」」「のですか?」「のか分からないのだが?」
きれいに会話が重なった。
「一応、王家の手先の可能性もあるからな。…それに、お前だって例外じゃないぞ、桃太郎」
「私も、その意見には同感ですね」
要が静かに挙手し、靖正がギロリと睨みながら言う。それを愛想笑いで返し、困った様に溜息を吐いた。
「うーん…。私と父上が王家の手先…。考えは妥当と言うところですが、安易すぎますよ。
第一、それはありえない。ほら、父上を見てみなさい。今にも斬り殺しそうです」
ギリギリッ…と縄が軋む音が聞こえる。雅の表情は不明だが、起こっているのが一目で分かる。
「一体、何処に安心要素があるんだっ!ふざけているのか!」
「ふざけているのは、そちらでしょう?」
冷やかに靖正を見下すと、怯えたように黙った。
もう一度溜息を吐くと、弁解し始める。
「もう一度言いますが、それはありえません。
…仮に王家の手先なら、彼方たちに危機が迫っていることを知らせるはずもなく、恩師が『色無』といえど黙って処刑されるのを見過ごしていたでしょう」
それに続き、雅も静かに言いだした。
「それに、こっちは王家に復讐する為、影で行動し、死んだことにしていただけだ。
お前らがどう思おうと勝手だが、四鬼神として同じ志を持つ鬼ならば、手を組んだ方が得策だが?」
不敵な笑みを浮かべ、雅は縄を解いた。
二三回、腕を回すと満足したように頷く。
「ついでに、一つ教えてやろう。…この中にいる裏切り者をな。そして、王家がどう動くかを。
まぁ、信じるか信じないかは、お前達次第だが」
「…その前に、一つ良いでしょうか?鬼菖丸が、話したいことがあるみたいなんですけど…」
ひょこっと、満が押し入れから現れた。同じく鬼菖丸も。
「何故、押し入れに?」
動揺したように、桃太郎が泰光に問う。
休んでいるのは知っていたが、押し入れの中でとは初耳である。
「本人の要望と、他の部屋の修復作業がまだらしいということが合わさり、こうなった。…すまん」
「いえ…。謝らなくても良いと思いますが…。おはようございます、満さんに、鬼菖丸…」
まだ、ぽかんとしながら桃太郎が言い、満は嬉しそうに返事を返す。無論、鬼菖丸もだが。
「おはようございます、桃太郎。…怪我の方は大丈夫ですか?」
「おはようなのじゃ!桃!雅の言う通り、押し入れで寝…ふごっ」
その先に言おうとしたことを、満と雅が急いで口を塞ぎ止める。
「?」
「い、いえ、何でもありません!ねぇ、雅さん?」
「あぁ…。で、鬼菖丸。言いたいことがあるんじゃないのか?さっきの以外で」
やけに仲が良いなと少し羨ましく思いながらも、鬼菖丸の話に耳を傾けた。
「ぷはぁ…。おぉ、そうじゃった。今から話すのは、我ら王族の事。…そして、彼等、鬼の事じゃ。
だから、…無理にとは言わん。お主らが握っている情報も教えてほしい」
真っ直ぐに、鬼菖丸は桃太郎と雅を見る。
すると、二人は困った様に目を見合わせた。
「何か、不都合でもあるのか?」
そう靖正が聞くと、桃太郎は曖昧な笑みを浮かべて言う。
「いえいえ…。まぁ、正直に言えば、お恥ずかしいことだと思って…。鬼菖丸、私達の事抜きで話を進めてくれないか?」
「無理じゃっ!我ら王族が、『色無』を含め、お主ら一族にどれほどの仕打ちをしたか…。
我は、それを償いたい。このことを、一人でも多くに知ってもらい、この悲劇を伝え、王族に償わせる!…特に、桃太郎。お主には、本当に申し訳ないことをした」
縋る様な瞳で、鬼菖丸は桃太郎を見た。
桃太郎は困った様に微笑み、恥ずかしそうに頭を掻く。
「…もう、昔の事ですし。それに、まだ生まれてもいない彼方が、償う必要もないことですよ。
それに、私達…といっても、主に父上がこれから復讐を行う訳ですし…。
お互い様ということで、納めてくれませんかね?」
「お主らは、知っておるのじゃろう?我ら王族が、どのようにして、この座に居座っているのか。
そして、たかがそのためだけに、お主らが巻き込まれたということを」
「もちろん、知った上での復讐だ」
雅が静かに言って、桃太郎も同じように頷いた。
そして、鬼菖丸は静かに語りだす。
鬼ヶ島に起こった醜い争いと、それに巻き込まれたそこに住まうある『一族』の話を。