欺きの末路
「なぁ、竜泡。どっちが強いと思う?」
「さぁ…。皆目見当もつきません。しかし、王の命とあらば、例え雑魚でも始末せねば」
紅鶯は、赤い槍をくるくると回した。竜泡は静かに刀を構えたまま。
「あの竜泡とかいう青鬼の刀…。妖刀だな」
「父上、あっちの赤い槍は毒が塗ってありますので、御注意を」
淡々とした会話が続く。
「なっ…。おい、桃。何処の誰かは存じ上げないが、二人でやろうなんて、荷が重すぎるだろう!」
「師匠が加勢したところで、何の意味もないでしょう。今の標的は私達。師匠は鬼菖丸や満さん達を連れて何処かへ行って下さい。何れ、白鬼も狙いに来るでしょうから。四鬼神の皆様にはもう伝えてあるので、既に集まりが開かれているでしょうから、急いで下さい」
加勢に加わろうとした椿を制し、見向きもしないまま桃太郎は言う。
別に怒っている訳ではない。黒鬼の力を使うと、その余波で一時『感情』が希薄になるのだ。
「そうそう。色無如きが相手でもつまらねぇしな」
意地の悪い笑みを浮かべて紅鶯は笑った。癖なのか、まだ槍を振り回している。
椿は、ぎゅっと拳を握った。
相手に見くびられるのは、これ以上に無い屈辱だからだ。
「確か…お前、『紛い鬼』の筈じゃなかったのか?報告では、確かに鬼化も出来ると聞いたが…」
「これから抹殺する相手に何を言おうと無駄な事です。お初にお目に掛かります、初代黒鬼。
確か、この国の礼儀では、名を聞く前に、名乗らなくてはならないのでしたね?私は竜泡。青鬼です」
「ご丁寧にどうも。しかし、殺す相手に名を教えても無駄なことだと俺も思うのだが…矛盾してるな。
…まぁ良い。私は雅。お前らの知る通り、初代黒鬼。そして、我が息子の義父であり、王の反逆者」
すると、桃太郎がすかさず足を踏んだ。それを簡単にかわし、頭をぽんぽんっと撫でた。
「照れるな」
「…煩い。よけいな情報は与えなくて良いんですよ。鴉、おいで」
桃太郎が鴉の名を呼ぶと、何処からか黒い羽根が桃太郎の手の平に集まる。
そして、見慣れた一振りの刀になった。
「桃…、先に行きますけど、その…、必ず来てくれますよね?約束ですよ!」
満が叫ぶと、桃太郎はこくりと頷いた。
その返事だけで、とても安心する。温かい光で満たされる様な、そんな優しい感覚が包み込むのだ。
「椿さん、行きましょう?ほら、鬼菖丸も…」
「あ、あぁ…。そうだな…。桃、後で覚えとけよ」
何故か恨めしそうな声色で椿は言う。
桃太郎は、聞こえない様に溜息を吐いた。
「のぉ、桃…。」
鬼菖丸がおどおどしながら、言う。
「我は、此処に来て良かったじゃろうか?本当に、この選択をして、間違いではなかったじゃろうか?」
桃太郎は、そこで初めて振り返る。
そして、懐かしいものでも見るかのように、目を細めて笑う。
「…鬼菖丸、貴方には何の罪もありませんよ。…此処に来て、楽しかったですか?」
「うむ。…とても、楽しかった。今までの中で、一番楽しかったぞ!」
「…そう思うのなら、その選択は間違ってはいませんよ」
そして、二人の黒鬼の声が重なる。
「「我々、黒鬼は…王家の血筋であられる子孫、鬼菖丸様を朋友とし、お守りすることを誓います」」
お互いの声色が、あまりに違っていたせいで、少し不協和音を奏でていたが、鬼菖丸は嬉しそうに笑った。
「御主らが、無事に帰って来ることを祈っておるぞ」
子供らしい笑みを浮かべて鬼菖丸は、椿の後をついていく。
「桃、お前にもついにそんな日が来るとはな…。父上は嬉しいぞ」
「何ですか。いきなり…」
「白鬼…満と言ったか。お前にも、あんなに可愛らしい女子が恋人になるなど…隅に置けぬ奴だ。だが、姉さまの美しさには負けるな」
ふっ…と嬉しそうにほくそ笑む雅を冷やかな目で見る。そして、また溜息を吐いた。
「はいはい…姉の自慢は良いですから。確かに、母様の方が美しいですが、満さんだって母様と同じ位優しいですよ」
少し驚いた様に、雅が桃太郎を見た。そして、嬉しそうに微笑む。
「お前、初めて姉さまを褒めたな」
「別に…。やっと、母様のこと分かったから。もう、駄々をこねる子供じゃないんですよ、私だって」
「偉い、偉い。何だかんだ言っても、憎めない優しい子だな。…鬼菖丸は、そんなに似ていたか?」
「…本当に、嫌な人ですね」
「よしよし…。偉いぞ。助けてやりなさい。そう決めたのなら。しかし、境遇がそうしたのか、運命悪戯かは知らんが、昔のお前に良く似ているものだな…いや、今もか?」
頭を撫でながら雅は本当に嬉しそうに笑った。
桃太郎は、嫌がりつつも撫でられたままである。
すると、ごほんっと咳ばらいが聞こえた。
「あー…、そう言えば、戦闘の最中だったな。なんて律儀な奴らだ。西洋の鬼とはいえ、見直したぞ」
「全くです…別に、仕掛けてきてくれても良かったんですが」
意外そうに、桃太郎が言った。
はぁ…と紅鶯が溜息を吐いた。
勘弁してくれと小さく呟く。
「まぁ、何だ。初めて良いか?」
二人の黒鬼は嬉しそうに笑う。醜悪に満ちた笑みで。
「「どうぞ。喜んで、お相手致しましょう」」
「椿さん、拗ねてる場合じゃないでしょう」
「別に…」
と言っているが、態度と表情に表れている為、誰が見てもバレバレである。
「どっちに対して拗ねているんだ?父親の事か?それとも闘いの…」
最後まで言い切る前に、兄の腹を殴って止めた。
ぐぅ…と呻きながら、腹を抱えて走る泰光を横目で見ながら、満は椿の後を追いかける。
目指すは、もちろん『境の井戸』であり、椿の家である。
「鬼菖丸、疲れてませんか?」
「うむ、気遣いは無用じゃ!こう見えても、体力はあるのじゃぞ?」
満と手を繋ぎ、嬉しそうに笑いながら走る鬼菖丸を温かい目で見守りながら走っていると、不意に椿が足を止めた。そして、急いで茂みに頭を引っ込める。
「どうした?」
「…役人だ。何故、こんな時に…」
ー『お尋ね者』ですから。
前に桃太郎が言った言葉を思い出す。
そう言えば、そうだったと感心してしまう。まぁ、そんな暇、無いのだが。
「おそらくは、王家が手をまわしたな…。チッ!何が危害は加えないだ」
「だが、陰陽師じゃないんだし、大丈夫じゃないか?」
「いや、変装している可能性もある。あいつらも馬鹿じゃないさ。それに、奴らが役人だったにしても、井戸までついて来られちゃ困る」
「じゃあ、どうするんですか?桃が来るまで待ちます?」
三人で相談していると、鬼菖丸が柏手を打った。
そして、大声で
「我が妖術で姿を見せない様にすればようのじゃっ!」
と言ったので、急いで口を塞ぐ。
幸い、気付かれてはいないようだ。
「で、妖術って何だ?椿は使えないのか?」
「…妖術は、鬼が使う術。炎を吐いたり、水を自由自在に操れるのも、全て妖術の成せることだ。
俺は、色無故、使えん」
イライラしたように椿が言う。
すると、鬼菖丸が悲鳴のような声をあげたので、もう一度口を塞いだ。
「…何だ」
「御主、『色無』の鬼の一族の者じゃったか…」
わなわなと鬼菖丸が震えだす。
「すまぬっ!すまぬ、すまぬ、すまぬ、すまぬ…。どうか、赦してくれ」
「ど、どうしたんですか?」
必死に謝り続ける鬼菖丸をなだめながら、満は問う。
鬼菖丸は悲しそうに言った。目に大粒の涙をためながら。
「『色無』…。丁度、夏の事じゃ。父上…王の大切にしていた妖陽という複合妖怪が、何者かに暗殺されたらしくての…。それが、四鬼神・黒鬼…つまり、御主のせいじゃないかということになった。
色々調べた結果、御主ではないことが分かったが、御主が黒鬼でなく、『色無』であることがバレてしまったのじゃ。父上…いや、王は今まで欺いたことに怒り、『色無』の一族を…」
ふるふると震えて、目からは大粒の涙が流れ落ちる。
「全て、『さらし首の刑』に処したのじゃ…」
ただ、椿は茫然としていた。
「……は?」
ただ、それだけが、口から洩れる。
「女子供、全て構わず、酷い仕打ちを下したのじゃ。本当にすまぬ、赦してくれ」
「生きてる、の、誰も居ないのか?」
がしっと椿は、鬼菖丸の肩を掴む。びくっと、鬼菖丸が怯えた様に震えた。
「御主しか、もう、いない…」
ゆっくりと、周りが暗くなっていく。