色鬼
季節は、蒸暑い夏から秋へ。
葉が紅葉し、山々が美しく飾られる。
所変わって、とある山奥の寂れた神社に四人の子供が居た。
いーち、にーい、さーん…。
その光景は、特に珍しいことではない。そう、この光景は。
異常なのは、その子供達。
皆、『鬼の面』を被っていた。
それも、色とりどりの仮面だ。
赤、青、白…。
祭で売っていそうな安物の仮面。
しかし、いくら此処最近祭があったからとはいえ、このような仮面は今は売っていない。
縁起が悪いと、売りだされなくなったのだ。
お面を被った子供たちは、笑いながら走って行く。
一体、何処へ隠れるのだろうか?
しーい、ごーお、ろーく…。
笑い声は、どんどん遠退いていく。
子供達は笑いながら、来た道を駆け下りる。
お面は、茂みや、神社の裏などに放り捨てた。
まるで、それが代わりだと言う様に。
夕日が、寂れた神社を照らす。
数える声だけが木霊する。
しーち、はーち、きゅーう…。
取り残された童は、まだ何も知らない。
自分だけが、取り残されたことに。
「十っ!もういーかーい…?」
返事はまだ、帰って来ない。
童は、それを合図だと勘違いした。
誰も居ない神社を一人、探す。
日が傾き、星が瞬くまでずっと。
疲れ切った童の手には、三人の被っていた色とりどりのお面。
どれも、節分で使われそうな面だ。
童は、ゆっくりと顔を上げた。
その面は、『般若の面』。
その面をそっと、退かす。
彼は、帰り道さえ覚えてはいなかった。
いや、実際は覚えているのだが、夜闇に紛れて山道が見えない。
灯りさえない。
「……」
艶やかな黒髪が夜風に踊る。
持っていた色とりどりのお面を投げ捨て、踏みつけ、叩き割る。
そして、暫く鳥居の前で休んでいると、小さな光が溢れてきた。
――童…。何だ、一人か。こんな晩まで何故、我を起こした?
「はぁっ!?起こしてねぇよ。アンタ、此処の主か?悪いけど、朝まで寝かせてもらうからな」
童は気を害したように言う。…正直、もう寝たいのだ。
――童よ、捨てられたか?何故、この様な不安定な場所に迷い込む?
『捨てられた』という言葉に過敏に反応する。
ぎゅっと、拳を握りながら叫んだ。
「煩いって言ってるだろっ!…ほっといてくれよ。どうせ、誰も…。
何で、俺だけ生き残ったんだろ?…こんなに苦しいのに、何で黒鬼になれないんだろ?」
――童よ。もし、帰る場所が無いのなら、此処に住まわぬか?
皆に忘れ去られ、捨てられた者同士、協力しようではないか。この空間は酷く不安定だ。
もし、お前が迷い込んでいなかったら、社としての役割を終え、消滅していただろう。
童、主の名は?
ぽんっと、頭に手が乗せられる。
よしよしと言う様に撫でられた。
「…童じゃねぇよ。つばき。椿っていうんだ。アンタは?」
――名は忘れた。私はこの山の、霊山の主。『山神』。…ひとつ、言っておこう。けして、黒鬼にはなるな。あの鬼は、けして報われぬのだから。
悲しそうな光を放ちながら、山神はそう言った。
その言葉は、『本物の黒鬼』と出会ってからと言うものの、片時も頭から離れることは無かった。
「師匠、どうしたんですか?ぼけーっとして」
「ん、いや…。子供が遊んでるな」
適当に紛らわすと、桃太郎はふぅんと呟きながら、視線の先を見る。
「青っ!」
「青なんて、ねぇよ!」
「よく探してみな!」
騒いだり、笑ったりしながら子供達が前を通り過ぎて行く。
「…『色鬼』ですか。遊んだことはありませんけど。どういう遊びなんです?」
「基本、鬼ごっこと同じだ。鬼を一人決める。鬼が何でもいいから色を言う。他は、その色に触れなければならないんだ。見事その色に振れたなら、鬼はそいつを触れない。鬼のままだ。
ちなみに、自分が着ている服の色とか、小物は無しだ。俺が餓鬼の頃は、『隠れ色鬼』が流行ったな」
「何だか、師匠。この遊びに良い思い出無いでしょう?」
意地の悪い笑みを浮かべて、桃太郎は椿を見た。
それを咳払いして、歩きを再開する。
「『色無』ですか…。私が言うのもおかしなことですが、本当にいたんですね」
「そりゃ、いるさ。そういう世の中だからな。どんな手を使ってでも生き残る。
例え、どれ程薄汚れた手段でも。…偽ったことを、怒っているか?」
うーんと、桃太郎は呑気に背伸びした。
おいおいと呆れつつも返答を待つ。
「そこら辺は、よく分かりませんし。…政治には、疎いですから。
分かろうとも思いませんし、生きる為の手段でしょう?なら、後悔しないことですよ。…って、前も言いましたね」
はははっと乾いた笑みを浮かべて桃太郎は言う。
こいつが、この笑みを浮かべるときは、大して面白くない話だったり、聞かれたくないことだったりする。
「お前は、黒鬼で良かったと思うか?」
「そんなの、選べるわけないでしょう。…そして、その答えも『当たり前だ』と答えてみることにします。ほら、着きましたよ」
桃太郎が、表から戸を開けて入る。
すると、凄まじい衝撃が走った。
「いってぇ…」
ちなみに、桃太郎は無言で耐えている。
「何だ、この餓鬼は?」
奥から慌てて満が駆けてきた。
「おかえりなさい、二人とも。…えっと、大丈夫ですか、桃」
「何とか、…平気です」
よろよろと立ち上がり、まだ床に倒れている子供を見た。
桃太郎が、少し目を細める。
「…まさか、親戚の子を預かったなんて冗談は言わせませんよ?」
にこぉと桃太郎が、不敵に微笑む。
それは、有無を言わせない歪んだ笑みだった。
「あの…、その…、家の外で倒れてたから、まだ子供だし…。
その…、拾っちゃいました。」
えへっと、満は笑う。
桃太郎は、軽く溜息を吐いた。
「世間一般では、拉致ですよ。役所に届けろ…とは、今回は言いません。
よくやりました、満さん。偉いですよ」
「えっ!?本当ですか!」
「えぇ。この子」
一呼吸置いて、桃太郎が平然と言う。
「鬼ですから。」
驚く満を横目で見ながら、椿は鬼子に話しかける。
「…おい、お前。名前は?」
むくっと子供は起き上がり、鼻を押さえながら涙声で言う。
「鬼菖丸…。」
…この鬼子との出会いが、さらなる波乱を呼んでいることに、たった一人を除き、誰も気付かなかった。